遺跡への道 外郭透明なガラス張りの海底トンネル
初めて見る海の中 真っ暗 遠くにぼんやり見える青い光がトンネル出口か? カンテラ灯し
灯した瞬間視界がフラッシュ まさか、カンテラに目を眩ませるほどの光量は無い 急激な明度差に頭痛にも似た目眩
「わっ!」
子供の声と、金属製の何かががらんがらんと派手に転がる音
「大丈夫か!?」
掌で眩暈を拭い、子供達の肩を捕まえる
「先客の落とし物……ってわけじゃあなさそうだな」
エッジが、パロムの靴に蹴飛ばされた物体の方を拾い上げる 手渡された掌にざらりとした錆びの感触 錆びた鉄兜
まさか、セシルのものか? いいや、それは無い 鉄兜を覆う錆は、これがここに置かれてから長い年月が経過したことを表している
「ひとまず置いて、先へ進もう。」
鉄兜を端に避けて置き 所有者探しは後回し、先へ進む
暗闇の廊下は遂にほどなく門扉に行き着いた ウル遺跡入口
白い鎧に身を包んだ彫刻然とした姿の門番・ガーディアンが待ち構えている
駆け寄る足音に、その手が肩を跨いでバトルアクスの柄に添わる。鎧の白い輝きを映すその顔が、一行を目にして驚愕の表情を浮かべた。
「カイン……まさかお前が!?」
「セシル……やはりお前か。」
予期された親友との再会。バロン城を訪ねて以来、前回は玉座の上で王として、今回は同じ目線で
「信じたくなかったよ……。」
弱弱しい声音と裏腹に、バトルアクスの刃が音高く弧月を描く。
「崩壊はもう止まらない。このまま帰るならそれで良し、そうでないなら――」
白刃が決意を宿してまっすぐにこちらを指す。
「お前達を、倒す。」
カイン、セシルの顔をじっと見据える ※自分は信じられる セシルがしようとしていることが正しいことかどうかではなく、セシルは正しいことをしようとする男だということが分かっている
後続にカンテラを預けて下がらせ、カインは一歩前へ進む。セシルの眉間に深い皺が寄った。
「……引き返すつもりはなさそうだね。」
「ああ。苦労して辿り着いたばかりだからな。」
セシルは自分のような”迷い”とは無縁だと思っていたが、考えてみればそんなわけなかった セシルも自分と同じ。自分がこの事件の当初セシルを信じたいが疑っていた時と全く同じことなだけなんだ 友を信じたい、だが疑いを捨てきれない 更に一歩前へ進む。セシルの手にする斧が振り子を描いた。
「邪魔をさせるわけにはいかない!」
険しい表情で地を蹴る聖騎士 カインは反射的に槍へと動きかける腕を止める。初太刀を受ける覚悟――正しい道を求めれば人は必ず迷う。迷いがあれば、その刃は鈍い――それに賭ける。
「あんちゃん!」
「セシル様!」
飛び出そうとする双子をエッジが押さえる
刃が床を抉る音 大きく逸れた刃が床を割る
「……次は本気だ。」
斧を引き抜き、セシルは言い放つ
「この星に月の民の遺跡は必要ない。……ここも、バブイルも、破壊する。」
カイン頷き 辿った道のりは違えど、やはり目的は同じだった。
「ああ、分かっている。やはりお前もステュクスの件で来たんだな?」
「ステュクス?」
まるで耳触りの無い言葉を聞いたかのようなセシルの表情 思わぬ鸚鵡返しに話を遮られる 親友の真摯な瞳 セシルがこの期に及んで嘘をつくとは思えない
「知らないか? プリン類か或いはサンドワームに似た、赤い体色の――」
「あの魔物が何か……?」
一向に噛み合わない会話 一行は顔を見合わせる。
セシルは斧を背に戻した。もうそれを振るうような雰囲気ではない。
「お前たちはあの魔物を追ってここまで? 一体どうするつもりなんだ?」
「お前と同じだ、この遺跡を破壊しに来た。」
「そうだったのか……分かった、僕に任せてくれ。」
確認のような一人ごとのような宣言を残し、セシルは踵を返す 扉に手を掛け引き 開かない 引いた腕ががくん止まり、あれっ?という顔で扉見 両手かけ直し引っ張り やはり開かない
