「・・・・・・も・・・っ、も、怒って、ないか・・・?」
ようやっと本当に許してもらえたのだろうかと、それでもまだ否定に怯えた声で、ヴァッシュは訊ねた。
「泣くなや。怒っとらんから」
「ん、っ」
泣く子を宥めるような、少し困った穏やかな声。
それこそ安心した子供みたいに、逆に安堵で泣けてきて、ヴァッシュは牧師の膝に座り込んだまま、肩を揺らしてしゃくりあげた。
舌で清められた牧師の指が、濡れたヴァッシュの頬を撫でてくれるのだけれど、涙はなかなか止まらなかった。
喉奥からこらえきれずに湧いてくる泣き声と、うまく呼吸できないせいで早い自分の心臓の音が、ひどくやかましい。――そのせいで、ヴァッシュは重ねて告げられたウルフウッドの言葉を、最初聞き間違えたのかと思った。
「怒っとらんよ。・・・はなっからな」
「・・・・・・は?」
意外さに、現金なことにヴァッシュの涙はぴたりと止まった。
しかし自分自身の泣き声がおさまっても、聞き違いだよなと間抜けな声を上げたヴァッシュの耳には、また同様の告白が届いた。
「めちゃめちゃむかついたけど、怒っとらへんよ。阿呆」
「え・・・?・・・あ、だって・・・」
自分がこの男に背負い込ませた面倒と彼の大事なクルスのチェーンを千切ってしまったこと、何よりお仕置きだとさんざんに苛め倒されたことを思えば、牧師の言はとうてい信じられなかった。
だからヴァッシュは、そう囁いてくるウルフウッドの顔に気遣いと嘘が滲んではいまいかと目を凝らしたのだが、そこにあるのはしゃあないなあと言いたげな、包容力を感じさせる呆れ顔だ。
かすかな笑みも含んでいるようなその表情から察するに、少なくとも不機嫌ではないらしい。「も、ええから」
牧師の顔が凝視できないくらい近付いてきて、ヴァッシュは軽くキスをされた。
ちうっと、互いに不似合いに可愛らしい音をたてて離れていく唇が、やわらかい笑みの形になる。「もう、お仕置きは止めや。苛めへん。ほんまに、可愛がったるから」
すっかりセットの落ちた髪をウルフウッドの指が撫で付け、ヴァッシュの目元をあらわにした。
きっと赤くなっているだろう目尻のあたり、左の泣き黒子にまた口付けられる。「おどれが嫌々抜かしとるん、めちゃめちゃそそるんやけどなあ」
笑みを浮かべながら鬼畜なことを抜かしておいて、不埒な牧師は表情を情けなさそうな苦笑に変えた。
「・・・あんまり泣かれると、やっぱちっと、あかんわ」
これだけ泣かせておいて何をと、ヴァッシュの心中にちらりと反発が湧かなかった訳でもない。
だが、余韻の残る腰を抱き寄せられ体を寄り添わせてしまうと、肌近くにかかる男の吐息さえ、言葉ごと愛撫になる。
ましてこんなに愛しげに囁かれては、降参だ。「ちょ・・・っ、おい、でも」
無条件降伏する前に先程の言葉の意味を問い質しておこうと、ヴァッシュも努力はしたのだ。
しかしウルフウッドは腕力と足腰にものをいわせて、ヴァッシュの腰を抱いたまま立ち上がった。
一旦宙に持ち上げられ、とんと丁寧な動きで床に立たされる。「ベッドがええか。それとも、このまんま窓際で続きがええか?」
耳朶をねぶられながら牧師から示された二択に、もう何もかも後でいいやと、結局ヴァッシュは流された。
延々と嬲られ続けた躯は、一度自慰に近い行為で達したくらいでは、ろくに熱が治まっていない。「・・・・・・服、脱げよ。――それで、ベッドがいい」
邪魔な服を脱いで、銃を枕元に放って。
素肌を擦り合わせて、お互いを腕と脚で絡めとって、抱き合いたい。
ベッドにヴァッシュを運んだのはウルフウッドだったが、相手をシーツの狭間に引きずり込んだのは、結局ヴァッシュの方だった。
「おなか減った・・・」
情事のあとの忘我から醒めたヴァッシュは、まずそう呟いた。
もぞもぞと体勢を変えて傍らの牧師を見ると、余韻もへったくれもない事後の台詞にさすがに呆れた顔をしている。
しかし、激しい運動のあとである以上、消費したエネルギーの分空腹になるのは、いかんともしがたいのだ。
人外の自分はいよいよとなれば食事を摂る以外のエネルギー供給方法もあるけれど、せっかく人里にいるのだから、出来ればちゃんとしたものが食べたい。「悪い。メシ、調達してきてくれるか?」
