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◇◆ 灯台無駄暗し 4 ◇◆
 好きな女の唇ほど、欲情させるものはないよね。
 ふっくら柔らかい唇が、薄っすら開いたり、強く噛み締めたり、艶かしい声を漏らしたり、その度にゾクっと、支配欲に似た欲求が熱く湧き上がるっていうの?
 特に玲は、俺に対して強力な意地を張るから、それを弛ませることに、妙な快感を覚えるんだ。
「素直じゃないよね」
 というか、こうやって嫌味を吐き出しつつ、首を真横に傾け、両手でシーツを握り締める玲に欲情する俺も、相当な意地っ張りなんだけどさ……

 休み前、あの手この手を駆使して、玲を俺の部屋へ連れ立った。
 デリカキッチンのテイクアウト中華を持ち帰り、最新トレンドスポット満載の、都市情報雑誌とパソコンを広げて、幹事仕事に精を出す。
「香取ってさ、幹事なんかやるタイプだったっけ?」
 紙パックの中のチャーハンを、箸で器用に食べながら、玲が不思議顔で俺に問う。
 だから、嘘ではないが、用意された事実を玲に告げた。
「ジャンケンで決まったんだよ」

 こうなることを想定して、転勤話を高校時代の旧友へ漏らした。
 旧友とは旭くんその人で、こいつの思考回路は真っ直列接続だけに、オームの法則など使わずとも、簡単に割り出せる代物だ。
「じゃあよ、お前の送別会ついでに、同窓会もやっちまおうぜ?」
 ほらきた。そう言い出すと思っていたよ。流石だ旭。
「でよ、一次会の幹事はお前と館山な? 俺、二次会の幹事を優衣ちゃんとやるから!」
 素晴らしいよ旭。重ね合わせの原理を利用しなくとも、お前の思考回路は計算できるのだから。

 それなのに、何で優衣ちゃんとやらは、お前の思考を読めないのかね。
 あ、みえみえ過ぎて、読まれ過ぎるから、いつまでも落とせないのか。可哀想だね、旭。
「待て待て旭。ここは公平にジャンケンで決めようぜ」
「え? 何をだよ?」
「一次会と二次会、どっちの幹事を引き受けるかだろ?」
「あ、そうか! オケオケ。んじゃ、恨みっこなしな?」
 恨むわけが無いだろう、莫迦旭よ。俺はジャンケンをした既成事実が欲しいだけだっつうの。

 玲の回路も、ここまで単純にとは言わないが、あんなにも複雑に設計しなくてもいいよね。
 事を運ぶのは簡単なんだけど、事を成し終えた後が大変なんだよ、いつもさ。
 なんでだかいつも、可愛いほど素直に従うくせに、なんでだかいつも、終わった後に喚きだすんだよ。
 そりゃあ、想像を即実行に移しちゃう俺がいけないんだけど、厭なら抵抗すればいいと思わない?
 まぁ、今回は、抵抗しても止めるつもりは無いけどさ。あ、この発言だと犯罪っぽいな。
 飽く迄も合意の上、否、合意後に抵抗されたら、止めるつもりは無いってことで。

 決して騙している訳じゃない。だから俺は、何一つ嘘を吐いていない。
 ただ、ある目的へ向かって、遠隔に、円滑に、誘導しているだけだと思いたい。
 故に、計画にはハプニングが付き物だから、そんなものを俺は用意しない。
 逆にそのハプニングを利用して、ちょっと打算をするだけだ。
 だから、玲がエビチリのソースを服に溢したのは、計画でも何でもないし、風呂に入って着替えろと言ったのも、当然の成り行きであって、計画ではない。
 さらに玲が、着替えのジャージを見て、「これ高校のジャージじゃん! ナツイぃ!」と、連発したのも計画ではないし、「そういえば高校の頃さ?」などと、昔話を始めたのも以下同文。

 じゃあ俺が何をしたかと言えば、運命の人の定義ってな題材論議を、玲に振っただけです。はい。
 そこで、加速を増しながら、ヒートアップし続ける玲に、ちょっと意地悪を言っただけです。ええ。
「お前、不感症なんじゃない?」
「ふ、ふざけんな? すっごいんだよあたし!」
「何がどうすごいんだよ…てゆうか、証拠は?」
「だ、抱いてみろっ! それが証拠だっ」
「解った。じゃ、脱げよ」
 そして、今に至ると。ほら、何も騙してないでしょ? 計画性だってないでしょ?

