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◇◆ アンニュイな薫子さん ◇◆
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私と菫子、葵子は、『條家』と呼ばれる親族だ。
『條』の名が付く家系のものたちは、平安時代に名を馳せたご先祖さまの末裔が治める由緒正しい家柄で、一條を本家である本條とし、そこから枝分かれした、二條から九條までの八つの分家で構成されている。 だから私と同い年に生まれた『條家』の者は、二條家の菫子・九條家の葵子の二人だけれど、他学年には当然、三條や五條など、数多くの條家たちが存在する。 そして私の苗字は『本條』 つまり、やんごとなき家柄の、本家に生まれちゃった可哀想な女である。 私の何が可哀想なのか? それは…… ここ詩聖学院は、各界名士の師弟が通う私立学院で、華族制度が廃止された今、家柄でクラス分けをする時代は終末を迎え、何事にも実力で成り上がるという、凄まじい弱肉強食制度が繰り広げられている。 ところが、毎年クラス替えを施しても、松組の面子はほとんど変わらない。 そう。『我が一族の者が、トップにつけなくてどうするんだ!』家訓が各家で発令されているため、誰一人として成績を落とす者がいない状況ということだ。 この実力配置は、初等部時代から不動の順位を誇っており、なぜかどうも最後の詰めが甘い私は、毎回毎回小さなミスを繰り広げるため、毎度毎度と首席の地位を取り逃がす万年次席。 高等部二学年へ進級した今日、父も母も、そして家督を継ぐ兄までも、もう私の首席は有り得ないと諦め 「薫子は女の子なのだから、優秀な殿方のお家に嫁げばいいだけだ」 と、それはまあ適当なことを言い退けてくださるわけで…… というか、なぜ私がここまで学年順位に固執しているのかと言うと、それは條家の古くから伝わる伝統入札が関わっているからだ。 生まれながらの許婚カップルが、多く存在するこの学院だけれど、我が條家だけは少々事情が異なり、條家の女系は満十七歳の誕生日を迎えると、嫁ぎ先を入札されるという伝統が、現在も続いているから恐ろしい。 これがいわゆる『條家ドラフト会議』と呼ばれる代物で、嫁ぎ先を入札されるという、全く持って不愉快な会議が、本人の意思に関係なく、当然のように執り行われるわけで…… けれど私は、このドラフト会議にも、抜け道があることに気がついた。 それは、竹組や梅組の実力を伴わない者。また、松組と言えど、本人の順位以下な者へは嫁がせられないと言い切った、先代の本家当主の発言だ。 『本人の順位以下』 以下ということは、自らが首席ならば、誰からもドラフトされずに済む。 だから私は滅入ることなく、今もこうして躍起になって首席争奪に勤しんでいるということだ。 私が次席ならば、その上に首席が居るのは当然で、毎度首席のジョー殿下こと源譲仁(みなもとゆずひと)は、試験五科目五百点満点で首位を独走している嫌味な男だ。 けれど、ジョー殿下自体に害はない。 いや、ある意味、害虫よりも害がありそうな男だが、私にとっては害がないというだけかも知れない。 なぜならば、本人はひたすら本性を隠しているが、幼い頃から菫子を激ラブしていることが、周りの人間にはバレバレだからだ。 そういう菫子は、私に続く学年順位三位のおなごである。 なぜか毎回、全科目最後の一問を空欄にして試験を終了する不思議ちゃんで 「時間が足りないのよぉ!」 という決まり文句を毎度必ず言うけれど、それはただの言い訳であって、本当はこの空欄に意図がある様な気がしてならないのだが、その意図に気がつかないまま今に至る。 話をドラフト会議に戻して…… 同学年の首席に害はなくとも、他学年の首席には害がある。 そう。このドラフト会議の落とし穴の落とし穴は、この学年だけに絞られたことではないということ。 つまり、他学年の首席ならば、私をドラフト指名できる寸法にある。 ところが今回、帰国子女である橘明仁(たちばなあきひと)が、この学院に再編入してきたことで、高等部二学年松組のトップ集団に異変が起きた。 不動というものは不動だから不動であって、不動が動くという出来事は、大いなる脅威と化す。 早い話、先日行われた一学期中間テストでの、私の順位は三位。 つまり、ジョー殿下と橘明仁が、首位同点と相成ったから、私の順位が下がったのだ。 ただでさえ、高等部三学年松組の首席である男に対して頭を抱えているというのに、入札権を持つ輩が、これまた大きく増えてしまったわけで…… あぁ、何やら波乱が待ち構えている気が、するようでしないような、そんな微妙で複雑な、気だるい春の午後を過ごす私なのでした―― |
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