DNT、竜のシェーンコップと魔術師のヤンの似非ファンタジー。軽微の異種交歓描写。

本の森の棲み人 14

 リンツが携えて来た木の皮すべてを使い切った頃、ブルームハルトはちょうど書物の整理の作業に飽き、ヤンは残念ながらそれほど面白みはなかった、今日読んだ竜の書物をまとめてブルームハルトに返し、そうしてふたりと1頭は、うなずき合って穴を出た。
 来た時と同じに、ブルームハルトに抱えられ、そのまま空を飛んでまずヤンのねぐらへ戻り、ヤンを下ろして、次にブルームハルトはリンツを送ってゆく。
 「また、あなたを描かせて下さい。もうちょっと練習が必要なようです。」
 ヤンを描いた木の皮を抱え直し、人の姿で空高く飛び上がるのにまったく恐怖もない様子で、ブルームハルトの鉤爪の中へ坐り込んだリンツが言うのへ、ヤンはもちろんとうなずいて見せた。
 ヤンは穴の中へ戻り、さてひとりでどうするかと束の間思案して、本を読もうかと、近頃はろくに身に着けずにここに置きっ放しにしてある、竜の鱗の赤い石を取り上げた。
 そこから本を取り出そうとしてから、ふと考えを変え、赤い石を手に再び穴の外へ出る。
 まだ外は明るい。陽射しは十分あたたかかったし、何だか書物の埃を頭から浴びた気がしていたから、水浴びに行こうと突然決めた。
 シェーンコップが以前連れて行ってくれた泉へ向かって、ヤンは移動の術を使って進み始めた。
 一気にそこへゆくのではなく、ひと飛びひと飛び、しるしを残すように進む。森の様子も眺めたかったし、知らない木の実があるなら、摘んで味を見たかった。
 そうやって、自分の気配をそこここへ残し、そうすれば次に森の中を歩き回る時の目印になる。
 ひとりで、自分のねぐらの見えないところまで来るのは初めてだったけれど、赤い石を身に着けているし、決して恐ろしくはなかった。
 ヤンは泉に着いてしばらくの間、辺りを覗い、他の竜の気配のないことを確かめてから、衣服をそこに脱ぎ落とした。
 赤い石も外して、まったくの素裸で水に入る。入る前に、これも力を使ってやや水温を上げて、こんな風にひとりで好きに動き回っても、すぐに手足の萎えてしまうと言うこともない自分の回復ぶりに、ヤンはちょっと満足の笑いを浮かべる。
 これも、ヤン自身の体力ではなくて、シェーンコップのおかげだ。
 朝、木の実を幾粒か放り込んだだけの胃が、きゅうっと縮んで音を立てる。腹が空いたと思って、それから、素直にシェーンコップを恋しいと思った。
 油断すればすぐに溺れる深さの泉の、中ほどになどは決して近づかずに、腕を伸ばせばすぐに地面に戻れる辺りで、ヤンはぷかぷか体を浮かべていた。
 黒髪が藻のように広がり、泉の水の濃さに比べれば、真っ白に見えるヤンの体は、珍しい魚のようにそこでばたついて、魚にしては泳ぎが下手だと、通り掛かる竜でもいたら思ったろう。
 手足を伸ばし、このまま眠ってしまったらどうなるかなと、埒もないことを考えて、太陽に向かって目を閉じて、ほんとうにまどろみ始めた頃、突然足音と一緒に叫ぶ声がした。
 「ヤン提督!」
 灰褐色の鱗と瞳が陽射しに眩しい、いつどんな時に見ても雄渾な姿のシェーンコップが、もう泉の縁へ爪先から踏み入ろうとしていた。
 ヤンは驚いて手足をばたつかせ、その姿が溺れているように見えたのか、シェーンコップは地上と変わらない素早さで動き、鉤爪の手を伸ばし、そこへヤンをすくい上げる。ヤンはシェーンコップの爪に、怯えたもぐらみたいにしがみついた。
 「ひとりでこんなところへ──。」
