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◇◆ 飛ぶ鳥を落とせっ! 3 ◇◆
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何でだろう。訳も無く貴方の髪に頬ずりしたくなるの。
長く触れ合った唇がゆっくりと離れた後、額と額を合わせて見つめ合うと、ぼやけて見えないくせに、微笑みたくなっちゃうの。 背中に回された腕の重みや、顔を包み込む掌の温もりが好き。 絡み合う足先にまで愛しさが込み上げ、そしてそれを実感して、はにかむの。 抱き合って、転がって、腕じゃ無く肩に抱かれ眠り、そしてまた抱き合って…… 「恵美の肌、スベスベ。ねぇ、これはアレ?」 私の背中を指で辿る飛鳥さんが、首を傾け、キスを要求しながら囁いた。 だから私は、ぽってりとキスした後、飛鳥さんの耳元で囁き返す。 「うん。アレ」 そして心の中で、こう思う。ボディスムーサーさん、今此処に、君へ感謝を送ろう―― 思わず貴方の額に、心を籠めて口づけたくなるの。 くしゃっと掴むように私の髪を握り締めて、キスを求める仕草も、躯全部で私を包み込む力強さも、何もかもが堪らなく愛しいの。 背中で凭れ掛かったときの胸の大きさや、乱れた髪を梳くしなやかな指先が好き。 真っ白なシーツに二人裸で包まって、他愛の無いお喋りをしながら、声を出して笑うの。 そしてまた抱き合って、転がって、指を絡ませたまま眠り、目覚めれば其処に貴方がいる…… 「じゃ、恵美が甘いのは、アレ?」 私の首筋に顔を埋める飛鳥さんが、唇で産毛を逆撫でながら囁いた。 だから私は、擽ったさに肩を竦めて、笑いながら囁き返す。 「うん。アレ」 そして心の中で、また思う。ボディバターさん、貴方にも今、感謝を送る―― 土曜のリザーブが、土日のリザーブに移行して数週間。 あちらこちらと土曜に出掛け、そのまま飛鳥さんの部屋にお泊まりするの。 で、アレって言うのは、昨日のお出掛けで買った、口コミサイトお勧めなボディーケア。 通称BAと呼ばれる、ビューティーアドバイザーさんのレクチャーを受け、その効果に驚き、即お持ち帰りしちゃったの。 自己満足で構わないと思っていたけれど、こう言われると、すっごく嬉しいよね。 そして一夜明けた日曜は、いつもこうして裸のまま、何気ない時をゆったりと過ごすんだけど、流石にベッドから降り立つときは、裸のままじゃ恥ずかしい。 だから、飛鳥さんのシャツをパジャマ代わりに羽織り、部屋の中を行き来する。 「温め〜てきた、この絆こそ〜、隠せはしないぃ愛の形ぃなの〜」 コーヒーの紙フィルターを折りながら、相変わらずのマリヤ節が、私の口から毀れ出す。 すると、私の後をついてきたらしい飛鳥さんが、いつもの悪戯口調にてツッコミを入れた。 「もしも、世界が明日、終わりを迎えたら?」 「飛鳥さんが居れば、怖くな〜いっ!」 当然、後ろを振り返り、飛鳥さんの首に腕を巻きつけジャンプした。 すれば飛鳥さんが、声を上げて笑いながら、そんな私を抱き上げる。 「あははっ! 恵美、危ないよ。火傷したら大変でしょ?」 うん。バカップル。しかも互いに三十路を過ぎた、傍目には切ない感じ。 だけど、そんな他人の目など気にしないもんね。それが生粋のバカップルだもん。 蛇の道は蛇って言うし、幾つになろうと、ラブパワーは健在するものなのだよ、諸君。 だけどふと、間近に映る飛鳥さんの顔を見て、好からぬ人物の善からぬ言動を思い出す。 好からぬ人物と言えば、勿論、野田課長のことで、善からぬ言動とは、数週間前の出来事だ。 飛鳥さんに抱かれながら、課長のことを思い出すのはどうかと思うし、腹立たしい。 けれど、何かが引っ掛かって、忘れられずにいるから仕方がない。 それは、初めて飛鳥さんに抱かれた時の週明けだった。 「これからず〜っと、あなたの傍にい〜てっ、痛っ、イテテ……」 何だかずっと挿入感が抜けなくて、股関節も可笑しなことになっていて、上手く歩けないの。 ほら、歩くときってさ、身体の中心へ向けて斜め前に、足を踏み出すでしょ? だけど今の私は、そのまんま、真ん前に出しちゃうの。こう、ロボットみたいにさ。 