「本当に申し訳ない……」
「警戒するのも無理からん。分かってくれたなら何より」
誤解による非礼を再三詫びた一行は、月の民二人に前後を挟まれる形で月の館の長い廊下を歩く 低く腹の底に響く振り子時計のような音が聞こえるような気がする 音もなく足下を流れては消える光線 外は永遠の夜 この塔は永遠の朝の光を頌えている
「改めて……青き星の幼き者らよ、そなたらとは初見だな。私はフースーヤ、月の民の眠りを守る努めを預かる者だ。」
先導するフースーヤ後ろに瞳振り向け 真後ろのパロポロ負けじとかフースーヤじっ観察 怖そうなじっちゃん。
「月面ヒゲ怪獣……。」
パロムそーっと髭触りぼそっ。ポロムぽけっはたき弟の手引っ込めさせ。
「セシルは息災か?」
最後尾のゴルベーザ、やや斜め前を歩くエッジに?カインに?どちらにともなく
「おう。ってもしばらく見ちゃいねぇが、多分な。」
カインが返答如何に迷う手間を省き、エッジは後ろ頭に腕を組む。
「そうか……。」
森閑とした廊下に息を潜める行列の足音。二度突き当たりを曲がり、まだ続く白い通路。
「月って何もないや。」
代わり映えのない風景に飽いたパロムが後ろ頭に腕を組む。
「とても寂しい感じですわ……。」
少女も寒そうに言う。初訪問の子供たちの感慨が今一熱を帯びたものにならない理由は、次元通路によって瞬間に距離を飛び越えたせいだろう。また、自分と恐らくはエッジも、二回目の訪問であるということを差し引いても、やはり感慨に欠けるのは、前回よりも月の民に詳しくなったせいもあるだろうか。やや歩を早めて親友の伯父と並ぶ。背かさが自分と同じくらいの痩せた老人。長い年月を生きたと言っていた。老人の視線が触れ、穏やかな笑みが口髭に含まれる。肩越しに視線をやると、かつて恐怖の象徴だった存在が視線を合わせ、やや首を傾げてみせる。
自分たちと変わらない、普通の人間の仕草だ。
行進は最後の扉に行き当たった。バブイルの塔と同じ仕掛けが扉横に見える。管理者が壁のボックスに枯れた手を翳すと扉が開く。壁の裏側の見えないエネルギーと仕事の流れを目で追うカイン
中央に演説台を備えた講堂のような場所 士官学校のそれと同じく、両脇に長机と椅子 フースーヤの後に付いて演説台の間近まで歩きそこで停止 フースーヤが演台に手を翳すと青白いスクリーンが立ち上がり 一行の顔を青白い光が照らす
「改めて……永の旅路をよくぞ参った、青き星の民よ。我々の知識は、青き星で起こっている神秘に対して、より明細な輪郭を与えることができるだろう。」
スクリーンにステュクス映され まるで今にも動き出しそうな鮮明な映像
「ステュクス!」
「さよう。そなたらの言葉でステュクスと呼ばれる生物は、我らの星に生きるプロカリョーテと同じ系統に属する。これは、惑星の最も原始的な生命の直系だ。」
スクリーン変わって生命の系統樹映し ステュクスを幹として無数の枝が広がる 枝を随分上の方まで遡ってみても、見知った生物の姿が無い 途方もないスケールを突きつけられ一行呆然
「伯父上、彼らは――」
「分かっている。生物学の講義を行うつもりではない。」
ゴルベーザの進言にフースーヤ頷き、一行に向き直り
「そなたらは、今、青き星に起こっている異変の真実を求め、ここへ参ったのだな?」
一行頷き
「それを説明するためには、少々長い話が必要となる。掛けなさい。セオドール、客人にもてなしを。」
ゴルベーザ、一礼して下がり
「今回の異変は、先のクリスタル戦役に端を発している。」
老爺の一言がこれであることは、ゴルベーザを下がらせたことから何となく察しは付いていた
「では、やはりゼムスが!」