「おかしいな、この前は……」
セシルぶつぶつ呟き きっと、予定では扉はすんなり開く筈で、一行を閉め出せるつもりだったのだろう――詰めが甘いのは相変わらずだ カイン、フッ笑い歩み寄り 近づく気配にセシルちょっとバツが悪そうな表情 一転切り替え
「みんなはバロンに――」
「戻る時はお前も一緒だ。」
カインきっぱり そして手を貸し
「ここは僕一人で――」
「手を出すな、なんて言わせないぜ!」
「これは私たちみんなの戦いですもの!」
双子も力貸し
「君たちを巻き込むわけには――」
「おう、積もる話は後でしようや。」
エッジにやり 五人がかりで扉を押してようやく開き 鍵の類はかかっていないようだ 内部から光が溢れる 一行は両脇に並び王へ進路を示す 皆の覚悟に根負け、セシルふぅため息一つ
ウル内部 カンテラを片付ける 広いホールの隅々まで光が満ちている 長く無人であったとは思えないほどだ そのあまりの整然さに、言い知れない不気味さを感じる
「月の民の建造物とは思えんな……。」
ゾットやバブイル、月の民の館とは異なり、なぜか生物的な感じを受ける 壁を走る静脈のような青白い光 ややもすると脈打って見える
入り口をくぐって正面にある扉 バブイルの設置されているものより多人数乗り――大型のリフト 扉の大きさを見ただけでも、この遺跡の全容がおぼろげに分かる とてつもなく広大
「みんな、こっちだ。」
セシルが先導 月の民の館で見た地図では、まさに目指す管制塔へ直通リフトに向かう 目指すは制御室
リフトを降りた目の前がシステム制御室
※「少し待っていてくれ」
部屋に明かりが付く まず目を惹くのは巨大な金属球――制御システム 慣れた様子で制御システムのコンソールに向かうセシル
明るくなった室内の様子 小綺麗な施設の中で、ようやくこの部屋は廃墟に相応しい雑然さを備えている――カインは奥歯に小さな苦虫を噛み潰す。入り口や廊下はどんなに汚くてもいいが、施設の肝である制御室だけはきれいであってほしかった
荒廃した光景の中で最も懸念されるのは、かつて浸水に見舞われたらしいことだ。※この水の出所は恐らく、クリスタルルームだろう カイン眉顰め クリスタルルームは浸水を起こしやすい条件にある 脳裏に内部地図思い起こし 施設が異変に見舞われた際、(1)クリスタルの回収を容易に行えるよう、外からの侵入が容易な位置にあり(2)また、隔壁を下ろして海水(冷却水・熱による暴走を阻止)を満たし、クリスタルルームそのものを施設から切り離せるようになっている クリスタルルームの天井に設置された、いくつものスプリンクラー スプリンクラーの導菅は貯水槽底から八方向へ伸びており、ちょうど八重咲花を伏せた形によく似ている 貯水槽へと続く水道管は煙突のように緩い逆漏斗形となっており、真っ直ぐ上方へ登って可動外壁に突き当たる その上には、幾層も重ねられた異物侵入防止格子 迅速且つ安全に水を引き込む(可動外壁は、注水時に中心から内側へ割れる仕組み)
高い水圧を引き受ける可動外壁は、特に頑丈に作られているとはいえ、それは正常に維持が行われていればの話だ 浸水が現在進行形でないことは救いだが、水たまりは床のかなりの広範囲に及んでいる 月の民の道具は、錆びを退ける・不変の魔力を備えたウーツ鋼と呼ばれる金属で出来ているそうだが、海水による影響が全くないわけではないらしいことは、床に転がった(浮遊してない)、制御システムが如実に表している
「そんな!?」
コンソールを叩いていたセシルが慌てた声を上げた。カイン冷や汗
「どうした?」
「分からない、バブイルの塔との接続が……何者かが外部からの操作を遮断してるようだ、再接続出来ない。」
そういえば、ちょうど半日経ったか