 怒っているのではなく、不安に瞳を翳らせて、全身から水をぽたぽた滴らせているヤンを、シェーンコップは両手の中に包み込むようにする。
 「ごめんよ、心配させるつもりじゃなかったんだ。別にわたしひとりでも大丈夫だろうと思って・・・。」
 そう言うヤンをもう水際へ運びながら、
 「ここにいる皆が全員あなたのことを知っているわけではありません。中には相手に見境いのないのもいますから、できれば私の傍からあまり離れないで下さい。」
 自分を、心底心配そうに見下ろすシェーンコップを見上げて、ヤンは少しだけ不機嫌に、今日自分を置いて行ったのはそっちじゃないかとちらりと思う。とは言え、ヤンがひとりきりにならないように、リンツとブルームハルトに任せて行ったのだから、勝手にひとりで消えてしまったヤンの方が悪いと言えばそう言えたから、自分の分の悪さを素直に悟りはして、ヤンは突き出し掛けた唇を引っ込めた。
 分かったよとは言わないヤンの考えることを読んでか、シェーンコップもそのまま黙り、脱ぎ捨てた衣服の傍らへヤンを下ろす。ヤンはシェーンコップに背を向けて、濡れたままの体に服を戻し始める。
 髪から垂れる水が、時々首筋の中へ滑り込んで来る。冷たさに、ぶるっと背中を震わせたのを見たのか、ヤンの皮膚は引っ掛ないように、シェーンコップが鉤爪の先でそっと後ろ髪をすくいに来た。
 ヤンの、前へ折れた首の後ろが、何かを待つようにしんと、シェーンコップへ向かって晒されていた。そこに竜のまま触れるわけには行かず、ここで人の姿になるわけには行かず、シェーンコップは決して触れはしない近さに鉤爪の先を伸ばしたまま、ヤンの人間の首筋を見つめている。
 竜の、暗闇でも利く瞳がわずかに動き、狭まる視野はくっきりと切り取られて、もうヤンの首と背中以外は何も映さない。陽射しを浴びて輝く泉の水面も、わずかな微風にそよぐふたりの足元の草も、向こうの森も切り立った崖も、シェーンコップの視界からは追い出されて、一瞬、ここが竜の谷であることをシェーンコップは忘れ、自分とヤン以外の、すべての生きものたちのことを忘れた。
 そうしてまた、ヤンに対して湧く食欲が、今朝狩りの時に丸飲みにした鹿が少し小さかったせいではないことを知っていて、喉をつるりと下りて行った鹿の、案外粗く口の中を引っ掻いて行った毛並みを思い出すと、途端にヤンのどこにも手掛かりのない人間の膚に触れたくなって、シェーンコップは手を引っ込め、身支度を終えたヤンへ向かって、
 「あなたのねぐらへ、戻りましょう。」
 言葉の終わりにはもうヤンを地面からすくい上げようとしながら、そう言った。
 ヤンはシェーンコップを振り返り、素直にシェーンコップの掌の中へ体を寄せて来て、
 「わたしのところではなくて、君のねぐらへ行かないか。」
 「私のねぐらですか。」
 「うん、まだ行ったことがないだろう。」
 「構いませんが、行くなら、このまま飛ぶことになりますが。」
 「いいよ、今日ブルームハルトに慣らされたから。」
 「・・・なるほど。」
 シェーンコップは、ブルームハルトが自分より先にヤンを連れて空を飛んだと言うことに、内心ちょっと面白くない思いをして、けれどそれは顔には出さずに、両掌の中にまた包み込むようにヤンを抱えた。
 羽を先に広げ、そっと羽ばたかせて、ゆっくりと飛び上がる。羽ばたきの風のあまり影響のない首の近くへヤンを捧げ持つようにして、シェーンコップは泉を背に真っ直ぐ自分のねぐらの穴へ向かった。
