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◇◆ The seventh story ◇◆
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「新月は何のおまじないにするか決めているの?」
「私? 私は運命の人に出逢う方法のおまじないにするよ?」 「出逢う方法? なにそれ?」 「だからぁ、いつ? どこで? どんな人と? それを決めるんだって!」 「え? 自分で勝手に決めるの?」 「そう! で、その通りに出逢った人が運命の人なの♪ 素敵でしょ?」 「ふ〜ん。じゃ、私もそれでいいや」 「よしっ! そうと決まったら、細かい条件をきめなきゃね! まず、いつ出逢う?」 「う〜ん…… 私たちの誕生日っていうのは?」 「うん! いいね! じゃ、満月はいつの誕生日にする?」 「う〜ん…… 今から10年後っていうのはどう?」 「OK! じゃ、10年後だから……18歳の誕生日ってことね♪」 真っ暗闇の中 目を開いた。心臓が破裂するんじゃないかというほどドキドキしている。 ようやく思い出した。私のおまじないは、運命の人と出逢う方法だったんだ。 その条件の一部が、10年後の自分の誕生日で、眼鏡をかけていて、グレーの瞳で、さくらんぼとチョコアイスが好きな人で…… それなのに いざとなったらやっぱり怖くなり、紅茶を飲むことを渋り始めた私に 新月が文句を言ったんだ。 8歳だった幼い私たち。思いつく限りのくだらない条件まで出し合って、それを新月がノートに書き込んでいた。 あれ? でも、そのノートってどこにしまったんだっけ? 花柄の鍵がついた日記帳みたいなノートだったよね…… 暗闇に慣れてきた目が、部屋の全体像をうっすらと映し出し始め モノクロな部屋の中をぼんやりと見渡して しまうならどこだろう? そう頭をひねりながら考える。 気になり始めると もうそのことしか考えられなくなる私は、まだ陽も昇らない 夜中と朝方の境目の時間だというのに ルームランプをつけ、弱いオレンジ色の明かりだけを頼りに 隠しそうな場所を手当たり次第に探しはじめた。 けれど結局、目ぼしい場所全てを探してみたけれど それらしきノートは見つからず、落胆したまま朝を迎えた。 夢の続きを新月に確かめたくて、二人きりになれる時を狙っていたのだけれど こういうときに限って 誰かしらがそばにいる。 武頼くんの家に行く道中で話せばいいと思ったけれど、自宅まで浅海さんが車で迎えに来てくれたので やはり二人きりになれないまま 新月は助手席に。私は後部座席に納まって、高遠家までの道を行く。 私より話し上手な新月は、浅海さんにあれこれと質問し続けて そのときようやく 浅海さんのお母様が、武頼くんのお父様の姉にあたることを知った。 前に座る二人の会話をぼんやりと聞きながら、窓から見える雲を眺めていると 浅海さんの豪快な笑い声が車内に溢れた。 少し驚いて、ルームミラーに映る浅海さんを見れば 少年の様に屈託なく笑っていた。 私と居るときは、柔らかく微笑むだけの浅海さん。 それが彼なんだと思っていたけれど、私には大人の仮面を外すことなく接していただけだということを知った。 二人の会話に入らないことが、逆に二人に気を遣わせてしまう気がして 眠ったふりをしようと シートに寄りかかり、目を閉じて…… 睡眠不足だった私は、本当に夢の中へと落ちていった―― 「まちゅきちゃん こっちよ! はやくはやく!!」 「待ってぇ しぢゅきちゃん! まちゅきはそんなに早く走れないよ……」 「ほら、ここに素敵なお花がたくさんあるのよぉ」 「え、でも ここって誰かのおうちじゃないの?」 「大丈夫! ここに抜け道があるから入れるの」 「あっ! 待って しぢゅきちゃん! 見つかったらママに怒られちゃうよ!」 「大丈夫だもん♪ あっ! ゲッ あいちゅが来た! まちゅきちゃん隠れて!」 「ゲッ? 誰? 