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◇◆ 途方に暮れる菫子さん ◇◆
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鈍感脳天気、天然ボケ女と呼ばれて早十六年。
けれどそう呼ばれることは、別に苦痛でも何でもない。 逆にそう思われていた方が得策だと考えている私は、天然ではなく、養殖ボケという称号が相応しい―― 我が二條家は、いわゆる條家の分家頭で、他の條分家のように『祖先が一緒』といった具合の親族ではなく、何代かに一度、本家の血筋を故意的に加え入れ直す、本家と親等が近い親族だ。 だから本家の薫子『かおちゃん』は、私にとって正真正銘の従姉妹に当たる。 なぜそんなことを二條家だけが繰り返しているかというと、代々二條家は本家師弟の影武者を務める家系だからだ。 簡単に言えば、影武者なのだから、顔かたちが似ていることが必然。 だから本家の血を濃く入れろということだ。 それでもそんな策を取ったところで、かおちゃんと私は似ても似つかない。 かおちゃんの艶やかな黒く長い髪に比べ、私は色素の薄い色の天然くせ毛。 乗馬や弓道で好成績を残すかおちゃんに比べ、私のそれはお粗末だ。 だから将軍『平家』の将ちゃんが、そんな文武に長けたかおちゃんのドラフト会議を、手薬煉を引きながら待ち構えていて当然なのに、当の本人はその理由が解らず首を捻る。 それどころか、誰が見ても考えても全てがお似合いな二人なのに、将ちゃんからの御指名を回避しようと躍起になって、猛勉強しまくっているから尚おかしい。 けれどそんな悪あがきを続けるかおちゃんを、笑っていられない事態が起きた。 この学院の松組メンバーは、ほとんどが幼等部からずっと一緒の幼馴染だけれど、家がお隣同士である徳川家の嫡男、『康國』通称コウちゃんと私は、兄弟のように育ったと言っても過言じゃない。 小さい頃は、一緒にお風呂へも入ったし、一緒のお布団でお昼寝だってした。 毎年武道館で行われる、康ちゃんの武術全国大会へも応援に行くのが当たり前で、全国制覇を成し遂げた康ちゃんが、まるでトロフィーを天高く掲げるように、私を抱き上げて写真に納まる構図も、何もかもが伝統化している今日だ。 愛だの恋だのという感情はないけれど、どの道、ドラフト会議で決まる私の嫁ぎ先。 だから康ちゃんが私を選んでくれれば、気負うことも忍耐も演技も必要なく、飛んだり跳ねたり回ったり、ありのままの自分で一生いられると思っていたのに…… 私たちよりも一足早く十七歳の誕生日を迎えた、九條家アオちゃんのドラフト会議が執り行われ、そんなアオちゃんを指名したのは徳川家。 そう。康ちゃんは、私ではなくアオちゃんを選んだということだ。 ショックだった訳じゃないと思う…… ただ単に、予想外の展開に驚いただけなはず。 だから会議室の上座から、不安げな視線を私に投げかけるアオちゃんへ、気を取り直してニラニラと笑いかけながら手を振った。 「ちょっとビックリしちゃったよ」 アオちゃんのドラフト会議後、いつものように康ちゃんと並んで歩き、これまたいつものように、本音をケロっと吐き出せば、なぜか今日は執拗に私と目を合わせない康ちゃんが、とても低い声でボソッとつぶやいた。 「俺だっていつまでも、菫子のお父さんで居るわけにはいかない」 寡黙な康ちゃんが発する言葉は、いつも以上に重みがあって、その言葉は予想以上に私の心へめり込んだ。 それどころか康ちゃんは、指名した手前、いつも私と一緒に居ることはアオちゃんに対して失礼だとも語り、自分と距離を置くようにとまで言い出した。 「そ、そうだよね! ごめん。気が利かなくて」 慌ててそんな謝罪を告げたけれど、やっぱり康ちゃんは私と目を合わせることなく、ピクリとも笑わない。 だから私は、それが康ちゃんの拒絶なんだと受け取り、この日以来、康ちゃんと距離を置き始めた…… 「菫子は最近ご機嫌ね。何か良いことがあったの?」 かおちゃんが朗らかにそう言うから、良いことなど何も起きてはいないけれど、はぐらかし加減でそれを肯定する日々が続く。 もう何だか、心の中がグチャグチャだ。 笑うしかない状況だからこそ、人は必要以上に笑うんだ。 けれど、もっと予想外の展開が待ち受けていたから、今度こそは正真正銘で驚愕することとなる。 アオちゃんの次に執り行われた、私自身のドラフト会議。 けれど私の場合、会議などには全くならなかった。 満場一致で即決されたんだ。 というのも、私を指名したのは…… 『源家嫡男 譲仁 殿』 そう、あの常人じゃないジョージン殿下ただ一人。 源家は、日本でも数家しかその称号を持つことがない『公爵』の家柄で、古くから開発業務と多角経営を行っている一族だ。 専用車・専用ボート・専用旅客機などは、あるのが当たり前という家柄が多く集うこの学院でも、専用電車、つまりマイトレインを持つ男は珍しい。 それもそのはず。 この国の網目に走る路線のほとんどは、この源家が運行している。 さらに、駅に隣接する駅ビルやホテル、その他観光地のリゾートホテルにレジャー施設。 まさに常人では考え及びつかないほどの富と地位を、治めている帝王家だ。 そして血族経営の源家で、次期総帥とほぼ決定されているのがこの譲仁で、全てにおいて隙がなく、全てにおいて卆がなく、全てにおいて優秀で、全てにおいて嫌味な男である。 だから、卆だらけ、隙だらけな私にとって、この男の存在自体が窮屈で、この男もまた、そんな私を心から嫌がっている。 それなのに、なんで私をドラフトするんだ…… 「えっと、ジョー殿下? 最初の漢字、線が一本足りないよね?」 きっと、高等部三学年に在籍する、三條家の蘭ちゃんと間違えたのだと思い、真顔でジョージンに言ってみたものの…… 「生憎だが、年上は好みじゃないんでね」 「じゃ、縦線一本と対角斜め線を二本加えればいいじゃん」 「本條は、将軍家が指名するだろうが?」 「でも、どう考えても間違いでしょ?」 「この俺に、間違いがあるとでも?」 太目の黒縁スクエア眼鏡のフレームを、最悪なまでにキリッと正しながら、嫌味タラタラに、どこまでも能面顔で言い返された。 昔からこいつはこうだ。 なぜか私にだけ、邪悪な魔王真顔で意地悪をサラッと言い渡すんだ。 けれど、どうしてここまで私を嫌うのか、解らないから腹が立つ。 いや、腹が立つなどと言っている場合じゃない。 この腐れ魔王と結婚するだなんて、考えただけで死にそうだ…… あぁ、最悪だ。 けれど即決されたドラフトを、覆すことなど出来やしない。 だからこうして、私はただただ途方に暮れる―― |
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