IndexMainNovelKarenusu フォントサイズ変更   L M D S
◇◆ 彼が盗んだもの 6 ◇◆
 11:36 42秒 ━━ 予告時刻 24分18秒前

「いいか、作戦は順調だ!」
 相変わらず円陣を組んで集まりながら、高梨が指揮をとっている。
「オレは由香ちゃんに頼んで、ホシのクシを隠してもらった」
 文子の一派を仲間に加えさせれたことにどよめき、他のやつらの歓声が上がる。
 ホシのクシってお前……

「オレは久恵ちゃんに頼んで、文子のクリップをいただいた!」
 周りを慎重に確認した後ポケットに手を突っ込み、文子が髪につけていたクリップを取り出し見せびらかす石川。
 そんなブツを生で見て、オー! という歓声がまた上がる。
 文子? お前、友達を選んだほうがよさそうだぞ?

「ぼ、ぼくはさっき、クリアファイルを隠しました!」
 若狭が自分の鞄を開けて、透明なファイルに向かって指をさす。
 確かに『く』はつくけれど、それに文子は気が付くのか……(何やら不安)
 そこで、静まり返るその場の空気を変えようと、高梨が大きく咳払いをして話を戻す。
「で、お前はちゃんと靴を隠したんだろうな、ルパン?」
 あ、忘れてた……(大々的に)

 まだ何も答えていないのに、俺の表情を見た三人が、一気に捲くし立てる。
「なにやってんだお前! それはお前と文子を二人きりにさせるための手段なんだぞ!」
 文子と二人きり? そんなこと考えたこともなかったな……
「そうそう。俺らのは布石!」
 そうなのか? そんな布石が必要なのか?
「悩んでいる場合じゃないですよ! ダッシュで図書室へ行くんです!」
 なんだよワトソン、助手のくせに生意気な!

 11:45 26秒 ━━ 予告時刻 14分34秒前

 背中を押され、渋々靴を隠しに図書室へと急ぐ。
 今日は短縮三時間授業。もう既に下校しはじめている生徒のいる中で、 文子の靴を隠すのは、妙なスリル満点だ。
 焦って廊下を走れば、ブレザーの中に隠しこんだ文子の革靴の片方が転がり落ち、 誰かの足にぶつかってようやく止まった。
 恐る恐るゆっくりと見上げた先には
「な〜るほど。ま、頑張れよルパン」
 少し屈んで靴を拾い上げ、意味深な微笑を向ける福島がいた。
 なにが 『なるほど』 なんだ?(ミステリー)
「ま、もっと狼にならなきゃ、鈍感文子にゃ効き目がないからね」
 そして拾い上げた靴をオレに差し出しながら、訳のわからないことを言い放ち、 鼻歌交じりに女子トイレへと消えていった。
 狼? 文子、やっぱりお前は友達を選ぶべきだ。

 11:53 48秒 ━━ 予告時刻 6分12秒前

 図書室で靴の隠し場所を探しあぐねる俺の携帯に、高梨からメールが入る。
『今、そっちに文子が走っていったぞ!』
 マジですか? まだ隠し場所が決まってないんですけど!
 慌てた俺は、とりあえず目に付いた棚に靴を押し込んだ。
 これじゃ すぐにバレそうだ……(当然です)
 しかし、文子がきたら俺は何をしたらいいんだろ?(さぁ?)
 二人きりになったからとて、何をどうすりゃいいのかなどサッパリ思いつきやしない。

 本棚に凭れ掛かって上を向き、これからのことを考える。
 まぁ、一発驚かしてやればいいか?
 高梨や石川には、ろくでもない案だと却下されそうだけれど、 文子の後ろから忍び寄り、ワッ! と脅かしてやることに決めた。
 そうこうしているうちに、静寂な図書室の棟へ近づく、小刻みな足音が聞こえてきた。
 いざ、決戦だ! 文子よ覚悟!

 11:57 37秒 ━━ 予告時刻 2分23秒前

 図書室の扉が静かに開く音がした。
 黴臭い図書室の中に、文子の香りが漂ってくる。
 絨毯の敷き詰められた図書室は、足音を隠すのに便利だと感心しながら、 本棚越しに文子の動きを確かめ、着々と後方へ足を進める。

 唇を少しだけつきだして、不安げに座席を伺う文子。
 本の隙間から様子を覗き見る俺には、なぜかその唇だけがクローズアップされて見えた。
 そして、文子まであと一歩というところまで近づいたとき、 訳のわからない衝動が俺の中に生まれた――

 引き返そうとしたのだろう。
 誰も居ないとわかると、肩の力を抜いて無防備になった文子を、 左側から伸ばした腕で抱え込み、そのまま自分の方へと引き寄せる。
 後ろから抱きしめれば、文子が胸の中にすっぽりと収まるから、 たまらなく愛しくなって、ウエストに回した腕に力が入った。
 右手で顎を覆い、半ば強引に上を向かせると、 文子の目が驚きで大きく見開かれ、そのままの目で俺を見つめている。
 上を向き過ぎために自然と開かれた文子の唇を、顎を押さえる手の親指でそっとなぞりながら 顔を近づけ、ゆっくりと自分の唇を重ね合わせた。
 やわらかいその感触に酔いしれた後、いつのまにか閉じていた目を開けて唇を離す。
 けれど、真っ先に俺の目に飛び込んできたものは、 最後に見たときと同じ顔で硬直している文子の顔だった。

 やべぇ。一体、オレは何をしでかしたんだ?
 こんなつもりじゃなかったのに……
 左腕が名残惜しんで文子を離さないまま、必死でいい訳を考える。
 そして依然として固まったまま上を向き続ける文子に、 今度もまた後ろから、ようやく考え付いたセリフを震える声でつぶやいた……

 「予告通り、ふ〜みこちゃんの『くちびる』は、いただいた……」

 12:01 27秒 ━━ 怪盗完了 1分27秒過ぎ

 わ、我ながら、素晴らしい言い訳だよね?
← BACK NEXT →
IndexMainNovelKarenusu
photo by ©かぼんや