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◇◆ Gelosia 2 ◇◆
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彼の祖母である高遠さんが、イタリアへ同行することになったのは、
表向きは私の着付けの付き添いという名目だけれど、実は隠れた理由がある。
毎日、お昼前から高遠さんのお宅に入り浸り、彼が迎えに来るまでの長い時間を高遠さんとともに過ごす。 当然お昼は高遠家で食べ、さらに夕飯は、彼も一緒に高遠家で食べるという厚かましさだ。 だから大学から帰宅した武頼くんは、私の顔を見るなりあからさまな嫌悪の表情を浮かべ 「またお前の、ヘンテコ煮物を食わなきゃなんないのかよ」 そうやって食生活の乱れを指摘するけれど、そんな嫌味にも既に慣れた自分が怖い。 着付けと料理の特訓が、無料で受けられるのだから、こんなにおいしい話はないはずだ。 ところが、明日が出発という日に、突然高遠さんが言い出した。 「満月ちゃん、わたくし、少々怒りがこみ上げているのよ」 「ご、ごめんなさい……」 おはしょりがうまく整えられず、もたもたしている私に吐かれた言葉なのだと受け取り、身を固くして謝れば 「あら、誤解させてしまったわね。そうじゃないのよ、実はね……」 そっと腕を伸ばして私の着物に手を掛けると、衣紋を抜きながら高遠さんが切り出した。 「ほら、なんとおっしゃったかしら、あの新月ちゃんの主治医の先生」 「あ、山ちゃん先生ね?」 「あぁそうそう、その方と新月ちゃんがお付き合いをしているらしいの」 「えぇ?」 そんな話は初耳だ。ここ数日は新月に会っていないけれど、そんな数日の間に起きたことではないはずだし、最後に会ったときも、 そんな素振りはおくびにも出していない。 「嘘でしょ?」 だから着付けの手を止めて、高遠さんを見下ろしながら聞き返せば 「いいえ、事実よ」 同じく手を止めた高遠さんが、私を見上げながらキッパリと言い放った。 「わたくしね、新月ちゃんがどなたとお付き合いをしようと、新月ちゃんが幸せなのであれば、 それで良いと思ってはいるのよ? でもそれが、卑怯な手段だとしたらお話は別でしょ」 そう言いながら、怒り心頭中の高遠さんが、力任せに胸紐をきつく締め上げる。 「グエッ……な手段?」 お昼ご飯が口から飛び出してしまうような感覚に陥りながら、思わず汚らしい返答をする私に向かって、 高遠さんが力強く肯いた。 「その方はね、武頼と新月ちゃんを会わせたくなくて、医師の特権を利用して面会謝絶にしていたの。 新月ちゃんの意識が戻った途端、面会謝絶にするだなんておかしいと思っていたのよ」 伊達帯を私にすっと差し出しながら、高遠さんの激白は続く。 「正々堂々と戦って、武頼がその方に負けてしまったのなら、それは仕方がないことだわ。 でも、武頼をわざと遠ざけている隙に、新月ちゃんに取り入ったその方の卑怯さが許せないのよ」 そんな事実が隠されていたとは、露も知らなかった。 けれど、それよりも何よりも、そんな話をなぜ高遠さんが知っているのかが不思議だ。 だからまた手を止めて、高遠さんを見下ろしながら切り出した。 「Nonna、一体どこからそのお話を聞いてきたの?」 すると、後れ毛を手で撫で付けながら、高遠さんがサラっと答える。 「Nonnaの素敵な情報網さんからですよ。この歳になると、病院通いをなさるお友達が多いのよ」 絶対に、その素敵な病院通いのお友達からではなく、別ルートから仕入れた情報だ。 『この歳』だなんて、高遠さんが使うこと自体がおかしい。 けれど私に指摘させる暇を与えぬまま、高遠さんがとても自然に話を元に戻す。 「それでね、今度のイタリア旅行に合わせたかのごとく、その方までイタリア入りをするとも伺ったのよ」 「そ、それも素敵なお友達から聞いたの?」 「いいえ。素敵な情報網さんから伺ったの」 こういうところは、彼とそっくりだと思わずにはいられない。 微妙な言い回しを使い分け、決して嘘をつくことなく丸め込む。 血筋だ。遺伝だ。きっと美寛さんも、こうだったに違いない。 