だって、何かが挟まっているみたいで、脚をきちんと閉じれないんだもん。 ところが其処へ課長が現れて、飛鳥さんと同じように私の耳元で囁いた。 「佐倉、何でそんなに変な歩き方をしてるんだ?」 それは女の子なら、一度は通る道を経験したからだっつうの。まぁ、言えないけど。 しかしこいつ、何でそんな訳知り顔で私を見るかな。 今日の笑顔は、爽やかさを通り越して、いやらしく思えるのは私だけじゃないはずだ。 しかも、自分で放った言葉に、自分だけがウケてるし。 なんと言うか、マイファニーオヤジギャグ? ジャズじゃなくてギャグなの。 こう、程好くムカツク。良い塩梅でムカツク。 さらに、耳元で囁かれたこともムカツクんですが。全くさ、私の耳元は飛鳥さん専用だっつうの。 「他愛ないジョークでウケる快感は、課長からは微塵も齎されません」 だから、辛辣にマリヤ嫌味を放ったけれど、今日の課長は負ける気がないらしい。 珍しく一歩も引くことなく、それを切り札に逆襲された。 「へぇ。ならお前は、誰から快感を齎せてもらうんだ?」 その言葉で、昨夜の光景が、ぼやけたまま脳裏に浮かび、瞬く間に赤面した。 そんな私を、面白可笑しそうに眺め見る課長が、異常なほど癇に障る。 本当は、課長と長話などしたくない。 いつもなら、こんなセクハラ発言どころか、重要らしき発言まで無視して消え去ることができるのに、何故か今日は言い返したくて堪らない。 「これだから、ソウルメイトの居ない人は……」 鼻で一瞥してから、片方の口端を引き攣るように上げて、嘲り嫌味を吐き出した。 ところが課長は、この言葉が何から引用されたものかを把握した上で、訳の解らぬ言葉を告げる。 「ちゃんと目の前で、待ってるのにね……」 マリヤ返しが出来た努力だけは認めてやろう。 だけど、全くもっての意味不明だから、頓珍漢なんだっつうの。 こういうとき、飛鳥さんだったらきっと、機知に富んだ慣用句で答えるもんね〜だ。 だから飛鳥さんは、トンチンカンチン一休さんで、課長はチンが欠けた、頓珍漢なんだよ。 「ねぇ飛鳥さん、そのツッコミは可笑しくない?」 「いや、合ってるよ。我ながら上手いって思ったも……え?」 え? は? ん? 自分の発した言葉に驚いて、その場で数秒固まった。 何てことを、選りに選って、課長なんかに放っちゃったんだろう。 これじゃ、頓珍漢なのは、課長じゃなくて私じゃん。 「えらくすみません」 「い、いや、べ、別に……」 だからその場を瞬く間に逃げ去って、相変わらずのパソコン業務に精を出すけれど、精を出しているのはフリだけで、頭の中はグルグルと余計なことを考える。 何かが可笑しい。何かが変だ。 否、一番変なのは自分なんだけど、そうじゃなくて、課長にも可笑しな言行があったはず。 だけど、自分の失言ショックが大き過ぎて、課長の『変』に気付けないの。 さらに、もっと可笑しいのは、この事件の真相を、余り解明したがっていない自分自身だ。 よく解らないけど、何かが怖くて、深く掘り下げたくないの。それなのに思い出してばかりいるの…… 「恵美? どうかした?」 飛鳥さんの心配気な声で、過去の妄想から一気に覚めた。 「あ、ううん、何でもない!」 いかんいかん。何を血迷ったか、私。魔が差すにも程があるっての。 折角、飛鳥さんと一緒に居られる貴重な時を、課長のことで無駄になどしたくない。 だからそれからは、一度も課長のことなど思い出すことなく、飛鳥さん一色に染まった。 再びベッドに転がり、通勤途中で見掛ける犬の話に興じる。 飛鳥さんはクスクスとその話に笑ながら、私の前髪を掻き上げるの。 その指の感触が心地良くて、つと目を瞑り、そしてそのままお昼寝タイム。 けれど、ふと目覚めて見上げれば、ぼやけた視界の中に、見知らぬ誰かが映り出す。 否、違う。見知らぬ誰かではなく、暦とした飛鳥さん本人だ。 ただ眼鏡を掛けていないから、そう思っちゃっただけ。寝惚けていたから、間違っちゃっただけ。 それでもそこで、妙な違和感が私の中に芽生え、考えることなく想いを口走る。 「あれ? 本を読むのに、眼鏡を掛けなくて平気なの?」 「え? あ、そうだった。忘れてた」 ベッドサイドに置かれた飛鳥さんの眼鏡を取り、合うはずないけど、面白半分に掛けてみる。 「どう? 似合う?」 