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◇◆ 彼が盗んだもの 三つ巴 ◇◆
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ホイッパーでボールの中身をかき混ぜながら、久恵が私に命令する。
「文子、チョコチップに、余った小麦粉をまぶして」 「え? てんぷらにでもするの?」 その命令の意味が理解できずに聞き返せば、目を吊り上げた久恵の怒鳴り声。 「小麦粉をまぶすと、生地に均等に混ざってくれるのっ!」 「へぇ〜! そうクシマ〜 知らなかったクシマ♪」 ちょっと可愛らしく言ってみたのに、今度の久恵は目を吊り上げたままの呆れ顔。 「そんなくだらないこと言ってないで、手を動かすっ!」 「う〜い」 けれどそうやって、口を尖らせ返事をしたところで、不気味に響く笑い声。 「グキョッ ブヒッ グキュキュキュキュ」 フ、フジコちゃんが喜んでくれて、文子幸せ…… E組とF組女子合同の、家庭科調理実習、真っ只中。 四十人ほどの女子が、六人一班でマドレーヌ作りに勤しんでいる。 班のメンバーは、F組女子三人と、久恵とフジコちゃんの計六人。 フジコちゃんと同じ班で、ちょっぴりドキドキ?(素敵な勘違い続行中!) 斜め後ろの調理台で、由香と奥田さまたちが作業を行っているけれど、 由香は何やら三角巾を顔に巻いて、なぜだか鼻から下を覆ってる。 「あれじゃ、どこから見ても強盗犯だ……」 などと独り言をつぶやいたところで、案の定、先生が由香を呼んだ。(そらみろ!) ところがその隙を見計らい、奥田さまが由香のボールに、何やら怪しげな粉を混ぜ込んだから大変だ! あ、あれは、もしやウシガエ……(以下自粛) 「ゆ、由香、あのね?」 慌てて由香の元へ駆け寄って、事の次第を話そうとしたところで、フジコちゃんに呼び止められた。 「久島さん、ちょっとお願いがあるの」 愛するフジコちゃんのためなら、たとえ火の中水の中だ。 「なに? なんでも言って!」 目をキラキラさせている感じで言い寄れば、笑顔と裏腹なフジコちゃんの言葉。 「ちっちゃいくせに目障りだから、できれば座っていてくれないかしら?」 し、失恋の痛みを知った、文子16歳秋……(センチメンタルジャーニー) 失恋のショックで由香に伝えることを忘れたまま、マドレーヌが焼きあがるのを待つ。 「ひーちゃん、失恋の痛手を消す媚薬ってあるの?」 ショックと言う割りに、余ったチョコチップをつまみ食べながら久恵に問えば、ゴエモンそっくりな仕草で、チョコを爪で弾き飛ばす久恵が適当に返事をした。 「そんなもの、私に聞かず、魔女に聞け」 「ウ、ウシガエルとかさ、飲んだら気分が晴れるかな?」 「ウシガエルは、精力剤じゃなかったかなぁ?」 「そ、そうなんだ……ってアレ? 私、何か忘れている気が……」 またもや呆れ顔の久恵をよそに、忘れ物を思い出そうと必死に考える。 ウシガエルは魔女。魔女がウシガエルを由香に…… そこまで考えついたとき、隣で読書に勤しむフジコちゃんがつぶやいた。 「久島さん、思想を口に出すのはやめて?」 フ、フジコちゃんの言う通りね♪(ごもっとも!) 「フジコちゃんも、チョコチップ食べる?」 「いらないわよ。どこぞの巨体じゃあるまいし」 「そ、そうだよね! ゴエモンじゃないもんね!」 ところがそこで、風を切る音と、どす太いかすれ声が後ろから聞こえはじめた。 「文子、もういっぺん言ってごらん……」 嫌な予感がしながら振り向けば、ミトンをボクシンググローブに見立てた久恵が、シャドーボクシングの真っ最中。 ひ、ひーちゃん、最近小悪魔風……(なぜなの?) 結局、家庭科室を出た途端、なんだかんだと上出来マドレーヌをルパンに盗まれて、 後ろ髪を引かれつつ、久恵に引きづられて教室へ戻った。 この日のために、女子は綺麗なラッピングなんかを持ってきちゃって、 狙った男子にモジモジしながら渡している。 そこに奥田さまが現れて、当然のごとく次元にマドレーヌを手渡した。 そして顎を持ち上げながら、それはもう傲慢な顔でフジコちゃんを見る。 ところがフジコちゃんが、そんな奥田さまに触発されてツカツカと歩き出し、 輝く笑顔でワトソンにマドレーヌを差し出したからビックリ仰天。 誰もが由香の顔色を窺う中、フジコちゃんだけは、奥田さまのほうへ顔を向け、不敵な淑女の微笑みを浮かべている。 な、なんて恐ろしい展開なんだっ!