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◇◆ Viola ◇◆
 三月だって言うのに、おっそろしく寒いエスプレッソの、しかも北の塔に滞在すること早半日。
 この寒さで気持ちが萎えて、もう気分はラプンツェルなんだけど、私の髪はあんなに長くない。
 それでも塔の窓から遠くを眺めちゃっている私は、悲劇のヒロインなりきり娘に違いない。
 既に卒業式から一週間が経つけれど、まったくこんなにハードな一週間を過ごすだなんて考えもしなかった。
 バールに着いたと思ったら、またまた人間界へ戻り、一週間後にはまたバール。
 これはきっと、紫ババアの怨念に間違いない……

 突然勢いよく扉が開け放たれて、その振動で塔までが揺れる。
「茶バネ! これを見よっ! どうよ、最高の仕上がりだろぉ?」
 ショッキングピンクのドレスを身に宛がって、そう叫びながら現れたのは、我らが王女ビオラ様だ。
「茶バネじゃなくて、鈴音なんだけどね……」
 ちょっとアルっぽく片方の眉毛だけを跳ね上げて、目を合わせることなくボソボソと言い返せば、 同じように片眉を上げたビオラが言い出した。
「あんた、そういう顔をすると、リアル茶バネにそっくりだよね?」
「リ、リアル茶バネとは、もしかして……」
「そう。わたくしの婚約者様のことですわよ?」

 ビオラは、どういう訳か私と一緒に人間界へ転生し、 やっぱり十八年という間、『坂崎琴音』と言う名で、何も知らずに人間界で暮らしてきた。
 ベルだった頃の私は、ハープのことばかりを追いかけて、ビオラとは親しくしたことなどなかったけれど、 こうして一週間もの長い時間ベッタリ一緒に居ると、昔に抱いていたビオラ像ほど、嫌なやつじゃないと思っちゃうからなんだか凄い。
 というよりも、転生したということだけあって、互いに昔の自分たちとは、ちょっと違うのかも知れない。
 そして何よりも、急激な変化に戸惑っているというのは、お互い一緒だ。
 だから、なにやらおかしな同盟気分が、芽生えちゃったんだと考える。

 さらにビオラの一言が、そんな私たちの関係を、新たに築かせたんだと思う。
「私、あんたのこと化け物だとは思っていたけど、嫌いじゃなかったわよ?」
 てっきりグランド同様、私の存在自体を忌み嫌っているのだと思っていたから、ビオラのその言葉に心底驚いた。
 それでも、ハープのことになるとクソミソで、記憶が甦るたびに、口汚く罵り言葉を吐き喚く。
 大好きなハープをこれでもかってなほど罵られ、そんなビオラに腹が立ったけれど、ポロッと吐き出されたビオラの言葉で、 逆に胸が苦しくなった。
「あんたはハープの味方で、アルの妹で……でもさ、私の立場で物を考えてみてよ」

 そこでようやく、自分の気持ちが、ハープ側へ大きく傾いていたことに気がついた。
 私はグランドが苦手だ。だからそんなグランドと仕来りで結ばれているハープに、勝手な同情を抱いた。
 そしてハープがアルを強く想っていると知り、ハープと義兄弟になれることを夢見て応援した。
 でも、ビオラの気持ちは?
 もしビオラがアルを想っていたのなら、その立場はとても残酷なものだ。
 自分を愛してくれない人の、背中だけを見続けることは何よりも辛い……

 まるで私とビオラは、背中合わせの共同体だ。
 そう考えたとき、ビオラの暴言は、ビオラなりの虚勢なんじゃないかと思い始めた。
 私がヘラヘラと笑ってその場をやり過ごしたように、  ビオラは暴言を吐いて、強がって、その場をやり過ごしてきたのではないか……

「あんたさ、もうちょっとお洒落したら?」
 目がチカチカしそうなドレスを見つめて物思いに耽っていた私に、ビオラがゲンナリ顔で物申す。
 だから目をシパシパさせながら、本当だけれど適当な理由を、こじ付けがましくつぶやいた。
「さ、寒いんだもん……」
 けれど、クローゼットに掛かるおびただしい量のドレスを指差しながら、間髪入れずにビオラが怒鳴る。
「そんなくだらない理由なの? 私のお古をたくさんあげたじゃない!」

