schole〜スコレー〜
トップページ小説伝説のドS>1/5


1,

 
 僕の住む町、十字町には都市伝説のように語り継がれる人物がいる。
 あるところで少年がいじめられていれば助けに出向き、あるところで酔っぱらいが暴れ回っていれば止めに行く。
 その姿は正にヒーロー。十字町の救世主である。
 正義の味方。神出鬼没。天下無双。その上、女性だというのだから、噂も急速に広まるというものだ。
 噂には尾ひれが付いているのだろうけど、彼女が実在するというのは確かだ。
 いくつもの目撃証言があるし、信用のおける友人からもそれは得られた。
 腰まで伸びる長い長い白髪。見る者を恐怖のどん底に突き落とすきつい目元。返り血を隠すためのものなのか、真っ
赤でド派手なジャージ。
 どの証言も、彼女の特徴は一致している。
 これだけ聞けば、どうも悪魔のようにも思えるけど、正義の味方には違いない。外見なんて、その人物の中身には全
く関係がないのだし。
 外見とは別に、彼女は多くのものをその内に秘めている。
 まず彼女が持つのはジャスティスハート。熱く燃える正義の心。大きくはそれだろう。
 だけど、僕にとって、そんな事はどうでも良い。
 僕が求めるのは、彼女の強さだ。
 聞けば、彼女は無敗だという。
 そのパンチは相手を10メートル先へと吹っ飛ばし、相手の腹を蹴り上げれば頭上高く跳ね上げられるという。
 なんという暴力。それ程素晴らしい暴力は彼女を置いて他にない。
 柔道だとか空手だとか、そんなものを超越したところに彼女はいるのだ。
 素晴らしいじゃないか。良いね、暴力。

 ぜひ僕を思い切りぶん殴って頂きたい。

 だって、僕はドMだから。

 彼女に全力で殴ってもらえれば、これ以上の至福はない。
 だから僕は彼女を捜すんだ。
 どこの誰だか未だわからないけど、彼女はこの町のどこかにいる。
 十字町はそう広くもない。噂を辿っていけば、きっと不可能ではないはずだ。
 