 ヤンは、ブルームハルトの時よりもずっと落ち着いた気分で、鉤爪の間から空の風景を眺め、ちょっと肩をすくめながら見下ろす森の中に、見知らぬ竜たちが、まばらに散歩や日光浴を楽しんでいるらしいのを見つける。こんなのんびりした風の竜たちが、自分を見掛けて襲うかもとは思えず、けれど確かに見た竜の──シェーンコップの──残虐さを思い出して、竜の姿になってはどうかとブルームハルトが言ったことを、ヤンは深く息を吸い込みながら考えた。
 じきに向かいの崖に着き、以前シェーンコップがあれだと指差した穴へ、ヤンはそっと押し込まれる。シェーンコップが真っ直ぐに立って歩き回るには十分な広さがあり、けれど広いだけで寝床らしいものもない、ほんとうにただの穴蔵だった。
 羽をたたんで、すぐに人の姿になろうと地面へ伏せ掛けたシェーンコップへ向かって、ヤンが、待って、と腕を上げる。
 「いいよ、そのままでいてくれ。」
 なぜ、と目顔で訊くシェーンコップに、ヤンはただ肩をすくめて見せて、特に理由はないよと、先に立って奥へ進み始めた。
 穴の半ばでシェーンコップが足を止め、そこの壁を指差す。
 「ここに横穴を開けて、あなたのねぐらにしてはどうかと。隣りと離れているので、あなたの本を置く分も大きくできますよ。」
 指差されたそこを、強度を確かめるようにヤンは軽く叩いて、へえと笑って見せる。
 「・・・そのうち、ね。」
 いいねと答えれば、今すぐこの場で火を吹いて穴を開けそうなシェーンコップを、何となく引き止めるみたいに、ヤンはちょっと気のない返事をした。
 穴のいちばん奥まで行って、壁に寄り掛かってずるずると坐り込み、ヤンは穴蔵の主のシェーンコップを手招きする。
 「お茶でも出そうか・・・って思ったけど、君はそのままじゃお茶も飲めないなあ。」
 「だから人になると──」
 「いや、今日は竜のままの君と一緒にいたいんだ。」
 ヤンにそう言われて、シェーンコップは不思議に思いながらもそっとそこへ伏せ、ヤンの手へ自分の鼻先を突っ込んで行った。
 ヤンはシェーンコップの鼻の辺りを撫で、牙の見える口元を撫で、掌をいっぱいに広げた大きさの鱗を、1枚1枚、重なりを確かめるように丁寧に撫でる。
 そうして、次第に壁から離れてシェーンコップの方へにじり寄ると、シェーンコップの鼻先を両腕の中に抱え込むようにして、灰褐色の瞳の間に、もっと小さな生きものにするみたいに、すりすり自分の額をこすりつけた。
 鱗の重なりに気をつけなければ、流れに逆らうと皮膚に引っ掛かる。下手をすれば、人間の皮膚などその程度でも裂けてしまうと知っているヤンは、掌で流れを確かめながら、同じ方向に、シェーンコップの鱗へ自分の額や頬をこすりつけた。
 ヤンの皮膚は乾いていたけれど、ヤンの髪はまだ湿って──空を飛ぶうち、滴りはなくなっていた──いて、その冷たさにシェーンコップは目を閉じ、そうして自分の顔へ寄り掛かるヤンへ、人間のように触れる代わりに、長く細い舌を出し、そっとヤンの首筋や頬へ這わせ始めた。
 ヤンの全身が、シェーンコップの頬や口元へ触れる。人間の体の重みなど、竜には木の葉ほどもなく、風にでもなぶられているようなヤンの体の感触に、シェーンコップはくすぐったいような心持ちで、お返しにとヤンの首へ舌を巻き付けていると、次第にその先が服の襟元から中へ忍び込んでゆく。
 最初はそのつもりではなかったのに、ヤンの背筋をたどるうち、肩甲骨から脇へ滑り、シェーンコップの舌先はヤンの服の中でみぞおちへ巻き付いた。
