故郷の空気をゆっくり体に馴染ませている時間もない。一刻も早くバロンへ向かわなければならない。エブラーナ城へ向かい、デビルロードを乗り継ぐのが最も早いだろう。
一行の帰りを待つ間に教授が設えた簡易書斎を手早く片付け、塔からの引き上げにかかる。
「巨人が動くっつってたな、城へ一言言っておきたい。念のため地下へ逃がす。」
「それがいい。教授、ミシディアへ戻るがよろしいか。長老に伝令をお願いしたい。」
「はい、構いません。お易い御用ですよ。」
万一失敗した時の案も纏めたポロムの報告書を教授に預ける。教授は受け取ったそれを護身用バインダーにしっかりと挟み込んだ。
白い壁に覆われた制御室に気忙しい足音がばらばらと散らばる。その時、一行の足を大きな震動が絡げた。散らばっていた足音が一斉にバランスを失い途絶える。カインは転げたパロムを押さえがてら姿勢低く片膝を付き、揺れが収まるのを待つ。
フル稼働開始かと思ったが、揺れの様子はどうも外からの衝撃が加わったことを感じさせる 外の様子を見るためベランダへ出てみる
柵の下から沸き出てきたものに、カインは声を失った。
※意志を持たない虚ろな眼光。体中を走る血管のような青白い光に象られた巨大な人影 バブイルの巨人
巨人の体がぐらりと揺らぎ、塔に右肩タックル
「きゃあっ!」
先程より大きな衝撃に襲われ、ポロムが堪らず悲鳴を上げる。
カインの脳裏を無数の答えの無い同じ疑問が埋め尽くす。何だこれは 何でもう巨人が動き出すんだ
「おぉい、気が早過ぎだぜ爺さん!」
エッジが頭を抱える
巨人の胸甲を囲むモールドに光が走った。
「伏せろ!」
カインは叫び、双子の上に覆い被さって伏せる 間一髪、叫び声が消えない内に、でたらめ熱線びー 爆発音に続き、不気味な振動 顔を上げて着弾地点を確認する。沿岸の大地に酷い焼け焦げが ちょうど洞窟入り口
「やい巨人! 迷惑掛けないって言ったじゃんか、嘘つき!!」
勇ましく立ち上がったパロムが約束違いを咎めて吠える。
「フースーヤ様、嘘をついたのでしょうか……?」
ポロムは堅く握りしめた杖に不安を預け、カインを見上げる。
「いや、騙すつもりならば、注意を促したりしないだろう。」
※ 故意も事故も除外してしまえば、残るのは※犯人が別にいる可能性、つまり誰かが自分たちと同じことをやろうとしてるのか? 月施設多重起動のシステムビジー しかし、騙された論と同じくらいあり得るとは言い難い可能性だ。
※月の民に騙すメリットはないが、しかし、彼らの他に遺跡を動かせる人間は――いる、たった一人、この星に。
「こ、これが、バブイルの巨人……!」
コリオ教授、息も切れ切れの振動する体を支えていた両膝がついに力を失う。へたり込んだ教授の介抱を双子に任せたカインは、しかし為す術無く欄干を掴む。
どうする――どうすればいい。
ウルで犯人捜しをするにも、まず現状目の前で起きている事態の解決が先だ。巨人をこのままにはしておけない。
解決の糸口を求めて見つめる眼差しの先では、巨人が我が物顔で大地を踏み荒らす。まるで五里夢中を手探りするかのような動きだ。 出鱈目で予測が付かない 制御された動きでは到底ありえない。
「そんなにエブラーナが嫌いかこの野郎!」
国王をして、国土を蹂躙する無法客に罵倒を浴びせる他に打つ手がない
現在の巨人は人間で言うならば生前の記憶に従って動いているゾンビのようなもの 拙いことに、巨人に残っている最後の『生前の記憶』は青き星の生命の駆除――明確な意志なき現在、相当に無駄は多いが、どのみちこれだけのサイズの物が動き回れば早晩目的は達成されてしまう。
