schole〜スコレー〜
プロローグ 六人
日乃出町網白駅前通りを歩く俺の耳に、電気屋のテレビから流れるニュースが聞こえてくる。
『昨夜未明、崎守市のマンションに住む男子高校生、武藤茂雄さんが何者かに殺されるという事件が起き――』
隣町じゃねえか。ここら辺も物騒になったもんだなぁ。
数年前までたばこ屋があった場所にはコンビニがぶっ建ってるし、おもちゃ屋は潰されて駅と町の中心とを結ぶ巨大
な道路ができた。両方、店のおばちゃんは全く反対してなかったようだし、その辺は良いんだけど。
しかし、こうも町が変わってくと哀愁みたいなもんを感じるな。
「夏太郎。明日のテストは対策できてる?」
そうやって笑いながら語りかけてくるのは石田邦公、俺のクラスメイトだ。
「できてるわけねえ。帰って一夜漬けで何とかする」
「何か手伝おうか?」
「いや良いよ。お前はお前の勉強してろ」
「うーん、そうか。ま、なるようになるさ。頑張りなよ夏太郎」
邦公は超が二つ程つく楽観主義者だ。さらにできない事は何一つないという、天才。何でも超人。顔も良い。こんなに
プラス思考野郎になるのも当然だろう。坊主頭だけど。
もっとも、性格までよくできてるから今でも一緒に帰宅するほどの親友なんだけど。
あまり家も近くないってのに。
「……最近、多いよね、殺人事件」
――――――あー、さっきのニュースの話題か。
「崎守市でも殺されたんだろ?」
「うん。ていうか、崎守市でしか殺されてないからね。今週に入ってからでも三件、五人も殺されてるよ」
「はー…………そりゃまた物騒な」
「ま、僕らには関係ない事だろうけどね」
「そりゃそうだ。殺人鬼達も日乃出町にまで来る事はねえだろう」
崎守市であった事は崎守市であった事だ。日乃出町まで被害が及ぶ事はねえ。
といっても、平和だった日常が変わってしまいそうな、そんな空気はこの網白駅通りにも存在してる。
いや、どんな空気だよっつう話だけど、不安にはなる。
隣町で起こった事とは言っても、随分と身近だ。普段は聞き流すようなニュースでも身近で起こったと知っただけでこ
んなにも不安になる。
「………でも何か気分沈むな」
だからそう呟いてしまう俺。
「前を向いて生きようよ夏太郎」
「お前は後ろも見ろ」
邦公も後悔という言葉は知っているようだが、実際に行おうとはしない。こいつ曰く、後悔する暇があったらもっと努力
をするとの事だ。
「後ろ?」
邦公が俺に言われた通り、後ろを振り返っている。アホかこいつは。
――――しかし、変だ。邦公は何故か怪訝そうな顔をしている。
こいつの視線の先に何かあるのか?
俺も邦公のように後ろを振り返る。
そこには、夏だというのにフード付きのコートで顔を隠した黒づくめの人間がいた。
「…………おい、何だこいつ?」
身長が俺の鼻先ほどまでしかない。子供か? いやでも顔がわからないしな。
結局、年齢、性別、何一つはっきりとはしない。
「えっと、すいません、何か僕達に用ですか?」
殊勝にも邦公はこの未確認生命体との会話を試みている。
俺はこの生き物と言葉を交わすぐらいなら逃亡を選びたい。
「あの………すいません、もしかして日本語通じてませんか? えっと、Can you speak Japanese?」
なるほど、やっぱ頭良いな邦公。確かにこいつが日本人であるとは限らない。それならば、こいつが今まで暑い国で
暮らしてて、突然日本に来たからまだ気候に慣れてない、みたいな事も考えられるしな。
