DMT編、独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 11

 風呂に湯をためている間に、シェーンコップがまたタブレットで写真を見せてくれ、怪我をしているのはこの間見た1枚きりだったけれど、他に組み手の練習中や実際に試合中の姿も見つけて、髪の長い、今より少し若いシェーンコップの厳しい顔つきを、ヤンは何となくいたましげに見つめた。
 笑った顔が見えるのは、最近の写真の中でばかりで、過去の写真はどれもこちらを睨みつけるような、あるいは写真に撮られるのをあまり喜んではいないような、それでもこうしてタブレットに入れて持ち歩いている──そしてヤンに見せてくれる──のなら、シェーンコップ自身は、こんな風な自分の変化をそれほど気にはしてないのかもしれない。
 写真をひと通り見終わると、また料理の話になり、ヤンは特に意味もなく、そうめん以外に君が何か作ればいいと言ってみた。
 「私が作ると、味気ない鶏肉料理ばかりになりますよ。」
 肉と言えば牛肉かと思っていたのに、真っ先に鶏肉と言われてヤンが不思議そうな顔をすると、
 「筋肉を作るのに、いちばん手軽なたんぱく質でしてね。」
 「食事制限とか減量とか?」
 スポーツのことにはまるきり知識のないヤンが、本などで見掛けたことのある言葉を思い浮かべて口にする。
 「私はあまり、減量はせずに済みましたが・・・普段から食べるのは鶏肉と油抜きの野菜、それに炭水化物をほんの少しだけ、食事はきっちり計算されたカロリーの摂取だけで、楽しみでも何でもありませんでしたよ。」
 口で言うほどには嫌そうでもなく、シェーンコップがタブレットの向こうへ視線を投げて言った。
 「君と一緒にするのは悪いけど、わたしも、腹が減ったから食べるって言うだけで、わざわざ食事が楽しいと思うことはないなあ。」
 けれど、シェーンコップと向かい合って食べたそうめんは美味かった。シェーンコップも同じことを思ったのが、灰褐色の瞳にちらついた影で分かる。
 騒がしく、手際悪く作った夕飯を、ふたりでがやがやと一緒に食べる。またそうめんを食べたいと、ふたりは同時に、別々に考えていた。
 黙って見つめ合った視線を外すために、ヤンは風呂の湯を見て来ると背を向けて立ち上がる。
 体を寄せ合うのは平気でも、5分を過ぎると息苦しくなって、まるで呼吸のために水面に顔を出すように、ヤンは久しぶりに身近に感じる他人の体温から、自分だけの体温を取り戻さなければならなかった。
 ひとりでないことに、ヤンはあまりにも不慣れで、当たり前のようにシェーンコップが体を近寄せて来るのに、どんな顔をしていいのかも分からない。頬の赤みを自覚して、洗面所で汗を拭う振りで顔をばしゃばしゃ洗い、風呂の湯を止めて居間へ戻るとシェーンコップはヤンのこめかみの辺りが濡れているのに気づいたのかどうか、にっと可笑しそうに笑う。
 風呂の順番を5分譲り合った後で、結局家主のヤンが先と言うことになって、ヤンは、今着ている部屋着と大した違いもない新しい着替えを手に再び風呂場へ向かい、シェーンコップをひとりにしておくのが気兼ねで、あまり時間も掛けずに風呂を終える。
 熱い湯を浴びた体は、拭う端から汗が吹き出して、風呂に入った意味がないなあと思いながら、新しいタオルを用意し、シェーンコップへ次を譲った。
 シェーンコップはタブレットをヤンに手渡して、ゆったりとした足取りで風呂場へ消える。
 自分がいる以外の場所から物音が聞こえるのが珍しくて、ヤンはシェーンコップのタブレットをあちこちいじってみながら、耳はつい水音へ吸い寄せられる。
 汗の吹き出す皮膚を、扇風機の風がぬるく撫でてゆく。
 ヤンはまたアルバムを開き、怪我をしたシェーンコップの写真を探した。剣呑な目つき、触ったら毛を逆立てそうな、いかにも怒り狂った獣のような、今のんびり浴槽につかっているだろう男と同一人物とは思えず、この男と一緒にそうめんを茹でて食べたのだと、ヤンは信じられない気分になる。
 風呂で湯を浴びて、茹でられたそうめんみたいになって、今は水道水で冷やされるそうめんのように、扇風機の風に涼んで、これからめんつゆにひたされるんだなあと、我ながらわけの分からない風に考える。