塔を揺らして巨人の腕が覆い被さる。欄干を掴んで振動に耐えたカインの目前に、腕をくぐり抜け現れた飛空艇
「シド!?」
飛空艇のデッキで舵取るシドが大声張り上げ。
「バロンに来てくれい! セシルが大変じゃ!」
シド舵切って巨人の動きと動きの隙に強引に船体をねじ込み 塔に接近を試みる
船尾に掲げられた旗の模様が見える位置まで近づいたその瞬間、巨人の胸から再び光が溢れ 熱線が上空へ向かって真っ直ぐ伸び 咄嗟に翳した腕を高熱が炙る
瞳孔に焼き付いた光の残滓 蛍光緑に浸された視界に必死に飛空艇を探す。巨人の背後に無事に飛んでる 良かった安心 呼吸を取り戻すも、その船首が再びこちらに振り返り接近を試みている
「離れていてくれ!」
一定距離へ近付くと巨人の自動迎撃が反応する カイン、バルコニーに立って手振り合図するも、巨人が衝立となって邪魔で連絡が通らない この距離では無論音声も届いていないだろう。
シドの飛空艇が再び接近して二度目のビーム シド、巨人の迎撃システムを把握したよう 距離を取って旋回 まず懸念が一つ減ったが、しかし
――何とかしなければ……
胸を灼く焦りに促され、巨人との距離を測る。近くはないが、飛べる。
「カインさん?」
「内部から停止させる!」
カイン欄干踏み 瞬間、腕ぐい掴まれ
「よく見ろ! あれが一人でどうにか出来る代物か!?」
相棒の指の先に宿る巨大な影を見据える。カインは呼吸を吐き下ろす。
制止されて見れば、自分が越えようとしたものの正体に気付く。欄干の先にあるのは焦りという名の魔獣の口だ。危うくまんまとその中に飛び込むところだった。
「……すまん。」
「お前だけにカッコイイ真似させるかよ。」
とエッジにやり、一転表情を引き締め
「この塔、何か武器ァねぇのか? そのものでなくとも、転用出来そうなモンは……」
エッジはベランダから身を乗り出し、塔上部を仰ぐ。
「地底部にならば、長距離砲がある。」
発射管制装置は使えなくなったが、砲部分は無傷で残っているはずだ。しかも発砲間際だったため弾丸の装填も済んでいる状態だ。マニュアルで発射できる。
「大分マシなモンが出てきたじゃねぇか! よし、考えようぜ。」
拳を打ち合わせる軽快な音を横目にカインは腕を組む。
地下九階にある巨大砲 もし砲撃可能なのであれば、既に一案頭にある。砲自体を地上まで持ち上げることはできない 仰角を最大に取って地底の天井――地表の地盤を破壊し、巨人の足下を崩すのだ。砲の口径から考えて、十中八九穴に嵌めることが出来るだろう。胸まで嵌るだろうから、胸部の発射レンズを塞げる・ビームを封じることが出来る。移動とビームを封じてしまえば乗り込んで停止させるのは容易だ しかし、この案を採れば、地底――こちらは幸い、着弾地点直下及びは人里からかなり離れているが――は元より、エブラーナの国土が被る被害は甚大なものとなる。場合によっては、巨人が暴れまわるより被害が大きい。エッジは、それでも構わないと言うだろう――故に躊躇われる。
「何しろ地底ってのが難点だな、どうかして引っ張り上げにゃあ。」
「ああ……」
察しの良い相棒に気取られぬよう、沈慮の素振りに答えを濁す。シドの飛空艇眺め シドの飛空艇とていつまで飛べるものではない。燃料もそうだが、これ以上日が落ちたら視界が利かなくなる。
それは無論、当のシドこそが他の誰より承知しているだろう。見事な操舵で飛空艇を操り巨人の動きの隙を縫う。迎撃の来ない距離を測り、何とか塔に寄せようとしているようだ
