見下ろす大地はもう守るべきのものではなくなった。

「呑みましょう。」
趙雲がふわりと笑んで、宴は始まった。その隣で引きつったように笑っている姜維が酒瓶を突き出した。日が沈んだ。一歩進んで受け取り、俺は笑った。各々、手酌で好きなように飲んだ。さほど杯の進まないうちから、皆饒舌になる。出会ったときの第一印象から始まって、口に上るのは思い出話だった。「あの時」という言葉が出つくした頃酒もきれた。
「私、面白いもの持ってるんです。」
趙雲が懐から出した細い紙縒りは線香花火。少し離れた篝火から、姜維が捻った懐紙に火を移してきた。三人同時に火をつける。
「馬超は、本当に行くんだな。」
趙雲が確認の言葉。今の俺にはそうやって引き止める言葉も上の空なんだ。だけどこの線香花火火の玉落ちないでって思う自分。それ以上の言葉を趙雲は口にしなかった。火薬の匂い、ジリリという音、橙色にはじける糸へ集中した。姜維の火の玉は早々に地に落ちて消えた。今はぼんやりと俺の線香花火を見つめている。シュ、と小さな音がして、線香花火が消えた。指を放して紙縒りを落とす。視線が趙雲のもとに集まる。趙雲は姜維と俺の顔を見た後、手首を振って火の玉を落とした。
「おしまい。」

空は明るくなり始めている。二人は国境まで見送るなんて言っていたが、そんな事に時間を使うくらいなら鍛錬でもしろと言ってやった。趙雲が関平か星彩でも見るかのような目で見ているのが気に喰わなかったけれど、泣き出しそうな顔の姜維が気になるので文句を言うのは止めた。片眉を上げて趙雲に笑って見せてから、姜維に向き直る。右手を取って引き寄せた。投げ出した槍、二本転がる。やわらかく接吻、下唇を舌で舐めて離れる。左の拳で胸を突いて離れさせた。はなむけの言葉を、
「背負わなくてもいいんだぞ、」

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