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◇◆ Lewty ◇◆
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『ベルだ! みんな、ベルが帰ってきたぞ!』
『中庭だ! 中庭に居るぞ、急げ!』 我が王と共にココア城へ足を踏み入れた途端、通常では聴こえない声が幾重にもこだまする。 その騒がしさに耐えかねて、思わず耳に手を当てれば、俺のそんな仕草を見逃さない我が王が切り出した。 「大分、賑やかなようだな?」 自分の失態に気がつき、慌てて耳から手を放したものの、我が王がクスリと笑いながら言い放つ。 「別に嫌味を言った訳ではない。これだけの霊気が漂っていれば、声は聞こえなくとも予測は立つさ」 エスプレッソ国の動きを探り続けていたアルファードから、進展があったと報告を受けたのは昨日。 そしてその件で、ベルの身の置き方などを検討するため、我が王と俺も正式にココア城へ招かれた。 ベルは昔から、何も知らずに生きてきた。 まして癒しの力を失っている鈴にとっては、知らないほうが良いことが沢山ありすぎる。 けれどそれも時間の問題だということが、ふと見下げた応接室の窓の外に広がっていた。 「あいつ、見えてるぞ……」 片手に透明なビニール袋をぶら下げた鈴が、小さな動物霊たちの輪へ向って、パンクズを差し出している。 俺の声に誘われて窓の外を眺めたアルは、霊が見えないだけに、たまらず俺へ問う。 「ベルは一体、何をやっているんだ?」 「餌付け?」 「はっ?」 ところがそこで、猛烈な霊気の波動が辺りを包み込み、それと同時に全身の肌が粟立つ。 二人の王もその霊気を感じ取り、共に窓辺へと歩み寄って来た。 「この感覚はルーティーだな? セル、お前の腕に触れさせてくれ」 「あぁ、構わないよ。アルファード、お前も私に触れてご覧」 元々ココア王は、死者の霊を見ることができる人だ。 それは遥か昔、ココア王家の一族が、冥界を統べる立場だったことから由来する。 そして霊感の強い我が王は、そんなココア王を通すことで、隣国の守護神をハッキリと見ることができるらしい。 更に、曲りなりともココア王の血を受け継いでいるアルだ。 だからアルもココア王に触れることで、その姿を垣間見ることが出来るのだろう。 そこで、ココア王に触れたアルが、ベルよりも遥かに大きい半透明な獅子を見て声を張り上げた。 「な、なんだあれは!」 「あの方が、我が国の守護神、獅子神ルーティーだ」 ココア王がアルの疑問にサラリと答え、そのままゆっくりと話を繋ぐ。 「私もルーティーを見たのは数えるほどしかない。だが、ベルは昔からルーティーと戯れていた」 そんなココア王の言葉で、アルの眉間に皺が寄る。 「ベルには、守護神を呼び出せるほどの、力があるということですか?」 「いや、正確には違う。ベルの中に棲む者が、各国の守護神を呼び出せるんだ」 「一体、ベルの身体には何者が……」 ベルや俺の中に棲む者を、簡単に説明することは難しい。 全てが、遥か昔の、バール創世神話まで遡らなければならないからだ。 それでも、バール王家の者ならば誰もが習うその神話を、アルが知らないはずはない。 だからココア王と目を見合わせた我が王は、迷った挙句、ゆっくりとその名だけをアルに告げた。 「ベルの中には『ベラ』が。そして、エースの中には『ピューボロス』が棲んでいるんだよ」 「そ、そんな馬鹿な……」 その二人の名を聞いただけで、アルが驚きの表情を浮かべて言葉に詰まる。 多分アルは、俺の中に棲む者の正体に、薄々感づいていただろう。 それでもベルの中に棲む者が、あの『ベラ』だとは思いも寄らなかったはずだ。 俺ですら、ベルが倒れたあの日までは、そんなことは有り得ないと高を括っていた。 けれどあの日、俺自身がそれを証明してしまったのだから、認めるほか仕方がない。 片手のひらで顔を覆い、ショックを隠しきれないアルを横目で見ながら、二人の王に切り出した。 「ルーティーと話をしたいので、席を外してもよろしいでしょうか?」 「そうしてくれると有難い」 アルの肩に手を掛けたココア王がそうつぶやき、我が王は、後は我らに任せろとばかりに肯いた。 