 しかし、この状況に辿り着いたものの、どうやって攻めようか。
 とりあえず、今回の使命は雪辱戦だけに、もう駄目って言わせることが最終目標なんだけど、そう簡単に、この台詞を玲が言ってくれるとは思えない。
 況してこの言葉を、愛撫の段階で言わせても、俺の汚名返上には繋がらない。
 俺でイかせる。繋がってイかせる。序に、イクとき俺の名を呼んでくれれば、尚おいしい。
 だから愛撫は、時間を掛けてたっぷりと。だけど、寸ででイかせない。
 爆発できない身体が欲求不満を唱え、今直ぐにもイキそうな位まで高めに高め、打つべし打つべしと。
 そうと決まれば、早速、作戦開始だ。頑張れ俺。負けるな俺。

 けれど、グラっとするんだ、これがまた。
 柔らかい胸に、しゃぶりついているだけで今にも破裂しそうなのに、気持ち良いほど抵抗され、赤面された後、玲の秘処を拝めば、有難くないスイッチが入る。
 やばい。こいつ、舐められんの初めてじゃん。
 しかも何、この艶々光った桜色。
 蜂蜜よりも濃厚甘味な蜜を溢れさせ、花びらをひくつかせて、俺を誘ってるじゃん。
 拙い。挿入するまで、もつの俺? 今、ちろっと先走ったよね、俺……

 それでも、極上の花の蜜に誘われた蜂の如く、本能が玲の蕾を吸い上げた。
 途端に玲の身体が飛び跳ね、手が俺の髪を強く握り締める。
「んんっ!」
 こんな声を聴いちゃったら、理性なんて跡形もなく吹っ飛びます。
 無我夢中でしゃぶりつき、蜜と蕾を厭と言うほど堪能させていただきました。
 吸い付く度、ぷっくらと膨れるピンク色の蕾に、とろんと搾り出される蜜は、興奮剤だよね。
 ドーピングとかドラッグみたいにさ、士気向上の刺激を強度に与えてくれるって言うの?

「ふぅぅぅっ…くぅぅぅっ」
 けれど、限界近づく玲の声を聴いて、本日の作戦を思い出す。
 そうだった。愛撫ではイかせないんだった。
 だから、蜜壷へ指を差し入れ、後のために、玲の至極感じる場所を探し当てた。
 この作業を怠っちゃ拙い。これを怠ると、素晴らしいエンディングは迎えられない。
 何故なら、挿入後は、この一点を狙い打つからです。スナイパーっぽく。

「ぐぁっ」
 ぐぁっと言いたいのは、俺の方だっつうの。
 お前は感情がないからいいけど、俺はお前が好きで堪らないわけで、そんな女を、漸くこの手に抱くことができたのだから、もう、いっぱいいっぱいよ、俺。
 それでも、なんでかなぁ、お前の声が聴きたくて狂いそうになるんだよね。
 俺に、俺だけに感じてるって、証明してほしいんだよ。
「口塞ぐなよ。男はその声で燃えんの」
 正確には、『俺』が燃えるんだけどね。萌えるでも語弊じゃないけど。

 唇を塞ぐ邪魔な手を拘束し、高まりを、捻るように突刺しては、ゆっくりと引き抜く。
 やばい。眼鏡のお蔭で、何もかもかクッキリ見える。
 玲の閉じた唇の隙間から漏れる息の形まで、漫画チックに象られちゃうほど丸見えだ。
 この刺激は、身体が直に感じる刺激より強烈だよね。
 だって玲が、イキそうなのを我慢してるんだよ? 俺に感じちゃってるんだよ?
「イケよ、玲。もう限界だろ?」
「ち、ちが、ぁぁっ、やめっ、だめっ…ぁぁっ、だめ」