誰が来たの? あっ まちゅきのお洋服がひっかかっちゃった」 「えぇ? しぢゅき 知〜らないっ! 先いくからね!」 「お前、こんなところでなにやってんだよ?」 どこからか聴こえる月の光の音で、うたた寝から目を覚ました。あの音はきっと浅海さんの携帯の着信音だろう。 そして夢のあれは…… 幼いころの武頼くん? 大きくて丸い銀色フレームの眼鏡をかけて、両手をジーンズのポケットに突っ込んだ男の子。 お前は本当にどうしようもないだとか、そんな文句を言いながらも 背中に引っかかった枝を取り除き、そこから助けてくれた男の子…… 一瞬 ルームミラー越しに浅海さんと目が合ったけれど、 すぐに私から目をそらし、イヤフォンマイクのついた右耳を軽く触った後 電話の主と話し始めた。 「えぇ。大丈夫ですよ。もうじきそちらに到着します」 大きな門の前に武頼くんが立っていた。袖ぐりや裾の部分に茶色のファーが付いた、丈の短い黒のコートを着た彼は ポケットに手を突っ込んで、肩をいからせながら寒そうに足踏みしている。 彼の目の前で浅海さんが車を停めると、本当に嫌々そうに 後ろの席のドアを開け 「遅い! 寒い! 早く降りろよ バカ満月!」 何かの号令の様に 一言一言を区切り、強調しながら私に怒鳴る。 理不尽な理由で怒鳴られて、相変わらず名前の前に付く【バカ】の文字に凹みながらも 新月の座る助手席ではなく、後ろのドアを先に開けてくれたことに なぜか嬉しさを感じて微笑めば 例のごとく 眼鏡の位置を正しながら 「ヘラヘラしてないで、さっさと降りろよ。ばーさんが、首を長くして待ってるぞ?」 今度はトーンを少し落とした声で、それだけ言うと私に背中を向けた。 ずっと心に燻っていたことがある。 顔も名前も思い出せないけれど、悲しければ一緒に泣いて、楽しければ一緒に笑って…… 新月ではない誰かが、そうやってずっと 私のそばに寄り添ってくれていた記憶。そんな漠然とした思い出。 それが車の中で見た夢と重なって、その人が武頼くんだったんじゃないかと確信に近い気持ちがこみ上げてくる。 彼といると、懐かしいと感じるから…… 彼といると、怒られてばかりなのに安心できるから…… そうやって、彼の背中を見つめながら後をついて玄関まで歩き、家の広さに驚いて恐縮し、 武頼くんにアイスをぶちまけるという失態をおかして固まった私に、微笑みかける高遠さん。 「昔を思い出すわ。本当に昔から満月ちゃんは変なところで運が悪いのよね」 そう言うと不意に立ち上がり、隣の部屋へと続く襖を開けて その奥に消えた。 少しだけ開かれた襖の先には、大きな淡い色の仏壇があって その中に三つの位牌と、三枚の写真が飾られている。 「満月ちゃん? ちょっとこっちにいらっしゃいな」 襖越しに高遠さんに呼ばれ、なんとなく不安にかられて新月を見た。 高遠さんは、新月を【満月】だと思いこんでいるはずだった。 でも玄関で初めて会ったとき、自己紹介もしないうちに 私たちの顔と名前の組み合わせをピタッと言い当てられた。 浅海さんか武頼くんが、先に誤解をといてくれたのかとも思ったけれど どうやらそうではないらしい。 それに反して私の乏しい記憶は、未だ何一つ 高遠さんのことを思い出してはくれていない。 私の戸惑いを気配で察知したのか、姿の見えないままの高遠さんが忍び笑いをもらしながら続けた。 「本物の満月ちゃんのほうよ。さぁ、いらっしゃいな」 新月が、顎で襖を指しながら『早く行け!』と言葉に出さずに口の動きだけで怒っている。 下唇をちょっとだけ出したまま 重い腰を持ち上げて、私は恐る恐る襖の向こうへ進み出た。 私が入った途端に、静かな音をたてて襖が閉じられて 相変わらず目を細めながら微笑む高遠さんと 畳の上に広げられた白い和紙と 仏壇の写真の中から微笑む三人の顔と 緊張で吐き気を催してきた 誕生日11日前の日曜日(あぁ、また何かやらかしそうな予感。。√|○) |
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