老爺は髭に手を添え、勢いづく言葉と距離を取る。その表情は、否とも応とも答えあぐねている様子だ。
「……事情は複雑だ。あれは、人の手から作り出されたものではなく、そなたらの星の特異な環境より生み出されしもの……。」
言葉の終わりに思慮深い唸りを置いた老人は、改めて一行に面と向かう。
「例えばこう考えたことはないか――星もまた一個の生物であると。」
突拍子もない仮定に、得体の掴めぬ顔をするしかない一同を見渡し
「大地が肉体、大地に宿り様々に変化するそなたらのような生命の活動が心。先のクリスタル戦役により、惑星に暮らす多くの生命が失われた。それは即ち、星という生物において、心が深く傷ついた状態に陥ったといえる。」
「それとステュクスとどう関係するってんだ?」
エッジ焦れ
「心が傷ついた時、人は癒しを試みる。星もまた然り――今そなたらの星で起きている異変は、まさしくその癒しなのだ。」
フースーヤ、机の上にやや乗りだし手組み
「大いなる光――そなたらの星ではそう呼ばれているな。それこそ、そなたらの星の”魂”だ。大いなる光は、そなたらの星に於ける魔法という類い希なる技術の発達を助け、のみならず、多種多形態の生命――本来不可能な筈の亜空間生命、幻獣との共存までも実現した。その魂が、今、目覚めようとしている。クリスタル戦役によって急激に失われた生命たち……すなわち、深く傷ついた心を癒すために。」
「つまり……」
「復元(再構築)が行われようとしている。具体的には、星の状態を最も安定していた時期まで戻して、つまり深く傷ついた記憶を忘れて、『やり直す』のだ。」
やり直し 思いもよらない言葉に一行の表情が止まる。
「やり直すったって……一体何をどうしようってんだ?」
「容易ではない。複雑な手順をもって段階を経て行われる。第一段階は変換――※ステュクスは最も単純な生命の形態。(厳密には、今そなたらの星に出現している変異ステュクスは、かつて存在した植物のステュクスと全く同一のものではないが、同一とみなすに足る条件を備えている。)先に示した通り、生物の進化は系統樹を成しており、最も初めの分化が現れた直前にステュクスが存在する。現在の異変は、進化を逆さまに辿っているのだと言える。生まれ落ちた時さえ越えて遡り、遙かな過去へと」
「人間も?」
「否。※人間を始めとして数種の生物は、ステュクスへ直接変換できない。※ステュクスによる変換は、糾った縄を解き結いなおすのに似ている ”魔力”は複雑に糾われており、解くのが難しい そこで、ステュクスの種子を用いて、霊的特質を宿す脳・知性を初めに解体する。※病のようなもの ステュクスからより多く進化を経て隔たった生物ほどステュクス変換への抵抗力が高い」
老の推測は正しい――実際に、バロンの飛空挺でもエブラーナでもステュクスは人間の脳に寄生していた。推測の正しさは、つまりこの老人が遠く離れた星に起こっている出来事を正確に把握している証拠になる。ということはつまり、推測の裏付けとなった知識も嘘ではないということだ。
「捨て置けば再構築は着実に進行し、ほどなくそなたらの星に生きるもの全てステュクスに変じるだろう。」
老人が簡潔に描いた未来の地獄絵図が一同を押し黙らせた。
他の生命体が全てステュクスになった環境 どれほど抗おうと最早無意味 確実に無数の種子に呑み込まれる
「これまでのこと全て無かったことにしちまおうってか……冗談じゃねぇな。」
エッジが一行の意見代表
「眠り星の災禍……」
リディアの預言が蘇る。眠り星とは青き星、眠っていたのはその魂である大いなる光のことか? そして、災禍とは大いなる光の目覚め=リセットのことなのか。故に予定されていた必然と
