Index|Main| Novel|Glasseski | フォントサイズ変更 L … M … D … S |
◇◆ 灯台無駄暗し 1 ◇◆
|
|
昔、ばーちゃんが、お雛様の蛤汁を見ながら私に言った。
『蛤の貝殻はね、対のものじゃないと、重なり合わないんだよ。だから、そんな人と巡り合えますようにと縁起を担いで、お雛様んときは、これを飲むんだね』 『本当に巡り合えるの?』 『誰にでも、人生に一度だけ、そんな出逢いがあるはずだよ――』 よく、あの人は運命の人って言うけれど、その判断基準が解らない。 どの感覚器官が、どう働いて、相手が運命の人だと見分けるのだろう。 『こうさ、魂が揺さぶられる感じってゆうの?』 だなんて、友達は力を込めて断言するけれど、魂なんていうものは、死生観解釈のための概念であって、本当に存在するとは科学的に証明されていない。 こんなことを言ったら、心だって目に見える臓器じゃないから、多義抽象的なんだけどさ。 そんなとき、ロマンチッククイーンの異名を持つ優衣ちゃんが、フリルの沢山ついた洋服をフリフリさせて、運命の人定義を唱えてくれた。 『運命とは偶然よぉ! ほらぁ、電車の中で定期を拾ってくれた見知らぬ男の子が、数週間後に自分の学校へ転入してきてさ、その日丁度、隣の席のやつが休みで、その男子はそこに座るの!』 さらに、私の手を握り締め、潤んだ瞳で尚も語る。 『家の近所のコンビニで、大好きなプリンを手に取ると、反対側から違う手が伸びてきて、それが最後の一個だから互いに譲り合えば、それがあの男子なの! あ、君の家もこの辺なの? って!』 それからも、優衣ちゃんの定義は呆れるほど続き、他の友達は優衣ちゃんの定義を莫迦にして笑ったけれど、私は魂うんちゃらよりも、こっちの定義の方が説得力があると思えた。 否、シチュエーションはどうかと思うけれど、偶然が何処までも重なること。それが運命の出逢いなのではないのかとさ。 人間てさ、毎日何度も小さな選択をしながら、生きていると思うんだよね。 自販のジュースを選ぶのも立派な選択だし、混んでるから電車を一本遅らせようと考えるのも選択だし、そうやって自分が選んだ人生ゲームに、いつも重なってくる男性は運命の人だと思わない? だから私は考えた。ばーちゃんと優衣ちゃんの話を足した男が、運命の人なのだと。 つまり、偶然が重なって知り合った男と肌を重ね合わせれば、対の貝殻だと解るはず。 そしてそれを実行した。それなのに、物凄く痛いだけで、ちっとも運命なんて思えなかった。 その後も懲りずに、実験を繰り返してみたけれど、やっぱり、対だと確信できる運命の人には巡り逢えてはいない。 ということは、だ、この定義は間違っているってことだよね。 だなんて、香取へ真剣に話しちゃったもんだから、あれよあれよと、こんな目に…… 「お前、今まで、どんな抱かれ方をしてたんだよ……」 「う、うっさいっ! こんなときまで、嫌味を吐くなっ」 このクサレ香取と出逢ったのは高校時代で、高校どころか大学も、就職先も同じだった。 別段、互いに意識して同じ道を歩んだのではなく、ただ単に、進路が一緒だという腐った縁なだけだ。 当初は私だって、この腐った縁を偶然だと考え、もしかして、香取が私の運命の人かもとさえ思った。 だけどそれは違う。こいつとは、偶然よりも劣る、腐った縁なのだと断言できる。 しかも、悪臭漂う、腐り切った縁なのだと。 出逢って十年も過ぎると、こいつの人間性は、誰よりも知っている気さえする。 それは全て短所で、仮面の被り方とか、笑顔の裏の腹黒さとか、そんな感じだ。 こいつがどこぞのホテルに、女と時化こんだなんて聴いても、へぇ。ふうん。そうなんだ。で終わっていたし、何の感情も湧きやしない。 