 全くさ、この期に及んで、本当に素直じゃないよね。
 こういうとき、物凄く意地悪したくなるんだよね、昔から俺。
「何が違うのか、言ってみろよ」
 指で探り当てた箇所を、ゆっくりと、けれど確実に、執拗に擦りあげて嬲る。
 すればもう、堪えきれなくなった玲が、指に力を込め、必死で俺の腕を握り締めながら、押し殺しに殺した絶頂を叫ぶ。
「くぅぅぅっ、ぁぁぁっ!」
 堪んねぇ。何その顔、可愛いすぎだっつうの。しかも、ひゃくひゃくしてるし。
 なんかもう、この顔を見られただけで、充分な幸せを得た気がするよ。マジで。

 だけどこれで終わらせちゃったら、汚名の返上ができないからこそ、此処からが必死だ。
 超人伝説に名を刻めるほどの、忍耐力が必要となる。
 まるで気分はハスラーだよ。どれだけ正確にピンポイントで狙えるかを計算し、キューの位置を変え、角度を変え、優しく突いたり激しく突いたりさ。
 否だってさ、こんなこと考えてなきゃ、もたないって。
 当然、眼鏡も外したさ。これ以上、玲の火照った顔を見たら、俺の方が先にイっちゃうもん。

「玲…イケ」
「ぁぁぁっ、もうだめ、もうだめぇ、槇ィくぅぅぁぁっ!」
 えっと、これは正しく、今回の目標を達成したんですよね、今俺。
 しかも、この収縮は、本日四回目の絶頂を果たしたってことですよね、今お前。
 だから、そのひゃくひゃくした身体に、我慢に我慢を重ねた全て、ぶちまけてもいいんですよね、もう。
「…っ、玲っ」
 獣のようにマックスで叩き込み、壊れるほどきつく玲を抱き締め、全てを解き放つ。

 ところがだ、次の瞬間、玲の目から涙が溢れ、快楽の絶頂から奈落の底へ叩き落されました。
「もうヤダ。ほんとヤダ。槇なんて大っ嫌いっ」
 なんで泣くの? なんで大嫌い言うの? 泣きたいのは俺だよね?
 頼むよ、この複雑過ぎる思考回路を、誰かどうにか解読してよ。
 それなのに、何その無限口。ほら、玲の例の横型八の字よ。
 やべぇ。絶対こいつは心の中で、ふえふえ言ってるって。
 拙い、どうしても言わせたくなっちゃったじゃない……

「ねえねえ、泣くならさ、『ふぇっ』って泣いてよ。そしたら考える」
 考えるとは、玲の思考回路であり、この一連の言動を、掘り下げるといった意味なのですが、どの道、玲に伝わるとは思えないし、考える気もなかったりします。
 だって考えたところで、袋小路に嵌るだけで、理数のように明確な解答なんて出ないじゃん。
 しかも俺、玲が本当にそれを言ったら、正々堂々と告白をしなきゃならないし。
 だって、そういうお約束でしたから。今はもう授業中なんてないけどさ。

「ふぇ…っ」

 う、嘘だろ。こいつ、本当に言ったよ。言っちゃったよ。
 とんだハプニングって、正にこのことだよね。うわ、びっくり。
 否、本当に言わせたかったよ? こう、男のスペクタクルな浪漫って感じで、長年温めてきたし。
 だけど、お前が言っちゃったら、俺は告白しなきゃならないわけで、約束はきっちり守らなければならないと、言われ続けて育ってきたわけで、拙い。どうしよう……

 ところが、そんな俺の動揺とは裏腹に、忽如、コテっと玲は眠りの国へ旅立ちました。
 何お前、何なのお前。本当にムカツクほど可愛いからムカツクっていうの?
 しかもさ、何故に鼻で呼吸をしているくせに、唇をぽってり開くのかね。
 これは、寝ながら俺を誘っているのだと解釈するのは、紛れも無く俺のエゴだよね?
「好きだよ玲……」
 乱れた髪を整えながら、額に口づけ、そっと語る。
 本人の意識はないけれど、とりあえずこれで、約束は果たしたってことで。正々堂々と。
 それなのに、何の夢を見ているのか、至極タイミングよく、愛くるしい笑顔を向けられたから堪らない。