「いや、英語は喋れないが日本語は通じる」
喋った。黒コートが。こいつ、女か…………? もしかしたらすっげえ年下の男って可能性もあるが。でもまあ、この声
の高さは恐らく女だろう。
「………僕達に何か用ですか?」
さすがの邦公も怪しさを感じるんだろう。台詞回しから若干、敵意を感じる。
「イエス」
イエスってお前。英語喋れないっつって何で英語で答えてんだ。怪しすぎるぞこいつ。
しかし、声を再度聞き、こいつが女だって事は確認できた。
…………女だとわかると少し警戒心が薄れるのは何故だろう。
そう考えた瞬間、俺の体が浮遊感に包まれた。
「お、おおおおぉ?」
と同時に、目の前が真っ暗になる。さらに、今まで聞こえていた町のざわめきがピタリと止む。
何だこれ。どうなってんだこれ。おかしくねえかこれ。
ぐるぐると体が回る感覚。しかし景色は変わっていない。そりゃ当たり前だ。真っ暗なんだから。
うわ怖い。暗さばかりで音が一切聞こえてこない。俺自身の声だけは聞こえるが。逆にそれが恐怖を煽る。そして何
より、こんな事は異常だ。現実的に考えてあり得ない。そんな異常が今この瞬間我が身に起きてるってのが、何より、 怖い。
「う、わ」
今度は体が引っ張られるような感じ。………いや、これは、俺の体が勝手に動いてんのか? 空を飛んでるみたい
な、変な感じだ。
「お、うおおおぉっ!!」
そして突然、暗闇にぱっと光が灯った。
「…………あ?」
気づくと、俺はボロ部屋の中にいた。
え? ここ何? 廃墟?
壁はどこもかしこも崩れかけているし、床にはひびが入り、窓も割られている。いつの間に俺はこんな場所に移動して
んだよ………。
いや、そんな事よりも気になるのは目の前にいる人間、三人。俺をここに連れてきた張本人かもしれない。
まだ若い、スーツを着た気の弱そうな会社員風の男。俺よりは年上だろう、ロングで茶髪の女。それに最後は、小学
生。どう見ても小学生。十歳前後だろう、生意気そうな男子だ。
「………き、君は………」
会社員が話しかけてきた。
「あ、あー、俺の名前は明里………………じゃなくて、その前にここどこだ? 俺の事は良いから、先に答えろ。ここど
こだよ? あんたらが俺に何かしたのか?」
「違う、違うて。僕らも君と同じさ」
「同じ?」
「………連れてこられたんだてや。コートを着た女の子にさ」
…………名古屋弁? この人、名古屋人?
しかし、今はともかくあの女だ。
「…………コート………あいつか」
あの女。イエスとか言いやがったあの女。わけがわからないが、あいつが絡んでるのは確からしいな。
「あんた達も町を歩いてて? いや、ていうかどっから来たの? 何かこの辺の人じゃないっぽいけど」
「…………一応、愛知に住んどる。ここがどこかはわからんけどさ。僕は出張で東京に行く途中の駅のロビーで、あの
女の子に会った。ほんで」
「いつの間にか、ここにいたと。ちなみにその駅ってのは?」
「熱海」
近いな………やっぱこの辺限定で出没してるって事かあの女。
「それで、君、名前は?」
「ああ、俺、明里夏太郎。明里で良いよ」
「僕は埴岡慎次。お互いよろしく。先は長そうだしさ」
先は長い…………そうだな。ここがどこかもわからないんじゃ手の打ちようがないし。
…………いや、違うだろ俺。あるよ手の打ちよう。普通に帰れば良いじゃん。今の時代、携帯さえあれば何とかなる
し。
何でこの人達、こっから出ないんだ?