 ビオラのドレスは、全てが全て、なんちゃら姉妹のようにフェロモンバリバリだ。
 胸は当然。お尻まで見えちゃいそうなほど、背中が開いているものまである。
 そんなものを、この乳なし女が着たら、メイド服よりも滑稽具合に拍車がかかること請け合いだ。
 だからブルブルと震えながら首を横に振り続ければ、鼻で笑ったビオラが最後の言葉を投げかけた。
「ま、いいわ。その貧乳じゃ、何を着てもちゃんちゃらおかしいものね。 さて、私はこれからこれを着て、ダンスの練習に勤しみますか」

 そうなんだ。もうすぐここバールで、しかも南の国ココアで、舞踏会が開催される。
 そのために私は、ビオラ様の付き人として、人間界からエスプレッソにやってきた。
 グランドに会うことは憂鬱だけれど、ビオラ様の言いつけだから仕方がない――

               ◆◇◆◇◆◇◆

 一週間前、初めてのトリップで、困惑しまくる私の背後からグランドが現れて、 相変わらずの罵り言葉を呪文のように唱え始めたのだけれど、話はそれだけじゃ終わらない。
 とにかくグランドは、私の様子を伺いながら罵ることが通例なはずなのに、珍しく『ながら作業』での罵詈雑言。
 一体何をしているのかと思えば、私をここへ送り込んだ彼女と同じように、数枚の鏡の中から一枚を選び、それをレールの上でスライドさせて
「お前みたいな化け物を、我が城には隔離できないからな」
 そう言ったと思ったら、いきなり私の背中をこれでもかってほど突き飛ばし、合わせ鏡のど真ん中に追いやった。

「あ、え、や、グ、グランド、ちょっ、ぬわっ……」
 こんな感じの言葉を発してみたものの、数分前と同様に辺りがグニャグニャと歪み始め、気がつけばまた、 似ているんだけどちょっと違う大きな鏡の前に立っていた。
「感謝しろよ、ここはエスプレッソ領だ。ここでなら、死ぬことなくお前の存在を消すことができるだろ?」
「わ、わたしは別に、消えようとは……」
 ここがどこなのかは分からないまま、着いた早々グランドからそう言い放たれて、思わず反論してみるけれど、 苦虫を噛み潰したような顔のグランドにアッサリ言い返された。
「ゴミなのに?」

「エースも哀れだよな。仕方なく連れ戻し、愛してもいないのに仕方なくお前を抱き、最後には、仕方なく結婚だ」
 鏡に蛇の紋章入り白布を被せながら、グランドが毒を吐き続けていた。
 目を見て言われるよりはマシだけれど、それでもその言葉は胸に突き刺さる。
「最もお前が一番哀れか? 誰もに自分の存在を疎まれながら、生き続けねばならないのだからな?」
 そしてまた、鼻を拳で押えながら、愉快でたまらないといった笑い声を漏らす。

「二度と俺の前から消えないでくれ……」
 あのとき、エースは確かにそう言った。アイちゃんじゃなくて、エースがそう言ったんだ。
 そして私は、その言葉に何度も肯き、消えないと約束した。
 それでもグランドの言葉が、頭と心を支配する。
『仕方がない、仕方がない、仕方がない、仕方がない……』

 ほんの数日前までならば、そんな言葉を鼻で笑い飛ばせたかも知れない。
 けれど、アイちゃんが、エースが好きだと気付いてしまった今は、その言葉がとても重い。
 エースだけではなく、皆にとって、何が一番幸せなのだろう?
 エースもアルも、そしてハープさえも、私が消えてくれることを本当は望んでいたの?
 そこまで考えて、ここにやってきた本来の目的を思い出し、私を部屋から促すグランドに切り出した。