 もうさ、チョッカイ出したり、悪戯したり、飽くこと無く苛め抜く自信があるよ。
 休みが終わるまでの後二日、お前を軟禁してもいいですか?
 帰したくない。ずっと此処に居させたい。俺の腕の中でまた、狂い、乱れ、イかせ捲りたいんだよ。って思うのも、やっぱり犯罪ですよね?
 だけど、何度も言うようで恐縮ですが、俺、想像を実行に移すタイプなんです。はい。

「玲、欲しいって言えよ」
「ほ、欲しくなんかないっ。眠いのっ」
「ほんとに? こうしても?」
「ぃやっ、やだやめ、…んくぅっ」

 気持ちも、身体と同じくらい正直だったらいいのにな。
 確証はないけどさ、口で言うほどは、俺を嫌っちゃいないと思うんだよね。
 況して、強要したとは言え、俺の名を呼びながら果ててるわけだしさ、嫌いだったら、呼べと言われても、イきながら呼んだりしないよね?
 た、確かめてみようかな。強要しなくてもイクとき俺の名を呼んだら、好きってことで。
「や、や、槇っ、んぁぁぁっ!」
 お前、もしかして、嫌いどころかさ、結構俺のこと好きだったりしない?
 否、そんなまさかまさかの話が、現実に在るはずがないか。ドラマじゃあるまいし。
 だけどゴムは、全部使っちゃってもいいよね。だってほら、引越しの荷物は少ない方がいいしさ……


 そんなこんなの休み明け、半日ぶりに会う玲へ、この日のために用意していた鍵を放り投げた。
「ほら、合鍵渡しとくから、好きなときに勝手に入ってもってけよ」
 引越した日に作った合鍵を、引越しが確定した日に、漸く渡すことができたって嬉しくなんかないよね。
 というか、何で鍵を見ながら顰め面するんだよ。もっと嬉しそうにしろよ、ムカツクな。
 ところがそこに、玲と同じ部署の我孫子が現れ、チケット片手に語りだす。
「館山さん、DCT好きだって言ってたよね? これ、今度の土曜なんだけどさ、一緒に行かない?」

 たった二日。十年想い続けた中の、たった二日だ。
 確立にすれば、1825分の1にしか過ぎない時間だよ。
 それなのに、玲の香りと温もりを包んで過ごした、その時間が既に恋しい。
 それでも玲は、俺が居なくとも平気だろうし、こうやって何度も男から誘いを受けるだろう。
 だって聴いてよ、昨日の別れ際だってさ、普通ならおやすみって言うはずじゃん?
 それなのに、玲が放った台詞は、毎度毎度の大っ嫌い。
 俺にはそう言うくせに、何で我孫子には言わないの? しかも、何その嬉しそうな顔……

 もうあったまきた。帰ったら、こてんぱんだ、こてんぱんっ!
 なんて、プスンプスン蒸気を吐き出しながら帰宅したものの、部屋の明かりを見て頬が緩む。
 ただいまって言ったら、エプロンを着けた玲が、玄関口まで走り寄ってきてさ、『おかえりなさ〜い』なんて笑顔で出迎えてくれちゃってさ、チュッとかしてくれたり……するわけないよね。
「ただいま」
「何処にもないよ。何処で見たの?」
 やっぱりね。そうだろね。しんどいね。未練だね……って、これじゃ音次郎じゃん。

 いやいや、そうじゃなくて、否、そうなんだけど、あれだよあれ。
 俺はもう、未練を残さず旅立とうと決めているので、玲に関しては、全て想像実行すると誓います。
 なので、欲しい言葉がもらえるまで、延々と同じ台詞を繰り返しましょう。

「ただいま」
「ねぇってば、何処で見たの?」
「ただいま」
「香取聴いてる? ねえってばっ」
「ただいま」
「お、おかえり……」

 四回目にして、相変わらずの赤面で答えてくれて有難う、と。
 本当は、『ご飯にする? お風呂にする? それとも…寝る?』と、言って欲しいですが、一歩間違えるとコントになってしまいそうなので、諦めようと思います。
 さらに、その赤面顔を拝むと、この場で押し倒しかねないので、お前のため、そそくさと風呂へ立ち去る俺を崇めてくださいね、と。