「埴岡さんさ、何でこっから出ないの? ずっとここにいる事ないだろ?」
「…………出れんのだて」
「出れない?」
扉がそこにあるじゃねえか。鍵がかかってるにしても、こんな廃墟なら壊しちまっても良いだろうし。
「簡単にこっから出れてたら、こんなに苦労してねえよクソ野郎」
「…………………あ?」
今違う所から声が聞こえた。
左横を向いてみる。
………あぁ、このガキか。ツンツン頭がすげえ攻撃的だ。
「お前、言葉遣い悪すぎだろ小学生」
「うるせえ黙れ高校生死ね」
死ねまで言うかこのガキ。ちょっとそこまで言われたら我慢ならねえ。ここはこいつの将来のために一発ガツンとやっ
とくべきだろう。
と、俺が拳を振り上げた瞬間。
「……………少しは真面目に考えてよ小学生高校生」
今度は女の声が聞こえてくる。
三人の内の、最後の一人。茶髪の女だ。ヒラヒラしたスカートを穿いている。
「いや、俺は真面目だけどさ、このガキが。…………ていうかあんたは?」
「大学生」
「そういうんじゃなくて。名前とか」
「水無花。二十歳。こんぐらい言っとけば十分でしょ」
………何か喋りにくいなこの人。
「えっと、俺の名前は」
「明里夏太郎。でしょ? 聞いてたから。はい、自己紹介は済んだんだし、ひとまずここから出る方法を考えない?」
「……まあ、良いけど」
「おい俺の名前を聞けよてめえ!!」
またも、左横から声が聞こえてくる。
「ああ? 何だよガキいたのか」
「ガキじゃねえ! 山本内健太様だ! てめえふざけんなよ! 死ね!!」
今の子供はホント、死ねって単語を使いすぎだな。
「お前次に死ねって言いやがったらぶっ飛ばすからなマジで」
「はあぁ? 何言ってんの? 説教くせえよバァァァァカ」
こいつうっぜえ………。
再度、俺がガキを殴ろうかと考えたところで、トスっと、小さな音が聞こえた。
「ん? ……あー、邦公」
見ると右横で邦公があぐらをかいていた。あぐらで着地したのかこいつ。凄いな。
「夏太郎。何か面白い体験したんだよ僕。…………ていうか、その前にここどこ?」
――――そっか、ここにいるって事は、お前もか邦公。お互い災難だな。
「あのコートの女の秘密基地だよ………」
俺は邦公の質問に適当な答えを返す。………こいつには何から説明するか。めんどくせえな。
「明里君、大正解!!」
突然、ボロ部屋にばかでかい女の声が響いた。
いつの間にか、部屋の出口にさっきのコート女が立っていたのだ。
つうか何で俺の名前知ってんだ。ずっとこの部屋にいたのか?
「夏太郎。この人、さっきの人だよね? どうなってるの?」
「あぁ、君、明里君の友達? 俺らね、みんなこの女の子に連れてこられたんだよ」
「てめえ早く俺を家に帰せよこら! きれるぞ!!」
「まあ待て待て。騒ぐな。ボクの話を聞きたまえ」
当の騒ぎの張本人はそう言って、顔を隠していたフードを取った。
――――――中から現れたのは、ショートの金髪。やはり女だ。
年は………俺らと同じぐらいか。たぶん高校生だろう。にやにやと嫌な笑い方をしてやがる。
「ふう…………改めて初めまして君たち。ご機嫌はいかがかな?」
「最悪だっつの! ふざけんなよこんなとこ連れてきやがって!!」
「死ねクソ野郎! 髪なんか染めやがっててめえ!!」
俺とガキは大ブーイング。水無さんはガキの言葉にぴくりと反応している。あー、この人も茶髪に染めてるもんな。
「まあ落ち着け。落ち着いてボクの話を聞くんだ。冷静になれない人間は今後のゲームで生き残れないぞ?」
「はぁ? ゲームぅ?」
「質問は後で受け付けるから、ひとまずボクの話を聞くんだ。良いかい?」
「………………じゃあ話してみろよ」
「OK。それでは話そう。突然だが、ボクの名はトワイ。チョーチョーノーリョクシャだ」
は? 今何て言った? トワイはこいつの名前だとして………その後なんて?