「ま、待って! ハープの大事な肖像画を盗んだのは、グランドなの?」
「どこまでもメデタイ女だな。消去法で考えればすぐに分かることだろうが?」
「しょ、消去法?」

 あの日、アルの肖像画がネックレスから消えてしまった日、ハープは半狂乱になっていた。
 最後に肖像画を確認したのは、園遊会が開かれる直前だったとハープは言った。
 それまでは、確かにここにあったのだと……
 グランドの言う通り、園遊会が始まってから、ハープの傍に一度も寄らなかった人たちを消していく。
 国王、女王、女官に侍女に……そうして消去していけば、限られた人数まで絞り込める。
 そしてまた残った人たちを、さらに違う形で消していけば、最終的にたどり着く人物は……
「ハ、ハープ自身……?」

 グランドの顔に、ウスラ笑みが広がっていく。
「十八年も経って、ようやく気がついたようだな?」
「な、なんでハープはそんなことを……」
 そうつぶやきながら呆然とその場に立ち尽くす私に、業を煮やしたグランドが苛立って言い放つ。
「その腐った頭で悩み続けろよ。時間はいくらでもあるんだから」
 そしてまた、私の背中を突き飛ばし、鏡の部屋から強引に追い立てた。

 部屋から出た途端、明るい日差しに襲われて、その眩しさに思わず目を瞑る。
 けれどグランドが止むことなく背中を突き飛ばすから、まるで奴隷か囚人の如く、長い廊下をひた進んだ。
 大きな観音開きの扉まで私を追い立てると、扉脇に立つ黒服の男性にグランドが一度だけ肯き、その扉を開けさせる。
 静かに開け放たれた扉の中に、ゆっくりとグランドが進み歩く。
 そして、その部屋の中へいるだろう人物に声を掛けた。
「やあ琴音、今日は君がとても喜ぶプレゼントを持参したよ」

「あらグランド、私が喜ぶものって何かしら?」
 部屋の中からモソモソと現れたのは、一度だけ夢の中で出逢った女の子。
 最大の傑作と思われる私の真実を言い当てた、あの強烈なビオラだ。
 ところが私よりも最悪な表情を浮かべたビオラが、私を指差しながら発狂する。
「いやだ、茶バネの妹じゃない! しかも、この女は化け物よっ!」
 そんなビオラの発狂ぶりで、ビオラの記憶もまた、私と同じく中途半端に戻っているんだと察することが出来た。
 あの時はまだ、互いが互いに、どこの誰なのかも分からなかったのだから。

「それは大丈夫だよ。今のこいつは、変な力がなくなっちゃってるからね」
 私には決して見せないであろう優しい微笑を浮かべながら、グランドが穏やかにビオラへと話し出す。
「ビオラが、ここからこいつを絶対に出さないと約束してくれるのなら、こいつをあげるよ」
 物扱いには慣れているし、グランドと一緒に居るよりはビオラの方がマシだ。
 それでもビオラの返答に、こんな私でも引き攣った。
「ふ〜ん、あんまり欲しくないけど、なんだか面白そうだから貰っておくわ」

 こうして、人間界のビオラ宅に居候することになった私は
「化け物が触ったら、全てが腐っちゃうでしょ!」
 などと言い出すビオラのおかげで、メイド服を着ていた割に働くこともなく
「化け物の下でなど、私が寝られると思うのっ!」
 とも言い出すビオラのおかげで、屋根裏部屋ではなく半地下の物置に身を置いた。
 それでも豪邸の物置部屋だから、昔の私の部屋より広く、居心地も悪くない。
 自分の順応性の高さに感心しつつ、やることもなく、ボケっとしながら時が流れるのを待つことは、 結構苦痛だなんて贅沢な文句をつぶやいてみたりする。

 私を化け物だと連呼するくせに、なんだかんだと日中の大半を、この物置部屋で過ごすビオラ。
 そしてこの日もまた、クリーム色の封筒をブンブン振り回しながら、ビオラが物置部屋に飛び込んできた。
「茶バネ! ほら、見てごらんなさい、ココア国から舞踏会の招待状が届いたのよ」
 そこでようやく事情が飲み込めた。
 私がサックス先生からワルツを教わっていた理由も、豊田さんからマナーのレッスンを受けていた理由も、 全てがこの舞踏会に繋がっていたんだ。