つまりこいつは、私にとって、もう完全なる対象外であり、運命の人ではない。 否、だから、その、試したことがあるんだよ。だから違うって言い切れるの。 それなのに、十数年の時を経て、なんで私がこいつの部屋へ上がり込み、こいつのベッドの上で裸になっているのかと言うと、何故だっけ? 「め、眼鏡を外してよっ」 「は? なんでだよ、見えなくなっちゃうじゃん」 「え? なんで見るの? 見なくていいよ」 「あ? 何言ってんのお前……」 新しい男に抱かれるときは、手馴れたことをせず、経験が余りない風に装うのがセオリーだ。 否、モテル女じゃないから、そこまで人数は居ないけれど、それでも二十五を過ぎれば、世界のナベアツくらいの男は居る。 だけどこいつに、今更純情ぶっても仕方がない。二度目だし。 さらにこいつに、裸を見られることが、何かとてつもなく恥ずかしい。二度目なのに。 しかもこいつに、可愛らしい喘ぎ声を出すことも、異常なほど躊躇われる。二度目だけど。 いやいやいやいや、それ以前に、こいつのキスや愛撫に感じちゃう自分の身体が居た堪れない。 「や、やっぱ、やめる」 腕で裸の胸を隠しながら、そそくさと起き上がって、中断の意を申し出た。 けれど香取は、相変わらず眼鏡を掛けたまま、中指で眼鏡を持ち上げながら文句を放つ。 「は? 今更、ふざけんな?」 「いや、ふざけてないから」 だから、目の前で手首を振りながら真顔で言い返せば、自身の中心部を指さし、断言された。 「どうすんのコレ。先に脱いだのお前だろ? 責任とれよ」 何を指差したのかが解っているのに、釣られて見ちゃうものだよね。 しかも、相手はクサレ香取なんだから、赤面しようものなら、からかわれること受け合いなのに。 「脱がしたのはお前だろっ。責任はお前がとるべきだっ」 だから決して目を合わせないよう叫べば、その言葉を待ってましたとばかりに、押し倒された。 「そう? じゃ、責任取るから寝て」 「だから、眼鏡は外し…ふぐっ」 あれ? 香取の唇はこんな感触だったっけ? 薄くも厚くもなく、丁度良い感じで、なんだかちょっと好きかも。 更に舌は、薄いくせに柔らかい。絡み合う具合がしっくりくるし、これもちょっと好きかも。 いやいや、そうじゃなくて、何で此処まで長いキスをするのだろう。 キスなんか、普通はちょちょっと済まして、胸に唇を這わせるはずなのに。 もういいよ、もう止めてよ。心臓の近所が、うずってしちゃうから。 「んっ…ふぁっ」 香取の薄い舌が、歯の裏を舐め、上顎を舐め、私の舌を絡めとっては吸い上げる。 拙いって。こんなにも口の中を犯されると、思考が覚束無くなってきちゃうじゃん。 目を閉じていても、瞳孔が開いていくのが解る。 否、本当に開いているのかどうかは知らないけれど、ほら、つと目を開ければ、香取の顔がぼやけて見えるでしょ。 そこで漸く唇を離した香取が、私の目を覗き込みながら、にやと問う。 「気に入った?」 その言葉で、瞳孔がすっと窄まり、クリアな視界が一瞬にして戻る。 「な、なに言ってんの? そんなんじゃな」 「でも、もう、乳首立ってるし」 名称を露骨に言わないでよ。この頬の火照り具合からして、絶対にまた私、赤面しちゃったじゃん。 さらに、見なくても解る。香取の顔は今、ここぞとばかりに、勝ち誇っているはず。 香取の指と舌が、胸の隆起を弄ぶ。 「くっ、」 これは屈辱のくっ、だ。だから顔を横に背け、堪えなければ漏れてしまいそうな声を噛み殺す。 しかも、こいつの身体に腕を回すことも、屈したようで腹立たしい。 だから、マットレスに両腕を縫いつけたまま、指がシーツを握り締めた。 「素直じゃないよね」 そう言いながらも香取は、胸の突起に歯を添えながらコリと弾いたり、唾液を含みながらコロと転がしたり、ねっとりと唇で包み吸い上げたりと、攻撃の手を弛めない。 