 僕はきっと、彼女を見つけてみせる。
 




 さて、息巻いてみた僕なのだけれど、彼女の所在に関する情報は思っていたよりも早く手に入った。名前、在学校
名、その他諸々の個人情報を売りさばく情報屋なる人物が我が校にはいたのである。便利便利。
 彼女の名前は、諸星狼子。川向こうの高校に通う十七歳。スリーサイズは推定79・58・80。身長166センチ。体重47キ
ロ。倍額を支払う事で顔写真も入手できた。なかなか可愛い。殴られたい。
 これでいつでも彼女に会いに行けるかと思いきや、一つ問題が生じた。彼女の活動範囲は十字町全域。主な活動時
間は夕方五時から七時の間と非常に短く、高校もサボりがちであるという。となると、高校へ向かっても、顔を見られる
保証はない。
 ではどうするかという事なのだけど、彼女に会うための策は初めから用意してある。じゃあ情報を集める必要はなか
ったじゃないか、という突っ込みももっともだ。でも、物事には順序ってのがあるだろう。この作戦は最終手段なんだ。
 つまり。彼女はこの町の救世主なんだから、僕が危険に晒されれば助けに来てくれるんじゃないかって魂胆。
 この作戦の良いところは、僕自身が危険に身を投げる事で快感を感じられるのだというところ。まさに一石二鳥だ。
素晴らしい。
 というわけで、裏路地にたむろしていた不良女子集団に声をかけてみる事にした。少しでも諸星さんとの遭遇率を上
げるため、場所は彼女の通う高校のすぐ近くである。時間帯も夕方の六時と、これまた諸星さんの行動時間ぴったり。
 ちなみに、校門の前で彼女を待ち伏せしてみたけど、やっぱり会えなかった。だからこそ渋々この策を選んだわけな
のだし。
 こほん。咳払い一つ。
「やあ、そんなところに座り込んじゃって何してるのアバズレ共。その薄汚い制服をこれ以上汚してどうする気?」
 適当に暴言を吐いてみると、すぐさま彼女らは立ち上がる。
「…………は? てめえ今、なんてった?」
「調子こいてる的な話じゃね?」
「クソチビが。一回死なねえとわかんねえのかな。わかんねえのかな」
 十字町は時代錯誤な不良が大勢うろついているから本当に助かるな。
 まぁ、だからこそ諸星さんみたいな人がいるわけなんだけど。
「言葉遣いも顔も歩き方も何から何まで気持ち悪い女の人たちだなあ。おえっ。僕、吐き気がしちゃうよ」
 さらに神経を逆撫でしてみる。
「てんめぇ…………」
 彼女らの頭から蒸気が噴出しているかのようだ。人を怒らせるのがこんなに簡単だなんて。ちょっと感動してしまう。
 惜しむらくは、彼女らが少々ブサイクである事だ。僕だって男であるので、ブサイクに殴られても不快感を覚えるだけ
だ。このレベルなら、まあ、許せるか、というぐらい。諸星さんが現れるまでの辛抱である。
 と、視界を暗闇が覆った。直後に体が揺さぶられ、顔面に激痛を感じる。
 鼻柱を殴られたらしい。地面に倒れると同時に、少し遅れて快感が立ち上る。
 おっと。それも束の間、胸倉を掴まれた。
 その場に立たされ、再度殴られ、地に転がる。
 あぁ気持ち良い。
「おいてめぇ…………なんだよその顔は。まだ余裕かましてんのか」
 あぁ、顔に出ていたようだ。彼女の怒りが増幅した様子。
 そんなつもりで笑ってるわけではないんだけど、勘違いしているのなら、それに越した事はないな。
 僕の希望通り、彼女らは僕の腹を蹴ったり、頭を踏んだりなどしてくれる。
 うーん、しかし、気持ち良いには気持ち良いけど、やっぱり物足りない。どうにもパワー不足だ。だからって男に殴られ
たいとは思わないけどね。僕は男に殴られて悦ぶような変態じゃない。ホモじゃないんだから。
 一向に悲鳴を上げない僕に愛想を尽かしたのか、彼女らの表情から怒りが消える。
 何だ、もう終わりなのか。
 結局、諸星さんは現れなかったな。作戦は失敗である。快感を得るという、片方の目的は達成されてるから構わない
んだけど。
 不良娘三人組の立ち去る足音を聞きながら、しばらく僕は地面に身を預ける事にした。

 



 私の名は諸星狼子。
 光の国からやって来た正義の狼だ。嘘だ。
 どうやら私はこの町の有名人になっちまってるらしい。
 高校でも、『正義の狼』だの『十字町の救世主』だの『白髪の戦乙女』だのふざけた通り名で呼ばれる始末だ。
 こうなった今じゃ、染めた白髪を戻す気はないし、律儀に高校に通う気もない。留年しない程度にほどほどに足を運
べば良い。騒がれるのも面倒だし。
 そもそも。
 何で私がこんなに知られる事になっちまったのか、て話だ。
 理由は、いくつも並べられるだろう。
 町の不良連中をぶちのめしてるから。目立った服装をしているから。それをしているのが女子高生だから。
 私としてみれば、至って普通の事なんだが、周りの奴らにとってはそれが奇異に見えるらしい。十字町内で、私の存
在は一気に広まった。
 というか。
 正義の味方だの何だのと騒ぎ立てるのは良いが、そもそも私は、そんな殊勝な心がけを持ち合わせてはいない。
 だって。

 私はただのドSだから。

 ほら、男をぶん殴るのって興奮するだろ? しかもああいう調子に乗った奴らだとなおさらだ。何もしてねー奴ボコボコ
にするのは気が引けるから、ああいう連中を選んでるだけの話。正義なんて知ったこっちゃないさ。
 元々、悪人に見られたいがために、白髪に染めて真っ赤なジャージを羽織ったのに、結局は逆効果になっちまった。
今更、元に戻したところで意味はないだろうから戻す気はないけど。
 とにかく。
 私は私の欲求を満たせてればそれで満足だ。他はどうだって構わない。
 もっと殴りたいしもっと蹴りたいし、ありとあらゆる方法で人を傷つけたい。
 ぶちのめす対象は男の方が好みだが、別に女相手でも我慢できる。
 ただ一つの条件さえクリアしていれば、の話だけど。
 今日も私は十字町をうろつき、馬鹿共を探す。
 悪い子はいねーがー。
 