「そちらは恐らく問題ない。この遺跡の破壊だけに専念してくれ。」
「しかし、遺跡破壊時には高エネルギー流が発生するんだ。海中で放出すると大変なことになる……バブイルの塔経由で地上と地底へ分散して逃がさなければ。」
「ならば、この方法はどうだ?」
カイン、フースーヤからもらった破壊操作手順のメモ渡し セシル一読
「なるほど、全エネルギーを光に変換して……参ったな、どうやらいろいろ知ってるんだね。」
セシル苦笑して再びコンソールに向かい 操作終え
「頼む……!」
パネル抱えるように祈り
「どうだ?」
カイン達様子見 あまり芳しくないようだ
「システムの一部が反応しない。リカバーを呼び出してみたんだが、巧くいくかどうか……」
祈るようにブルースクリーンを見つめるセシル
※ただ時間だけが無情に過ぎる こうなったらクリスタル制御装置を直接破壊する他に手がない しかしそれだと退避時間が取れない 海中へ脱出することを考える
「クリスタルルームに注水すれば海中へ出られる」
「海面までの距離は」
「おおよそ二十メートル程」
「ガキどもが保たねえ」
潜水距離 大人は何とか可能だが子供には無理
「スリプルで仮死状態になれば」
ポロム案
「よし、それで!」
皆を急かすセシル
「しかし、ステュクスに追ってこられたら厄介だ。水中では戦えない」
カインが懸念を口にする
「それなら心配ない、皆が脱出したらちゃんと――」
セシル、あっしまった!の顔 カイン、話にならないと首を振る
「他の方法を考える。皆で脱出するんだ。」
「カイン、揉めている時間はない!それに、」
セシル一呼吸
「安心してくれ、ステュクスは僕を襲っては来ない」
「だから何だ。さぁ、もっとマシな手を考えろ!」
しかし、捨て身の自爆案を潰しただけで後手がない状況に変りない セシルの拍子抜け顔をよそに頭を巡らせるカイン
エッジ、スクリーンを覗き込み 画面を埋め尽くす文字のうち、生傷のような赤字箇所が、エラーの生じている箇所を示しているのだろう 正に満身創痍の状態だ
「機械はケアルじゃ治らねぇしな……」
ん?回復? カイン、ピンと閃き
「回復……回復か!」
そうだ、この部屋には何か足りないと感じていた 巨人制御システムとそっくりなウルの制御システム ということは
「どこかに防衛システムがあるんじゃないか? 防衛システムの機能で制御システムのリカバーを補助できるはず」
※セシルすかさずコンソール叩き
「ダメだ、応答がない……電源が切れているのかも」
「それなら」とカインこんなこともあろうかと充電池取り出し「※電源トラブルなら、パネルを外してこれを設置すれば」
で、肝心の回復システムはどこに? 部屋内に見当たらない
パーティ二手に分かれて
機械操作一通り覚えてるカインと、万一の際に作戦中断できる手段持ちの双子・お留守番組@制御室で操作
電池の取り付け方知ってるエッジと施設内部の構造に詳しいセシル・お出かけ組@防衛システム再起動
防衛システム作動に成功して破壊をタスクしたら、両者の中間地点且つ帰路の途中にあるメインリフトで合流を約束
一方その頃 地下水路入り口
「ちびっ子さまさまじゃのう!」
魔法付与バイオ効果抜群 鋼に宿る魔力が敵を瞬く間に毒で冒す。この魔力付与が単なる応援・置き土産以上の意味を持っていたことはすぐに知れた。厄介な再生能力に煩わされずに済む
「まっ、ワシらの力あってこそじゃがな!」
青年の死角に居た敵をスレッジハンマーで叩き潰す 実父の死を受けて復帰するまで軍を離れていた青年は大分厳しそうだ 青年は、セシルやカインなどが持つ実戦で培われた良い意味での手抜きを知らない 加えて、青年が使うのは、高い威力の代償として高い技巧を必要とする特殊な剣術