けれど、悪戯めいた言葉を発してから、又もや妙な違和感に気がついた。 これは明らかに伊達だ。全く度の入っていない伊達眼鏡だ。 飛鳥さんは、伊達眼鏡をお洒落として掛けている? 違う。何か理由があるはず。 目の悪いフリをして、眼鏡を掛けている理由が、飛鳥さんにはあるはずだ。 「ねぇ飛鳥さん、どうして目の悪いフリを」 意を決し、何気なさを装って、飛鳥さんへ疑問を投げ掛ける。 ところが運悪く、切れ味の良かったらしい本の頁が、飛鳥さんの指を切り裂いた。 「ん? 痛っ……」 「だ、大丈夫?」 指先の切り傷は、結構痛い。大袈裟に騒ぐ怪我ではないけれど、既に血が滲んできているから、本が血で汚れちゃった方が大変だ。 そこで、バッグの中に絆創膏が常備されていることを思い出し、言葉を掛けながら立ち上がる。 「私、絆創膏持ってるから、ちょっと待って」 ごそごそと鞄の中を捜索し、目当ての物を見つけて舞い戻る。 外紙を破り、飛鳥さんの指に巻きつけようとした瞬間、飛鳥さんが少し驚いたように言葉を吐いた。 「プ、プーさんだ」 「え? あ、ごめん。普通のが無くて…あ、会社で、からかわれちゃう?」 「いや、からかわれたら、彼女に貼ってもらったと言うから平気」 え、彼女? い、いやん。もう、そんなこと言ってくれたの初めて! だなんて舞い上がり、その後は、伊達眼鏡の件などすっかり忘れたまま、週が明けた。 「うん、そう。彼女が貼ってくれた」 「課長の彼女さんって、あの綺麗な人ですよね?」 「え? あ、見たの?」 「はい。もうバッチリと! らぶらぶでしたよねぇ!」 全く、朝っぱらから煩いよ。綺麗な彼女なのは解ったから、仕事をしてくれっつうの。 大体、私だって飛鳥さんに、絆創膏を貼ったも〜んだ。 今頃飛鳥さんだって、会社の女子社員に、同じこと言われちゃってるかもだも〜んだ。 まぁ、綺麗な彼女とは言われないだろうけどさ…… そんなこんなの昼休み、昼食を終えてから、屋上に向かう。 仕事のストレス解消は、屋上でマリヤの歌を心行くまで発声練習するに限るのよ。 ということで、厚い雲に覆われた薄グレーな空を見上げ、両手を広げて早速の熱唱開始。 「そのぉ細く長い指に〜 纏わりつく不安の影を〜 抱き締めたい〜」 心の中のモヤモヤが、朝からずっと続いている。 だけど原因が思い浮かばなくて、仕事をこなしながらも過去を掘り下げ、その追求に勤しんだ結果、辿り着いたのは飛鳥さんのことだ。 出逢った場所が場所だから、ある程度の偽りは、正直、仕方がないと思う。 私だって、会社ではノーメイクだし、不気味ちゃんって陰口を叩かれてるし、飛鳥さんの前とは大幅に違うのだから。 それでも、自分のことは棚に上げ、飛鳥さんの隠し事が気になるんだ。 そう言えば私、飛鳥さんの苗字を知らない。会社名も知らない。 だけどそれはお互い様で、飛鳥さんも私のそれらを知らない。 別段、隠しているわけではない。ただ単に話題とならないから互いに話していないだけで、聴かれれば、私はちゃんと答えられる。 でも、飛鳥さんは? もし私が詮索したら、飛鳥さんは平然と答えてくれる? 「不意に見せる、微笑みが〜 何処までも淋しいのは、何故?」 眼鏡を外し、飛鳥さんの微笑を思い浮かべて、また歌う。 飛鳥さんの微笑が、淋しげだと思うときがある。 それだけじゃない。哀しげな瞳で何処か遠くを見つめ、物思いに耽っているときもある。 だからその理由を知りたいと願うけれど、深入りすることが躊躇われ、いつだって聴けずに居るんだ。 不意に、缶の転がる音が、風も人気もない屋上に響き渡る。 咄嗟に音の鳴る方へ振り向けば、揺れ動く人影が、ぼやけた視界の片隅に入った―― 飛鳥さん? 否、違う。飛鳥さんが此処に居るはずがない。 だから慌てて眼鏡を掛けて、視線を元に戻せば、愁いを帯びた笑顔の野田課長が、其処に居た。 似ている。そう思ったのは、一度や二度じゃない。ぼやけた視界でも、事ある毎にそう思った。 だけど二人が同一人物だなんて確証もないし、今だって、恋する三十路の思い込みに過ぎない。つまりはだ、気のせいだよ、気のせい。 それなのに、課長の右手が伸びて、私の手首を握り締める。 咄嗟に、振り解こうと手首に視線を落とした瞬間、課長の人差し指に目を奪われた。 