 やってきました。
 十字町の中心。駅前通りのコンビニ脇。そこの小道の先の裏路地。
 この場所が私のお気に入り。不良の溜まり場になってて標的を見つけやすいから。
 ただ、ここだけに来てると敵も寄り付かなくなるだろうから、ローテーションを組んで十字町中をぶらついてなきゃなら
ない。人を殴るのにも神経を使う。めんどくせー。
 お。ちょうど良いところに悪そうな顔した三人組が現れた。
「あのカス。口だけだったな。どんだけ殴ってやっても抵抗しねえ」
「マジ気持ち悪い的な。他の獲物探そうぜ」
「そうだな。そうだな」
 ほほう。この口ぶりは、どうやら善良な市民に暴行を働いたようだな。それなら天罰を下す必要があるよなぁ?
 地を駆け、三人の前に立つ。
「やあそこいく三人娘。いじめはいけないぞ。ちょーっと待ってくれるかな」
 私を目にし、顔を歪ませる三人。
 この町の学生で私の事を知らねえ奴はモグリだからな。その反応は当然のもの。
「おーおージャスティスババアじゃねえか。うちらに何の用だよ。特に迷惑はかけてねえはずだけど」
「ババア? おいババアってどういう意味だ」
「その白髪だよ。老けて見えるぜ。実際、結構年いってんのかもしんねえけど」
 そこで仲良く汚い笑い声を上げる不良共。
 よし、こいつら殺そう。殺害だ殺害。
 今日も快楽の時間の始まりだ。
「ぐぬらあああああああああっ!!」
 叫び声に乗せて不良娘Aの顔面に握り拳を届ける。
「ぐぶっ」
 うは。気持ち良い! ぞくぞくする!
 娘Aの体は数メートル程吹っ飛び、地面に転がる。ぴくりとも動かない。なーんだ一撃かよつまんねぇー。起き上がっ
てくるのを何度も何度も蹂躙するのが楽しいのに。
 おっと。
 私の最強っぷりに気付いたらしい残る二人が、仲間を置いて逃走を計る。そうはさせないさ。
「ふっはー! メガウルトラ狼子キィイイイイイイック!」
 片方の背中に跳び蹴りをかまし、その体をもう片方へと飛ばす。……うは。ナイスコントロール。二人仲良くもつれ倒
れた。
 その背中を踏みつけ一言。
「おい。私の事が気にくわないんなら何度だってかかってくるが良いさ。その度に私はお前らをボコボコにしてやる」
 一丁前に鬼のような表情で私を見上げる不良娘だったが、何発か腹に蹴りを入れると観念したようだ、首を傾けその
顔を隠した。
「はっはっは。一件落着!」
 私が宣言すると、それに呼応するかのように、周囲から拍手と歓声が起こる。
 うわ、写メは止めろ写メは。恥ずかしいだろ。こっちが顔を隠しても、ちっとも止める気ないし。
 警察だの何だのうるさい連中が到着する前に、さっさと逃げるか。裏路地の方から抜けるとしよう。
 そして。
 小道へ入り、奥へ進む私の目に飛び込んできたのは、先程、不良娘三人組がシメたとかいうチビの姿だった。
 



 
 おや、こちらへ誰かが近づいてきているようだ。不良娘達が物足りずに戻ってきたのかな? もしそうなら僕としては
大喜びするところだけれど。
「そこのチビ。歩行の邪魔だから、ちょっとどいてくれると助かる」
 初めて耳にする声だ。少なくとも僕の知り合いではない。その割に、妙に荒々しい口調である。さっきの三人でもない
し、誰だろう。
 顔を上げてみると、白いパンツと髪の毛が見えた。
「どかねーってんなら蹴り飛ばすぞ」
 その顔。確かに僕の知り合いではない、が、僕はその顔を知っていた。というか、白い髪の毛。そんな物を有するの
は、十字町では一人だけ。
「あの」
 あ、まずいまずい。寝転んだまま話を進めるのは失礼だ。ひとまず体を起こし、彼女の正面に立つ。
「何だよ、私は忙しいんだ。用件があるならさっさとよろしく」
「あの、あなたは…………十字町の救世主、諸星狼子さんですよね!?」
 僕の言葉を聞くと、彼女は小さく歯を噛み鳴らした後、呟いた。

