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◇◆ The eighth story ◇◆
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「すぐに分かったのよ? こっちが本物の満月ちゃんだって。
お父様とお電話でお話したときも、それは本当に満月ですか? って何度もお聞きになるから あぁ どこかできっと二人の名前が入れ替わってしまったのねって思ったの」 着物の衣擦れの音だけが静かな空間にやわらかく響いて 少しだけ私を振り返りながら ゆっくり仏壇へと歩き進む高遠さん。 慣れない正座のまま 首だけを動かし 高遠さんを追って眺めれば 仏壇の中に飾られていた3枚の写真のうち、1つだけを取り上げて 楽しげに微笑む若い女性の顔を、愛おし気に指でなぞっていた。 パパくらいの年齢な男性が写るモノクロ写真は、きっと高遠さんのご主人だろう。 けれど、他の2枚に写る女性と高遠さんの関係を推測するのは難しかった。 不意に写真を元の位置に戻し、私へと向き直った高遠さんが 少し戸惑い気味に問いかけてきた。 「満月ちゃん? あなたは小さい頃、『月の紅茶』 をいただいたかしら? 満月と自分の誕生日が重なったときに飲む紅茶のことなのだけれど……」 月の紅茶が、あのおまじないを意味するものだと ようやく気が付いた私は なぜか少し照れて、はみかみながら頷いた。 私が飲んだということを悟ると、目を大きく開いて 心から嬉しそうに笑う高遠さん。 「実は、そのおまじないを新月ちゃんに教えたのは私なの」 自分の鼻を指差しながら、少し得意げな顔で話し出す。 「武頼の母親が、イタリアで体調を崩してね…… そのとき私は初めてイタリアへ行ったのよ。そして、そこで仲良く遊ぶ2人の姿を目にしたの」 あの2人が仲良く遊んでいたとは考えにくいけれど、高遠さんの目にはそう映ったのだろう。 軽くうなづきながら高遠さんの話の続きを待つ。 「新月ちゃんは、まだ3つくらいだったかしらね。 しばらくして、残念なことに武頼の母親が亡くなって…… もう どうすることもできないほど悲しんで、いつまでも泣き続ける武頼を どうにかして慰めようと そのおまじないの作り話をしてしまったの。 まだ幼かった武頼は、母親を生き返らせる方法を願っていたけれど それは出来ないことだと悟すと、泣きながら新月ちゃんに相談していたわ……」 今までの得意げな顔は消えて、代わりに当時を思い出し 悲しそうに笑った。 「実はね、寛弥も幼いころに母親を亡くしているのよ。私には娘運がないのね…… 実の娘も義理の娘も私より先に逝ってしまったから……」 そう言いながら、さっきまで手にしていた仏壇の写真をまた見つめる高遠さん。 そうだったのか。浅海さんも武頼くんもお母さんを早くに亡くしていたんだ…… まだママがぴんぴんしている私は 何をどう答えて返事をすればいいのかわからず ただ無言のまま、写真の中の2人の女性たちを交互に見つめた。 「あらいやだわ、私はこんな悲しい過去のお話をするために 満月ちゃんを呼んだわけではなかったのに。 実はね、これを満月ちゃんに着てほしかったの」 畳の上に広げられた和紙の包みをほどき、その中から鞠の絵が描かれた赤い着物を取り出し私に当てる。 「これは私の娘。寛弥の母が若いときに作った着物なのよ」 きっと私が生まれる前に作られたものなのだろう。 けれど今も尚 鮮やかな色を放つその着物に目が吸い寄せられた。 「嫌かもしれないけれど、どうしても今 その着物を着て欲しいの。 年寄りのわがままだから仕方がないと思って 頼みを聞いてもらえないかしら?」 そこまで言われてしまうと断る理由が思いつかず、逆に今まで1度も着たことのない着物に興味をひかれ 「喜んで」 唇を噛み はにかみながら そう答えた。 