そこで俺は、その場の全員に一礼してから、応接室を後にした―― ◆◇◆◇◆◇◆ 中庭に出た途端、ゼロが俺の中から飛び出して、一直線に飛んでいく。 そしてピーナツバターを口の周りにベトベトくっつけたルーティーに、恭しいお辞儀を繰り広げた。 『ルーティー閣下、お久しぶりでございます』 『うむ。ゼロよ、元気そうで何よりだ』 『髭にピーナツバターくっつけて、うむ。も、クソもないだろうが』 これが守護神と崇められる者の姿とは、思いたくない認めない。 だからボソボソとそんな嫌味をつぶやけば、俺に気付いたルーティが、更に威厳を失い兼ねない台詞を吐いた。 『おおエース、丁度良いところに来た。ベルに通訳を頼めぬかな?』 『一応だけ意向を聴いてもいいが、どうせまた……』 『ママ、ピーナツバターをもっと頂戴! と、ベルに訳してくれ』 『やっぱりかっ!』 声が聴こえないというのは、何よりも素晴らしい。 ルーティーの戯言などこれっぽっちも聴こえていない鈴は、その場に跪いて指を組み、キラキラおめめで守護神を拝んでいる。 流石にいきなり鈴の夢を壊すのは残酷な気がして、ルーティーの口調を真似ながら、夢を壊さぬ程度の言葉を掛けた。 「ベルよ帰ってきたか、お前に会えて嬉しいぞ。お前がいないと、誰も私にピーナツバターをくれないからな」 「ルーティは、そう言ってるの?」 キラキラおめめ続行中の鈴が、振り向きざまにそう言ったところで、ルーティーが溜息混じりにつぶやいた。 『そんな戯けたことを、私が言う筈などなかろうに……』 『もっと戯けたことを、言い放っただろうがっ!』 『エースには、通訳の才能がちゃんちゃらないから、困っちゃいますよねー!』 『黙れ、腐れ狐!』 「しかし、ココアの守護神が、ピーナツバターで餌付けって……」 いつも思うことだが、寄りによって最高の位がつく霊ほど、その本質は不真面目だ。 噂話に尾ひれが付くように、伝説もまた、人から人へ語り継がれる合間に、大きな脚色が施されるに違いない。 だからしつこくブツブツと文句を吐けば、なぜか頬を膨らませた鈴が、俺に歯向かい切り出した。 「で、でも、フェニーは、ブルーベリージャムが好きだったよ?」 「フェニーはファニーなんだよ!」 そこですかさず、ルーティーのウッホッホ笑いがこだまする。 『確かに、あやつはファニーであるの』 『お前もだよ、ルーティー!』 「それに、ダーフはマーマレードが好きだし、クジョーはカスタードが……」 『ほぉ、ダーフはマーマレードが好きであったか……』 鈴の言葉に、またまた反応したルーティーが、ニヤケ顔で言い出せば 『ダーフ閣下も、マーマレードでイチコロですね?』 悪代官に寄り添う越後屋の如く、ゼロが瞼を上げ下げしながらツッコミを入れる。 そこで、何かを閃いたように、ルーティーが俺に向って指図した。 『エース、すまぬがマーマレードを、十個ほど持ってきてくれ』 『やなこったっ!』 ところが突然、鈴が妙なことを言い出した。 「あ、そういえば、エスプレッソ城に居たのに、クジョーを一度も見なかったな……」 昔から、ベルが各国の城を訪れれば、その国の守護神は、必ずベルの前に姿を現した。 けれどそれは、ベルに霊を見る力があったからこその話だ。 だから、鈴の力が完全ではなかったのだろうと思いながら、鈴へ問いかける。 「ただ見えなかっただけじゃなくて?」 「え? あ? えっと……」 そう言ってはみたものの、エスプレッソ城にゼロと赴いた際、鈴は既にゼロの姿を見ることが出来ていた。 戸惑い悩む鈴を見下ろし、俺自身も悩み始めた時、背後からルーティが囁いた。 『クジョーを捕らえた不届き者がおる』 『クジョーを捕らえる? そんな馬鹿なことが……』 顰め面で振り返れば、今までとは打って変わった神妙な面持ちで、ルーティーが続ける。 『どうやら現世で我らが見えるものは、お主たちだけではないようだぞ?』 『こんな力を持つ者が、他にもいるというのか?』 『エースよ、解らぬか? この不可解な出来事は、全てが神話に辿りつく』 ルーティーのその言葉で、ようやく事の次第に気がついた。 自分やベルの中に棲む者が、神話の核となる主だと言う事は知っていたが、神話が再生されているとした話は別だ。 「それはマズイな……」 さっきのアルよりもショックを受けて、迂闊にも会話を声に出した俺を、心配気な鈴が覗き込む。 