近衛頭・ベイガン家に代々伝わる二刀細剣術。細剣のしなやかさを活かし歪曲軌道ジグザグ痕を高速で敵に刻むそれは、斬撃というより鞭打にむしろ近い 国の体を備えるまでに起こった数多の戦乱から、建国王の血筋を守り抜いた剣術であり、ベイガン一族の誇り。敵の体に残った傷が蛇の鱗のように見えるところから『双頭蛇』と綽名され恐れられた――今となっては皮肉な名称
シドは十分温まった呼吸の下でにやりと笑う。
「ここはワシ一人で充分じゃぞ。二人がかりでは弱いもの苛めじゃわい!」
青年に戦線を離れることを促す。元より決死隊のつもりではないが、実直は無謀を招き、無謀はときに命を落とす危険を招く。
応じる声はなく、ただ床に踏み込むブーツの音 シドの軽口にやや唇を引き結び、笑みの出来損ないを作る程度にしか返せなくとも、その踏み込みはまだ鋭さを失っていない。浮いた敵を鞭様にしなり飛ぶ斬撃が一掃。敵の体が比喩ではなく実際に破裂する。
※ケルヴィンの来歴 戦役後に入国規制が解けるまで、トロイアの美術工房に弟子入りして雑用していたらしい 近衛頭の親子の間に何があったかは知らない それなりに長く城にいる自分だが、近衛兵長に息子がいることを知らなかった 近衛頭ベイガン家の跡継ぎに関しては、自分が城に入った時にはすでに暗黙の了解があったような感じ
どちらかと言えば苦手な類に属する前近衛兵長だったが、決して性根の悪い男ではなかった。何より、彼にはエンタープライズの件で借りがある――息子の初陣に白星を飾ってやり、借りを精算するのも悪くない しかし
「自分は、近衛兵としてここに来ました!」
レイピアが閃き、ステュクスと共に退避勧告を切り捨てる
言わんとすることを察してか、それとも無謀に呆れ果てたか、シドはそれ以上何も言わずただ肩を竦める
気合いと裏腹に、腕は疲労に痺れる。いつ尽きるとも知れず襲い来る敵。
あの日の父もこんな風に戦ったのだろうか――いつも偉そうにしていた父。間違ったことなど決してしなかった父。旧来の伝統に縛られ、自分のやることなすこと悉く反対する、大嫌いな父だった。――それでも、あんな貶めを受ける謂われはなかった筈だ。
二目と見られぬ醜悪な異形と化した亡骸。王を裏切った者に相応しい末路だと石を投げられた。進んで王を売ったとまで流言された。
父の名誉を完全に回復しようなどとは思わない。ただその忠誠を、そのたった一つだけを、自らの行動で以って証明したい。誰より自分自身に対してだ。
近衛兵第一の心得は、王の背後にある限り不退転。きっと、あの日の父がそうしたように――家族をすら顧みず、ただ一心に忠誠に生きていた父は、息絶えてなお、王に迫り国に仇なす敵の前に立ちはだかっていたはずだ。
緩んだ拳を堅く締め直す。その口から、知らず雄叫びが迸る。両足を踏みしめ、刀身の先まで捻りを伝え敵を切り払う。何万回と血に刻まれた護国の剣術。
前線へ赴いた兵達の、そして王の帰路を、父から受け継いだ剣で自分が守る。碑銘を刻むことさえ許されなかった墓に、たった一人追悼を供えてくれた、生涯忠誠を誓うに値する白眩の王のために。
一方その頃 セシル&エッジチーム@ストレージ
防衛システムに電池セット 低い起動音と共に外殻のモールドが光を取り戻した 穏やかな呼吸のように明滅し、防衛システムの正常な作動を知らせる。
ほっと一息付く間もなくアラームが鳴り響き 部屋の隅で赤い目が瞬き
「あーらら、余計なモンまで息吹き返しやがったな……。」
毒づくエッジ
※防衛システムが迎撃システムも回復してしまう 沈黙させないと制御システムに充分なリソースが回らない
※対迎撃システム 迎撃システムから先制ビーム セシル咄嗟に盾で反射して逸らし 鏡のように磨かれた盾は第一撃を反射させたものの、熱量は放射しきれず受けた部分が真っ黒焦げに 鎧越しの熱に呻くセシル
再度ビーム用のエネルギー装填 エッジ、甲鋼虫で迎撃システム掴まえ、分銅のように振り回し
「エッジ!」
セシル慌てて叫び