 気がつけばヤンが、耐え切れないように息をこぼし始めていて、首筋や耳が赤い。
 ずるりと体を滑り落としたヤンが、赤い頬を隠すようにしながら立ち上がり、シェーンコップの方を見ずに訊いた。
 「君の、背中に上がってもいいかな。」
 単なる好奇心か、それとも他の意図か、読もうと思えばヤンの思念を読めたけれど、シェーンコップはそうはせずに、ただ平たく腕を伸ばし、ヤンがそこから肩へ登れるようにしてやった。
 ヤンは2度ほど足を滑らせながら、危なっかしくシェーンコップの腕を這い上がり、肩の盛り上がりに何とか体を持ち上げ、そこからバランスを取りながら立ち上がって、ついにシェーンコップの背中に乗った。
 「このまま空を飛びますか。」
 背中を揺らさずに長い首をそっとそちらへ持ち上げ、シェーンコップが冗談めかして訊く。
 「いつかね。」
 明るい口調でそう言ったヤンが、自分を見ているシェーンコップを見つめたまま、襟元へ手を掛け服をくつろげた。シェーンコップがきちんとそれを見ているように、自分の視線でシェーンコップを捉えたまま、ヤンはそこで着ている服をすべて脱ぎ、いらないとでも言いたげに、無雑作にどこかに放り投げた。
 服がばさりと落ちた音の方へ、シェーンコップは一瞬顔を向け、それからまたヤンへ視線を戻し、ヤンが自分の背にゆっくりと坐り込むのを、一体何をするのかと見守った。
 ヤンはそのシェーンコップを手招き、長い首を伸ばしてシェーンコップが自分の方へ顔を寄せたのへ、自分も引き寄せるようにして、牙を避けながらその口へ唇を重ねた。
 鱗の重なりをなぞるように舐められたのを感じて、思わず口が開きそうになる。開いたらきっと、そのままヤンを飲み込んでしまうと思って、シェーンコップは牙が自分の下顎へ食い込むほど固く口を閉じて、ヤンの手指と唇が一緒に自分の鱗の連なりをたどってゆくのを、下目に、見えもせずに眺めていた。
 ヤンの指先が、引っかくようにシェーンコップの閉じた口へ入り込んで来て、無理矢理にそこをこじ開けると、並んだ鋭い牙をそっと撫でて来る。口の中へヤンの手が入り込み、湿って熱いそこに触れ、自分の口の中を、小さな何かが自由に動き回っていると言うのは実に奇妙な感覚だった。シェーンコップは、油断すると火を吹きそうに思って、ヤンの好きにさせながら、ついヤンに向かってまた伸びる舌を、ただちろちろヤンの頬やあごの線を舐めるだけにとどめて、開いた腿の間は努めて無視した。
 ヤンはそのうち、シェーンコップの背に体を倒してそこに額や頬をこすりつけ始め、開いた膝の間にシェーンコップの体を締め付けるようにしながら、精一杯腕を伸ばしてやっと届く、シェーンコップの赤い鱗と、同じ色に首筋や背中を染め上げている。
 シェーンコップの竜の姿は見ても、こうして近々と触れることは滅多となく、背中や首は遠目に見上げるだけだった。だから、鱗は、特に赤い鱗はどんな感触かと、ヤンは全身で感じてみたかった。
 小さく脆いヤンに、シェーンコップはこの姿ではろくに触れることもできず、ただおろおろと、ヤンがそこから落ちはしないかと、見張るように頭を下げて下から見上げ、ヤンの手足が動くのに合わせて、瞳があちこちに移動する。
 ヤンの小さな舌が鱗の重なりを舐めてゆくたび、ヤンの柔らかなつるりとした皮膚がそこにかすかに引っ掛かるたび、垂れた頭から広がる黒髪の先がふわりとそこをくすぐるたび、日向でうたた寝をする竜を、岩と間違えて止まりにやって来る小鳥の、羽をつくろう仕草にでも巻き込まれたような、昼寝の邪魔にうるさく思っても、追い払うほどでもない、心地好いと言えば言えなくもない感触を思い出して、シェーンコップは鱗の下がざわざわとざわめいてゆくのを止められなかった。