そんな時突然、大砲の爆撃音 何故? 飛空艇の搭乗者はシド一人で操縦してるから火砲は使えない。一体誰がどこから――惑う視線の中、再び火線が斜め下より走った。
欄干から上体を投げたカインの眼が下界を捉える。 遙か塔の足下で、黒点の連なりがどんどん伸びる。前後車輪を取り巻く鋼板帯の奏でる独特の音が塔を螺旋に駆け上り、一行の耳に届く。
「地上の友胞よ、ジオット戦車団が参上したからにはもう安心じゃ!」
黒点の中央から挨拶代わりの空砲が上がる。
「ジオット王!?」
思いがけない援軍の到着。バブイルの塔を背に、戦車団が展開する。バルコニーからは豆粒をばらまいたように見える
※「バブイルの塔が光ったから来てみれば、案の定じゃな!」
風に割れた伝声管越しのジオット王の声が響く。巨人起動の兆候を見て駆けつけてくれたようだ
「巨人よ、覚悟せい! 今度は好きにさせんぞ!」
威勢の良い宣戦布告が響く。とはいえ、
「来てくれたのァ有り難ぇが……いかんせん勝てるとは思えねぇ――」
「我がジオット戦車団に敗北は無ァい!!」
エッジの懸念に図らずも答える形で王の勇ましい声。
上から戦車団の動きを見る。カインの視力を以ってしても、個々の戦車の動きを見るのは無理だ。整然と隊列を組んでなお余りある、黒点集合体と巨人との圧倒的な大きさの差。一体ドワーフ達はどうするつもりなのか。
「『揺りかご』作戦、開始じゃあ!」
王の指示に従い、四分割正方形の前二部が前進する。後続と小指の爪ほどの隙間を空けた部隊の射角自在砲が火を噴いた。巨人の左肩で無数の火花が上がる。一糸乱れぬガトリング連続掃射 砲に装填されているのは飛空艇をも退けた徹甲弾 砲煙が薄れ揺らぐ巨人の姿が見える。その装甲には穴一つ開いていない。
「可愛げのねぇ……!」
欄干に苛立ちを叩いたエッジは、傷一つ付かない巨人の姿を憎々しげに見上げる。
着弾の安定しない回転筒砲による射撃という観点からならば驚異の集弾能力だが、重装甲を打ち破るだけの貫通力を得るにはより高度な精密射撃が必要だ。
後続の第三第四隊が続いて砲撃を行う。今度は右肩に火花上がり。巨人の姿勢が大きく揺らぐが、やはり装甲にダメージは与えられない。
※航空支援を望めない以上、火力で押し切るのは無理
「いや……違う?」
カインの目の先で、弾丸の再装填を終えた第一第二隊の砲が再び火を噴く。先ほどと同じく右肩に火花が咲く。後ろに残した足を上げかけていたところを再び押され、巨人はよろけた。
「そうか!」
同じく王の狙いに確証を得たのだろうエッジの口笛に乗せ、カインは快哉を叫ぶ。
右左陣交互に行われる波状砲火が巨人の肩をこづく。こづかれるたび、巨人面白いように千鳥足で塔から離れ 砲撃はまるで操り糸のように巨人の動きを操る
「あいつ、酔っぱらいみたいにヘロヘロになってる!」
ベランダでパロム 説明しよう!カイン
「人間と同じ姿勢制御 高機能バラストが直立姿勢を保とうとするが、制御する者がいない 目を閉じた状態でこづかれているのと同じ」
必要なのは火力(装甲に対する貫通力)ではなく純衝撃。塔側からの砲撃が巨人をどんどん海に追い込んでいく。
「今じゃ、乗れい!」
充分に巨人が遠ざかったところで、ベランダぎりぎりに寄った飛空艇 甲板からシドが投げた縄ばしごを受け取り、フックを欄干に固定する。教授、双子の順に縄梯子渡り エッジが全員分の荷物抱えて一気に綱渡り 殿のカイン、欄干からフックを外し、縄梯子抱えてジャンプしこれで甲板に全て回収完了
「教授、バロンへ向かうが良いか?」
「はい! おお、これが飛空艇……飛んでいますよ、すごいですねぇ!」
「しっかり掴まっとれい!」