さらに、胸を攻めながら、長く細い指が、既に泥濘で覆われた突起を捏ね始めた。 なんで女って、こんな解り易い分泌物を出すかな。 否、出て貰わなきゃ困るんだけどさ、機械みたいに、自分で操作できればいいのに。 特に、香取の自惚れを促進させるため、溢れちゃうのだけは我慢ならないよ。 だから止まれ。止まってくれ。これ以上、香取に勝たせたくないんだから。 ところが不意に、胸に与えられ続けた温もりと刺激が消え、序に香取の頭も視界から消え去った。 現在、香取の舌は、おへそを一周し、茂みに向かって一直線に下っている。 「や、ちょっと、待っ…」 慌てて腕を振り上げ、香取の頭を押し退けようと試みた。 けれど寸でのところで躱した香取は、逆に私の両脚を持ち上げ、又もや勝ち組口調で言い放つ。 「何? まさか、初めてとか言い出さないよね?」 「そ、そんなことないよ!」 いえ、そのまさかです。つい、見栄を張ってしまいました。 その行為を何と呼ぶか知っているし、指よりも気持ちが良いだろうとも推測できる。 けれど、そういった行為は自ら志願するものではないし、率先してしようとした男も居ない。 拠って、通常はやらない、ビデオなどの観賞用特殊行為なのだと思っていた。 大体、お前だって前はやらなかったじゃん。なのに今更…… 「んんっ!」 舞い込んだ余りもの強烈な刺激に、身体が飛び跳ね、思わず香取の髪を握り締めた。 厭だ何これ。何この、とろとろした感覚。 どんなにそっと触れてくれたとしても、指が齎す感触とは全然違う。 唇も舌も私の中心も、全てが粘膜だけに、こんなヤワヤワトロトロ感が生まれるんだ。 「ふぅぅぅっ」 触れられてもいないのに、襞がヒクヒクと収縮しているのが解る。 その証拠に、搾り出された蜜が、唾液と混ざって肌を伝って落ちていく。 まるで、毒を持った生き物に、刺されちゃった感じ。 指先までビリビリと痺れて、全身が強張って、脳も侵される。 そんな状態なのに、ちゅくちゅく吸われ、これじゃ足りないとばかりに、指が襞を撫で回す。 駄目だよこんなの。ダメダメダメダメ。 たとえ相手が香取でも、感じちゃうのは女の性だから許す。 だけどイっちゃったら、それは負けだよ、負け。香取の一人勝ちになっちゃうじゃん! 「ほんとに素直じゃないよね。まぁ、もったいないから、コレじゃイかせないけど」 勿体無いってどういう意味だ。でも、香取の言葉なんだから、嫌味方面なはず。 それでも、この展開には感謝するべきだ。 未だ私は負けていない。つまり、未だ逆転勝利の可能性が残されて…… 「ぐぁっ」 咄嗟に両手で口を押さえ、飛び出しかけた言葉を押し戻して耐える。 一通りの愛撫が終了したのだから、次は挿入だって解り切っているのに、それを考える能力が何処かへ出張しちゃったらしい。 だけど私の手は偉いから、反射的に負け発言撲滅へ乗り出した。 けれど、いとも簡単に私の手を押さえつける香取は、胸に胸を重ねて耳元で呟く。 「口塞ぐなよ。男はその声で燃えんの」 そしてその言葉と同時に、深く突刺すから、塞ぎきれなかった言葉が宙に飛び出す。 「あぁっ」 「そう。その調子」 感じる美しい顔なんて作っていられない。 しつこいほど、眉間に皺を寄せ続け、目をぎゅっと閉じて唇を噛む。 多分、この世で最も、醜い顔な気がする。白雪姫の鏡で宣言されちゃうほどに。 けれど香取の目には、そうは写らないらしい。 「だから、我慢するなって」 「が、我慢、なん、て、してない、っ、んぁっ!」 「してるだろ? それは我慢してるときのお前の癖じゃん」 こんなときに、長きに渡る付き合いが故の癖を、暴露されても困る。 それでも素直になんてなりたくないし、かといって、我慢しているとも思われたくない複雑な女心。 