「な…なん、で……?」 水色地の絆創膏。熊キャラクターの描かれた絆創膏が、飛鳥さんと同じ人差し指に巻かれている。 厭だよ、お願い。確証を私に与えないで。私の恋を終わりにしないで。 けれど無情にも、魔法の解ける鐘の音が、課長の口から発せられた。 「恵美……」 マリヤの歌詞じゃないけれど、目と目が合って、指が触れ合うその瞬間、全ての謎が解けちゃった。 飛鳥さんは課長で、課長が飛鳥さんで…… 「何度も言おうとしたんだ」 そんな肯定話は聴きたくない。私の確証を覆す、否定話が聴きたいんだ。 「う、嘘ですよね? で、どこからが嘘ですか?」 嘘じゃないことくらい解ってる。掴まれ続けている手首が、肌が、この人は飛鳥さんだと告げている。 私はこの人の、全てが愛しいと感じ、私はこの人に、何度も何度も抱かれ、私はこの人と…… 「恵美、頼むから聴いてくれ」 「厭! 呼ばないで! 課長は飛鳥さんじゃない!」 「飛鳥だろ! 野田飛鳥。それが俺の」 「違う! 私は飛鳥さんが好きなの。課長じゃなくて飛鳥さんが」 「どっちも俺なんだ! それが真実だろっ」 腕だけが繋がったまま、叫び声に近い、互いの押し問答が繰り返される。 それでも、真実という言葉に私の思考は途切れ、その場に力なく崩れ落ちた。 そんな私を見下ろしながら、飛鳥さんではない口調の、飛鳥さんだと言う男が呟く。 「何でお前は、飛鳥を受け入れ、今の俺を拒む?」 何も考えたく無い。私の恋は、今此処に終焉を迎えたんだ。 けれど、押し黙る私に苛立って、続けて投げつけられた言葉に、私の直感が反応した。 「お前がそうやって拒むから、俺にはあの方法しか……」 「仕組んだの? あれは仕組まれた出逢いだったの?」 未だ、掴まれ続けている腕に力を込め、逆に掴み返して、聴きも返す。 「は、初めから、恵が私だって…何もかも解ってたの?」 見上げながら覗き込んだ瞳は、疚しさの色を深く映し出し、私の問いを肯定する。 そして、それを認めるように、彼の口がゆっくりと言い訳を紡ぎだす。 「ただ俺は、お前を誰にも……」 「ぐ、具合が悪いので早退します!」 言い訳なんか聞きたくない。そんなもの、もう、どうたっていい。 私にとっては、ダブルのショックだ。否、トリプルか? いやいや、クアドラプルだ! 飛鳥さんの正体が、課長だったことだけでもショックが大きいのに、出逢いまで仕組まれていたなんて事実が発覚したら、誰を呪っていいのかすら解らない。 酷いよ。あんなにときめいて、あんなに綺麗になろうと努力して、あんなに…… 違う。誰も酷くない。ただ単に、自分が莫迦だっただけだ。 何もかも、誰かに強いられた訳ではなく、自分自身が考え決めたこと。 勝手に浮かれ、勝手に舞い上がり、勝手に恋をして、勝手に身体を差し出しただけのこと。 バッグ片手に、制服のまま会社を飛び出し、家路を急ぐ。 こんなときは、布団の中で丸まり、死ぬほど泣き続ければいい。 そのうち、泣き疲れて眠っちゃえば、何事もなく朝はくる。 だけど、このショックはいつもと違う。抱え込むには、未知な世界だけに一人じゃ重過ぎるんだ。 誰かに聴いて欲しい。解決の糸口を、一緒に探して欲しい。 それでも私には、友達と呼べるような人が居ない。否、一人だけ居た―― 降り出した雨に、傘もなく打たれながら、全面ガラス張りのドアを開けた。 「陽ちゃん、ごめん…あたし……」 「え、恵美ちゃん? 何? どうしたの!」 陽ちゃんとは、私の誕生日に、勝負メイクを施してくれた美容師さんだ。 実はこの陽ちゃん、おネエMANSではなく、おニイWOMENだったりする。 女なのに女じゃない。男性よりも男性らしい。そんなカリスマ光線を出し捲る、都内サロン所属のスーパースタイリストさんなの。 「何て顔! 最悪…ちょっとこっちに来な!」 さらにメイクを尊び、何処までも兄貴肌なので、崩れたメイクの女を放っては置けない性格でもある。 美容院だけに、当たり前だが、タオルは厭ってな程あるんだ、これがまた。 そんなタオルを投げつけられ、猿よりもキーキー喚く陽ちゃんに叱咤され続けた。 「信じらんないっ! 三十路の女が泥に塗れてどうすんのっ!」 私は鰈ですかっつうの。しかも泥には塗れてないし。 