ヴァッシュは寝転んだまま、ウルフウッドのむきだしの肩に頭を擦り付けて頼んだ。
「何や、動けへんのか」
さんざん乱れ汗を吸った髪を、男の指が梳いてくれる。
その動きに、ベッドにもつれこむ寸前に気に掛かったことを思い出しかけたような気がしたのだが、四肢に満たされた疲労と顔面に這い登る羞恥が、それをヴァッシュの奥におしやってしまった。「動きたくないのもあるけど。出たくない・・・ってーか、出られるかよ畜生。・・・ううう」
「唸るほどカラダ辛いんか?」
冷静さを取り戻してみればどうにも堪らず、気遣う言葉をくれた牧師にヴァッシュは掠れた声をさらに細めて答えた。
「そうじゃ、なくて。・・・っ、だってぜったい声、外に届いてたぞ」
「あー・・・。せやなあ、おどれえらいエエ声上げとったもんなあ」
ドアも窓もカーテンも閉め、ツインの部屋はとざされている。
――が、ふたりの取ったこの部屋はそれなりのランクで、完全防音など望むべくもない。
そしていまは、カーテンの隙間から零れている光がやっとオレンジ色を滲ませ始めたばかりの、昼の時間帯だった。
当然、この宿で真面目に立ち働く皆さんの耳を、自分がこらえきれずに上げた声が汚してしまったことだろう。
下手したら、健康的に活動していたこの界隈の方々にも、届いたかもしれない。「うわー、他の奴にタダであれ聞かせてやっとったと思うたら、めっちゃ悔しいわー」
「問題にするとこが違うっ!」
心底惜しそうな破戒牧師の言葉に思わずツッコミを入れずにはいられなくて、反射的に身を起こしてヴァッシュは声を投げたが、次の瞬間腰の重さにまたぐたりとベッドに腹ばいになった。
「・・・とりあえず、買出し頼む・・・」
「ワイだけ働かされるんかあ?」
ヴァッシュが額をシーツにこすりつけて頼んだというのに(まあ、単に頭を上げるのがしんどかったのだが)、男は隣に寝そべったままで文句を言ってきた。
食事を取らずに運動していたのは牧師もヴァッシュと一緒なのだから、おそらく腹ぺこだろうと思うのに、寝転んでいるウルフウッドは満腹の獣みたいに怠惰な風情だ。「そりゃ、その、さんざん声上げたのは僕だけど!・・・お、おまえにだって責任ってもんはあるだろうが!」
「へいへい」
喉奥で笑って、牧師はしなやかな動きで体を起こした。
ヴァッシュと違って、先程までの激しい情事を苦にもしていないのは、その動作で知れる。
受け入れるこちらの方が疲労が大きいのは当然としても、あのバカ重いパニッシャーを常時担いでいるだけはあるなあと、ヴァッシュは男の強靭な足腰(主に腰)に、こっそり感心した。「責任は知らんけど、原因は覚えがあるわ。――何がええんや?適当で構わんか?」
ウルフウッドの台詞の前半はむかりと来るものがあったが、姑息にも後半は気遣いを滲ませて、しかもヴァッシュの頭を撫でながら言われてしまった。
我ながらしょうがないよなあと自嘲しつつもあっさり懐柔されて、ヴァッシュは素直に頷いた。「・・・うん。あ、なんか甘いものあると嬉しいかな」
「そら、メシとちゃうやろが」
咎めながらもそれ以上お説教をされないということは、ウルフウッドはリクエスト通り、何か甘い物を買ってきてくれるつもりなのだろう。
ベッドから降りた牧師は、床に脱ぎ散らかした服を拾い上げようとして途中でその動きを止め、頭を掻いた。
「あー・・・せやけどワイ、着るもんないわ。おどれので、ぐちゃぐちゃや。シャツの替えはともかく、ズボンは着たっきりやから」
「・・・っ、ご、めん」
ウルフウッドの上着もシャツもズボンも、汚したのはヴァッシュの、つまり、体液で。
牧師の台詞はからかう色など無いさらりとしたものだったけれど、ヴァッシュは男の膝の上で自分が何をしたか今更ながら思い出して、真っ赤になった。
羞恥の余り叫び出したくなる気持ちをきりかえようと、つとめてはきはきと実際的に会話を進めにかかる。「僕のジーンズ、貸すよ。たいしてサイズかわんないんだから、穿けるよな」
「まぁ、多分な。ほな、おどれの荷物から借りるで」