(まさに一触即発!) とても素晴らしいタイミングでチャイムが鳴り響き、修羅場は回避されたものの、とてつもなくピリピリした空気は続く。 そして誰もが胃の痛みを抱えながら、できることなら来て欲しくなかった昼休みの幕が開けた―― 「ふ〜みりん♪」 水道で、手を洗う私の肩を叩く人。 これは間違いなく、『こっちを見ろ』って意味だ。(YES! 呪文!) だから相手が誰だか瞭然なのに、体は自由を奪われる。(YES! 奥田!) ということで、間接の全てを固めたまま振り向いた。(YES! ロボコップ!) 振り向いた先に佇むのはウィッチ奥田さまで、まるで鏡を見ているかの如く、 私と同じリアクションを取り続けながら言い出した。 「ほら私たち、よく双子って間違えられるじゃない?」 五卵生くらいかな?(でも言えないけど) 「だから、お近づきの印に、はいコレ」 もう充分、近づいてますから……(でも言えないけど) 「いやだふみりん、まさか食べられないとは言わないわよね?」 あったりめーだ!(でも言えないけど) 「たっ、食べ、とっ、とってもおいしそうだなぁ……」 無理やり作り出した笑顔で、マドレーヌを受け取った。 受け取るだけ受け取って、どうにかこの場を切り抜けようとするけれど、私の顔を凝視した奥田さまが、 凄みのある掠れた声で囁く。 「今、食べてくれるよねぇ……」 に、逃げられない。こういうときに限って、ルパンも現われやしない。 そして私は覚悟を決めて、ブルブル体を震わせながら、見てくれだけは一流のそれを一口かじった―― って、あれ? 意外においしいかも?(ノーグルメ) あれだけ勇気を振り絞ったというのに、私が食べたことに喜ぶどころか、なぜかビビル奥田さまが切り出した。 「どう? 何か異変は?」 い、異変って、まさかこれは呪い絡み?(当然です) けれどそう言われても、いつもと変わらぬ健康体? だからありのままを伝えれば、あからさまに歪む奥田さまの顔。 「ちっ。やっぱ、裏庭のじゃだめかっ!」 う、裏庭って何ですか……(田畑です) 立ち直りの早い奥田さまが、私の前から去って、次元の元へ走りこむ。 「次元くぅ〜ん。ゆうこりんのマドレーヌゥ、おしちかった?」 ゆ、ゆうこりんて……(でも本名) けれど、またまたそれに触発されたフジコちゃんが立ち上がり、ワトソンの前に歩み寄る。 「史彦くん、自信はなかったのだけど、やっぱり不味かったかしら?」 ふ、史彦くんて、誰のこと?(ワトソンです) そんな光景を、教室の入り口付近で眺めていれば、私のおなかに腕を回しながら、ルパンが耳元で囁いた。 「俺は、おいちかったオクダ♪」 「だから、呪われるからやめろっ!」 間髪居れずにそう怒鳴る私の隣で、ゴエモンが切り返す。 「オ、オレも、お、おいちかったオクダ♪」 「そこっ! おっかなびっくり言わないっ!」 人差し指をゴエモンに向かって突きたてて、素晴らしく機敏なツッコミを入れたところで、吐き捨てられる悪魔の声…… 「で、私に喧嘩を売っているのは、どっちかえ?」 思わず後ろに倒れ、ルパンに寄りかかった状態で固まった。 そんな私の隣で、これまたゴエモンに寄りかかったワトソンが、驚きの叫び声を上げる。 「バ、バミューダトライアングルです!」 「吸引する三角形?」 「石川くん、それじゃバキュームですよ……」 ところが、こんな一大事に私の異変が始まった。 体が火照るように熱くてたまらない。 だからルパンに凭れ掛かったまま、ルパンを見上げてボソボソつぶやいた。 「ル、ルパン……なんか熱い」 「うん? さっきまで、熱なんてなかっただろ?」 私のおでこに手を当てて、発熱の有無を確認するルパン。 その手の感触が凄く気持ちよくて、もっとあちこち触って欲しくてたまらない。 「脱いでもいい?」 ブラウスのボタンに手を掛けて、お色気たっぷりに囁けば 「えぇ? ばっ、やめっ……ってアレ、これは夢?」 妙なことを口走りながら、動転したルパンが慌てふためく。 「ふ、文子の体から、呪いの臭いが放たれているっ!」 三つ巴を尻目に、ゴエモンが震えながら叫びだし 「ル、ルパンくん、保健室です! 保健室に行くんです!」 ワトソンが、珍しくルパンに指図しているのが遠くから聴こえてくる。 朦朧とした私をルパンが担ぎ上げ、猛ダッシュで廊下を走りだす。 そんなルパンの耳元で、妖しく囁く私のセリフ…… 「ルパン、抱いてぇ……」 ルパンが転びそうになったのは、言うまでもなく、後半へ続く? |
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