 尻尾が伸び、ばたりばたり、辺りを払う仕草を始め、細い先だけがぱたぱたねぐらの床を叩く。
 人のヤンの動きはもどかしく、物足りなさがまたいとおしくて、シェーンコップの全身を、そうして舐めて覆い尽くしたいと思ったところでそれは不可能だったから、シェーンコップはいつヤンをそこから下ろして、人の姿になろうかと潮を窺っている。
 ヤンは全身を赤く染め、シェーンコップの広い背に、泳ぐ姿に似た動きで体をこすりつけて、湿った息をそこに吐き続ける。ヤンの人の体よりも少し体温の低いシェーンコップの竜の体に、ヤンの熱さが移り、赤い鱗は濃さを増して、地面に伏せたシェーンコップの体も、ヤンを乗せたまま、今にも波打ちそうだった。
 自分の体に沿って首を伸ばし、ヤンのちょうど足の真下辺りへ顔を置いて、シェーンコップはついに耐え切れずに舌を伸ばした。
 シェーンコップの長い舌が、ヤンの足首へ巻き付き、足裏を舌先でくすぐって、ヤンが声を殺すと、ますますそそのかすように足指の間へ舌先を這わせ、ヤンが足をばたつかせるまで止めなかった。
 一度離れたシェーンコップの舌は、今度は膝からふくらはぎへ巻き付き、ゆっくりと、ヤンを味わうように外れて、それから再び膝へ巻き付き、今度はそこから腿をゆっくりと這い上がった。
 いつも、人の姿の時にそうしてヤンを舐めるように、腿の内側と裏へ竜の舌が這い、ヤンの体の中で特に肉付きの悪い腰の線を、時間を掛けてたどって、背骨のへこみに埋め込むように舌を伸ばして、竜なら羽のある、肩甲骨の間のある1点へ差し掛かると、そこでヤンの体を大きく跳ねた。
 ヤンはシェーンコップにしがみつき、背中を波打たせて、頭の落ちるかと思うほど首を前へ折って、かすかに胸を、シェーンコップの背から浮かせた。その隙間へ、シェーンコップは素早く舌先を滑り込ませて、ヤンの上半身を舌でぐるぐると巻き、人の指でしか触れられない、ヤンの肋骨のくぼみや鎖骨の落ち込みを、長い舌でこすって行った。
 一度そこでほどけた舌は、改めてヤンの首筋へ巻き付き、耳の後ろを這い上がって、人間の指先のように、まだ湿りのあるヤンの髪の中へもぐり込んでゆく。柔らかいくせにしたたかに、ヤンの黒髪はシェーンコップの舌に抗って来て、シェーンコップは途中でそこから這い出すと、再びヤンの耳の流線に沿って舌を這わせて、ヤンの伸びた喉の震えが首筋へ伝わって来たのを確かめた。
 耳からあごへ落ち、首筋をたどって上がり、シェーンコップは、まるで尋ねるような仕草で、舌の先でヤンの唇をごく軽く叩いた。応えて、すぐに開いたヤンの口の中へ舌先を滑り込ませて、膚の赤みから想像する以上に熱いヤンの舌と頬裏に驚きながら、するする喉の奥へ進んだ。
 その喉が震えたのが、ヤンが自分の名を呼んだからだと気づかず、シェーンコップは自分を押し止めるようにヤンが長く伸びた舌を抱きしめて来て、なめらかな指先で撫でるのに、思わずたたんでいた羽を、場所も弁えず大きく広げそうになる。
 シェーンコップの舌がヤンの口から抜け出して、ヤンはそれへ、鱗へすると同じように頬ずりした。
 後ろへ手をついて、そこで上体を反らすようにしたヤンの、薄い胸の筋肉のわずかな盛り上がりや、伸びた皮膚の震える下腹を、シェーンコップの舌先が滑って舐め、ごくかすかに、割れたふたつの先端の、ひとつだけが、ヤンの尖り切ってずっと震えていた、色づいた小さな果実のようなそれへ、触れるとも触れないとも分からないはかなさをかすめてさせてゆく。