一路バロンへ 飛空艇のエンジンが唸りを上げ、見事な操舵が空に感謝とチアアップの航跡を描く。
綺麗に集中する火線がついに砂浜へはまり込んだ巨人の上半身に一斉掃射を加える。仰向けに倒れる巨人の胸から最後に放たれた熱線が雲を貫き。水柱の後で雲が散って月が照る。
一方その頃 バロン
退避命令で町から追い出された人々が門の前に人だかり成し 私服に腕章を付けた兵で構成されたバロン軍陸海兵団が民衆の避難指示
「バロン聖騎士王より直々の命である! 速やかにミスト山脈付近へ避難せよ!」
兵士が町人を門から下がらせ
騒ぎは一度収束したかに見えた。直後、城を包む結界発動 人工の光が人々の不安を明からかと照らし出す 兵士たちも動揺を隠せない
かつて前例のない異常事態 大騒ぎざわざわ。城で何が? 赤い妙な生物について噂する声ざわざわ。
疲弊は混乱と不安を育てる温床となる
「バロンはもうお終いだ……!」
そんな言葉が誰の口からともなく この国はもうだめだ、船で国外脱出をなどと言い出す声さえ聞こえる。
人々の不安に揺らぐ燈火を抱きこむように大きな影が差す
「あれは……?」
見上げる人々の眼差しの先 薪の炎を受けて輝き翻るバロン国旗と軍団旗
「赤い翼だ――!!」
エンブレムを彩る炎の色が凍える人々の心に温もりを注ぎ込む
眼下からの大歓声 飛空艇を乗り付けると駆け寄ってくる兵士たち 袖に徽章をくくり付け帯刀した青年が二人、船の完全な停止を待たず、プロペラの生み出す強い下向きの風に逆らい人混みから飛び出して来る 徽章を見るかぎり、二人は海兵団の三等士官のようだ。
「き、来た! 本当に来たぞ!」
「クリスタル戦役の英雄達だ!」
最早勝ったも同然な勢いで、抱き合い飛びはね狂喜する兵士 タラップを一段踏むごとに沸き起こる大喝采
「何つーか……またえらい歓迎のされようじゃねえか?」
愛想よく手を振り返しながらもエッジを始め不思議顔の一行 その後ろで
「どうじゃあ、ワシの言った通りじゃろう!」
シド、ガハハ笑いでどすどすと梯子を揺らし降り立つ
件の下士官二人組にコリオ教授を避難所まで案内してくれるよう頼む。 状況はどうなってる?――問うまでもなく答えが目の前にあった。海岸辺りを中心点とした、虹色に輝く半円形バリアにすっぽり包まれてるバロン城
「これは一体……!」
「セシルが突然バロンを閉鎖すると言い出してな、挙げ句が――」
シド振り返りバリアをしげしげ見つめる 留守の間に起こった予想外のおおごとに驚いているようだ
「――このザマじゃ!」
「技師長!」
ケルヴィン走り寄って来る 一行に剣の刀身を下に向け肩にナックルガードを当てる近衛式の最敬礼 カイン、槍身を肩に当て石突きで地を二度叩く竜騎士団式の敬礼返し
「一体バロンに何が? ……セシルはどこに?」
矢継ぎ早事情を尋ねるカインに、ケルヴィンは緩く首を振って見せた。
「それはお教えできません、陛下より内密にと命令され――」
「この期に及んでまだそんなことを抜かすか! 知っとることをあらいざらい白状せんかぁ!」
シド掴みかかり砂袋みたくがくんがくん揺さぶり ケルヴィンあわわわ目を白黒
「ぎ、技師長っやめてください、喋れませんっ!」
「シド、事情があるようだ、話させてやってくれ。」
カイン止めに入り ケルヴィンげほごほ息整え シド憤然と仁王立ち
「ハイウィンド卿、感謝します……ですが、先にお伝えしたように、陛下より内密にと仰せつかっています、もし喋れば軍紀に背くことになります。」
「貴様という奴は――」
「シド。」
