「ふう・・・っ、う、は・・・は、ぁ・・・」
情けないほど思うままにならない躯で、ヴァッシュは外に向かって開いた窓を閉めにかかった。
窓枠に突っ伏していた上半身を少しだけ起こし、震える指先を窓の端にかけて引き寄せる。
嬲られ続けている下肢がずくずくとひどく重く、たったそれだけの動作さえ、いまはひどい苦行だった。「ん・・・っ。う・・・」
建付のよくない両開きの窓は意地悪くて、素直にヴァッシュに従ってはくれなかったが、それでもしぶしぶと軋みを上げながら動いた。
左右の窓を手元まで寄せてぐいと引くと、がたりと音をたてて閉まる。視線と光を通すガラス戸とはいえ、ようやく閉じた部屋にほっと息をつこうとして――ヴァッシュはその息をつめた。
「!!・・・・・・っあ、ひ・・・」
「何しとんねん、コラ」
軋みのせいで、ヴァッシュの下肢に顔を埋めていたウルフウッドも、窓を閉じたことに気付いたらしい。
お仕置きを中止したウルフウッドの唇から、叱りつける声がこぼれる。
ヴァッシュの昂ぶりは牧師のあたたかく濡れた口腔から解放されて、そこから比べればひどく乾いて冷たくさえ思える空気に晒され、震えた。「――う、ぁ。・・・く、ぅ・・・」
ヴァッシュのなかを嬲っていた指が湿った音を立てて引き抜かれ、つられて溢れ出した体液が内股を伝っていく。
先刻牧師がしたたかに放ったものがとろりと自分の内から流れ落ちる感覚に、ちいさく啼き声をあげてヴァッシュは耐えた。「勝手なことしたら、あかんやろ?」
ひどい真似をしているくせにこんな時ばかり柔らかな声で、ウルフウッドが叱ってくる。
ききわけのない子供をたしなめるような優しい口調に、その奥に綺麗なばかりではない情があるのを承知の上で、ヴァッシュは胸から罪悪感を湧きあがらせた。
苛められているのはこっちなのに、ヴァッシュの方が悪いことをしているような気にさせられる。心配を底にひそませ牧師がしつこく念押ししてきたのがまるきり子供扱いされているようで腹が立って、つれない言葉を返してしまったのも、思い返せば気が咎める。
その上結局、ついついトラブルに首をつっこんでしまった挙句にウルフウッドに辞退の収拾を任せる結果になったことを考えれば、尚更申し訳ない。
たぶん自分は男の言う通り、大人の対応が上手くできない子供なのだろう。
でも自分はこうでしか在れなくて、その己の頑なさが、また一層済まなく思える。
その上、ウルフウッドの優しい記憶のよすがであろうクルスのチェーンを、不埒な情動に押し流されて壊してしまった。自己嫌悪の嵐が、ヴァッシュの中を掻き乱す。
ただでさえ苛められて嬲られて、心はぐちゃぐちゃになっているのに。「ええ子にしとらんから、こないな目に遭うんやで・・・?お仕置きも大人しゅう受けとれんのやったら、もっと酷いことしたらんと懲りへんのか?なあ」
「んぁ!・・・・・・っ、うぅ・・・あぁ」
溜息混じりの柔らかな脅しと共に、昂ぶりの根元をよりいっそう強く握り取られて、ヴァッシュは苦痛に顔を歪めた。
辛いのは、身体ばかりではない。
心が痛むのは、堰きとめられた情欲が苦しいばかりではない。ろくでなしだけれど、優しい男。
ときどき悪ガキじみた苛めっ子になるくせに、いつもぶっきらぼうに自分を支えてくれる破戒牧師。ウルフウッドの言うことをきけばこいつが喜んでくれるんなら、いっそ言いなりにどこまでも己を明け渡し流されてやりたいと、時折ちらりとヴァッシュは思わないではない。
男に依存したいのではなく、むしろ逆に甘やかしたいという欲が、そんな不健全な思考の背中を押す。だけど。
「く、う・・・」
ヴァッシュは震える指を汚れたカーテンにかけ、力をふりしぼって一気にそれを閉めた。
薄い布地ではあっても日の光を遮るそれのおかげで、部屋の中がたそがれの暗さになる。
同時に外からの視線への盾をささやかながら得て、やっとつくりあげたちゃちな密室に、今度こそヴァッシュは安堵の息をついた。「――ん、っ!!」
そして改めて下を向いたヴァッシュは重力と凝った熱の重さに従って、力の入らない腰を足元に座るウルフウッドの膝の上にどすんと下ろした。
握り込まれた自身に激痛が走ったが、歯を食いしばって喚き声は堪えた。「トンガリ?」
涙目を目の前のウルフウッドの顔に向けると、相手は怯んだのか呆れたのか、にやにや笑いを打ち消してこちらを凝視している。
腹が立つほど男前なその顔を、視線に気力をありったけ注ぎこんでヴァッシュは睨み付けた。
まばたきするとぼろぼろ涙がこぼれるのは、きっと気合いを入れすぎているせいであって、単に泣けてくるなんて情けない理由ではない。「こんなんじゃなくて、ちゃんと、しろよぉ・・・!」
したり顔で叱られる前にこちらから怒鳴りつけてやるつもりだったのだが、唇からこぼれた声は情けない事に細く震えた。
「こんな、ふうに、すんな。お、俺に腹が立つんなら、殴っても蹴っても、いい、から・・・・・・。だから、ちゃんと・・・っ!・・・・・・うぇ・・・ひ、ぁ・・・」
ヴァッシュの口を突いたのは憤りではなくて、甘えだった。