だけど言い返す気力がないので、心に秘めるだけに留めようと思います。 「大体さ、恵美ちゃんは、醜いアヒルの子なのよ? そっれをあんた!」 そこまでズバリと言わなくても、自分の容姿は自分自身が一番知ってます。 というか、陽ちゃんは怒るとおネェ言葉に戻るんですね。ちょっとビックリ。 「あ、勘違いしないでよ? 俺が言ってるのは、あくまでもストーリーだからね?」 ストーリー? 醜いアヒルの子の結末って、どうなるんだったっけ? 思い出せん…… だけど問う気力もないので、サラっと流してしまおうと思います。 「とにかく、今直ぐそのシミッタレた服を脱げ。そしてコレを着ろ」 陽ちゃんの言葉遣いが、徐々におネェからおニィに変化して行く。 ということは、大分怒りが冷めたということで、だけど私は、男性の目の前で着替えることになると言うことで……え? それ無理。絶対に無理。 「よ、陽ちゃん、ちょっとアッチ向いててよ……」 そんなことを言い出した私に、驚いたのは陽ちゃんその人だ。 だけどこの行動は、何故か陽ちゃんを感激させたらしい。 「恵美ちゃんにとって、俺は男なの?」 白目を赤く染めたウルウルな瞳で、陽ちゃんが何やら言い出した。 「あ、当たり前でしょっ!」 下着姿の身体を洋服で隠しながら即座に答えるものの、これが正当な答えなのかは解らない。 それでも陽ちゃんは、その名の如く陽気にマリヤを歌いだす。 「いっつのまに〜かっ、どんな友達よ〜りっ」 そんな陽ちゃんのテノールボイスを聴きながら、ソウルメイトの件を思い出しちゃったから堪らない。 「や、な、何? 何で泣くの? 俺、そんなに音痴?」 「違うの。ソウルメイトがカムフラージュだったの!」 「あぁ? もっと詳しく説明してよ……」 結局、全てを陽ちゃんに吐き出した。聴いてくれる人がいるって、幸せなことだよね。 そして涙が治まったところで、陽ちゃん自慢のメイクが施されて行く。 だけど、全てを聴き終えた陽ちゃんは、カリスマらしく、カリスマ的質問を、矢次に私へ放ち始めた。 「話を聴いてるとさ、恵美ちゃんは誰の何に恋をしてたの?」 「そ、そりゃ、飛鳥さんの」 「でもさ、全てを見せられるって言う割に、一度も眼鏡を掛けなかったのは何故?」 「そ、それは、だってちょっとでも……」 違う。ちょっとでも綺麗に見せたいと思ったのは、最初の頃だけだ。 だって、きっと飛鳥さんなら、私の眼鏡姿も平気で受入れてくれたはずだから。 じゃあ、何で私は眼鏡を掛けなかったの? 「多分、恵美ちゃんは気付いてたんだよ」 そうだ。答えは簡単だ。初めて出逢ったときだって、貧血で倒れたときだって、抱かれたときだって、飛鳥さんの顔が課長に見えていた。 そして私は、それを確かめるのが怖くて、眼鏡を掛けなかったんだ。 「それともう一つ。恵美ちゃんが確かめたくなかったのは、どっちへの気持ち?」 核心迫るその言葉で、封じていた心が、物の見事に決壊した。 飛鳥さんが課長だと、知ってしまうのが怖かったわけじゃない。 逆だ、逆だったんだ。飛鳥さんが課長とは別人だったと、知ってしまうのが怖かったんだ。 眼鏡を掛けたクリアな視界で、課長じゃない飛鳥さんを、見てしまうのが怖かったんだ…… 「恵美ちゃんは、課長が好きだった。そして課長によく似た飛鳥さんに、恋をしちゃったんだね」 陽ちゃんに、ピタリと言い当てられて、漸くその事実を受入れた。 そうなんだ。そうなんだよ。私は野田課長が好きだったんだ。 必要以上に避け続けたのも、何もかも、その気持ちを否定する、潜在意識の為せる業? それでも、そんな事実を受入れたところで、どう行動したら良いのかが解らない。 けれどそこで、又もや陽ちゃんが、タイミング良くチャンスを与えてくれた。 「で、俺と恵美ちゃんの仲を勘違いして、嫉妬渦巻く彼があそこに……」 「あそこ? 彼? 何それ?」 思わずそう言い返しながら、陽ちゃんの視線の先を追いかけた。 何時の間にか外は真っ暗で、あんなに降っていた雨も上がっている。 そんな店先のウインドーに、彼らしき男性の姿が映し出されていた。 「よ、陽ちゃん、眼鏡どこ?」 間違えるのは、もうコリゴリだ。だから陽ちゃんが手渡してくれた眼鏡を掛けて、彼の姿を眺め観る。 間違いない。アレは正しく、野田飛鳥。しかも何故か、苛立ちモード全開な…… 「よし。