 ヤンの声がまた震え、その声を耐えるためにヤンは自分の口を手の甲で押さえて、シェーンコップには見えなかったけれど、ヤンはそこをぎりぎりを噛んだ。
 ヤンの歯列は、シェーンコップの舌が下腹へ下りた時にいっそう強く手の甲に食い込み、舌先が、ついにヤンのそれへそっと巻き付いて、締め付けるように動きながら、するすると撫で上げもし、いつものように、ヤンを"食もう"と、先端が目指す場所へ動いてゆく。
 殺風景な穴蔵に、淀むように熱気がこもる。その熱に閉じ込められて、ふたりは穴の外のことを一切合切忘れていた。
 ヤンの手が、突然シェーンコップの舌を押さえ、それを止めた。
 待ってくれ、と熱く湿った声をかすれさせて、今にもシェーンコップの背からゆらりと落ちそうに、シェーンコップはそれを見てヤンをそこから下ろすことに決めて、再びヤンの全身に舌を巻き付けて、ヤンの体を自分の手元へ運ぼうとした。
 シェーンコップの舌の中で、ヤンの全身がわずかに跳ね、そうしてこすれる皮膚の感触に、またヤンは声を立てて、偶然それを耳の傍で聞いたシェーンコップは、ヤンを自分の手の中に受け止めて舌をほどこうと考えていたのを、そこで思い直した。
 シェーンコップの口元にそのまま運ばれ、ヤンが顔を起こして、何が起こるのかとシェーンコップを見ている。シェーンコップはヤンから目を離さず、そっと、けれど大きく開いた口の中へ、舌を引き戻しながらそのままヤンを運び込む。
 ヤンの、舌の巻き付いていない足が、一瞬戸惑うように、抗うように、跳ねてシェーンコップの牙を蹴ったけれど、そんなことにはびくともせず、ヤンの体は首から下がシェーンコップの口の中へ収まってしまった。
 ヤンの体に、決して牙の当たらないようにしながら、シェーンコップは口の粘膜すべてで、ヤンを食んだ。舌はすでにヤンの胴の一部にだけ巻き付き、口の中から落ちないように支えているだけだった。
 ヤンはシェーンコップの口の中で手足を泳がせ、体をよじり、恐らく自分の口の中よりは少し温度の低い竜の口の中で、喉の方へ滑り落ちはしないかと、うつつに思いながら、水の中と言うには全身に鈍く重く絡みついて来る粘膜に、ぬるぬると身動きをやや封じられて、そこで自由に動くシェーンコップの舌が、また自分の皮膚を滑って来るのに、肺を絞るように叫んだ。
 体のすべてを押し包まれ、粘膜に撫でられ、皮膚はどこまでぬるぬると、シェーンコップの口の中で滑り続けている。このままここで溶けてしまうのだとぼんやり考えても、このままつるりとシェーンコップに飲み込まれてしまうならそれでもいいと、抗うことなど思いつきもしない。
 ヤンはできる精一杯で、シェーンコップの口の中を手指で撫で、ただ優しく触れた。自分を傷つけはしない、決して恐ろしくはない鋭い牙へも、その穏やかさへの礼のように手指を伸ばし、硬い上顎の凹凸が自分の全身をなぶって来るのへ、されるまま翻弄された。
 体をねじり、そうしながらシェーンコップの口の中の、届くあらゆる部分へ自分の全身をこすりつけて、いつの間にか、ねだるように腰の辺りが揺れている。
 ヤンは自分の腹の辺りをうろうろしていたシェーンコップの舌をそっと引き寄せ、その先端の、ふたつに裂けた間に指先を滑り込ませた。柔らかく湿った輪郭を、小さな動きでなぞり続けるうち、ヤンの手の中でシェーンコップの舌が跳ね始め、お返しのようにヤンの指の間へ這い込んで来る。