だから眉根を寄せ続けることを止め、唇を薄っすらと開けば、途端に香取の腰の動きが激しくなる。 「あぁっ、や、ぁぁっ、やめ、あぁっ」 「イケよ、玲。もう限界だろ?」 「ち、ちが、ぁぁっ、やめっ、だめっ…ぁぁっ、だめ」 名前を呼ぶのは不意打ちだ。こいつにこんな状況で呼ばれると、嬲られている気分になる。 大体、今まで、こいつが私の名を呼んだことなどあっただろうか? 否、あったかも。 というか何故、そんなにも確信を持って言うんだ。 私はこの体位でイったことなど無い。否、この体位に関わらず、繋がってイったことが無い。 それでも、イった演技は沢山した。主演女優賞が貰えちゃうほど、その演技には自信がある。 イっちゃうって叫んで、ちょっと仰け反って、ピクンと揺れればいいだけだ。 そしてイった後は、視点を定めず、態と視界をぼやけさせて溜息を吐けば良い。 だけど、今はそれが出来ない。何これ。どうしようこれ。 身体中の筋肉が一気に縮んで行く感じ。 くしゃみがしたくてしたくて、ひくひくしちゃう感じ。 「くぅぅぅっ、ぁぁぁっ!」 とても大きなくしゃみが、どこまでも爽快に、気持ち良く吐き出されたときに似てるよね。 びくんびくんと身体が大きく跳ね、今度はしゃっくりが訪れる。 「ひゃっく、ひっく、ひゃうっ……」 態とじゃないのに、目が潤み、薄い膜を張ったように、ちょっと不透明な視界が広がって行く。 もうヤダ。繋がっちゃえさえすれば、イかない自信があったのに、なんでこういうときに限って、しかも、相手が香取なときに限って、私の身体はイっちゃうの! 絶対、香取のことだ。ここぞとばかり、嫌味を吐くに決まってる。 だからそれに備えるよう身構えて、ふるふるしながら瞼を開ければ、見たことの無い、優しい微笑みで私を見下ろしているから驚きだ。 もしかして、否、もしかしなくても、これは、ぼやけた視界が生み出した幻だな。 だからほら、漸く視点が定まれば、香取の笑顔など何処にも無く、余裕のフレーム正しを長い指で繰り広げながら、余裕の嫌味を放たれたでしょ。 「まだまだ道は長いんだけど、ちゃんと果てさせてよ? 俺も」 『も』ってなんだ。もって。取ってつけたみたいに言わなくてもいいだろう。 酷く、至極、堪らなく悔しい。だから反論しようと口を開けば、先に逆襲された。 「無理無理。どうあがいても、どう言い訳しても、お前は今、明らかにイった」 だから仕方なく、反論の矛先を変えて文句を叫ぶ。 「め、眼鏡外してってばっ」 「じゃあ、曇らせるほど熱くさせろよ」 頭にきた。そんな言い方をされたら、熱くなってるのは私だけみたいじゃないか。 否、現実にそうなんだけどさ、だけどそれじゃ余りにも、私が可哀想じゃん。 クソ。絶対に、香取の眼鏡を取ってやる。取ったら私の勝ちってことで。 ということで、縋るように見上げながら、初めて自分の意思で、香取の首に腕を回した。 けれど、私の演技を見透かす香取は、軽く眉根を寄せてフレームを正す。 「嘘クサイ……」 それでも、そう呟かれた後は、演技なんか出来なくなった。 身体が硬直して、首に巻きつけた腕が外せない。 息が掛かるほど間近に、香取の顔があって、その矯正された視力で、なんちゃらスコープの如く、毛穴の奥まで見られちゃってそうで堪らない。 「ぁぁぁっ、ゃやだっ、見、見ないでっ」 「こっちこそ、やだね。見るに決ま…っ」 香取の嫌味なんてもう充分だ。だから香取にしがみ付き、下から必死で唇を奪い、口を封じた。 そこで香取が、一瞬だけ驚いたような素振りを見せたけれど、なんたって私が必死だから、それは定かなことではない。 激しく重なり合っているというのに、意外にも唇は離れないものだ。 それどころか、香取自身が私へ与える官能を、香取自身の唇が呑み込んで行く。 もう本当にヤダ。肌も唇も何もかもピッタリ重なって、それが隔たりなく、しっくりきちゃってる。 