IndexMainNovelSky Matsuki フォントサイズ変更   L M D S
◇◆ The final story  1 ◇◆
 武頼くんから、銀のロケットペンダントを渡されてからというもの
毎日必ず夢の中に、あの男の子が出てくる様になっていた。
 何かをうったえかけてくる訳ではなくて、ただただとても仲良く遊ぶ夢。
絵本を読んでとせがむ夢や、クレヨンで塗り絵をしている夢。
芝生の上で、本を読む男の子の膝枕で眠るときもあった。
 そして男の子が現れるときに必ず言う言葉。
「全く、お前は……」
私が何か困っているときに、私の前に現れて、そこから救ってくれる男の子。
その深いグレーの瞳に見とれながら、私は同じセリフをつぶやく。

「・・・・・」

 なのに、何をつぶやいているのかが解らない。
同じ言葉だとだけはわかるものの、この男の子を何と呼んでいるのかさえ解らないままだった――


「へぇ、ヒロヤって、こういう 『字』 を書くんだぁ! 似合ってる!」
 ダイニングテーブルの上に置かれた、1枚の小さな紙を拾い上げて眺めた途端
宝物でも発見したかの様な調子で、新月が騒ぎはじめた。
その紙は、個展の会場で浅海さんがパパに渡していた名刺。
さっきまで浅海さんと電話をしていたパパが、名刺だけを置き去りにしたのだろう。
 新月の 『似合っている』 という節が気になって、私も後ろからその名刺を覗きこむ。

『浅海 寛弥』

 別段、大騒ぎするほどの漢字ではない気がして、首を横に傾ければ
「寛は『くつろぐ』 弥は『強調文』 だから、『とても寛げる人』ってことでしょ?」
小さな名刺をうちわの様に振り仰ぎながら、新月が得意げに解説してくれた。
 とても寛げる人……
私にとっては、夢の中に現れる少年がそんな人だった。
だから少年をそんな風に呼んでいた気がする……

「そういえば、武頼がビックリしてたんだよ」
 物思いにふける私の耳元で、突然新月が言い出して
「な、なにが?」
自分の思考回路を新月に読まれた気がして、慌てて話を合わせて聞き返す。
「いやさ、私と満月が、『新月』『満月』 と書くって知らなかったらしくてね?」
パパそっくりな、驚きのジェスチャーを取りながら、ちょっと馬鹿にした様に言った後
「でも寛兄は最初から、ちゃんと知っていたみたいだけどね♪」
なぜか最後に、私に向かってウインクしながらそう言う新月。
 新月の話の展開についていけず、困惑する私をよそに
慌しくリビングへと駆け込んできたパパが、新月を指差しながら言った。
「あ、あった! いやぁ、探してたんだよその名刺!」
手のひらを差し出して、新月から浅海さんの名刺を渡してもらいながら
「浅海さんが、なんだかイタリアに帰るらしくてね……」
空いたもう片方の手で、頭を軽く掻きながら戸惑いつぶやくパパ。
仕事のことで、色々と不都合があるのだろう。
「あ、それなら武頼も言ってたな。当分帰ってこないとかなんとか?」
パパの話を聞いた新月が、なぜか私の様子を探りながら、意味ありげに言う。
 そんな話は初耳だった。
誰とも連絡を取り合っていないのだから、耳に入らなくて当たり前だけれど
なんとなく、明日の誕生日は皆に祝ってもらえると期待していただけに
浅海さんの出発が明日だと聞いて、少し落ち込んだ……

 夕飯を終えて自室に引き上げ、そっと宝石箱のふたを開けてみる。
個展が終わった後、ママがなぜか貸し出してくれた大切な宝石箱。
コロコロという音をたてて、優しく奏ではじめる月の光と
宝石箱の中に静かに眠るロケットペンダント。
 武頼くんは、さも当たり前の様に 『返す』 と言った。
でも私には、夢の中でもらった記憶しかない。
その夢が過去の現実なのか、願望なのかすらわからないから
そんな人間が簡単に、首に下げてはいけない気がしていた。
 ロケットを箱から取り出し、手のひらで包む。
握り締めた途端、ざわざわと心が落ち着かなくなり、脈に合わせた頭痛もしてきて
慌てた私は、そのロケットを宝石箱の中にしまい、ふたを閉めた――