この期に及んで、青年は自己保身のような言葉を並べる。怒り心頭のシドを、カインは素早く止めた。だが、追求を諦めたわけではない。槍すらり抜き払い、その穂先にケルヴィンの心臓を捉える。
「ベイガン卿。軍規に於いて王命は至上だが、バロン憲法に於いては生命身体の安全尊重が謡われている。憲法の拘束力は軍規に勝ると思ったが。」
ケルヴィンごくり息のみ その槍は瞬きをするより早く胸から背中まで風穴を開けることなど造作もないことを、バロンの民ならば子供でさえ知っている。
「脅迫……ですか。」
「いいや。……頼む。」
ケルヴィン槍に触れおそるおそる静かに下げ
「陛下は国民に避難を指示し、ご自身は単身何処かへ赴かれました。行き先は恐らく、主亡き玉座の間と思われます……ここのところ、陛下は時折そちらに行かれているようでしたから。」
どんどんっと地面を踏みならすシドに、ケルヴィンの肩が飛び跳ねる。
「団旗に誓って真実です! 私が知る限りは全てお話しました……今度はこちらから質問しても? 一体何が起ころうとしているんです?」
カイン、槍をスイングして納め この事態に際して保身を図るのはらしくないと思ったが、やはり、考えあってのことだったようだ。さしずめ、今は問答に費やしている時間はない、かくかくしかじかで~てな具合に、こちらから問題を告げるのを期待?したのだろう 本人に駆け引きをしたつもりはないだろうが、常に王の壁として前線から一歩引く、何とも近衛兵らしいといえばらしいやり方だ。理解はするがむかつく、が、今それを言っても仕方ない
「……詳しくは長くなるが、俺たちはこれからバロン沖へ向かう。恐らく、セシルもそこにいるだろう。」
カインはバリアを見る。バロン城を包むバリアはバブイルの塔を包んだものとよく似ている。ということは、月の民の施設の関与は濃厚。そして、セシルが主亡き玉座の間に行った直後に現れたのならほぼ確定と言える。
移動避難命令の拡散徹底のため走る兵士たち。前例のない異常事態を前にしてもバロン兵の士気に衰えはまるで見えない。避難はきっとスムーズにいくだろう。
現場を任せた一行とシドはその場を離れるため踵を返す。
「お待ちください!」
ケルヴィンが一行を呼び止めた。
「どうか、私も同行させてください!」
「何で付いて来たがるんじゃ、軍紀違反じゃぞ!」
すっかり臍を曲げたシドは、軍紀違反の四音にたっぷりの皮肉を効かせてそっぽを向く。
「軍紀違反と言うなら、技師長を止めなかった時点で既に手遅れです。この上処分が増えたところで構いません、お願いします!」
ケルヴィンは深々頭を下げる。シドの髭が逆立った。
「近衛兵はどいつもこいつも、言うことが回りくどいんじゃあ!」
「す、すみませんっ!」
ケルヴィンは縮みあがる。大人たちの間で何らかの結論が出たらしきことを感じた双子は、はてなと首を傾げた。
「つまり……どゆこと?」
エッジは肩を竦め、ファンファーレを口笛で吹いた。
「つまり、あの兄ちゃんは俺らの仲間になったみてえよ。」
「えっ! それって――」
パロムは既のところで言葉を止め、慌ててポロムを振り返る。顔を見合わせた瞬間に弟の察知を共有したポロムは、囁きを寄せた。
「あの時と同じですわね……。」
機転の利く双子は、ケルヴィンをしげしげと油断無く上から下まで観察する。魔物の匂いは感じられないが、より高度な擬態を使う魔物は存在する。
「怪しいぜ……!」
「しっかり見張っておきましょう!」
双子、うんって頷きあい
「それでどうするんじゃ?」
シド、カインに顔を向け
「主亡き玉座の間へ行かないと」
しかし結界で城はもとより町へすら入れん どうしたら?
