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◇◆ 灯台無駄暗し 2 ◇◆
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無駄に可愛い女っているよね。なんかこう、全てが無駄なのに、それが可愛いって言うかさ。
本人、至って冗談ではなく、えらく真面目にやってるのに、何もかもが滑稽なの。 例えば、立つときはいつも肩幅に足を開いてんの。内股に可愛く開いてんじゃなくて、素で肩幅。 だから思わず、膝カックンしたくなって、想像で止められずに実行すると、想像よりも豊かなほど滑稽に、美しいダイナミック加減で、視界から消え失せちゃったりしてさ。 周りの歓声が凄くて、これはちょっとヤバイかもって思うから、手を差し伸べるじゃん? そうすると、お前、絵の具被ったの? って言いたくなるほど鮮やかに赤面しながら、俺の手を掴むの。 その顔が堪らなく可愛くてさ、しかも、素直に手を握ってくるから、それがまた最高。 つまり、なんだ、その、はっきり言って俺、この女にメロメロってことだ。それも無駄に。 理数が好きな女は、科学的に物事を考え勝ちだから、皮肉屋発言も多いのよ。 文学的なロマンチック思考は、非現実的だと判断し、仮説、実験、結果を欲しがるっていうの? こいつの思考も、やっぱりそんな感じで、論議を開始したら止まらない。 そのくせ情に脆いから、人情話をしでかせば、自分の説を覆して、それに味方する。 そんときの口形が、無限なの。ほら、八って数字を横向きにした、あれ。 俺的に、絶対こいつは心の中で、『ふぇっ』って言ってると思うわけ。 否、本当にこいつが、そんなことを言おうものなら、授業中に手を挙げて、好きだと言ってやってもいいよ。マジで。 とにかく、仕草や台詞の全てが、無駄にクリーンヒットするんだよ。 目の中に入れても痛くないって言うけど、あれって本当だと思うほどに。 だから偶然を装って、何時でも傍に居るのに、偶然を装い過ぎて、縁が腐った…… 高二のクラス替えで、理科は物理と化学。数学は基礎解析と代数を選択すれば、八クラス中、三クラスしかない理数科へ、組み分けされると知っていた。 さらにそこで、社会を政経ではなく、倫理哲学にすれば、十中八九、A組に配属されるとも聴いていた。 玲はきっと、理数科を選択する。物理は得意じゃないけれど、あいつが選ぶなら俺も選ぶ。 だけど後は、自分の運に懸けるしかない。 頼むよ、頼む。どうか倫理を選んでくれ! 「香取お前、倫理なんか選んだのかよっ! しかも何? 物理ぃ?」 俺の選択用紙を盗み見た旭が、大袈裟なほど派手に、大声で騒ぎ立てる。 「物理が好きなんだよ。文句あっか」 仏頂面で旭へ言い返しながら、ちらと玲に目を走らせれば、何故か青褪めた玲の顔。 何それ。何その顔。止めろよ、お前まさか、文系を選んだとか言わないよね…… けれどそれは、取り越し苦労で終わり、蓋を開ければ互いにA組。 だけど物理は難しかった。哲学なんて、さっぱ解らねえし。 それでも、何だかんだと時は過ぎ、修学旅行のバスも隣の席で、バイト先も同じバーガー屋で、土日や休日なんて関係なく、毎日玲の顔を拝んでいた。 そして、高三の運命日、意を決して、俺は玲に告白した。 「館山、その、付き合ってくんない?」 ところがだ、玲の返事は、速攻拒否の逆ギレ状態だった。 「断るっ。今、それどころじゃないの。それより、進路早く決めてよ」 「えぇ? なんでお前、キレてんだよ……」 「だって、進路希望を提出してないのは、香取と私だけなんだよ? 香取が悪いんじゃん」 「はぁ? 何で俺が悪いんだよ? お前が決まらないか」 止めた面倒くさい。どうせ俺は、たった今玉砕されたんだし、もういいよ、どうでも。 「俺はもう、国立の理学部志望って、提出した」 だから適当に、思いつきの進路を口走れば、何故かまた、青褪める玲の顔。 「そ、そうなんだ……が、学科は?」 学科? 学科まで聴くなよ。思いつきなんだから。