 ヤンは、シェーンコップの舌先を取ったまま自分の手をシェーンコップの口の中から出し、シェーンコップの舌先を自分の唇の間へ差し込んだ。竜の舌が人間の口をいっぱいに塞ぎ、口の中を撫でてこすり上げ、舌の付け根の喉の入り口へ、吐き気の来る手前まで滑ってゆく。ヤンはシェーンコップの舌をごく軽く噛んで、今自分がシェーンコップの口の中で身悶えしているように、シェーンコップの舌が自分の口の中で跳ね回る感触を、何となく愉快に思った。
 シェーンコップの舌は、それからゆっくりとヤンの口の中を抜け出し、また自分の口の中へ戻り、そうして、ヤンが無意識に物欲しげに開いていた脚の間に、シェーンコップの舌が触れ、粘膜がさらに押し付けられ、こすられて、締め上げられる。それを待っていたヤンは呆気なく果てて、手足も全身も力を失くして投げ出した。
 身じろぎもせず、まだシェーンコップの口の中にとどまったまま、シェーンコップの喉のはるか奥から吹き上げて来る熱さは、これはきっと竜が体の中に孕んだ火の塊まりが元なのだろうとヤンは思う。その火に焼かれ融かされるのだと思っても、不思議と恐怖には繋がらず、竜の見せた暴虐の所作のことは、今はちらとも思い浮かばなかった。
 自分の体の中にも、今では同じような炎の塊まりが生まれ芽生えているのだとヤンは思った。でなければ、こんな風に熱くなるはずもない。その熱さを、やや持て余して、ヤンはまだ力の入らない体を投げ出している。
 体を返しうつ伏せになったヤンを、まだ口の中に憩わせて、シェーンコップはこのままヤンを飲み込んでしまいそうに思いながら、そうなったら自分の腹を切り裂いてヤンを体の外に出すのだと、奇妙に真摯に考えている。
 ヤンは垂れていた頭をやっと上げ、再び体を返し、ずるりと、胸の辺りまでシェーンコップの口から抜け出した。そうして、シェーンコップの口元へ心づけの口づけをして、手の届く範囲でシェーンコップの鼻先を撫でる。
 文字通り、シェーンコップに全身を食まれ、ようやくぬるりとそこから抜け出して、シェーンコップの揃えた掌の上に、鉤爪を避けて体を横たえ、ヤンはやっと息をついた。
 上から、無理なことをしたかとシェーンコップが不安気に見下ろして来るのに、大丈夫だと示すために軽く手を振って見せた。
 せっかく水を浴びた全身が、シェーンコップの唾液まみれになり、しかしこれはこれで別に不快でもないと、そこでじきに乾く自分の体を、ヤンはちらりと流し見た。
 自分が抱きしめられるのは、せいぜいシェーンコップの鼻先だけだ。ヤンが食みたいと思えば、シェーンコップには人の姿になってもらうしかない。それがいいのか悪いのか、今は見極めもつかず、ヤンはシェーンコップの両手の中にやっと体を起こし、思う前に物憂く口を開いていた。
 「もう1回、水浴びに連れて行ってくれ。それからお茶にしよう。腹が減ったよ。」
 腹が減ったと言うのに、他の意味も含ませて言ったのが通じたのかどうか、シェーンコップはまたするりと舌を伸ばして来て、小さな生きものにでもするように、ヤンの、まだぬるいているあごをその先で撫でた。
 ヤンは喉でも鳴らしそうに首を伸ばし、また兆して来そうな気配を感じながら、目の前で動くシェーンコップの舌を、人間の手指にこめられる最大の優しさをこめて、そっと撫で返した。

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