 物心がついたころから、ダンスのペアはいつもエースだった。
 仕来りの縁組で、強制的に決められていたペアだったけれど、それでも私はエースと踊ることが好きだった。
 どんなにダンスが上手くても、ペアになるには相性がある。……と思う。
 グランドとハープは、どちらもダンスが上手なのに、二人の歯車が噛み合ったことがない。
 アルとビオラに関しても、同じだったと思う。
 だからエースは、私をパートナーとして選んだのではないか。
 ダンスのダの字すら、忘れ果ててしまった私だけれど、そんな私をまた選んでくれたのではないか……

 けれどそんな想いも、ビオラの言葉で打ち砕かれた。
「そして、なんとカプチーノの王子が、私にペアを申し込んできたわ!」
 結局エースはこうして、私が消えてしまえば、次の相手を選び出す。
 私じゃなければダメな理由など、どこにもないと分かっているのに、心のどこかで期待していた自分が恥ずかしい。
 だからまた、グランドの言葉が心に広がっていく。
『仕方がない、仕方がない、仕方がない、仕方がない……』

 その日から、ワルツの音楽が延々と流れてくるようになった。
 きっとビオラが懸命に、ワルツを踊っているのだろう。
 私には関係ないことだと思いつつ、それでも身体が勝手に、音に合わせてワルツを踊りだす。
 アイちゃんが、エースが恋しい。
 腕や胸の温もりと、キュラキュラ笑顔に抱かれて眠りたい。
 けれどそれは、誰も望んでいない、勝手な私の願望だ。
 だから毛布を一枚グルグル巻きにして、それをアイちゃんだと想いながら寄りかかって眠る。

 そんなとき、ビオラの家にバンバンが現れた。
「ふざけないでよ。あんな化け物が、うちに居るわけないでしょ!」
 物置部屋まで響き渡るビオラの叫び声から推測して、バンバンは私を探しに来たらしい。
 外から鍵は掛けられているものの、物置部屋に防音設備はないだろう。
 だからここで私が叫べば、バンバンが気付いてくれるかも知れない。
 なのに私は、そうすることをしなかった。
 私の存在が消えてしまうこと。それが何よりの最善策なのだと思ったから……

 バンバンが現れたと同時に、ゾクゾクする悪寒が身体を襲い始めた。
 インフルエンザの再来かとも思ったけれど、あの耳に水が入っちゃったような感覚には陥らないから、熱はないと断言する。
 それでも、なかなか止まってくれないその悪寒に、ガクガクと震えているところへ、ビオラがやってきて
「これからバールに行くわ。マキアートの王子はあんたの捜索を諦めていなさそうだし、一緒にバールへ来なさいよ」
 そう言いながら、有無を言わさぬ勢いで、私を鏡の部屋まで連れ立った――

               ◆◇◆◇◆◇◆

「燃えよ、カルシファー!」
 ビオラがいそいそと部屋から出て行った後、暖炉に向かって両手を広げ、 魔女の如く一人心地で叫んでみるものの、なぜかとっても空しく終わる。
 とにかくエスプレッソの北の塔は、物置部屋よりも居心地が悪い。
 部屋が広すぎて、余計に寒さが倍増している気すらする。
 それでも、寒い寒いと言いながら、窓辺に佇む私もどこかがおかしい。

 そんな私の目に、白い物体が窓の向こうから恐ろしい勢いで飛んでくるのが映る。
 まるで白い火の玉が、大リーガーの手によって投げつけられた感じだ。
「し、白いカルシファー?」
 とりあえず、眉間に皺を寄せながらつぶやいてみたけれど、白い物体は勢いを衰えさせることなく一直線に飛んでくる。
 だから今度は、早口言葉を連呼した。
「ぶ、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる!」

 けれどその物体は、壁や窓など諸ともせずにスルリと潜り抜け、そのままの勢いで、私の周りを旋回しはじめた。
 そこでようやくその物体の正体に気がついて、今度こそ本当の名を呼んだ。
「ゼ、ゼロ?」
 目が回っちゃうほどグルグルと、私の周りを飛び続けるゼロに話しかける。
「ゼロ、お願いだから落ち着いて?」
 するとようやくゼロが飛び回ることを止め、マフラーのように私の首へ巻きついた。