「うん。おまえの服は、あとで僕が洗っとくから。・・・汚してごめん」
羞恥混じりの謝罪をつぶやいたあと、ヴァッシュは今度はまじりけなしの謝罪を、もう一度口にした。
「その、それと・・・クルスのチェーンも、ごめん。あの・・・ほんとにごめんよ。かわりにはなんないかもしれないけど、あとで鎖買って渡すから、それ使ってくれるかい?」
「あー・・・。なんぞ、代わりになるヒモかなんかあったら、それでええんやけどな」
「へ?」
全く拘らない様子の言葉にヴァッシュは驚いたが、いやこれはこいつの思いやりだろうと納得し、その驚きを消した。
自分にこれ以上罪悪感を持たせないよう、ウルフウッドはこんな物言いをしてくれているに違いない。「おどれ、テキトーなモン持っとらんか?」
「え。――あ」
問われて所持品リストを頭の中でひろげ、ヴァッシュは牧師の要求するものを自分が持っていることに気がついた。
ずっと使っていないけれど、けっして捨てたりなくしたりはしていない筈だ。「あるよ、ある。ちょっと、僕のカバンこっちによこしてくれ」
部屋の隅に置いてあった自分の荷物をウルフウッドに取ってもらい、ヴァッシュはベッドの上で体を起こした。
腰に響かないように今度はゆっくりとした動きで上半身を起こし、ベッドの上に座って荷物の口を開いて目当てのものを探す。
その間にウルフウッドはシャワールームへ入り、まともに体を洗ったのか疑いたくなるスピードで、タオル一枚という格好で出てきた。「あ、着替えこれな」
荷物をさぐるついでに引っ張り出したジーンズを、ヴァッシュは牧師に渡した。
ウルフウッドが自分の荷物から替えの下着とシャツを取り出して着替え始めるのを横目に見て、バッグの中の探索を再開する。「――おわ、これ、きついわ。丈は丁度ええけど、腰がきつい」
「えー?それ僕には、ちょっとゆるいのに。いっつもベルトで締めて穿いてんだから」
ウルフウッドに文句を言われて、縦長のバッグを底までさぐりながら、ヴァッシュは少し驚いた。
そりゃあ身長はともかく体格は、ウルフウッドの方がちょっとだけいいと知っていたけれど、それはあくまでちょっとだけだと思っていたのだ。
自分に少し緩いから、ウルフウッドには丁度いいくらいだろうと思ったのに、何だか悔しい。「やっぱおどれ、腰ほっそいんやなあ。まあ、入らんこともないさかい、借りるわ」
「そうしてくれよ。――あ、あった!」
束ねた茶色の皮紐をようやく見つけ、ヴァッシュはそれを取り出して荷物をベッド下に降ろした。
もう使っていないものだから、荷物の底の方に押しやられていたのだ。
細いが丈夫なので、これならクルスを下げておくのに使えるだろう。「これ、前に髪伸ばしてた頃、結ぶのに使ってたやつなんだ。これで、もし、良かったら・・・」
だけどやっぱり使い古しなんてイヤかなあと憚りながら、おずおずヴァッシュはそれを牧師に差し出した。
二年ほどの穏やかな、片田舎でのエリクスとしての生活。
蓬髪がうなじを隠すほどに伸びたころ、だらしないわよと男勝りな少女に叱られて、買い求めたものだ。
自分を偽り、心の奥に多くの憂いと気がかりを押し込めた日々であったとはいえ、これを使っていた時間は、ヴァッシュが『家族』と一緒に暮らした平穏と等号で結びついている。「ええんか?」
あの場所からヴァッシュを連れ出した男は、それを判っているのだろう。
すぐには皮紐を受け取らず、ヴァッシュに念を押してきた。「大事にしとったんちゃうの?」
「――大事にしてたよ。でも」
これがヴァッシュにとって大切な記憶のよすがなのだと、ウルフウッドがちゃんと知っていてくれることが嬉しくて、ヴァッシュは牧師の手をとった。
引き寄せ開かせた掌に、それを掴ませる。「おまえが持っててくれるんなら、いい」
「――ほな、おおきに」
受け取ってくれたウルフウッドに思わず笑みをうかべたヴァッシュは、しかし申し訳なさを思い出して表情を翳らせた。
重ねて、謝罪を口にする。「あ・・・でも、ほんとにごめんな。僕にはそれ大事なものだけど、おまえにしたら元々使ってた鎖が、やっぱり大事な記念の品だったんだし・・・」