「その、再構築とやらを止める方法はあるのだろうか?」
「ある。一部の旧きもののみに影響が留まっていることから、まだ再構築の取り掛かりにあると推測される。よって今ならば、そなたらのみの行動――少数による工作で対処可能だ。再構築は一筋縄ではいかないとても複雑な処理。何でもそうだが、新しいことに着手する際が最も労力を要する。現在は、大いなる光に従って星の全てが再構築に手一杯な状態、つまり、星そのものに大きな負荷が掛かっている状態だ。そこを突く。」
老人の目は鋭い 安穏と暮らす楽隠居のそれではない
「星に更なる負荷を掛けてやるのだ。※大いなる光は車輪を回そうとする 無理に車輪を止めようとしても駄目 そこで、逆に車輪の加速を早めてやる 大いなる光は車輪を回すのを自らやめる」
「例えばどのように?」
「我ら月の民がそなたらの星に残しし施設を利用するのだ。クリスタルは星のリソースを大量に消費する。全施設のフル稼働を行えばシステムビジーを招くことが出来る」
老爺は瞑目する。
「しかしフル稼働続けると星のリソースあっという間に使い潰してしまう ※我らが母なる星はそれで滅びてしまった」
今は亡き星の最後の輝きが老の言葉を一度止める。
「従って、リストア中断後は施設を壊さねば」
「リストアを止めるということは大いなる光を消すということか?」
「消す?いいや消えない。大いなる光自体は変わらず存在し続ける。再構築が止まった後は、いわば通常運転に戻るだけ」
質問を満たした後に、老人は続ける。
「先には比喩を用いたが、星はいかなる意味に於いても、我々のように生きているわけではない。意志は存在しない。再構築は大いなる光の『望み』によって引き起こされるわけではない。」
「問題はないということか……」
やらないべき理由は見つからない ただ一つ、月の民を信用するかどうかだけ
「これが唯一我らに出せる案。後はそなたらの決定次第だ。」
銀の茶盆に茶瓶と椀携えてゴルベーザ戻って来 それぞれの前に椀を置いてやや慣れない手付きで茶を注ぐ かつて大悪として星に君臨した人間の給仕姿とはなかなか見るに壮絶な 目の前に置かれた丸いグラスから立ち上る匂いにカインは馴染みを感じる
「その香茶はバロンのものだ。」
とゴルベーザ 皆の手が一向に伸びないのを見て、間近なエッジの椀に手を伸ばし、一息に呷って空にした底を示す。
「この通り無毒だ。安心するがいい。」
新しい椀に新しく注ぎ直しエッジの前に置く。
「ああいや、そういう訳じゃないんだ。」
星を越えて故郷の味に出会うとは 茶を口に含んで考える しかし考えるまでもなく、一人で結論を出せるような問題ではない。
「しばらく時間をくれ」
「無論、構わない 我々は席を外そう」
「合議に達したら呼んでくれ」
フースやから呼び鈴?アラームを渡され 部屋には一行だけが残された
さてどうするか なんかえらいでかい話に
パロムがはいはいって両手上げ
「最初に、オイラたちの意見いい?」
「ああ、聞かせてくれ。」
議長の快い返事を受け、双子はうんと頷きあう。
「オイラたち、ニィちゃんと隊長に付いてくよ!」
「お二人が決めたことなら、きっと間違いありませんわ!」
彼らは自分たちが正しい道を選択することを信じてくれている。カインフッ笑い。
「……ありがとう。」
双子にっこり笑顔並べ 決意表明を終え、それぞれ書き物を出して会議に備える
「お前さんは?」
論点の整理をしようとした矢先、エッジがそのままの流れで議論をすっとばしていきなり決議に入る
「すまない、保留とさせてくれ。お前はどう思う?」
「俺ァどこまでいっても五分五分だ。信じるでも信じねぇでも。」
体よく決断から逃げたのか、それとも既にその心は決まっているのか。