「やっぱりね。とても似合うわ! 満月ちゃんは東洋の血のほうが濃く現れた女の子だから 絶対に似合うと思ったのよ」 そう言い 喜ぶ高遠さんに促され、恐る恐る襖を開けて居間へ戻ると そこには武頼くんだけが相変わらずの姿勢で横になっていて 今度はどうやら本格的に眠りに入っている様だった。 新月と浅海さんは、庭の向こうで 池に向かって何かを放り投げながら楽しそうにはしゃいでいる。 不意に浅海さんが振り返り、私の姿を見て時を止めた。 そうだよね。突然 お母様の着物を私が着ていたら 何事かと思うよね…… 「2人とも 全てを思い出しなさい あと10日のうちに……」 高遠さんが私の後ろから ほとんど聞き取れないほどの小さな小さな声で囁いた。 突然の囁きに驚いて、聞き返そうと振り向けば 部屋の奥にあるドアが静かな音をたてて閉まり もう高遠さんの姿は消えていた―― その夜の夢は とても不思議で悲しい話だった。 あの後、高遠さんのお宅で図々しくも夕飯をご馳走になり そしてまた 行きと同じ様に、浅海さんに車で送ってもらい たどりついた家。 挨拶をしようと出迎えたママがまた 浅海さんのことを 『寛ちゃん』 と呼んでいて なにやら むずがゆくなるその呼び方に 妙な違和感を感じ続けた私は キッチンで紅茶の支度を手伝いながら ママに聞いてみたけれど 笑ってごまかすばかりで、何一つとして教えてはもらえなかった。 高遠さんの囁きと、ごまかしてばかりいるママの態度に悶々としながらベッドへ入り いつもの様に天井の壁紙の模様を睨みつけながら いつの間にか眠りについた私は 夢の中で、10歳過ぎの男の子と出逢った。 眼鏡をかけた、グレーの瞳のジーンズをはいた男の子。 おまじないのときに 思い浮かべた理想の男の子…… その子が、泣かないでと何度も言いながら 私の頭をなでていて どこからか 『月の光』が流れていて 「必ずまた君に会いにくる。だから僕を忘れないで欲しい……」 そうやって自分も泣きそうになりながら 懸命に言っている。 男の子が自分の首から銀色のネックレスを外し、それを私の首にかけながら言う。 「君の18歳の誕生日に、このことを覚えていてくれたなら…… まだそのとき僕のことを忘れないでいてくれたなら、これを持って僕を探して? そのとき僕は 絶対に君のそばで君を見ていると誓うから……」 明け方近くに目が覚めて、夢を見て泣いていた自分に驚いた。 いつもの夢は現実に起きた過去の夢。けれどこの夢はそうじゃない。 私が勝手に作り上げた想像だけの夢。なのにひどく心が苦しい。 コーヒーショップで何かを思い出し 突然 武頼くんの前で泣き始めてしまったときと同じ様な胸の痛み。 腫れぼったい目を押さえながら制服に着替え、この夢のことばかりを考え 人の話に適当に相槌をうち 全てが上の空で過ぎていく時間…… 放課後の校門に武頼くんが立っていて、気難しそうな顔で私が出てくるのを待っていた。 「お前に 返さなきゃならないもんがあってさ」 目を合わさずにそうボソボソつぶやいて コートのポケットから取り出した小さな紙の包みを私に渡す。 「悪かったな…… ずっと返そうと思ってはいたんだけど……」 それだけ言うと、またいつもの様に眼鏡の真ん中を持ち上げて 「ちゃんと返したからな!」 最後は結局 偉そうに私を指差しながら言い、足早に去って行った。 武頼くんの姿が見えなくなるまでその場に立ちすくみ、左手で握り締めたままの紙の包みを開けた。 そこには銀色のネックレスが入っていて 丸型の彫刻の入ったトップが付いていて 夢の中の男の子が私にかけてくれたネックレスと同じものだと ようやく気が付いて動転した 誕生日10日前の月曜日(もしや昨日の夢は現実なのか√|○) |
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