ぼそぼそ呟くヴァッシュを尻目に、牧師は手にした紐の束をほどき、床に落としたままの汚れた上着を拾い上げてポケットからクルスを取り出した。
そして、実に何気ない口調で、ヴァッシュに返事をよこしてきた。「クルスは大事やけど、チェーンは、別になあ。なんべんも取り替えとるから」
「そっか・・・――はぁ!?」
つい相槌をうったあとで牧師の言葉を理解して、ヴァッシュは間抜けな声を上げてしまった。
ヴァッシュの罪悪感を足蹴にして払い落とそうとでもいうのか、続けられたウルフウッドの指摘はろくでもなかった。「『このクルスは』だいじなもんやて、ワイ言うたやん。ウソなんぞ、ついてへんで?」
・・・そう主張されれば確かに、『十字架は』大事な思い出の品だと、ウルフウッドは言っていた。
ヴァッシュの手首を拘束するのに使われた鎖が、子供の頃に貰ったという時のままの物だとまでは牧師が言及しなかったのは、覚えている。
それに、思い返すとヴァッシュが鎖を千切ってしまったとき、ウルフウッドはトップの十字架は丁寧にポケットに仕舞い込んだが、チェーンは至ってぞんざいに床に払い落としていた。・・・しかし。
しかしウルフウッドのあの言動からしたら、クルスもそれを下げるチェーンも同様に大切な思い出の品なのだと、ヴァッシュが思い込んで当然ではないか。「――けど、おまえのあの言い方じゃ」
「おどれがどないに解釈するかまで、ワイ責任持てへんわ」
すっかり騙された気分でヴァッシュは反論しようとしたが、ウルフウッドは最後まで聞いてもくれなかった。
妙に楽しげな口調で顔も上げないまま、ヴァッシュの台詞をぶった切る。
むっとして言い募ろうとして――まともに相手にしてくれない牧師の態度の原因に思い当たり、ヴァッシュは腹立ちをしゅんと引っ込めた。「・・・・・・やっぱ、そんなに怒ってたのか?言うこときかなくて、迷惑かけて・・・だから、僕のこと怒って、騙したりとかひどいことしたりとか・・・」
叱られて拗ねた子供みたいだと自分を思いながらも、ヴァッシュの声がほそくなる。
そうなってやっと、ウルフウッドは紐にクルスを下げる作業を止め、手元から目線を上げてこちらを見てくれた。
それこそ、つまらないことで泣きはじめた子供を見るような目だ。
苦笑を含んで、困ってはいるけれど、優しい。「せやから、怒っとらんかったちゅうとるやろ」
「だって。お仕置きとか、意地の悪いことばっかしたじゃんか」
怒らせた自分に非はあったにしろ、やはり手酷く弄ばれたのは――おかしくなりそうに気持ち良くもあったにせよだ――辛くて、ヴァッシュの潤みかかった視線はいささか恨みがましげなものになった。
その視線の先でウルフウッドは、溜息をひとつ吐いてみせた。「むかつくのはむかつくけどな、怒るのも阿呆らしいわ。おどれんこと躾直そうやなんて、いまさらワイ思うとらんもん」
「は?」
「どうせおどれ、ワイがなんぼ叱ったところで、大人しいええ子になんぞならへんやろ。頑固ジジイが」
さらりとウルフウッドが抜かした言葉をヴァッシュが自分の中で噛み砕くには、数瞬の思考停止という、先程よりも長いインターバルを要した。
「・・・・・・は・・・?」
ヴァッシュが止まっている間に牧師は、結んだ皮紐の輪に首を通し、十字架を胸深くに下げた。
そしてまた床に落ちた上着をさぐり、今度は煙草とマッチを取り出して、人もなげに一服しはじめた。しかしヴァッシュは、それを咎めるどころではない。
そんな瑣末なことよりも、もっと咎めるべき点が別にある。「・・・ってそれじゃ、あの、お仕置きってヤツは・・・まさか」
さんざん翻弄された今さっきまでのウルフウッドの仕打ちが、ヴァッシュの脳裏にリプレイされる。
重ね重ねに騙された驚愕は深く、ひどい脱力感を呼び起こしそうになったが、ヴァッシュはどうにかそれに耐えて声に力を込め、牧師――もといペテン師を問い質した。「――八つ当たりだった訳かっ!?」
「何言うてまんねん」
あっさり返された言葉は、彼にしては丁寧なものだった。
その口調がいかにも人を食っていて、ヴァッシュにはいっそう腹立たしい。「八つ当たりっちゅーんはなあ、腹ァ立っとるんを関係ないヤツにぶつけるこっちゃないか。おどれのせいでむかついたんを、おどれ苛めて晴らして、どこが八つ当たりや」