大体、国立なんて行けるわけないだろ。 それでも、一度見栄を張っちゃえば、それが撤回できないものだ。 「じょ、情報数理? 一応、それが第一希望?」 全ての語尾にハテナマークを付けたにも関わらず、次の瞬間、恐ろしい返答が、玲の口から漏れた。 「へ、へぇ…いや、その、奇遇……私もそこ狙ってて……」 「えぇぇぇぇっ!?」 冗談だろ、冗談だと言ってくれよ。今から勉強して、間に合うの俺? 否、だから玲は青褪めたんだ。また俺と進路が一緒だと。これ以上、付き纏うなと。 クソ。こうなったら、ストーカー並に付き纏ってやる。 絶対、国立を受けてやる。そして、絶対に受かってみせる! 柄にもなく、努力したさ。そりゃもう、死に物狂いで勉強したさ。 有名予備校に通って、合宿まで参加して、必勝のハチマキまで巻いたもん、俺。 そんな予備校に玲も居て、模擬テストの成績も僅差で、自習室でも互いにバリバリ問題解いて…… 見事、現役合格を果たしたってわけです。はい。 どうだ、思い知ったか、ざまぁみろっ! ところが、入学式後、キャンパスに現れた玲を見て、驚いた。否、ぶったまげた。 すっごい可愛いの。何その可愛らしさ。ほんのり化粧もしちゃってるよね? やばい。大体、今までだって害虫駆除が大変だったのに、そんな恰好されたら駆除しきれないだろ。 何考えてんだよ。どうしてくれんだよ。止めろよ、そんな可愛いのは反則だろ。 「に、似合わなかったか、な? こんな服も、私が着こなせるはず無いよね……」 似合ってます。着こなせてます。それも無駄に。 抱き締めたいです。キスしたいです。我が物にしちゃいたいほど。 自分でも情け無いほど、昔から変わらない言動を、撒き散らすやつだと思う。 つまり、想像で止められずに実行へ移してしまったわけで、玲も拒まないから平気なのだと思っていたら、想像よりも豊かなほど滑稽に、美しいダイナミック加減で痛がられたりして。 もうヤダ。何でこんな一大事に、失敗してんの俺。 四六時中一緒に居たんだから、玲が処女だってことぐらい、解り切っていたじゃん。 もう本当にヤダ。最低最悪。どうしよう、俺…… 膝カックンとは次元が違う。レベルが違う。格が違う。 玲の処女を奪って、ヘマやって、普通な顔をしていられるはずがない。 だから玲と距離を置き、なるべく顔を合わせないよう気を配り、そして、他の女と寝た。 しかも年上を選り好み、頭を下げて、徹底的に仕込んでもらった。 つまり、早い話が、練習を積んだってことだよね。汚名挽回のためにさ。 ところがだ、俺は肝心なことを忘れていた。 玲と距離を置く。それ即ち、誰が玲に群がる害虫を駆除するの? 慌てて駆除の再開をしたけれど、時遅し。 三回生のイケメン男に、玲を持っていかれ、成す術なく悲観に暮れた。 あの男とヤってんのかと思うと、苛立って苛立って、つい嫌味が零れ出る。 「お前、目が悪いんじゃないの?」 「視力悪いのは、お前じゃんっ」 「お前莫迦? だから眼鏡を掛けてんだろ?」 「もうヤダ。大っ嫌いっ」 何で心を抉るような言葉を、平気で吐くかな。 こんなにも、ハートブレーカーな俺に向かってさ。 それなのに、何その、大っ嫌いって言ったときの可愛い顔。 これぞ、正しく無駄だよ、無駄。本当に、いちいちいちいち可愛いからムカツクよね、お前。 こうして時は、着々と流れ、玲も例の男と綺麗さっぱり別れてくれて、これで万事安泰だと思っていたら、何、何で、どうして俺を避けるわけ? もういい。冗談じゃない。お前なんか、想い続けてやるもんか。 だから、告白してきた女と付き合い始めれば、俺と争うように、玲も違う男と付き合いだした。 やっぱ駄目。やっぱ無理。他の男にお前を盗られるなんて耐えられない。 よくさ、相手の幸せのため身を引くって男がいるじゃん。悪い、俺それ無理。無理なものは無理。 「おい、お前さ、あいつと別れろよ」 「はっ? 何、勝手なことホザイってんの?」 「断言してやるよ。あいつは運命の人じゃないから」 「断言してくれなくて結構です。