さて、逆転プロセスで既に結論は、多数決によって出てはいるが 論点整理・検証のターン
「月の民の言うことは信じられるか?」
この部屋での会話が彼らに聞こえていないという保証はない。こんなことを言えば気を悪くさせるかもしれないが、こちらの疑念は織り込み済みだろう。
この場合、信憑性を勘案すべきは二点 異変のからくりと、リストアのからくり。
※異変のからくりに関して ステュクスに寄生能力を与える――それが、どれほどの労力を払えば成せるかを考え、現状と照らし合わせてみれば、逆説的に答えが出ているようなものだ 黒幕(?)は星そのもの、途轍もない話だが納得はいく
※次に、リストアのからくり
「……リストアを引き起こしたものが大いなる光、自然であるなら、それは起こるべくして起こった、つまりは正にリディアの言葉にあった『予定されていた必然』、自然の摂理とも言える。自然の摂理に反するのは、あまりに人間の身勝手ではないか?」
先程保留した自分の意見 やる、と即答できなかった内訳
「たかが人間の身勝手ごとき、自然の摂理の内なんじゃねえかな?」
諦めの結論に落ち着きたくない気持ちを察してか
「といっても、星と喧嘩がどうこうの是非はさすがに語れねぇ。だから原点回帰しようぜ。そもそも、俺達は何をしに一体ここまで来たんだっけな? 俺達は調査隊、つまり、しょげもばの正体を調べ、被害を食い止める方法を見つけるためにここへ来たんだ。で、爺さんらから推理・情報を得られたわけだろ。となりゃ、検証しにゃならねえよな。巧くいったなら爺さんらの説が正しいって証明になる。ダメならその逆、調査を続けなきゃならねえってこったろ、単純な話。」
空椀の底を呷ったエッジは、ばつ悪そうに椀を机に戻す。言葉こそ軽調だが、深慮――茶を飲み干したことさえ忘れるほど――から生じたものだと分かる
「これまでお前さんをリーダーと仰いできたが、今回ばかりは、もし意見を異にしたなら俺一人でもやるぜ。」
「そうか……。」
カイン瞑目 後は自分の意見だけだ
目を開き、居並ぶ顔を見据える。最後にエッジの顔で目を止める。
「お前を止められるとは思わん。俺も乗る。」
「いいのか?」
「消極的選択ですまん。ただ……自然の摂理が絶対ならば、俺たちが何をしたところで無駄だろう。それなら、やれることは全てやっておいて損はない。」
あまりすっきりした結論には至らなかったものの、アラームを押す
「心は決まったか?」
「ああ。策を授けてほしい。」
「月の民の施設を起動させるっつったな。バブイルと祠?」
「祠はクルーヤが個人で作ったものでクリスタルシステムは使っていない。弟は星を疲弊させるクリスタルシステムを嫌っていた。」
ただ淡々と事実を伝えるその言葉からは、亡き肉親に対する感情は測れない。フースーヤがスクリーン切り替え青き星映し出し
「ゾット無き今、バブイルだけでは充分な負荷を掛けられるか難しい。そこで、だ……月の民の祖がそなたらの惑星に建造した塔は三つあるのだ。空のゾット、陸のバブイル、そして――」
「海、か?」
「その通り。」
若き君主の明察に老爺は重々しく頷く。 一発で正解を引き当てたエッジにカインは驚く
「そんなことまで知っていたのか……!」
「まさか。俺らに知れてねえ場所ったらそう多かねぇだろ?」
エッジは笑い、単なる推測であることを明かす
「海のどこに?」
「海底遺跡ウル――バロン領海に存在する。」
スクリーン上に光が集まり、バロン沖を示す