「クジョーに何かあったの?」 けれど追い討ちを掛けるように、ルーティーの声がそれに混ざる。 『幸い母上には、我らの声は届いておらぬ。だがこの件を知れば、母上は確実に目覚めるぞ』 そうだ。何があっても、この事をベルに知られてはマズイ。 だから一気に気持ちを切り替えて、話をはぐらかすことに精を出した。 「鈴ちゃん、僕はココア城に泊まるから、今日も一緒に寝ようねー」 「え? や、だって、アルが暫くは安心だって……」 「うん、だってもう、暫く経ったでしょ?」 「いや、まだ数時間しか……」 「更に、僕はいつでも安心な男よ?」 そして中庭を後にする俺の背中に向って、ルーティーが最後の言葉を投げかけた。 『エースよ、真実の神話を探し出せ――』 ◆◇◆◇◆◇◆ 「どうやらこれは、ベルさんが描いたらしいんだけど、なんというか、その、すごいよね……」 鈴は肩を竦めながらそう言うが、ベルの私室に描かれた壁画は、ベルではなくベルの中に棲む『ベラ』が描いたものだ。 そして応接室に飾られているバカデカイ肖像画もまた、ベラがベルの肉体を通して描き上げた。 観様によってはココア王と王妃に見えなくもないが、あの肖像画に描かれているのは、バール創世の神、ラノン神とレイア女神だ。 それに気がついたココア王は、肖像画の中に隠されていた古代文字を発見し、それを解読することによって、 ベルの中に棲む者をベラだと疑い始めた。 ベルは、これだけの壁画と肖像画を数日で描き上げ、それと同時に意識を失った。 自分の身体の中で目覚めてしまったベラを、強力な癒しの力を持つベルですら、制止することができなかったためだ。 ベラが目覚めれば、俺の中に棲む『ピューボロス』も、連動するように目覚めてしまう。 そして倒れたベルの元へ向う発作を起こした俺を見て、俺の中に棲む者と、ベルの中に棲む者を確信し、 その因果関係にも気付いたココア王は途方に暮れた。 ルーティーの言う通り、全てが遥か昔の神話通りになぞられ、現代のバールに甦っているとすれば、 ベルとビオラの転生も、ハープの長い眠りも、エスプレッソ国のおかしな動きも合点がいく。 そしてこのまま話が進行すれば、バールは一瞬のうちに滅亡するだろう。 バールを滅ぼすことになるのは、他でもないこの俺が原因だ…… けれどそれは、語り継がれる神話の通りに、物語が進行した場合だ。 ルーティーは、真実の神話を探し出せと最後に告げた。 つまり、語り継がれる神話とは別に、真実の神話が存在すると言うことだ。 そんなものが、本当に存在するのかなどと物思いに耽っていたが、鈴の叫び声でようやく我に返った。 「ぬおっ、し、しまった!」 壁画の一角に小さな窪みがあり、好奇心から、鈴がその窪みに指を突っ込んだ。 すると仕掛け扉のように、小さな引き出しが、壁の中から音もなく表れた。 何てことを仕出かしたんだと鈴に一瞥をくれてから、眉根を寄せてその引き出しの中を覗き込むと、 そこには銀細工の装飾が施された見事な燭台が置かれている。 「ベル、そのまま指を突っ込んどけ」 「う、う、うん」 鈴にそう言い残して一旦その場から離れ、ベッドサイドの蝋燭を掴んで、またその場に戻る。 そして火を灯した蝋燭を引き出しの燭台に置き、その場で固まったままの鈴に言葉を投げた。 「よし、指を引き抜け!」 俺の言葉で、鈴が窪みから指を引き抜く。 すると予測通り引き出しが閉じられて、壁画に描かれた生き物全ての瞳から、 蝋燭の明かりが洩れ出て、その全ての光が天井に向って放たれた。 「うっわ、なにこれ!」 広い部屋の天井いっぱいに、古代文字が浮かび上がる。 その文字を追いかけ、始めの数文字を解読したところで、思わず声が漏れた。 「これはバール神話だ」 「バ、バール神話?」 「いや待て、何かが違う……」 語り継がれるバール神話は、バールの崩壊と再生が綴られる。 けれどこの神話には、そのどちらもが描かれていない。 読み進むに連れて心が奮い立ち、身体が小刻みに震え始めた。 この壁画に隠された本来の意味を、恐らくココア王は知らないだろう。 いや、ココア王だけでなく、誰もが知らずにいたことだ。 これは、ベラが残した、真実の神話だ―― |
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