そんなもの、自分で確かめます」 こっ、かっ、可愛くねえっ! じゃなく、可愛いんですが。何そのアヒル口。 やばい。ムズっと掴みたい。否、欲を言えばキスしたい。どっちかやっちゃ駄目? いやいや、聴くまでもなく遣りました。えぇ、俺は想像を実行に移すタイプです。 「もうほんとにヤダっ。槇なんか大っ嫌いっ!」 何でそんな暴言とともに、初めて俺の名を口走るかね。 名を呼んでくれるなら、悦びの言葉とともに呼んでよ。 抱かれて感じたときとかさ。喘ぎに紛らせてさ。こう、あぁん槇ぃって感じで。 やばいじゃん。そんな玲の声を聴ける日が来るのかな。自信無くなってきちゃった、俺…… ところがその数日後、玲は男と別れてくれました。 けれどその、別れた理由ってのが、正当なんだけど、何やら強引です。 「だって、しゅ、就活を真剣にやりたいから……」 そんな理由で、お前は男を捨てちゃうんだね。まぁ、俺にとっちゃ万々歳なんだけどさ。 「で、何処の会社を狙ってんの?」 「え? あ、や、IT関連?」 理学部だし、学科的にも、その選択は妥当だよね。だけど大切なのは社名でしょ。 「いや、だからさ、社名は?」 「ん? えっとえっと、え、え、Nがつく会社?」 「はっ? お前まさか、NTTとかNECとか言わないよね?」 「うっ、何? まさか、また一緒…?」 「えぇぇぇぇっ? マジかよ〜っ!」 何こいつ。何でだこいつ。どうしていつもいつも、超難関をチョイスするのかね。 そりゃ、男と別れて当然だ。真剣にやらなきゃ、内定なんて貰えるはずがない。 もう本当にヤダ。また、死に物狂いの日々がやってくるじゃん…… Nと言う文字のつく会社を、片っ端から受けました。 何処かに引っかかってくれれば、しかも、玲と一緒の会社であれば、何の文句もありません。 「お前、どこか内定貰えた?」 「あ、うん。二社から貰えた。か、香取は?」 「いや、俺もそんなとこ」 実はもうちょっと貰ってます。これでも俺、一応国立大生ですから。 だけど神様、仏様、頼むよ、頼む。どうか、玲と同じ会社がありますように。 「ねぇ、何処と何処?」 「お前こそ、何処と何処だよ?」 「か、香取から言ってよっ」 「やだよ。何でだよ。お前から言えよ」 そこで玲は辺りを慎重に窺った後、俺の耳元でボソボソと社名を呟いた。 やった、やったよ。神様有難う。本当に本当に、私はあなたを愛してます! 「マ、マジかよ〜っ!」 こうして無事、互いに卒論を終え、互いに卒業をし、互いに同じ会社へ入社した。 部署は違うけれど、同じ支店なのだから、えぇ、文句は一切ありません。 序に、就職してから、寮を離れ、晴れて一人暮らしを始めました。 「ねぇ香取、どこら辺に部屋を借りたの?」 玲が、一人暮らしをしたがっていると知っていた。 だから先手を打ち、俺が先に部屋を借りた次第です。 だってほら、玲のことだから、こうやって情報をギャザーしようとするに決まってるからさ。 だから待ってましたとばかりに、最寄り駅を告げた。 そして、いかにその街が住み易いかを、丹念に紐解いてやりました。 さらにさらに、不動産屋まで紹介し、そこに付き添ってみたりしちゃいましたとさ。 もうこれで残すは、長年の腐った縁を解消し、玲をお嫁さんに貰うだけですよね。頑張れ俺。 ところがだ、ところがだよ、上司に肩を叩かれちゃったんですが、どうしたら…… 否、左ではなく、栄える方の転勤だけど、それでもこの肩叩きは痛い。 未だ打診の段階とはいえ、断ったら、確実に左側の転勤が待っているはず。 やばいよ、やばいじゃん。悠長になんかしていられないって。 今直ぐ手を打ち、玲を掻っ攫うしか、俺に残された道はないよね。 だから、あれやこれやと作戦を練り、玲を部屋まで誘き寄せた。 今、俺の心境は、後は野となれ山となれ。 駄目でも仕方が無い。だけど最後に、お前を抱きたい。 そう。俺は想像を実行に移す男です。 だから必ず、玲に手を出すと、今、此処に、誓いますっ! |
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