 それなのに、風呂から出れば、ベッドの前で物思いに耽る玲が居る。
 しかも、頬を染めながら、無意識に枕カバーを掴んでいるんですが、そんな光景を目の当たりにしちゃったら、手を出さないでいられるはずがなく……
「何? また抱かれたい?」
「あっ、ちょっと何やらか…んぐっ」

 だからさ、自分から手を出しといて言うのもなんだけど、どうして抵抗しないかな。
 休み中だってさ、口を開けば、バリバリ罵詈だらけなのに、引き止めればそれに従うしさ。
 寝言で俺の名を呼ぶクセに、起きれば大嫌い言うし、胸に顔を摺り寄せ爆睡するクセに、起きれば胸をど突くし、その度俺は、ヘブンとヘルと行ったり来たりだっつうの。
「お前、男なら誰でもいいの?」
 だから、腹立ちを堪え切れずに呟けば、とろんとしていた玲の瞳がくっと見開き、俺の胸を両手で押し退けながら、決まり文句を口にする。
「……大っきら」
「その大嫌いな男に、何度も抱かれてるのはお前だろ?」

 絶対に、次の台詞は『もうヤダ!』だ。
 と、確信していたにも関わらず、予想外に泣かれ、想定外な長文が玲の口から吐き出された。
「槇が分散型プリズムで瞼を上げるから、いつだって遣りたい放題で、好きだよって言ってくれたのに、私が下手だからって他の女をいっぱい抱いて、好きって言ったのに私のこと無視して、好きって……」
 未だ、玲の泣き喚きは続いているけれど、此処で一旦、話を纏めよう。
 文頭は、どう足掻いても解読できそうにないのでサラっと飛ばし、着目すべきは、本日のキーワード如く、何度も繰り返されるこの言葉。
「好き? 好きって……」

 そこで玲の動きがぴたっと止まり、今度は夢から覚めたように、暴れだす。
「くぅぅっ…やっ、やだっ、や、やだぁっ!」
 もがく玲を押さえつけながら、必死で考える。
 俺がその言葉を放ったのは、初めて玲を抱いたときだけだ。
 だけどあのとき、玲は泣いた。否、玲の泣き顔を見るのは日常茶飯事だけれど、あのときの泣き方は、是までの物とも、今の物とも種類が違う。
 泣くことを、必死で我慢しながら泣いたんだ。
 いつも平気で見せている泣き顔を、俺に見せたくないと、我慢したんだ。

 玲の涙の種類はいつだって、貰い泣きか悔し泣きだった。現に今も、後者の泣き理由が当て嵌まるし。
 けれど、それ以外の理由で泣いたからこそ、俺に隠そうとしたわけで、だから俺はその理由を、悲しみからくるものだと断定した。
 好きでもない男に処女を奪われ、めちゃくちゃに傷ついたのだと。
 しかも、その男が下手糞で、身体も心も、滅多滅多に傷つけられてしまったのだと……
「玲……」
 ごめん。敗北を認める発言は、お前を増長させるから、絶対に口には出さないけど。
 ごめんな。解ってくれなんて言えないけど、俺の気持ち、知ってるだろ? 駄目なんだよ、お前を見ると。理性が利かなくなっちゃうんだよ、好き過ぎて。

 ところがだ、玲の口が無限文字を描き始めた。
 ふえっと言わせたいところだけれど、呟いた内容が内容だけに、それどころじゃありません。
「好きって…全部全部、嘘だったじゃんっ」
 は? 何言ってんのお前。それだけは、疑いようのない事実だろ。
 おい、まさか、本気でそんなこと言ってないよね?
 否、言ってる。語ってる。その目は確実に、心の底から俺を嘘吐きだと叫んでる。
 こ、こいつ、もしかして……嘘だろ、マジかよ、冗談だろ。
 あんなに愛を籠めて抱いたってのに、それが丸っきり伝わってないわけ?