「チョーチョーノーリョクシャ?」
邦公が言葉を繰り返す。そこで俺は、それが超超能力者と言っているんだと気づく。
「そうだ。超超能力者だ」
「超を二つ付ける必要はないだろ」
「わかっていないね明里君は。全くわかっていない。ボクは普通の超能力者とは全然別の存在なんだ」
「どう違うんだよ!? 言ってみろよ!!」
ガキが興奮してるくさい。超能力という単語に反応したのか。これだから子供は………。
「あいつらよりボクの方が凄い事できるからね」
「全然違くはねえよ!」
「明里君! 口を慎め! 凄いんだぞホント! 君らを連れてきたのだってボクの超超能力でやったんだからね!!」
「どうやってだよ?」
「もちろん頑張ってだよ」
「そういう事じゃねえよ。方法を聞いてんだよ」
「だから超超能力でって言ってるだろう。もしかして明里君は馬鹿なのかな」
こいつ、このガキよりうぜえ………。
「もう良い…………先進めろ」
「はっ!? まさか信じてない!? 信じてないね明里君! ボクの力を信じてないんだね!?」
「いや信じてるよ………」
実際、現代の科学の力で、町中から一瞬でここまでワープする事なんか不可能だしな。
説明のしようがないし。信じるしかない。
「じゃあ実演してあげよう」
急に俺の体が宙に浮いた。
「信じてるって言ってるだろうが!」
何だよこいつ!
ていうかマジかこれ。どうなってんのこれ。何か変な力に押されてる感じだ。
「ははは、これで信じたろう明里君」
「いやだから信じてるって言ってるだろ! おろせおろせ!!」
徐々に俺の体は上へ上へと進みつつある。今にも天井にぶち当たりそうだ。
「仕方ないな」
急にふっと体が自由になる。と、同時に尻にドシンと衝撃。地面に落ちたんだろう。
「おいお前! 俺にも今のやってくれ!! 早く! 早く!」
ガキがさらに興奮してやがる………。
「残念だが、健太君。それはできない」
「何でだよ!? お前ふざけんなよ!?」
「ふっ。君がもうすぐ死ぬかもしれないからだよ」
「は!?」
何言ってんだこいつ。このガキが死ぬ? そりゃあ嫌なガキだが、殺意までは抱いていない。こいつが死んだら、さす
がに俺も沈むだろう。
「話を戻そう。君たちに今日集まってもらったのは他でもない。殺し合いをしてもらうためだ」
「殺し合い?」
いきなり、物騒な話になってきた。
「ふふん、実は今この部屋、密室状態にあるんだ。ボクの超超能力によってね。君たちが何をしても絶対にここからは
出られない。この鍵を使わなければ、ね」
トワイはそう言ってコートのポケットから錆びた小さな鍵を取り出す。さらにそれを俺ら全員に見せつけるように持ち上
げる。
「おっと、でも、簡単には渡さないよ。これから君たちには殺し合いをしてもらい、勝者一人にのみこの鍵を渡す。ふふ
ふ、わかるかい? ボクの言っている事が。君たちに殺し合う以外の選択肢はないんだよ。このボクでさえこの鍵を使 わなければここから出られないんだからね! 殺し合わなければ君たちは一生この部屋で暮らす事になるぞ! ふふ ん、ボクの言っている事は理解したかい? では闘え!!」
「「「「黙れ!!」」」」
俺ら(邦公以外)はトワイをぶっ飛ばした。
「な、何をするんだ!?」
トワイはそんな台詞を吐きやがる。しかしその間にも水無さんが床に落ちた鍵を拾い上げている。
「え? あれ? ちょっとちょっと! 闘ってってば! 駄目だよこれルール違反ルール違反!」
「おつかれー」
そう言って水無さんが扉の鍵を開けて出て行った。
「一応、これ、僕の連絡先ね。それじゃ、明里君」
埴岡さんも俺にメモを渡し、部屋から出て行く。
「……………まあ良いや。俺も帰ろ。こいつ馬鹿っぽいし」
ガキもそう言って埴岡さんに続く。
「………俺らも帰るか邦公」
「ちょっと可哀想じゃない? この子」
「良いんだよ。完全に自業自得だろ」
「いや、待ってよみんな!! 闘えってば! あれだよこれ! 全員ペナルティ1だからな!」
「何のペナルティだよ馬鹿」
俺は邦公の背中を押し、部屋を出た。
一応、鍵は部屋の中に残しといてやった。
この金髪とも二度と会う事はないだろうが。
全く………何だったんだこの茶番は。
―――――しかし、トワイはこれ以降も、俺の人生にしつこく付きまとう事になる。
|