けれど武頼くんは、高遠さんと私がそっくりだと鼻で笑う。 その言葉に反論を求めて彼を見たけれど、同じく鼻をヒクつかせて、こみ上げる笑いを我慢していた。 一体、私と高遠さんの、何が似ているのだろう? 「なので、満月ちゃんにお願いがあるの。イタリア旅行中は、新月ちゃんから離れないで頂戴。 イタリアのおうちに帰らず、ヴィラに留まって欲しいのよ……」 私が血筋云々を考えている間にも高遠さんの話は続き、心から心配しているといった具合の声でそう告げた。 だから咄嗟に、私の口から吐き出された言葉。 「それは構わないけど、そんなに心配なら、Nonnaも一緒にイタリアへ来ればいいのに」 その瞬間、高遠さんの顔色がパッと明るくなった。 「まぁ、それは素晴らしい提案ね。そうね、わたくしも一緒に同行させていただいて、監視役を仰せつかることにするわ」 今閃いたんだとばかりの台詞だけれど、口調は計画性に満ち溢れている。 きっとここまでの話は、私にそう言わせるための布石だったに違いない。 彼といい、高遠さんといい、そして武頼くんといい、私はこの血筋に逆らえない運命らしい。 それをようやく自覚した私は、あらぬ方向を見つめながら大きな溜息をついた―― 結局、なんだかんだと慌しく迎えた新年。 マルペンサ空港まで出迎えてくれた浅海さんとともに、美寛さんのお墓参りを済ませ、 約束通り自宅には帰らず、彼と一緒にヴィラへ留まった。 彼と高遠さんが窓際で何やら話しこんでいたけれど、その二人の表情からして、とても素敵なお話なのだろう。 高遠さんに向けて穏やかに微笑む彼を、見られただけで充分だ。 だから話には加わらず、自室に引き上げようとしたところで、高遠さんが私を呼び止めた。 「満月ちゃん、わたくし、明日にでもあの方とお会いしようと思っているの」 大きな決意を秘めた口調でそう言われ、戸惑いながらも聞き返す。 「あの方って、山ちゃん先生のこと?」 「えぇ。お節介だと言われても、月の紅茶の威信にかけて心に決めたわ」 月の紅茶。私が八歳の頃に、新月にほぼ強制敵で飲まされた、おまじない紅茶。 あのとき私も新月も、運命の人に出会う方法を思い浮かべ、その紅茶を飲み干した。 自分はロマンチストだと思うけれど、私はそのおまじないを信じている。 事細かに記したその方法が、彼との出逢いに見事一致しているからだ。 ただの偶然かもしれない。それでも思わずにはいられない。 彼に出逢わせてくれて、ありがとう…… そんな月の紅茶のおまじないを、新月に教えたのが高遠さんで、新月は私以上にそれを信じていた。 だから新月が、それを忘れているとは思えない。 新月の運命の人は、武頼くんだと疑っていなかったけれど、山ちゃん先生となれば話は別だ。 武頼くんは、新月が目覚めるまでの長い間、病院に通い詰めだった。 私なんかよりも数倍、新月を想い、心配していたのを目の当たりにしている。 もし本当に、山ちゃん先生が私的な目論みで、武頼くんを締め出していたのならば、そんな卑怯な真似をするような人に、 新月の未来は託せない。 「Nonna、新月の未来を頼んだわ!」 なぜか私まで意気込んで、高遠さんの腕を両手で掴みながら熱く語れば、瞳を輝かせて強く肯く高遠さんが答える。 「寛ちゃんに、新月ちゃんの動向を探ってもらうよう念を押しておいたわ。だから満月ちゃんは、武頼のことを見張っていて頂戴!」 「えぇ? そ、それは……」 「年寄りの最後のお願いだと思って、引き受けて頂戴な……」 絶対に自分が年寄りだなんて、これっぽっちも思っていないはずだ。 けれど、そう言われてしまうと、もう反論などできなくなる。 とても気が重い。 新月を見張るならまだしも、あの武頼くんを見張るだなんて、私にできるのか? 大体、彼がこの件を、どこまで把握しているのかが分からない。 あぁ、何か嫌な予感がするよ…… ※ Luna piena(満月・マツキの愛称) / Rilassa(寛ぐ・寛弥の愛称) Ti amo(愛してるよ) / Gelosia(ジェラシー) / Nonna(お祖母ちゃん) |
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