「あぁ確かに私は諸星狼子という名だが。それがどうした」

 聞いた。聞いたぞ僕は。
 『確かに私は諸星狼子という名だが』。
 言質は取ったぞ! 目の前にいるこの人が諸星狼子!
「ワンダホー! やった! では諸星さん、お願いがあります! 僕をあなたの奴隷にして下さい!」
「…………は?」
 人間、本当に気が抜けると、こんな声が出るんだな。上ずった高音で、諸星さんは小さくそう口にした。
「うふふ。驚かれるのも無理はありませんね諸星さん。良いでしょうご説明しましょう。そう、何を隠そう僕はドMなんです
よ。マゾヒスト中のマゾヒスト。わかりますよねマゾヒスト。殴られてこそ蹴られてこそ踏みつぶされてこそ僕は至高の喜
びを感じるんです。見返りは一切必要としません。僕はこれより、あなたの奴隷としての人生を歩みます」
「……おい、ちょっと待てこら変態野郎。私がそれを了承するわけないだろ」
 否定。まさかの否定。
「いえいえいえいえ諸星さん。何故ですか。得はあっても損はありません。ストレス解消の道具にでも僕をお使い下さ
い。日々、十字町のために力を振るって苛々も限界なのではありませんか」
 予想していたよりもかなり荒々しい口調なのはそのためだろう。正義の味方がこんな言葉遣いをするはずがない。
「私は十字町のために何かをした覚えはないぞ。お前の勘違いだろ。人の気持ちを勝手に推測した気になってんじゃ
ねー」
 ん? おかしいな?
「ではどうして町の不良をボコボコに? それならそれで理由が知りたいんですけど」
 諸星さんは視線をついと左に逸らし、

「私はドSだから。人を殴るのが大好きなんだ」

 頬を僅かに赤らめた。
 ――――――こんなに都合の良い話ってあるものなのか。ドMとドS。悦楽の究極形態じゃないか。これ以上の状態
を求めるのは人間には不可能、神にしか許されない禁断の所行だ。
「最高です。諸星さん。再度、お聞き下さい。よーく聞いて。はい。僕はドMです。もう一度。僕はドMです。怖い怖い不
良なんて殴らなくても、こんなにちょうど良い所に僕という逸材が転がっているんですよ。もう、町を徘徊する必要なんて
ない。あなたに呼ばれさえすれば僕は馬車馬のようにすぐさま駆けつけます」
 僕はその場に跪き、彼女に向かって右手を差し出した。
 ふふふ。決まった。今日、僕はここに奴隷の誓いをたてるんだ。
 ――――がしかし、一向にその手に触れるものがない。
 ふと諸星さんの顔を見ようと頭を持ち上げると、彼女の目は冷徹に光り輝いていた。
 え、どういう事さこれ。
「おいお前、名前」
 ああ何だ。いつになっても僕が名乗らないから苛々してたのか、何だそんな事。
「山田八乃助と申します。どうぞ山田とでも八乃助とでも奴隷とでも何とでもお好きなようにお呼び下さい」
「山田こら。ドSを舐めてるだろお前」
 え?

「ドSはな! ドM殴ったって面白くも何ともないんだよ! ドSはドSを殴ってこそだろうがこのカスが!」

 おふ! 素晴らしい罵倒をありがとうございます! ありがたく頂戴します!
 …………いや、でも結果的には断られてる。快感に身を任せてる場合じゃない。
「あの、諸星さん。そんな事言わずに」
「ドMなんて殴ったって悦ぶだけなんだろ!? ああちくしょう! それのどこが楽しいんだ! 私が欲するのは蹂躙か
ら逃れようとする悲鳴と泣き顔なんだよ! とっととどっかへ消えちまえドM野郎!」
 聞く耳持たず。
 愕然とする。
 何だ、本当に、彼女は僕を殴ってはくれないのか。ただの、僕の、骨折り損のくたびれ儲け。
「せめてもの慈悲だよ、どけ!」
 彼女の鋭い蹴りが僕の腹に刺さる。ビルの外壁へと吹っ飛ぶ僕。
「あ、ありがとうございまぁあああす!!」
「ち。気持ち悪いだけで、ちっとも快感が押し寄せねー」
 そう言葉を残し、彼女は曲がり角の先へと消えていった。
 オー、カムバック諸星狼子。
 コンティニュー僕プリーズプリーズ。















目次】 次のページ

【トップへ】
戻る