信じられないほど気持ち良くて、終わらないで欲しいなんて思っちゃってる。 香取なのに。香取だよ、香取なんだよ? そうだ、考え直せ私! 「……玲」 意味有り気に私の名を呟くな。全身に鳥肌が立っちゃうだろ。 「玲……」 甘くも囁くな。頬に手も触れるな。お前の名を呼び返したくなっちゃうだろ。 「玲…っ、」 そんな切なげ声で呼ぶな。釣られて私もまた……駄目だ。またイっちゃう。 「くぅっ…あ、あ、や、槇っ、だめ槇っ、んぁぁぁっ!」 呼んじゃった。イったことよりも、敗北感が否めないのは何故だろう。 だけど、ある意味私は、この勝負に勝ったのだと思いたい。 なぜならば、香取が眼鏡を外したからだ。つまり、香取も熱くなったってことだよね。 「ふっ、んっ……」 苦しいよ。そんなに強く抱き締めないでよ。 髪に指を差し込むのも反則でしょ。そうやって頭を固定して、唇を奪うのは止めてってば。 「玲……」 だから、呼ばないで! その声だけで、きゅっと何処かが締め付けられちゃうの! だけど直ぐ、香取の眼鏡を外させたことに後悔した。 眼鏡が落ちちゃう心配がなくなって、俄然、香取の動きが激しいものとなる。 「ぃやぁぁぁっ……」 私の腰を掴む香取の手が熱い。吐き出される息も、炎みたいに熱い。 力なんて入らない私の身体を、力ずくで転がしては、強引に引き寄せ、埋める。 「あああ、ああっ、やだやだっ、やっ、ぃやあぁぁ!」 こんな恰好は恥ずかしい。こんな体勢だって羞恥に塗れちゃうじゃん。 なのに、振り解けない。身体が気持ちいい気持ちいい叫んで、もっと欲しいって言ってるの。 スタッカーとの利いた、香取の呼気が降り注ぐ。 どうして男は果てようとするとき、マックスな動きをするんだろう。 いつもは、解り易くて有難いはずの動きでも、こんなにされたら、壊れちゃうって。 それにそれに、頼むから、果てるとき私の名なんか呼ばないで。 それを遣られたら、多分私、きっと…… 「…っ、玲っ」 呼ぶなって言ったじゃん。呼ばないでって頼んだじゃん。ほら、泣いちゃったじゃん! 「もうヤダ。ほんとヤダ。槇なんて大っ嫌いっ」 何が厭で、本当に厭なのかは知らないが、大嫌いだけは本当だ。 だから、本心から言葉を発しているにも関わらず、香取にはちっとも堪えないらしい。 「ねえねえ、泣くならさ、『ふぇっ』って泣いてよ。そしたら考える」 何を考えてくれるのかも知らないが、こういう場合だし、悪いようにはしないはず。 「ふぇ…っ」 だからお望み通りに泣けば、拍手を何度も打ちながら、香取が喜び騒ぐ。 「ほんとに言うんだ、マジで言うんだ、すっげえ最高ソレ!」 今確信した。否、ずっと確信していた。私はこいつが大嫌いだ! それなのに、なんで香取の腕枕なんかで、安眠を促してもらったりしてるんだろ。 しかもあの、細長い指の腹が、髪の生え際をほそほそと撫でるから、気持ち良くて堪らない。 大体、行為が終わったら、ちょっと休憩してから速やかに退去するべきだ。 だって、半口開けて寝ている姿なんか見られたくないし、起き立てのボサボサ髪を見られるのも厭だ。 だから、可愛らしくハニかんで、オートロックの前で、おやすみのキスをして、相手の背中に手を振れば後は自由だし、相手が香取なら、それすらも免除して平気なのに。 「玲、ふぇっ。て、言って」 そんな甘ったるい声で、しかも、おでこにキスをしながら懇願しないでよ。 「玲…言って」 耳たぶを、さわさわするのも止めてってば。あ、でも、言ったら止めてくれるかも。 「ふぇっ……」 ほら言ったよ、言ったでしょ。だからもう触らないでっ。眠いのっ。 「ぷっ。クククっ。クククククククっ…たまんねっ」 |
|
NEXT → | |
Index|Main| Novel|Glasseski |