「二度手間じゃあるが、バブイルに戻って施設間転送装置とやらを使うか?」
「先客がいるとなれば尚更、懐に飛び込むのは危険だ。後追いにはなるが、退路を確保した上で進んだ方が良い。」
「結局、あれをどうにかしなきゃいけねぇってこったな……。」
バリアこと反射防壁(リフレクター) かつてバブイルの塔でその性質は調べた 外から加わった圧力をそのまま反射する(物理反射) ゆっくり押せば押し返す力は弱いがどこまでも伸びて決して割れない。助走を付けて突き破ろうとした場合に関しては、飛び込んだ勢いそのままに弾かれたエッジが危うく溶岩浴を味わうところだった。
※「ドーム状、空からも入れない」
「地面の下までは及んでいないはずだが……」
半円形を保っているのはシャボン玉と同じ理屈 接地していなければ半円形にならない。
「土遁の術の出番だな。」
エッジが颯爽と万能忍者サックに手を入れ おお、さすがエッジ!と顔を向けた先に輝く小型の折り畳み式スコップ カイン静かにスコップを奪い取り、見事なピッチングフォームで大遠投 スコップ、ケルヴィンの脇をびゅんっすり抜け木に突き刺さりクリティカルヒット スコンと快音が響く
「面白い冗句だ。」
「ンな怖え顔すんなよ。」
「飛空艇で掘り進むには改造せねばならん……急いでも一日は掛かるが、まぁ、手で掘るよりは早いじゃろう。」
シド腕組み ケルヴィンうーん悩み
「地下水路も城内へは入れませんし……」
ん?地下水路? エッジカイン同時にミスト山脈の方へ顔向け
「「旧水路だ!」」
第二章で使ったとこ。
「※東の橋の付近旧水路への入口がある。岩で即席に塞いだだけだから退けるのは簡単だ。」
※「道理でお会いできなかったわけですね……」 ケルヴィンの呟きにカインはてな顔 「陛下から皆さんの国外脱走の手引きをするよう仰せつかり、地下水路出口でお待ちしていたんです」(セシルが想定したのはドックから堀へ出てそこから旧水路を伝い町へ出るという脱獄ルート(カイナッツォ戦時のバロン城侵入ルート))
「旧水路にゃちと厄介な魔物がいるが、この戦力なら余裕だな」
エッジが請け負う シドびしゃり両頬叩き気合い入れ
「よし、先に飛空艇に乗り込んどれ! 燃料の補給をせねばならん!」
「手伝います!」
行き先は決まった。シドとケルヴィン避難キャンプへ燃料分けてもらいに走り 先に乗ってろと言われ飛空艇間近まで歩いた四人 タラップ前でカインエッジ双子振り返り
「パロム、ポロム。」
「「はいっ!!」」
呼ばれて元気に返事をした双子、
「準備ばんたんだぜ!」
「急いで参りましょう!」
勇んで両手振り上げ意気込み示し カインに軽く突き放されきょとん
「キャンプの場所は分かるな?」
「すぐ戻ってくっからよ。」
保護者の意図を察し子供達口ぱくぱく ポロムようやく声を取り戻し
「――なにを仰ってるんですか!」
「聞いた通りだ。さぁ、行け!」
ポロム、カインの腕に組み付き 全身でしっかりと腕を抱え込み、引き剥がそうとしても頑として離れない
「やだやだやだ絶ーーーッッッ対、ヤダ!! おいてけぼりしたらWメテオだって言っただろ!」
「パロムおいコラ、大人しく留守番してやがれ!」
捕縛縄を悉く逃れ、縦横無尽にエッジの足元を逃げ回るパロム 忍者をして手を焼かせるほどの機動力
※その時、舞い降りる羽音が堂々巡りの様相を呈する場に一時停止を掛ける 漆黒の翼から白く輝くような姿が降り立ち、こちらに歩み寄ってくる
「ローザ様!」
「ローザ姉ちゃん!」
双子同時に名前呼び 黒チョコボを休ませさっそうと歩くローザの姿
ローザ怪我まだ治っていないだろうに 歩く震動に少し顔歪めながらもしっかりした足取り 榛の瞳がバロン城のバリア、始動準備を進める飛空艇、そして四人の順に確認
「ローザ姉ちゃんからも言ってよ! ニィちゃんたち、オイラたちをおいてけぼりしようとするんだぜ!」
「そうですわそうですわ! 私たちを置いて行くなんてWメテオですって、ローザ様からもきつーく言ってやってくださいませ!」
ローザ、双子を従え二人の目の前に立ち カイン渋面
「ローザ……無茶をする!」