「※手順説明 まずは月からバブイルをハッキングして起動 バブイルのシステムからウルのシステムへ接続し、ウルの管理権限をハッキングして開放(バブイルの方が新しい施設のため、ウルの管理システム(古いリビジョン)の脆弱性を突ける) その後、施設間ワープゲートを使ってウルへ赴き、フル稼働と破壊までを操作する(ウルは海水に阻まれて月から直接操作できない フル稼働はともかく、破壊の方は現地操作必要)バブイルの破壊はウルと連動させる。」
「ワープゲートの他に入口はないだろうか?」
未知の場所のいきなり最深部へ飛び込むのは危険に思える。自分がどこにいるか・位置情報を確保しておきたい
「地下搬出口からバロンの陸地まで抜ける通路がある。」
ワイヤフレームで描かれた施設の図解。四方に伸びる腕のような通路のうち、向かって左の一つが拡大され、その上に陸地を示す線が重なる。
「もう少し地形情報を出してもらうことは可能か? 出来れば正確な尺度も。」
「心得た。」
等高線が砂浜など地形情報と縮尺が示される。それらは脳裏でレンダリングされ、目に馴染んだバロンの鳥瞰図を描く。カインは頭の中でスクリーン上の線図と現在のバロン地図を重ねる。
「間違いない。入り口はバロン城、主亡き玉座の間付近だ。」
「※バブイルをフル起動すると巨人も同時に起動する ※巨人には前回のワークジョブが残っている状態(ゾンビ)だが、害のないようこちらで制御する 巨人のハッキングは、メイン制御システムがもう無いからそう時間は掛からない ※作戦開始時間は……準備の時間が必要だろう、猶予はどのくらい必要か?」
問われ バロンへの移動自体はさほど時間を要さないが、念のため猶予を多めに取る
「……半日。」
「ではそのように。」
老爺は重々しく頷く 施設破壊の操作手順と地図を、紙に写し書きしてもらい
「物の序でだ、保険を貰っておきてえな。万一失敗した場合のプランBは?」
「クリスタルと同じく星そのものに働きかける力・魔法と幻獣 中断ではなく、同時進行でデータを上書きしていく形の策 力技 幻獣との協力必須」
「幻獣界は避難している」
エッジ複雑な表情
「避難というか、実際は現世との接続を拒絶されつつある もし同時進行でデータ上書き手段だと、良くて半数、最悪全ての幻獣の存在が代償となる その方法は恐らく高位の幻獣が知っている」
もう一つ保険 カイン思い立ち
「中断を中止する手順は?」
「炎 そちらの子供は黒魔道師では?」
「天才黒魔道師パロム様だぜ!」
ポロムせわしくメモを取る手を休めてぽかっ!
「制御室で炎使用すれば中止 制御室は火気厳禁 三十秒以上継続して二千度以上の炎燃焼を感知すると、強制的にセフティモードへ移行しロックが掛かる 月の民は発熱・燃焼装置を動力として用いないため」
二千度というと飛空挺の炉と同じくらいか
「恐らくは――」
フースーヤ立ち上がり
「非常に困難な行程となるだろう。今事態の発端は、我らが同胞ゼムスの犯した過ち。力を貸そう。」
「いいえ、これだけ協力してもらえれば十分過ぎるほどです。」
フースーヤに礼をするカイン エッジにやり
「手前の未来は、手前の手で勝ち取らぁ。」
フースーヤ瞑目 エッジの放った傲慢な言葉に呆れているのか 豊かな髭に隠された心はよく見えない
「セオドール、彼らを転送ポートへ。」
ゴルベーザ、伯父に肩寄せ耳打ち
「青き星への降下を許可していただけますか。」
今回の件の重責は自分にある。クリスタル戦役を企図したのはゼムスだが、その手足となり直接手を下したのは自分 今に至り青き星の民を苦しめる混乱は全て自分が招いたにも等しい
「彼らの言葉を?」
伯父に問われ、ゴルベーザ口噤み
「彼らの未来は、彼らのものだ。」
フースーヤ、一行の背中頼もしげに見つつ
「我らにも彼らほどの覚悟があれば、母なる星を失わずに済んだやもしらんな……」