 ゼロがバールに居る。それはつまり、エースもバールに居るということだ。
 なぜエースが、エスプレッソにゼロを放ったのかは分からない。
 それでもこうしてゼロに見つかってしまったのだから、私がここに居るということは、すぐにエースへ伝わるだろう。
「ゼロ、私の居場所を、エースに言わないで……」
 無理なことだと知りつつ、ゼロに手を合わせてそう懇願した矢先、部屋の扉が豪快に開け放たれて、形相のグランドが飛び込んできた。

「全く、俺の居ない隙に勝手な真似を!」
 どうしてなのかは計り知れないが、グランドのご機嫌は、雷雨を超えてハリケーン並みに荒れ狂っている。
 それでもその怒りの矛先が、私に向けられていることだけは確実だ。
「お前のような化け物を、我が城で隔離することは出来ないと言っただろっ!」
 そして狂ったようにそう怒鳴りながら、握り拳を振り上げて私に近づいてくる。

 ところが、なぜか突然グランドの動きがピタっと止まり、首を押えながら床へ跪いた。
「くっ…や、やめろっ……」
 苦痛に顔を歪め、何もない首の周りを懸命に押え続けるグランドが、息絶え絶えに言い放つ。
「わ、わかった…わかったから、これを放せっ!」
 何が起きているのか分からない私は、その光景を呆然としながら見つめ続けていたけれど、 グランドの顔が紫色に変色しはじめて、そこでようやく気がついた。
 ゼロだ。ゼロがグランドの中へ入り込み、内側から締め付けているに違いない。
 だからグランドは、内側から語りかける声に返答しているんだ。そしてこんなことができる人物は……
「ゆ、許してください、エースさん――」

 互いに何も話さないまま、エスプレッソ城の長い回廊をただ歩き、静か過ぎるほどの沈黙を保ったまま、 鏡の部屋へと到着した。
 エースへ許しを請う台詞を発して以来、頑なに貝になり続けるグランドが、小刻みに震えながら赤い布が掛けられた鏡をスライドさせる。
 そして顎だけで私を促し、私が鏡の中央へ入ったことを確認してから、大きな溜息とともに赤い布を取り去った。
 何度経験しても、慣れることが出来そうにないグニャグニャ感が私を襲う。
 だから目を瞑ったまま息を止め、もう我慢の限界だと息を吐き出した瞬間、またしても背後から囁かれる声――

「迂闊。お前は、迂闊過ぎ」

 赤い布が外されたときから、こうなることは予測していたものの、どんな顔をして逢えばいいのか分からない。
 だから振り向くことが出来ずに、その場で固まる私の腕を、エースが後ろから掴んで引き寄せた。
「俺はお前に、何と告げた? そしてお前は何と答えた?」
 エースに掴まれている手首が痛い。でもそれよりも、心の方がもっと痛い……

 腕を引っ張られた反動で身体が反転し、向かい合わせになった私へ、エースが更なる追い討ちの言葉を吐いた。
「俯くな。俺の目を見て答えろよ」
 見られる訳がない。だから俯き続ける私の顔を両手で挟み、エースが強引に持ち上げる。
 そして強制的に目が合った途端、エースの怒鳴り声が、薄暗い部屋中に響き渡った。
「二度と消えるなと言っただろうがっ!」

 間近で叫ばれるその迫力に、目を大きく開いたまま、涙だけが頬を流れる。
「ご、ごめ……」
 必死で言葉を声にしようとするけれど、言い終わるどころか半分も言えないまま、エースが私の唇を塞ぐ。
 息を継ぐ時間も与えてくれない荒々しく強引なキスに、エースの想い全てが込められている気がして、それを感じ取ろうと 必死に応えた。
 それでも恋しかった気持ちの方が先に立ち、それを感じ取ることができないまま、ただただエースにしがみつく。

「逢いたかった……」
 謝るどころか、そんな自分勝手な言い分を先に吐き出せば、息ができないほどきつく私を抱きしめるエースが、 頭の上から震えながら囁いた。
「絶対に許さない。俺がいいと言うまで許さないから覚悟しろ――」
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photo by ©戦場に猫