 タブレットを手に、それへ視線を落としながらヤンが考えるのはそうめんとめんつゆのことばかりで、めんつゆにちょっと似た色合いの、写真の中のシェーンコップの髪へ、水音が絶えたことにも気づかずに指先を滑らせていた。
 消えた時よりもずっと静かに戻って来たシェーンコップに、また首筋に掌を置かれ、そうされるとそこから皮膚の下が細かに波打ち始める。
 唇を唇で覆われて、力の抜けた体の、腕を引かれたことは憶えていた。
 扇風機をベッドの傍へ移動させたのは、ヤンだったのかシェーンコップだったのか、読み掛けで置いておいた本の傍にはいつの間にかコンドームの箱があって、敗者復活戦てこのことかあと、つやつや光る黒い小さな箱を、ヤンは首と腕をねじって自分の方へ引き寄せた。
 「久しぶりに見るなあ、こんなの。」
 ヤンが妙に感慨深げに言うのに、シェーンコップは上で吹き出して、ヤンの手からそれを取り上げ、かさかさ開けた中から妙に小奇麗なパッケージを取り出す。
 「ろくに見もせずに買ってから、サイズがどうのとかゼリーがついててどうのとかって、みんなそんなの調べてから買うのかなあって──どうせ調べても分からないから無駄──」
 微妙にシェーンコップの手元から視線を外して、ヤンは自分の口でもないように、ぺらぺら喋った。そのヤンへ、額同士をくっつけるほど近く顔を寄せてから、
 「・・・おしゃべりは後にしませんか。」
 まだ微笑んだまま、シェーンコップがその近さのまま言った。ヤンの突然のおしゃべりが、照れ隠しだと見抜いて、黙らせるためにまた唇を重ねて来る。
 ヤンのひとり用のベッドで、躯が近々と寄るのは不可抗力だ。手足は互いの体へ巻き付き、巻き付いた先で膚を探る。シェーンコップの掌は、ヤンのそれよりもずっと固くざらついていた。触れ方はごく穏やかで、力任せにシェーンコップにしがみつくのはヤンの方だった。
 唇と手指が、躯のあちこちに触れてゆく。それに倣って、ヤンもシェーンコップのあちこちへ触れて、隔てのない躯が重なると、もう兆しているのがよく分かる。
 扇風機の回る音、ベッドのきしむ音、シーツのこすれる音、その合間に混ざる自分の声を、それ以上漏らさないように必死に耐えながら、ヤンは自分の顔や体を見られたくなくて、ずっとシェーンコップの頭を抱え込んでいた。
 指に触れて絡むシェーンコップの髪の柔らかさに驚いて、この髪がもっと長く背中へ届いていた頃のことを考えて、掌の中へそれをまとめて握り込む感触を思い描く。ぎゅっと握って、それから指を差し入れて巻き付けて絡め取って、背中へ散り、自分の方へも流れ落ちて来るシェーンコップの、いかにも甘そうな色の見掛けの、想像よりもずっと柔らかい髪が、今はうなじを覆うのがせいぜいなのを、ヤンはほんの少しだけ残念に思った。
 それでも、顔の辺りを流れるその髪が自分の頬や額にも当たり、指に巻き付ける長さはまだあり、掌に、さらりさらり柔らかく触れるのへ、ヤンはゆっくりと瞬きする。
 汗に湿っても、気持ちの良い髪だった。
 シェーンコップも、ヤンの黒い髪の中へ指をもぐり込ませ、しなやかでしたたかなそれへ、何度も鼻先をこすりつけて来る。指を締め付ける髪の靭(つよ)さは、ヤンの皮膚と同じに、なめらかなくせにどこまでも弾み続けて、やっと肩を押して返して眼下に見たヤンの背中の、際限もないすべらかさへ、シェーンコップは胸と腹を重ねて行った。
 そっとのつもりで押し開いたヤンの躯に、予想通りの狭さで迎えられて、ヤンをなだめながら先へ進んでゆく。シェーンコップはヤンの耳元で息を吐き、ヤンの首筋を舐めた。汗で濡れても味も匂いも薄い、頼りないほど自分の下で嵩の減るヤンの、骨張った肩や背中へ、自分の掌を広げるたびに少しばかり躊躇する。怪我をさせないように、触れる時も動く時も慎重に、シェーンコップはヤンの呼吸の音を注意深く聞いている。
 ヤンが息を吐く隙に、躯を進めて、柔らかな粘膜を穿ちながら、コンドームのゼリーの滑りの助けを借りて、やっとこすり上げる動きを始めると、途端にヤンの声が割れた。
 精一杯穏やかに触れているつもりで、敏感で傷つきやすい粘膜が、シェーンコップを受け入れながら拒みもして来る。