メイクは完璧! さぁ、最後の勝負をしておいで」 何事も準備万端な陽ちゃんは、はいバッグ。はいコート。と、手際良く私を促し続けるの。 「陽ちゃん、私、陽ちゃんと出会えたことを神に感謝する!」 何度こう想ったかは定かじゃない。だけど、口に出せたのは初めてだ。 すっごく忙しい人なのに、こんな私のために、全ての用事をキャンセルしてくれた。 莫迦にすることなく、ちゃんと話を聴いてくれて、確かな助言も施してくれた。序にメイクも。 「それは勝負に勝ってから言ってよ。で、ランチを奢ってね?」 「おぅ!」 気合いとともに、陽ちゃんのお店を飛び出して、一瞬前に姿を消した野田飛鳥を追いかける。 何故、どうして、彼が此処を探し当てたのかは知らないが、これぞ、神の思し召しだ。髪だけに。 陽ちゃんに借りた服のまま、夜でも賑わう町並みを駅に向かって直走る。 そこで漸く、彼の背中を見つけ、息を切らしながらその名を呼んだ。 「やっ、待っ…飛鳥さん!」 多分、聴こえている。なのに彼は振り向かない。だからその場で立ち止まり、違う名前で呼びかけた。 「の、野田課長っ!」 彼の足取りが、その呼びかけでひたと止まり、一瞬の間を置いた後、ゆっくりと振り返る。 そこで私はまた走り出し、彼の靴先を見つめながら、息を整えた。 今頃、こんなことを口にするのは、恥ずかしいを通り越し、微妙に悔しいんだけど、此処で勇気をださなきゃ三十路女が廃る。 随分と回り道をしちゃったけれど、私のソウルメイトは貴方だったんだと気がついたのだから。 「ず、ずっと前から、課長のことが、す、好きでした……」 真実を伝えることができて、肩の荷がスっと落ちた気分だよ。 結果はどうであれ、頑張ったよ私。清々しいぞ、私。 ところが、私の気持ちとは裏腹に、野田飛鳥はこれじゃ満足できないらしい。 「佐倉、こっちを見て、もう一度言えよ」 えぇ? 無理だよ、無理! なんて非道なことを言い出すかな。 だって今は眼鏡を掛けてるし、クリアな視界で目を見つめての告白なんて、ただの苛めじゃん! だけどそこで、陽ちゃんの言葉を思い出す。そうだ、そうだった、これが最後の勝負だった。 悔いを残すな、私。目を見て告白し、その後吹き出されたとしても、なんぼのもんじゃ、私。 「す、好きでした!」 顔を上げ、目を合わせ、歯をむき出しながら、叫んだ。 こちらの場合ですと、告白ではなく、喧嘩を売っている感じですが、まぁいいよ。上出来だ。 けれど瞬時に彼の手が伸びて、私の腕を力任せに引っ張るから、ちょっとだけ後悔する。 腕力勝負では勝てません。ごめんなさい。つい、調子に乗りました…… ところが、彼に喧嘩を買われたと思ったのは、誤解だったらしい。 慣れ親しんだ、温かな胸の中にすっぽり納まって、きつめの抱擁が齎される。 そして、顎で私の頭を小突きながら、飛鳥さんが、否、野田課長が不貞腐れ気味に呟いた。 「何で過去形なんだよ……」 手探りでネクタイを解き、ワイシャツのボタンに手を掛けるけれど、焦って上手く外せない。 けれど飛鳥さんは、こんな私より断然手際が良いらしい。 リビングの途中でブラが外れ、胸が露になって、飛鳥さんの唇が貪るように胸の隆起へ吸い付いた。 「んっ、ふっ…んぁっ」 もうワイシャツのボタンは外せない。飛鳥さんの頭を抱え込み、只管善がるだけだ。 それでも飛鳥さんの攻撃は、これだけで終わらない。 ストッキングを破かれるように剥がされて、ショーツの中にしなやかな指が滑り込んでくる。 確かめなくなって自分で解る。受入れ状態万全で、愛液が溢れかえっているのだから。 だから飛鳥さんも泥濘する突起に愛撫を加えることなく、私をそのままソファーの背凭れに押し倒した。 後ろ向きのままショーツが剥がされ、ベルトの金属音がカチャンと響き、性急な飛鳥さんが、くる。 「んあああっ」 まるで今にもハードルを飛べそうだ。 右足は地に着き、左足は直角に折れ曲がって、背凭れの上で震えている。 いつの間にか、シャツを脱ぎ捨てたらしい飛鳥さんの、厚く熱い胸が私の背中を包む。 そして唇が首筋を這いながら、固い高まりを最奥目指して突き上げ続けるんだ。 「いやぁっ、イクっ、イっちゃうっ!」 「イケよ」 優しい飛鳥さんと、命令口調の課長が合体したのが、野田飛鳥。 