しゃあしゃあと抜かすウルフウッドは、気まずい気配を見せるどころか逆にヴァッシュの言葉を否定し偉そうに咎めてきた。
「・・・・・・それじゃ、これは、つまり」
ふさわしいと思われる表現を己の語彙から探し出し、ヴァッシュは自制した静かさでゆっくりと男に問うた。
「鬱憤晴らしだった、のか?」
「あー、それやそれ」
打てば響く明朗な口調で、ウルフウッドからは肯定が返ってきた。
「・・・・・・っ!お、おっ、おまえってえヤツは・・・!!」
その悪びれない軽やかさに、一瞬ヴァッシュは絶句した。
ついで腹の底から湧いて出る憤りに押されるまま、ろくでもない聖職者を怒鳴りつける。「この・・・ろくでなしの、嘘つきの、悪ガキがっっ!!それでも牧師かよ、ああ!?」
仮にもヒューマノイド・タイフーンの本気の怒号に、けれど男は軽く肩をすくめたきりで、臆する様子もなかった。
常ならば人間台風だからと隔てられない事を嬉しく思えるその態度が、散々翻弄された今はさすがに、憎たらしくふてぶてしいものに映る。「おおせの通りや。ろくでなしで嘘つきで悪ガキで、あと牧師でっせ。これでもな」
「――っ、おまえな!おまえなんかなあ!・・・う・・・・・・ううう〜〜」
罵りを全て肯定されてしまい、それ以上の悪口雑言をとっさには思いつけずにヴァッシュは唸った。
どのみち何を言っても、その通りやでとあっさり切り返されそうだ。「ま、こんだけやらしゅうて気持ちようてめちゃめちゃ可愛えんやから、なあ。ちいとも人の言うこと聞かん惑星一の阿呆でも、まあ勘弁したろうかっちゅう、寛大なキモチになれましたで。おかげさんでな」
牧師はろくでなしの名に恥じず、そんなふざけたことを口にしてにやにやと笑いかけてきた。
この面の皮の厚い男前を、何と言い返してやればやりこめられるのか、腹の立つことにヴァッシュには判らない。「で、トンガリはんはもう、ワイに言うことあらへんの?――せやったら、買出し行ってくるで」
借り着のジーンズをどうにか穿いて替えのシャツを羽織ったウルフウッドが、言うだけ言って部屋を出て行こうとする。
憎たらしい男の背中をじっとりと睨み、ダメージを与えられるかどうかはともかくせめてこれだけは言ってやりたいと、ヴァッシュは言葉に詰まっていた唇を開いた。「何だよ、おまえだって・・・。自分のこと、棚に上げやがって」
人の言うことを聞かない、と罵られるのは、己の頑固さを省みれば仕方のない事かもしれないけれど。
ウルフウッドだって、その辺は相当なものだと思うのだ。表向きはいかにも世慣れて、どんな風にでも世間と折り合いをつけられるみたいに見せてるくせに、この牧師の根っこはひどく頑固だ。
切り捨てるものと守るものにむりやり明確に線を引いて、そして守ると決めたもののためならいくらだって頑固になる。
体を張っても命を張っても、絶対に譲らない。「・・・おまえだってどうせ、僕の言うことなんか、聞きゃしないくせに」
この男に対する形容がなかば、自身の自己分析と重なることを棚に上げ、ヴァッシュはベッドの上から厚顔な連れ合いをなじった。
恨みがましいヴァッシュの呟きに対して、ウルフウッドは煙草を咥えたまま振り返り――無言で、にいっと肯定の笑みをよこした。
【 END 】
『RIVER
SIDE』サマで、キリバン60001を踏んでリクエストさせていただきましたv
リク内容を正確に書くと、「鬼畜な牧師とそれに翻弄される台風。でも最後はラブい感じ。
(裏仕様)」(できれば『言葉ぜめ』なんかあると嬉しいですv)などという趣味と欲望丸出しの
トンデモナイものでございました。リクを受けて下さった滝様も、さぞ困惑なさったことでしょう。
それなのに、こんな素晴らしい作品をいただけて幸せです!男前な鬼畜牧師さんと翻弄される
可愛い台風さんに何度ノックダウンさせられたことか。滝様、本当にありがとうございました!!
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