「分ぁってら!」
エッジ、ひとまず壁に叩きつけ 迎撃システムには迂闊に手を出せない 迎撃システムの回復なんかで防衛システム酷使したら充電池がすぐ終わってしまう 迎撃システムを一気に無力化するか、あるいは持久戦 制御システムが回復するまでの辛抱
その時館内放送からカインの声
「セシル、聞こえるか? 巧くいったぞ――」
一方その頃 カイン&双子チーム
果たして期待通り、自己回復プログラム走った スクリーンが光り、制御システムの完全起動を知らせる コンソール操作
「設定完了だ、行こう!」
全てのエネルギーを光に変換するということは、この施設を海中で維持するためのエネルギーも失われるということだ。※脱出のために残された時間は三十分 余裕といえば余裕だが、道中何があるか分からない 急ぐに越したことはない※※
「セシル、聞こえるか? 巧くいったぞ! 崩壊まで残り三十分だ。」
「そうか、良かった!」
答える声の背後から金属のぶつかる音が聞こえる
「どうした?」
「ちと取り込み中でな!」
エッジの言葉を最後に通信切れ
「セシル! エッジ!」
応答なし 双子おろおろ
「カインさん……!」
「助けに行こう!」
合流地点のメインリフトへ急行
リフトの扉を開けると真っ暗 廊下から差し込む光で、壁に沿って設置された螺旋階段がわずかに見える 嫌な予感
「パロム、灯りを頼む。」
「が、がってん!」
小声の依頼を受け、少年が照明弾を放つ。単身入り口を抜けて灯ったファイラ リフト内を目にした全員の表情が凍る
リフトの代わりに巨大なステュクスが鎮座
※このリフトの最下層はプラント工場 この巨大ステュクスは、施設内でもひときわ餌である光と水の豊富なプラント工場に育てられたのか?
※そして大問題 上へ行くには、金属製の階段を使わざるをえない ステュクスは、ゼリー系生物と同じく、表皮全体で僅かな音や振動を捕らえる 三章で会った砂虫 大海の一礫に等しい渡砂船のごく小さな波紋をさえ嗅ぎつける程の高機能センサー 砂よりも振動を吸収しない金属板の階段を全く音を立てず上るのは、エッジでさえ無理だろう
※こんな巨大なステュクスを形成した原材料の量に思いを馳せる 最早元が何だか全く分からない 海中施設にいるからには海洋生物なのだろうが、もっとも、原型生物とて既知ではない可能性が高い
「ここまで来て……!」
※絶望的としか思えない光景 だが、これは逆に好都合かも 巨大とはいえ相手は一体だけ しかも、対ステュクスの必勝策がある 今こそ聖水の使い時 カイン、懐からガラス瓶取り出し
「奴の動きを止めてくれ。一気に片を付ける!」
※パロムは利き腕に魔力環を重ねる。今こそ”かっこよく活躍する天才黒魔道士”の見せ場だ。だが、最も得意とする魔法の矛先は敵ではない。
四元素の力はただ正面から敵を打ち倒すのみに非ず、その最大の真価は支援にこそある――老いた大賢者の書き残した教えの意味が今こそよく分かる 一枚板で成形されたこの壁は、魔力を容易に伝達する。
「壁から離れて!」
片手に姉の手を携え、壁に残る片手を押し当てる。
「凍てつけ、ブリザラ!」
※必要最小限の魔法で最大の効果を
壁が霜を吹き瞬く間に息が凍る 壁を埋め尽くす冷気の葉脈模様 ステュクス、凍結壁に貼り付き
見事大役をこなした双子、後ろへ下がろうと 靴の踵が床に貼り付き一瞬動きが遅れる
視界の隅から赤い触手が伸びてくるのが見え カイン考えるより早く身体が動き、双子の足下を槍で薙ぎ払い廊下の端へ子供たちをホームラン そこまでは良かった
体勢を立て直そうと踏み込んだ足が凍った床で滑る 咄嗟に突いた手が触手にめり込む 失態を悔いる声ごと体を持って行かれる せめて聖水を渡さなければ
「カインさん!!」
少女の悲鳴が聞こえる。伸ばした手に掴みかけた光明は、あえなく闇に断たれた。