当たり前だけど、これって最強な合体だと思うよ。しかも凄くハードな。 飛鳥さんは余り、自分の感情を表に出さなかった。 私の目がいつもぼやけていたから、気付かなかったのかも知れないけれど。 でも課長は違う。昔から、露骨と言い切っても良い程、私へ感情をぶつけてきた。 だけど私は、それが怖かった。自分と課長の容姿を比べては、有り得ないことだと決め付けて、気付かないフリをしてたんだ。 柔らかな革張りのソファーを握り締め、高みへ高みへと昇って行く。 肌と肌がぶつかり合う音。卑猥な悦びを叫び続ける水音。その二つが聴覚を刺激するから、益々身体が熱くなるの。 「だめぇっ、や、や、やぁぁぁっ!」 本当は、一向にダメじゃない。ダメどころかオッケーです。それはもう、かなり。 だから、そこを指摘されると、図星が余り、恥ずかしさに赤面するのだと思うわけです。 「本当にイヤなの? イっちゃったクセに」 言うな、聴くな。知ってるクセに。この物言いは、かなり意地悪だ。それはもう、かなり。 だけど漸く、飛鳥さんの気持ちが解った。 果てたクセに、未だ足りないの。脱力しているクセに、もっと欲しいの。 そんな私の心を見透かす飛鳥さんは、不敵な笑みを向けると、突然私を担ぎ出す。 「え? や、ちょ、ちょっと待っ……」 この方向は、確実に寝室じゃない。どちらかと言うと、洗面所方面かと。 けれど飛鳥さんは、何処までも意地悪く、何処までも楽しげに言い切った。 「ヤダ。絶対に待ってあげない」 案の定、洗面所に担ぎ込まれるけれど、そこはスルーにて、奥の扉が開け放たれる。 依然として訳の解らぬまま浴室に運ばれて、訳の解らぬまま、バニラ香る泡で全身を隈なく覆われた。 そこで突然、飛鳥さんの指が、胸に中心にと伸びて、どちらの突起をも弄び始めたから堪らない。 甘い香りだけでも逆上せそうなのに、イったばかりの身体は富に敏感で、弾かれる度に声が漏れる。 「あぁっ、んぁっ、んんっ、やぁっ」 泡なのか、私なのか解らない滑りが、中心部からとろとろ溢れて止まない。 そこにシャワーを直に当てられ、さらに飛鳥さんの指がぬぷっと埋められた。 激しい飛沫が、膨張した突起へ次々と当たり、飛鳥さんの指が、先程まで飛鳥さん自身を咥え込んでいた襞を掻き回す。 「やっ、やだ、だめっ」 今度だけは、正真正銘のダメです。本当にダメなの。お願いだから止めて欲しいの。 だって、今まで味わったことのない、不気味な快楽が身体を突き抜けるから。 それなのに、今まで嘘を吐いてきた分、飛鳥さんは信じてくれません。 「ダメじゃなくて、イイの間違いでしょ?」 「違っ、ほ、ほんとに、ほんとに…んっ、ふぁっ」 唇を塞がれながらも、飛鳥さんの胸と肩にしがみ付き、得体の知れない苛烈な快楽を遣り過ごそうと必死になる。 けれど、もう無理だ。もう我慢できない。エコーがかって響くクチュクチュした水音と、バニラの香りと飛鳥さんの味に、堪えきれなくなった身体が勢いよく爆ぜた。 「ぃやぁぁぁぁっ」 爆ぜた瞬間、シャワーに負けない激しさで、私の中から水が迸る。 何処から出ちゃったのかなんて、わかる訳無い。でも、イクよりもっと脱力感があるの。 そしてまた、脱力し切った私に、飛鳥さんがカナリな意地悪を囁いた。 「ほら、恵美のダメは、全部ウソ」 嘘のようで嘘じゃない。でも、この不気味な官能に慣れてくれば、やっぱり嘘だと思うかも。 「だめぇっ、ふぁぁぁぁっ!」 バスルームにて、本日三度目の潮吹き絶頂。 もうヤダこれ。何これ。多分、筋肉の使い方が、可笑しな現象を起こさせるんだと思う。 現にベッドでは、同じ箇所を擦られ続けても、こんな現象を起こしたりなんかしないし。 不安定な場所で、力が入らないまま攻め立てられると、お漏らししたみたいに、私の中から勢いよく変な液体が飛び出すの。 そして飛鳥さんは、これを拷問として活用したらしい。 目眩く快感に襲われ、朦朧とし続ける私の耳元で、知り得たい情報を強気に問う。 「で、あの男は誰?」 あの男? あぁ、陽ちゃんのことか。でもちょっと待て。そう言えばあのとき陽ちゃんが…… 「嘘? ほんとに嫉妬してたの?」 「いやだから、疑問を疑問で返してくるな?」 「ねぇ、嫉妬しちゃったの?」 