めぼしいものを片端からというか、欠け落ちたタイルすら懐に入れようとするエッジの世話に辟易しているカイン
ゴルベーザが静かに一歩分歩み出る
「……さらばだ。」
「世話になった。」
略式敬礼を返す
「待ってくれー、まだ物色してねぇ~!」
「馬鹿者、置いてくぞ!」
ゴルベーザ、少し離れた次元通路コンソールに移動しパネルを操作する 次元通路起動し光の柱立ち 眩い光の柱に向かって歩きながら
「いいか、俺達は協力を得に来たわけであって、物乞いに来たわけでは断じてない!」
お説教を右から左でエッジが懐から取り出した月の石
「どうよ、月の石ころ! 好事家がどんな値付けるか賭けようぜ!」
月の石で夢広がりんぐ
王族とは到底思えぬ商魂?逞しさにカイン最早ギヴアップ がっくりすると同時に光に包まれ転送
四人の姿転送されてきてバブイルの塔 がっくりと肩を落としたカインを見て
「うまくいきませんでしたか……?」
コリオ教授おろおろ
一方その頃 バロン
まだ蝋燭が必要な時刻 薄闇の中 しかしこれから光が昇る
セシル机の上整理終え、鎧装備 これを着るのは久しぶりだ 願わくばこの鎧に戦傷が増えなければいいのだが
「失礼します。」
呼ばれて飛び出て若き近衛兵 セシルの格好に怪訝顔
「朝早くにすまない、ちょっと出掛けてくるよ」
「どちらへ?」
質問には答えずセシル薄く笑い 自嘲と決意の現れた口元
「詮索は近衛兵の務めじゃないはずだ。」
書類託され ケルヴィン一読してやや目丸くし
国民の総退避 城および城下町の完全閉鎖 期限は翌々朝まで 相当無茶で、前例のない命令
「難しい役目だが、きっと遂行してくれると信じて命じるよ。もし、期限を過ぎても僕が戻らなければ――」
「陛下!」
言葉を止められた王は苦笑する。
「……皆に、何も心配ないと伝えてくれ。」
緋色のマントが翻り セシル去る
為す術無く爆弾発言を記した書類に目を落とす。この書類がもたらす波紋を考えると気が重い
新王と諸侯の関係は就任期間から考えれば相当に良好といえるが、当然その信頼はまだ鉄壁に遠く及ばない。新政権樹立直後は接着の甘い状態の壁。そこに叩きと修復を幾度も繰り返していくことで、国家を盤石なものとする。
セシルを新王とするにあたって選帝議会の半数は懸念の声を上げたが、玉座を長く空とすることによる権威霧散に対する不安が勝った 戦後の混乱期であることも一刻も早い新王就任を求める心に拍車を掛けた 新王は彼を於いて他になく、就任は今を於いて他にない
しかし、情勢は新政権の慎重な足固めを許してくれない 一ヶ月前の国境封鎖政策。
諸侯に半ば懇願により通された、新王体制となって初となる大規模な対外政策 先の戦が残した国内経済へのダメージを回復する目的での完全鎖国――人と物両方の輸出入を収穫期後まで凍結 苦渋の決断の末にぎりぎりまで妥協を重ねたものではあるが、非常に危険な政策
※バロンは油砂や鉄鋼加工品をダムシアンから輸入し、ダムシアンは食糧(小麦)をバロンから輸入している(食糧と工業製品のトレード) 燃料である油砂はともかく(今のところ自国生産の綿実油が庶民の使用する主な燃料)、鉄鋼やその加工品は輸入しないでも当面何とかなるが、食糧は死活問題
バロンの輸出入全面停止は、戦後の立ち上がりに努めるダムシアンの主要産業のみならず、市井の生活にまで重い足枷を嵌めることとなる