「もう一生分安静しちゃったもの!」
「お前はそう――」
ついと上がった白い掌と微笑がカインの説教を遮る
「この子たちを置き去りにしないで。約束したじゃない。」
「事情も知らずに口を挟むな。それとこれとは話が別だ。」
「約束反故にすんのぁいただけねぇが、今回ばかりはな。何があるかも分からねぇ、危険過ぎる。」
エッジ横から助け船
「本当に、そうかしら?」
ローザ、保護者二人をじっと眼の先に据え 顔は笑っているが瞳は真剣 ローザの手が双子の肩にふわりと乗る
「この子達にとって一番安全な場所は、あなたたちの傍よ。」
ローザ再び手をさっ挙げ 口を開きかける男二人を遮り
「最後まで言わせて。カイン、エッジ――あなたたちの隣にいる時、この子たちは、ただの子供じゃない。ずっと一緒に旅をしてきた仲間……そうでしょう?」
カインぐっと声を詰まらせる。確かに、辛戦が予想されるこの状況で高レベルキャスター二人を欠くのはきつい。二人の実力はよく分かっている。彼らに匹敵するほどの魔導師をすぐに揃えるのは無理だ。しかも、ステュクスとの実戦経験という条件まで付いてしまうと、代替えの見付かる確率は天文学的数字分の一となるだろう。そして、旅の間に育んだ高度な連携がなくなれば戦力大幅減
ローザ、カインの悩み顔をじっと見上げ
「でも、心配なのはよく分かるわ……そうよね、やっぱり私も一緒に行――」
「ローーーーーザ!! お前は大人しくここにいろ!」
カインの半ば悲鳴 ローザくりくり目で異存は?とエッジ覗き込み エッジかーって髪がしがし。
「将射落とされちまったら仕方ねぇだろ……。」
つつがなく同行許可取り付け ローザと双子いぇーい!ブイサインを3つ揃え
「……あの人、あそこにいるのね。」
ローザ、万葉に色を変えるバリアを榛に映し カイン頷き彼女の不安の肩に手を添える ローザ、頷きぐっと固めた拳でガッツポーズ
「みんな、セシルをお願い!」
「任せておけ。」
カイン、ガッツポーズに軽く拳当てて返しフッ笑い
※彼女の傍にアイツを戻さなければ。 自分でも意外だが――いつの日か帰る美しい故郷の空には、太陽が必要だ――そう、自然に思えた
「良い子でお留守番しててくんな!」
「行ってまいります、ローザ様!」
「へへーっ。『まかせておけ!』」
無事の願いを交わしてゆく中、パロムのませ口に一頻り笑ったローザは、一転きりりと強かな笑みを浮かべた。
「じゃあ、私はキャンプへ行くわね! 皆を手伝わなくちゃ。」
言って素早く背を向ける。
満足に弓を引ける状態ではない今、付いて行っても彼らの心労や負担を徒に増やすだけだ。これは正しい選択――頭でどれほど理解していても、立ち去る彼らの背中を見てしまえば、死地であるかもしれない場所へ子供たちさえも同行させてしまったこと・子供達のワガママを通させてしまったこと(言葉に嘘はない、双子の気持ちはよく分かる クリスタル戦役時、セシルの隣はこの世の何処よりも自分が強くあれる場所だった 誰かを守りたいという想いは、己が身も守る強力な盾となる) そして、彼らをむざむざ見送るしかない自分の無力 きっと己を呪う言葉を吐かずにいられまい
白魔導師としてこの唇から紡ぐことを許されるのは祈りと祝福だけ。今は祈りを、そして皆が無事に戻った時に祝福を。
背中の声が遠ざかる。プロペラの音が鳴り響く その轟音すらどんどん遠ざかり、彼女を残して空高く消えていく。
橋に程近い川沿いの空き地に飛空艇を停留する。
大人四人で掛かれば岩を退かすのは造作も無い。飛空艇から縄梯子を持ち出し、朽ちた手摺と反対の壁に降ろす。双子の首に障気避けの守護を施し、まずカインが降りて周囲の安全を確認した。縄梯子を足場へフックしたのを合図に、ケルヴィン、シド、双子、エッジの順で水路へ降り集合する。
薄暗い地下水路だが、カンテラの油は温存しておく。光源となる光苔は、目さえ慣れれば周囲の確認程度なら十分だ。