「待て、待て待て。だから俺の質問に答えろって」 飛鳥さんが嫉妬した。あ嘘っ、あヤダ、あ困惑ぅ〜! 否、嫉妬ってさ、ただただ醜いだけのものかと思っていたのよ。こう、見苦しい感じ? だけど、嫉妬されるって、意外にも嬉しいことなんだね。こう、愛されちゃってる感じ? だからニヤケ顔が止まらなくて、序に飛鳥さんの質問も、華麗にスルー。 そんな私に業を煮やした飛鳥さんが、これまた私を担ぎ上げ、バスルームを後にした。 「うおっ や、ちょ、ちょっと待っ……」 「ヤダね。絶対に待つもんかっ」 今度こそ、やってきました寝室ベッド。 バスタオルを被せられたまま、マットの上に転がされ、間を置くことなく、飛鳥さんの肌が重ねられる。 しつこいけれど、私の頭の中は、嫉妬やジェラシーが咲き誇り、その芳しい香りに、未だ酔いしれ中。 「やきもちって、いい匂い!」 「まだ言うかっ」 だけど、そんなお花畑に、ヒヨコちゃんの声が木霊した。 『課長の彼女さんって、あの綺麗な人ですよね? らぶらぶでしたよねぇ〜!』 何それ。どういうこと? 否、そう言えばそうじゃん。 課長には確か、心に決めた、それはもうお似合いな、婚約者がいるはずじゃん。 それなのに、何で私を抱こうとするの? もしかしてまた、私ってば騙されちゃってる? 拙い。やっぱり嫉妬って、醜いものだと再確認した模様。 そして、その悪臭に顔を顰めながら、飛鳥さんの胸を両手で押し退けた。 「ちょっと待った!」 ところが飛鳥さんは、そんな私の言動に驚きつつも、平然と言い返す。 「だから、絶対に待たない」 そういう問題じゃない。どういう問題かと問われると、答えられないけど。 そこで今度もまた、物の見事に飛鳥さんの戯言を無視して、自分の言いたいことだけ口にした。 「課長には、心に決めた人がいるって聴いて、それで」 「うん。恵美のことでしょ?」 「違うよ、だって、すっごく綺麗な人だって言」 「うん。だから、恵美のことじゃん」 「全然違うよ! そうやって、はぐらかさない……ふぐっ」 いつまでも続きそうな押し問答に、終止符を打ったのは紛れもなく飛鳥さんだ。 煩いとばかりに私の唇を塞ぎ、力が抜けるまで、甘美なキスを繰り返す。 「恵美? 蛾の幼虫だなんて思ってるのは、恵美だけなんだよ」 さらに、キスの合間には、こうして甘い言葉を間近で囁き続ける。 「恵美はスベスベで、甘くて、極上に綺麗なの」 一瞬、全ての言葉を信じそうになった私は、勘違い女決定ですか? 否、心配には及びませんでした。何故なら、そのような勘違いは瞬く間に消え去ったからです。 「だけどそれは……」 やっぱりだ。私の褒め言葉の後には必ず、『だけど』って否定が添付されるんだよね。 だから飛鳥さんから目を逸らし、その先に続く言葉に、傷つかないよう身構える。 けれど飛鳥さんは、私の腰を強引に引き寄せ、どこまでも上から目線で言い切った。 「全て、俺だけのもの」 言葉と同時に、屹立する高まりを最奥まで叩き込まれ、その台詞に、衝撃に、息が詰まる。 「ぐぁぁっ」 それでも、驚いていられたのは一瞬で、突然やってきた快楽に身体は束縛され、心もまた、飛鳥さんの一言一言で支配されて行く。 「感じて…俺だけに……」 「んぁっ、あっ、ああ、んんっ!」 「結婚して…俺と……」 「え? あっ、んぁっ、や、やっ、だめっ」 イヤじゃない。ダメなんかでもないの。 だけどどうしても、身体に齎される快感が、だめだめ言っちゃうの。 そんな私を見下ろしながら、飛鳥さんが得意の悪戯口調で問い掛ける。 「恵美のダメは、全部ウソ?」 はい、嘘です。真っ赤な真っ赤な嘘だと認めます。今、此処に。 だけど、気持ちが良すぎて言葉にできないから、首を縦に何度も振って、それを肯定した。 貴方と出逢った日から、頭の中に、ずっとマリヤの歌が流れ続けている。 そしてこれからも、多分これからも、この曲たちに癒され、勇気づけられ、私は生きて行く。 貴方と二人で。貴方の隣で―― I've been looking for your love. So, we've found tha way at last.... |
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