そもそも、前王の時代以前より、自国領土に農耕に適した土地を持たず常に食料自給率の低さに悩むダムシアンと、肥沃な農地を自国領土の大半と有するバロンは緊張状態にあった 両国の境界となるミスト山脈が陸上の兵站線こそ塞いでいるが、ダムシアンは海軍国ファブールと永年友好条約を結んでおり、また、バロンは飛空艇の開発により、ダムシアンの北部砂漠地帯で採れる油砂を燃料として大量に必要とするようになった・大規模需要 ただでさえ何かあれば戦火が容易に燃えかねない情勢の中で起こってしまった、赤い翼によるダムシアン城強襲 クリスタル戦役を終えて後も大規模な戦争への引き金となりかねなかった危機的状況 これを平和裏に治めることが出来たのは、新王となったセシルと、これまた新たに就任したダムシアン現王の友情だった
国境封鎖が強いたのは、友人と国民という、どちらも裏切れない過酷な天秤 どちらの皿に重石を載せるかの決断が、新王の心を大きく削ったことは想像に難くない それは、政策を挙げてきた諸侯に対する反感のような感情となって、信頼の壁に皹を入れたのだろうか――会談の席で、輸出入停止宣言を受け、白い顔で静かに去りゆくダムシアン王を見送り、言葉もなく項垂れていた姿が忘れられない
そして運悪く起こった飛空艇の失踪 王から直接下された戒厳令によって不信を突きつけられる形となった諸侯、特に陸侯は忠誠心を直に疑われる形に 更に続いた相談なしの仕官の大規模一時解任 そして――
※聖騎士王という信用担保は果たして立て続く疑惑行動・不満を埋め合わせできるほど残っているだろうか
あまつさえ、伝令は他ならぬ自分――嫌でも考えてしまう一年前の事件との不吉な符号
ケルヴィン廊下うろうろ
――あれは本当に本物の陛下なのか?
――自分もまさか父のように既に人知れず魔物に?
端から端まで何往復したところで、答えが落ちているはずもない。
――陛下に疑いを持つなど言語道断 しかし、一体どうしたら
「何じゃ、こんな時間にこんな場所で何しとる?」
声を掛けられ始めて、どすんどすんと地を揺らす彼の接近にまるで気付かなかったことに気付く。ケルヴィンは狐につままれたような顔でシドを見た。
「技師長こそ、どうしました?」
「セシルに話があるんじゃい。」
ケルヴィン迷いながらも通せんぼ
「なぜ邪魔するんじゃ、どかんか!」
「陛下は……――」
まだお休みです、繕いを結びきれず黙り込む。
「セシルはおらんのか?」
ケルヴィン無言で目伏せ
「こんな時間に供も連れず、一体どこへ行ったんじゃ?」
問いただされても答えられない シド、ケルヴィンの手から書類ばっと奪い一読 読み進むごとにどんどん口端をひん曲げたシドは、遂には般若の面付きになり書類をどすっと突き返し ぐるりと踵を返すシドの背にケルヴィンは慌てて追いすがる。
「技師長、どちらへ?」
「ミシディアじゃ! カイン達を連れて来る!」
「ハイウィンド卿一行は脱獄の罪に問われているんですよ? みすみす――」
「みすみす、何じゃ? 奴らをまた牢にぶちこむか!」
ケルヴィン気迫に押され口を閉じることも忘れ
「いっそワシも牢にぶちこむか! そうやって、この国を案じ、異を唱える者たちを全て牢に繋いでしまうがいい、この国の民が全て牢に消えるまでな!」
シド、ずいっと詰め寄り
「ケルヴィン・ベイガン、貴様は近衛兵の仕事を何と心得る! それが分からんならとっとと辞めてしまえ!」
シド自身、そんなに近衛兵のことを知っているわけではない だが、あの時――完成間近のエンタープライズの図面を盾に城へ単身突撃して来た平民を、決して歓迎しないまでも無碍に追い返すこともせず、前王と直接話す無礼を見逃した前近衛兵長。その険しい顔には、自らの信念に基づき国に忠誠を尽くす兵としての誇りがあった。
その名と面影を受け継ぐ青年は開け放していた口を閉じる。その足が後退り、進路を空ける。
やがて明け方近く、一隻の飛空挺がバロンより飛び立った――クリスタル戦役の幕を開けたミシディア遠征と、正に同じ日、同じ時刻に。