「俺が何時、嘘吐いたんだよ」
 俺の腕枕を返せっ。あれ、痺れるんだぞ。しかも寝返りが打てないから、キツイんだぞ。
 それなのにお前は、その上でゴロゴロしてたじゃねえか。遣り損だ、遣り損っ。
「吐いたじゃん、吐いたでしょ!」
 まだ言うか。大体、嘘吐きはお前の方だっつうの。
 初めてのクセに、経験があるフリしやがって。まぁ、初めてだと知って、嬉しかったけど。
 いやいや、そうじゃなく、もう頭にきた。絶対に謝罪させる、させてやる。
 序に、俺がどれだけお前を好きか、思い知れっ!

 有無を言わさず襲い掛かり、完全に屈するまで攻撃を続けた。
 さらに、棚から牡丹餅ってな具合で、玲からの謝罪も受け取った。本当に謝罪だったのかどうかは、不明だけど。
 そして、俺の名を叫びながら玲が果てる。この瞬間は、何度味わっても堪らない。
 何で好きな女をイかせるのって、こんなにもゾクゾクするんだろうね。
 どう表現したらいいのか解らないけど、自分がイクときよりも、達成感があるんだよ。
 だから、そんな達成感ついでに、調子に乗って命令する。
「玲…好きって言えよ」

 身体は従順でも、心は強悪強固なこいつが、言うはずない。
 そんなことは解っているし、満ち足りたような玲の微笑を、見れただけで満足だ。
 それでも、俺の気持ちは伝えたい。言葉にするのは真っ平ごめんだけど。
 ところがここで、予想外の出来事が起きた。
 突然、俺の首に両腕を回した玲が、きゅっと自分の身体を俺に引っ付けて、首元で囁く。

「好き……」

 その瞬間、全身が硬直した。なんというか、その、全身。つまりアソコも含む。
 何こいつ、本当にヤダ。何でこんなに、いちいちいちいち……可愛い過ぎるだろっ。
 そして、多分俺は今、その旨を口にした。
 否、言葉にするつもりなどなかったのだけれど、思わず言っちゃったが正解か。
 けれど、俺の言葉が聴こえたらしい玲は、何故か、突如として怒り出す。
「大っ嫌い…槇なんてほんとにほんとに、大っ嫌いっ!」

 何でだよ、何がだよ、折角天国へ辿り着けたと思ったのに、背中へ飛び蹴りを食らって、奈落に真っ逆さまで急降下させやがって。
 冗談じゃない。絶対に放った言葉を、撤回などさせやしない。
「今、好きって言ったばかりじゃん」
「そんなの絶対、認めない!」
「は? 意味不明……」
「もうヤダ。もういい。もうたくさんっ!」

 この後も互いに裸のまま、可笑しな言い争いを続けたのですが、自分に都合の悪い話はカットの方向で、推し進めさせていただきます。
 ここらの部分は闇に葬る感じで、綺麗さっぱり忘れてください。俺、何気に恰好悪いし。
 まぁ、何と言うかその、ここで一気に、互いの想い違いが判明したわけですよ。
 十年と言う、長く無駄な時間を過ごした気もするし、その時間は決して無駄じゃなかった気もするし、誤解がとけても微妙に複雑だよね。
 それでもやっぱり、確認せずにはいられないから、玲を組み敷き尋問する。

「俺が居ないと淋しいって言えよ。俺を好きで堪らないって」
 確認というより、強要と言った方が正しいけれど、どの道、どんな言葉を選んだところで、こいつの返事は変わらないと思う。
 否、究極の意地っ張りだけに、優しく問おうものなら、逆に天邪鬼発言をするに決まってる。
 現に一瞬、『誰がっ』とまでは、意地を張った。
 それでも、頬に手を宛がい、無言のまま真顔で返事を求めれば、茹蛸みたいに真っ赤になって、照れる玲が呟いた。
「…す、好き……」

 こいつ、どれだけ自分が可愛いか、全く分かってないよね。
 可愛いからこそ苛めたくなる、俺の精神構造も分からないけどさ。
「俺は好きじゃない」
「な、なっ、んっ、ふ……」
 そしてまた、俺の下でワンパクと化す玲を押さえつけ、二度と口にはしないであろう言葉を囁いた。
「愛してるよ」

 途端に玲の目が潤み、下瞼が盛り上がる。
 けれどそれを隠そうと、必死で堪えながら文句を叫ぶ。
「め、眼鏡外してってばっ」
 この泣き方を、何処かで見た記憶がある。
 そして漸くそれが、あのときと同じものだと思い出し、この厄介極まりない女への愛しさが増す。
 これも、あれも、嬉し泣きってことで、解釈してもいいんですよね?