証拠に、きっぱりと言い放てずに掠れた語尾は、我ながら聞くに堪えないほど甘ったるく伸びて相手へと絡みつく。
懲罰をよこす牧師に、自分は甘えているのだ。
相手を甘やかして言いなりになるのは心が咎めてストップをかけるのに、相手には優しくして欲しいとねだるなんて。情けない。
悔しい。でも、いま、は。
「あ、ぅ」
ヴァッシュは牧師の膝に座り込んだまま、片手を自分の下肢の昂ぶりへと伸ばした。
根元を握るウルフウッドの指は、ヴァッシュの行動と言葉に毒気を抜かれたらしく、愛撫と呼べる程度の力加減になっている。
そうやって握り取られているだけでも、この男に触れられていると思うと、たまらなく、感じる。「あっ・・・あっ、あ、ああ・・・」
ヴァッシュは牧師の肩口に顔を寄せて、自分自身に指を這わせた。
さすがに、顔を晒したままこんな真似はできない。
空いている片方の手で黒い上着を握り込み、ウルフウッドの首筋に熱い頬をすり寄せると、馴染んだ体臭が鼻先に届いて安堵した。
煙草だけでも火薬だけでもない、いろいろなものが混じった、ウルフウッドの匂い。
嬉しくて、獣の仔がやるようにぐりぐりと擦り付ける。
すっかり髪の落ちた襟足に牧師の息が掛かって、それがひどく熱く感じられた。「・・・ん、い・・・」
燻りつづけていた苦痛なほどの熱を解放するために、男に触れられて初めて知った、感じるところを選んで自分を追い立てていく。
ぬるつく先端やくびれ、敏感な場所を弄っているとたまらなくなって、全体をてのひらで包み込んで擦り上げる。「あっ、あっ、あ」
腰が勝手に揺れる。
体温が、破裂しそうに上がっていく。
中でもいちばん熱いのは、牧師の手と自分自身の手で握り込んでいる、そこだ。
摩擦で熱くかたくなったものが、あとほんの少しではじける。
もう、ちょっと。
も、う。もう―――。
「ひ、ぁ・・・――っ、ああ、ぁ!!」
延々と引き延ばされた絶頂をようやく得て、ヴァッシュは声を上げながら達した。
先端からどくどくと溢れるものが、あたたかくヴァッシュの手を濡らしていく。
どろどろとしたその感触を気持ち悪く恥ずかしいと思うだけの理性は、この瞬間ヴァッシュから吹き飛んでいた。
嬌声を押さえ込む自制心もだ。「んっ、は・・・ふぁ、あぁ・・・・・・ん、う・・・」
吐精は、すぐには治まらなかった。
なにせ、ずっと焦らされ苛められて、やっと達けたのだ。
気持ちよくて気持ちよくて、ヴァッシュの身体からどっと力が抜ける。
くたりとウルフウッドの身体にもたれかかると、男の腕がヴァッシュの背中に回された。「・・・なんちゅう声、人の耳元で出しよるねん」
奇妙に掠れたウルフウッドの声が、ヴァッシュの耳朶を打つ。
まだ忘我の状態にあったヴァッシュは、その意味を理解するのに深呼吸幾つ分かの時間が掛かった。「ふ、ぁ・・・はぁ・・・」
「あーあ。ワイのいっちょうら、どろどろに汚してくれたなあ」
嵐の名残の呼吸が少しだけおさまってから、呆れ声が綴る言葉をようやく汲み取って、ヴァッシュは今更ながら顔を真っ赤にした。
自分がたった今、どれだけ淫らで恥知らずな真似をしてしまったのか、いっそメモリーを飛ばしてしまいたい。
牧師の揶揄に謝るのも悔しくて、ヴァッシュは顔を伏せたまま逆に男をなじった。「だ・・・って。おまえが、あんな・・・苛めてくる、か、ら・・・っ」
腹が立ったからと、言うことを聞かないからと、こんな手段をとろうとした男が悪いのだ。
分別のない自分だって、勿論悪いに決まっているけれど。
――むしろ、牧師の腹立ちはヴァッシュへ分けた心の証であるぶん、自分の方がずうっと悪い気はするのだけれど。「ほんま、おどれっちゅう奴は。ちいともワイの思うようにならへん」
「う・・・」
嘆息しながらこぼされた牧師の愚痴は、いまの状況だけではなく常日頃に積もる憂いを言外に滲ませていて、声音が穏やかな分いっそうヴァッシュには重く感じられた。
その響きに、思わず顔を上げる。
どう返していいか一瞬迷い、ふさわしい言葉を見つける前に勝手に呟きはヴァッシュの中から溢れ出した。「ごめん、な。ごめん・・・・・・で、も」
この男を苛立たせていることに済まなさを覚え謝罪しながら、『でも』と続けずにいられない自分の頑なさと卑怯さ。
それでも、自分を自分のまま受け入れて貰いたいと思うのは、あまりにも傲慢なのだろうか。
自分が、目の前の男の許せない部分を含めて、なお愛しいと思わずにいられないように。――答えはさほど間を置かず、溜息まじりにウルフウッドから寄越された。
「判っとるわ」
牧師は萎えたヴァッシュ自身から手を離し、白く汚れた指を上げた。
そして体液で濡れたその指先に、舌を這わせる。
苦く不味いだろうそれを舌先に含んで、ウルフウッドは苦笑を見せた。「おどれなんぞ、ガンコでガンコでどうしょうもないクソボケや。・・・しゃあないわ。そういうとこもひっくるめて、おどれやしなあ」
愚痴めいた言葉は、なのにひどく柔らかく、それを綴る男の唇も、笑みの形にやわらかな弧を描いていた。
その柔らかさに打たれて、ヴァッシュの眦からは一旦止まっていたはずの涙が勝手に零れ落ちた。