柔らかい月の光が部屋に差し込み、昼間の喧騒とはうって変わって不思議なほど
静かで穏やかな夜。
その空間を破ったのは、コンコンというノックの音と同時に開かれたドアから
「おーい、トンガリ!明日のルートのことやけどなぁ・・・」
と、顔を覗かした自分のつれあいである、破戒牧師の言葉であった。
「おっ・・・と、スマン。着替え中やったんか」
口ではそう言いながらも、男は何を気にするわけでもなくズカズカと部屋に入ってくる。
それが分かっているからこそ、「んーいいよ、別に。男同士なんだし、気にすることはないだろ?」
と、ヴァッシュは顔だけを向けて返事をした。夕食も済み、さてシャワーでも浴びようかと
丁度コートを脱いだところだった。身体を覆うこの黒いアンダースーツ姿で、地図とにらめっこをするのは流石に気が咎めた
ヴァッシュは、コレを脱いで私服に着替えようか、それとももう一度コートを羽織ろうか
少し考え、後者をとることにした。
椅子にかけてあったコートに手を伸ばそうとすると、「ほぉー」
といういかにも感心したような声があがったので、その手を一旦止めて、声の主を
怪訝そうに見た。「何だい、ウルフウッド」
「別に、何でもあらへんよ」
「・・・そうかい?ならいいんだけど」
何でもないというわりには、言い方にも表情にも多少の引っ掛かりを感じたが、
あまり気にしないことにして、ヴァッシュは今度こそコートを手に取る。
「・・・なぁ」
「うわ!なっ、何だよ!?」
急に後ろから聞こえてきた声に、ビクンと大きく身体を震わせる。バサリと音を立てて
コートが地面に落ちた。
慌てて振り向くと、いつの間にかすぐ背後にまで近付いて来ていた男の濃紺の瞳と
バッチリ目が合う。音ひとつたてず、気配すら感じさせないこの男の身のこなしに、改めてヴァッシュは驚いていた。
確かに自分の連れ、ということで少なからず自分が気を抜いていたことも否めないのだが。『でも、ホントこういうとこ・・・狼っぽいよねぇ。名は体を現すって本当なんだなぁ。』
口には出さずに、ヴァッシュはこっそりと思う。
ウルフウッドは、合わせていた視線を落として、ヴァッシュの身体を凝視していた。「ちょっ・・・何だよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ。気味悪いなぁ、もう!」
無言で注がれる視線に居心地が悪くなったヴァッシュは、少し声を荒げて言う。
ほんの僅かに熱くなった頬を誤魔化したかった、というのもある。「ああ、いや。ド派手なコートの下に、そんなん着けとったんやなぁ、と思て」
「はぁ!?」
顎に手をやって、しげしげとヴァッシュの身体を眺めながら男はそんなことを言う。
ヴァッシュは呆れて、一瞬ポカンとしてしまった。「見・・・たこと、あるじゃないか。今更、何言ってんだよ」
精一杯の平静を装ってヴァッシュは言う。少しだけ声が震えてしまったことを、
目の前の男に感づかれていないだろうか。再びウルフウッドは視線を上げ、碧い双瞳を捉える。
ドキリ、とヴァッシュの胸が大きく跳ねた。「あー、そやな。でも、ちゃんと見たことあらへんかったしなぁ。それ、重たいんちゃう?」
「や、重くはないよ。特別な素材で出来ているらしいし」
ヴァッシュは、自分の身体を覆うプロテクターにそっと触れながら言う。
フィフスムーン事件の時に、それまで着けていたものは見るも無残な状態になった。(とは言っても、その前後の記憶が曖昧で自分にもよく分からないのだが)
今身に着けているのは、以前とても世話になったシップの恩人から届けられたもので、
これまでのものより数段軽く、動きやすく、防弾性にも優れていた。
「それ、触ってみてもええか?」
「・・・・・・えっ!」
一瞬、懐かしい故郷に想いを飛ばしていたヴァッシュは、ウルフウッドの問いかけに
ハッと我に返る。「アカン?」
「別に・・・ダメ、じゃない・・・けど」
何となく言いよどんで、ヴァッシュはウルフウッドを窺う。目の前の男からは、不穏なものは
何も感じない。穏やかな光を放つ深い蒼を見て、ヴァッシュは急に恥ずかしくなり軽く頭を振った。「よし!どうぞ!!」
「いや・・・そない気合入れんでもええて」
拳を握り締めたまま両腕を広げて、『さぁ、いつでも来い!』とばかりに身構えるヴァッシュに
向かって、ウルフウッドは軽く笑うと浅黒い手を伸ばした。
「へー。もっと硬いんかと思うとったけど、意外に柔らかいもんなんやなぁ」
感心したようにウルフウッドは言う。
「うん。特に間接部分とかはねー。伸縮自在なんだよ」
ヴァッシュも腕を曲げたり伸ばしたりしてみせながら言った。
すると説明の後を追うように、ウルフウッドの手がヴァッシュの肘に触れた。
「これが、ロスト・テクノロジィの産物っちうやつか。はー、えらいもんや」別に自分が褒められているわけではないのだが、何だか誇らしいような気がして
ヴァッシュは少し嬉しくなる。「その上、柔軟性があるだけじゃなくて、強度、も・・・っ・・・」
優れているんだ、と言おうとしたヴァッシュの声が急に途切れた。
ウルフウッドの指が、ヴァッシュの脇腹を掠めたのだ。「何や、どないした?」
「あっ、いや。何でもないよ!うん、平気、平気!!」
ほんの一瞬、甘い痺れにも似た感覚が、腰の奥から湧き上がった。
ヴァッシュは慌てて首を横に振ることで、それを吹っ切ろうとする。『うわっっ、馬鹿!俺の馬鹿!!何、意識してんだか!変に思われるだろ!!』
勝手に赤くなる頬に気付かれないよう、ヴァッシュは俯く。
「そうか?ならええけど」
そう言ってウルフウッドは尚、ヴァッシュのアンダースーツのあちこちを
確かめるように触れていく。肩から胸元へ下がり、腹部、腰に移動していく男の手の動きに、ヴァッシュは歯を食いしばって
耐える。何とか喉元から出そうになる声は押し殺すことが出来たが、
一度意識してしまった身体が、小刻みに震えるのを止めることはできない。
「・・・あっ・・・」
何とか気を逸らそうとヴァッシュがきつく目を閉じたのと、男の指が明確な意思を持って、
彼の内股を撫で上げたのは、ほぼ同時だった。