 けれど俺の場合、どうやら好きな女を苛める傾向にあるようだ。
 否、随分前から薄々気づいてたけど。しかも小学生時代から、そんな傾きが見られたし。
 さて、どうやって苛めようか? まぁ、こんなことを考えたって、計画なんかは立てないけどさ。
 ただ、ちょっとした偶然を味方につけて、畳み掛ければそれでよし、と。
 でも、その切っ掛けが舞い込まないんだよね。
 なんかさ、面白いことを口走ってくれないかな。こう、口火を切るって言うの?

「だったら、曇らせろよ」
「じゃ、曇らせたら、私の勝ちだから!」
 曇り止め塗ってんだから、曇るわけがないっつうの。莫迦だね。
 じゃなかったら、とっくに曇ってるだろ。悔しいから言わないけど。
「は? お前は好きで、俺は愛してるじゃん? だから、既に俺の勝ち」
 だから変化球を投げ返せば、向きになった玲が、可笑しなことを言い出した。

「言っとくけど、私だって愛してますぅ。いや、私の方が愛してるんですぅ」
 何その、負けず嫌い発言。しかも何、その憎ったらしい語尾伸ばし。
 愛という言葉の品格が価格破壊に挑んだよね? なんか、ちっとも嬉しくないんですが。
 でもまぁ、いいや。素直さから掛け離れたこいつにしては、上出来だよね。
 しかも、面白いこと言ってくれたし。そして俺は、それを聞き逃さないし。
「へぇ。で、証拠は?」
「あ、あるよ?」
「なら証明しろよ」

 考えてるよ、考えちゃってるよ。
 人間は目だけで、そこまでオロオロ感を表現できるものなんだね。やべぇ。マジ可愛い。
「い、今直ぐ? 此処で?」
「そう。今直ぐ。此処で」
「どど、どうやって?」
「こうやって?」
 そう言いながら、互いの身体を反転させ、俺の上に玲を乗せた。
 さらに、嘲笑しながら眉毛を動かし挑発すれば、その意図に気づいた玲の顔が、みるみる赤くなる。

 ところが、何かが吹っ切れたように、何故か俺の上に跨りながら、玲が悟りを開く。
「運命の人ってさ、灯台下暗しなんだよきっと」
「は?」
「いやだからさ、足元が、無駄に暗いから見えないの」
 どうしてこんな状況で、しかもこんな体勢で、そんな話をしだすかね?
 それでも、下から見上げたアングルが、とってもナイスなので、その話に付き合おうと思います。
「で、お前は見えたの?」

 すると玲は、悪魔的微笑みを湛え、上に乗っているという理由からではない、上から目線で断言した。
「見えたから、勝ぁ〜つ!」
「あ? 何言ってん…お、おい、やめろ、やめ……くっ」
「イったら、モゴ 槇の負けね? モゴ」
 モゴモゴ言うな。咥えんな。吸うな、舐めるな、うわ、ヤバイから。
 クソ。上等だ。その勝負、受けて立つ。後で、吠え面かくなよ? 覚えてろ……



☆*:;;;;;:*☆ その後の二人 ☆*:;;;;;:*☆

「なぁ、当然一緒に来るよな?」
「は? ま、まさか、それってプロポーズとか言わないよね?」
「それ以外の何があるんだよ?」
「ぃ、ぃやだっ! そんなんじゃ、やだっ!」
「ねえ、泣くなら『ふぇっ』って泣いて? そしたらちゃんとする」

「ふ、ふぇっ……」
「ぷっ、クククっ…やっべぇ、たまんねっ」
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