◆ That day of birthday

「あなたの胸に揺れるものが全てを知っている……」

 武頼くんの家の前で、高遠さんが私にそう言った。
正確には、そう言っている夢を見た。
 試験休みの今日。枕元の目覚まし時計を見れば、10時を優に回っていて
誕生日だというのに、何の予定もない自分に情けなさを感じつつ、モソモソと起き上がる。
パジャマのボタンを1つずつ外しながら、さっき見た夢を振り返り
「私の胸に揺れるもの?」
唇を突き出し、悩みながら胸を見下ろした。

「あ、ロケットペンダントだ!」
 なぞなぞが解けた気分で、いそいそと着替えた後
宝石箱を開いてロケットを取り出した。
ロケットペンダントだと最初から解っていたのだから
なんでもっと早く 中を確かめなかったのかとブツクサ言いながら
小さな割れ目を爪ではじくと、カチという小さな音をたててロケットが開き
中から小さく折りたたまれた、小さな紙の切れ端が飛び出してきて
宝の地図を見つけたときの様にワクワクとしながらそれを開き読む。


満月を意味するものの前に誓う……
あなたが18歳になる年の12月8日
緑の帽子をかぶり、
月の光が奏でられたとき
あなたの前に 僕はもう1度現れる。
そして、あなたの誕生日に
全てが終わり、全てがはじまる……


 国語の教科書の様に綺麗な文字で書かれた暗号。
何度もそれを読み直して、1行ずつ解読してみる。
1行目、これはきっと 『私へ誓う』 という意味だと思う。
今月の8日? 壁に貼られたカレンダーを目で追えば、『個展手伝い』のメモ。
そうだ。その日は個展の手伝いで、浅海さんと武頼くんに出逢った日だ。
確かにあの日は、ママが若草色のベレー帽を私にかぶせてくれていた。
そして、月の光が奏でられたときに現れたのは……

 無意識に握り締めていたロケットからチクッとした痛みが走る。
思わずロケットを見下ろせば、中に彫られている筆記体をみつけ、目を細めて読んでみる。

「 R・I・L・A・S・S・A…… Rilassa? えっと、えっと、寛ぐ?」

 呪文の様に何度も Rilassa とつぶやき繰り返したとき、頭の中の何かがこじ開けられて
グルグルと回りながら、数々の思い出が甦ってきた。
夢の中で見続けた光景は、全て過去の現実だったのだと気づき愕然とする。
あぁ。どうしてこんな大切な記憶を、私は忘れてしまったのだろう――

「思い出したの? 遅すぎだよ満月」
 続き戸の縁に寄りかかりながら、片眉を上げた新月が立っていた。
記憶が溢れてくることを止められず、目を見開いたまま新月を呆然と見つめれば
呆れた様に溜息をついた後
「あ、タクシーをお願いします。えぇ。成田空港まで」
肩に挟んだ受話器に向かって話しながら、小さなノートを私に突き出した。
 そのノートには見覚えがあった。全てを書き記した、花柄のノート。
一気に流れ出す記憶に眩暈を覚えながら、ページをめくる。

「Rilassa!」

 読み終えてから叫ぶ言葉。
ようやく開放された、あの頃の記憶と気持ち。
もう1度、ちゃんとあなたに向き合って、あの頃の気持ちを伝えたい。
あなたが覚えていてくれるなら。
あなたのメッセージを覚えていてくれたなら。
もう1度……

 ロケットを握り締め、鞄をひったくり、なりふり構わず家を飛び出した。

「13時55分発、アリタリア航空787便ミラノ行きだよ! 第1ターミナルだからね!」

 2階の窓から叫ぶ新月の声を微かに聞きながら――
← BACK NEXT →
IndexMainNovelSky Matsuki
photo by © Lovepop