飛空艇内での打ち合わせ通り、身体機能的に水路を飛び越えるのが容易なケルヴィンがカインと共にパロムを伴い通路の対岸に展開する。二人並ぶのさえ不可能な狭い道幅に全員で固まるのは、正面戦力の減少にしかならない。一度に戦える人数が減る上、列が無駄に長くなるだけだ。思い切って戦力を二分し、案内兼前衛キャスターの一列縦隊で構成する戦力群を二部作った方が、火力が上がり、早く駆け抜けられるだろうというのが合議の結果だ。たかが通路、途中経路に手間取ってはいられない。
カインはパロムを素早く肩に乗せ上げる。同じく、ポロムを双子の弟の指定席に着かせたエッジは、向かう先に不敵な笑みを向けた。
「そら、おいでなすった。」
壁に張り付いた苔から滲み出す僅かな視界の中、生き物の気配に寄ってくる一匹の寄生雷魚のシルエットが見える。以前見た時より感染が進んだか、そのシルエットは二回り以上太っている。随分形が変わった。魚というより随分ステュに寄って、陸上も移動可能になったようだ。かつて鰭だったらしき今は触手と化している。そして幸いなことだが、動きが鈍っている。
「何じゃあこいつは!?」
「バロンの地下にこんなものが!?」
初見の二人は驚愕に目を瞬く。話に聞いて覚悟はしていたが、実際目の当たりにするまでは実感が沸かないものだ。
「目的地まで足を止めるな!」
竜槍の咆哮一閃。駆け出す一薙ぎが行く手を塞ぐ雷魚を両断する。
「汝らに雷速を、ヘイスト!」
少女の声が全員の足に翼を与える。※道が分かってるから魔法補助ヘイストを出し惜しみする必要ない
「轟け、サンダラ!」
少年の声が付近の敵を感電させながら水面を滑り、行先を青白く照らす。
「滑り落ちんなよジジイ!」
「誰がジジイじゃ青二才!」
エッジの刀が三枚に下ろした雷魚を、砲丸投げの要領で一回りした槌が壁に熨す。
「手は貸せん、気を付けろ!」
「お手間は取らせませんよ!」
カインの槍がスイングで打ち上げた雷魚をレイピアが串刺し水路に投げ込む。止めに拘らず、寄ってくる敵だけ蹴散らし先を急ぐ。※目的が確かな今、悪路はさしたる苦ではない。
「ここだ!」
対岸に一馬身先んじていたカインが水路を飛んでゴールを示す。主亡き玉座直下、開いたままの鉄扉
全員揃ったところで、鉄扉を一度閉ざす。前回蹴り開けたせいで留め具が壊れているため、完全には閉まらない状態だ。それでもしばらくの間、ステュクスの進入を防ぐ役には立つ。
部屋に目を向け 息を就く間もなく息を呑む。真っ先に目に飛び込んできた前回からの大きな変化 土砂で塞がれていたはずの場所から、土砂が跡形も無く消えており、代わりに燐光を放つ扉が堂々と立っている。表面に施されているのは曲線を複雑に絡め合わせた幾何学装飾 青き星のどの国の文化にも無い(強いて言えば正方形を複雑に組み合わせるバロンの装飾と、体系としては似てる?)
「この扉、試練の山の祠と同じだ!」
パロムが扉に駆け寄り ポロムが後追い 双子が押すと簡単に扉開き
背後の閉ざされた扉越しに水音が聞こえる。別の水路から雷魚が寄ってきているのだろう。
「急げ!」
振り返った先でシドの槌とケルヴィンの剣が不破の鉄門――それはまさにバロンの国旗に描かれた模様と同じ――を示す。
「皆さん、行ってください!」
「出迎えがこいつらじゃウンザリじゃろう!」
シド豪快に笑い。カインは踵を翻す。そうだ。彼らはその為に――自分たちの背後を守るために付いてきてくれたのだ。
「……行くぞ!」
カインの号令がきっぱりと響く。パロムはふとポロムの顔を伺った。ポロムの頭がこくりと軽く振れる。
「ちょっと待って! おっちゃんたち、武器下ろして!」
パロムてててっと駆け寄り 剣と槌にそれぞれ触れ
「宿れ、――バイオ!」
二人の武器に魔法付与 両腕に宿った魔力環が刃にそれぞれ魔道の輝きを塗り込める。テラの呪文書で新たに得た魔法 物体に魔力を宿らせ且つ魔法効果を継続させる
「おお、こりゃあカッチョイイのう!」
武器を振るとエフェクトがふわんふわん光り シドはしゃぎ レイピアを回し、同じくエフェクトを確認したケルヴィンも満足げに頷き
「ありがとう、パロム君!」
「ううん、疑ってごめん!」
パロムぺこん謝り ケルヴィンはてな顔
扉内突入、殿のカイン、背後を一度振り返り
「……死ぬなよ。」
二人の背中に呟きかけたカインは、重い扉を閉ざした。