 押し入り、押し返され、それでもこすり上げれば絞め上げられて、少し苦しそうなヤンの背中が波打つのと一緒に、奥へ奥へ引きずり込まれて、あごの下へ隙間もなく入り込んだ腕に気道を塞がれた時の、あの頭蓋骨の中と体の中が同時に真空に、透明になってゆく時の、恐怖に心臓を噛まれて囚えられたままもう逃れられない、じたばたあがくことも無駄なのだし、する必要もないと言う、自暴自棄と言うには少しばかり安らぎに寄ったような気持ち、シェーンコップは今それと似たような、心地好さの方が何十倍も勝った気分でいる。
 自分のすべてを投げ出して、さらけ出して、弱さも強さも、隠し事は何もなく、あらゆることを剥ぎ取った自分と言う、ただ皮膚でようやく形を成した、人と呼ばれる何かになって、ヤンに重なり、ぶつかり、傷つけ合うためではなく与え合うために、シェーンコップは触れるためだけに、ヤンの首筋へ唇を押し当てた。
 裸の背中や胸を重ねて、じたばたともがく姿は、檻の中にいる時と同じでも、ヤンはシェーンコップを打ち倒すためにそこにいるのではなく、シェーンコップはヤンと戦意を競うためにここにいるわけではなく、ふたりが持ち寄るのは優しさだけで、姿勢とヤンの声がそれを少し裏切ってはいても、シェーンコップの掌がヤンを殴るために拳の形になることは決してなかったし、ヤンの腕が振り上げられるのは、シェーンコップを振り払うためでもない。
 ヤンは不器用に、シェーンコップを受け入れていた。ごく自然に、楽になろうと下肢を開いて、一向にやわらがない躯は、それでもシェーンコップを徹底的に拒むと言う風ではなかったし、シェーンコップが穿つ動きで進んで来るたび、ヤンは枕の端を噛んで声を耐え、シェーンコップがわずかに躯を引く時には、さらに甘い声が鼻から抜けた。
 卵焼きには砂糖を入れないらしいシェーンコップの、少し火を通し過ぎたスクランブルエッグの、その固さと弾みはシェーンコップの震える筋肉そっくりで、皿に乗せられていたあれよりも、今確かにシェーンコップの躯は、ヤンの上と中で美味だった。
 ヤンは、シェーンコップの下で躯をねじった。そうと意図したわけではなかったけれど、シェーンコップの手がヤンの脚へ伸び、一度外れた躯の姿勢を変えて、大きく開いた内腿の間へぶ厚い胸が再び進んで来る。
 シェーンコップが繋げ直して来る躯へ向かって、ヤンは知らずに腰を押し付けるようにしていた。
 額に張りついた毛先をかき上げながら、ヤンはシェーンコップの髪の中に指先を憩わせたまま、そうして身内の、汗にはならない熱が、シェーンコップを様々に溶かそうとして、気がつけばふたりでそっと吠えている。
 吠える声は互いの唇に吸い取らせて、シェーンコップが差し出した舌先を、ヤンは迷いもせず自分の方へ引き寄せて、上と下で、調子の違う湿った音が、調子外れに合唱していた。
 どの音も、和音にならない。少し茹で過ぎだったそうめんと、初めてにしては美味くできたように思えるめんつゆと、わずかなずれはけれどただの微笑ましさに帰結して、今のふたりの間で鳴る音の、まったく上手くは重ならないのも、ふたりでくすくす笑い合えた。
 傷つきやすさを差し出して、互いに、それを攻撃はされないのだと信じる不思議は、説明のしようもない。シェーンコップをひっぱたくことなど思いもしないヤンと、ヤンを殴るなど想像もしないシェーンコップと、そうするために鍛えられたシェーンコップの筋肉へ指先を押し付けながら、ヤンは不意にただそうしたくなって、シェーンコップの肩へ噛み付いた。
 反則だなあと思ったヤンの心を読み取ったのか、シェーンコップが髪色と揃いの瞳をじろっと動かして、形の良い唇に苦笑を刷く。整った造作がそうして軽くひずんで、少しだけ子どもっぽくなった。
 美味そうだと思ったんだと、言い足しそうになって、ヤンは黙るために噛んだところへ唇を押し当て、同時にシェーンコップが動いたから、耐えた声がシェーンコップの湿った皮膚を震わせる。
 舌先に、汗の味が残る。わずかな塩辛さはそうめんの味を思い出させて、シェーンコップの硬い腕の間で、ヤン自身がくたくたに茹でられたそうめんのように、すくい上げられ、つるつるすすり上げられ、口の中で舌の上に乗せられ、喉の中へ滑ってゆく。骨もなく、箸の間にかろうじてとどまって、ぷつりぷつり歯列に噛み切られても、わずかな長さの末端すら、なめらかに頬裏を撫でて、曖昧なくせに確かな歯応えと、箸の止まらないそのすべらかさと、貪るように食べ尽くしても、次はと箸の先が迷い続ける。
 薬味すらないのに、そうめんとめんつゆだけで、空腹がおぼろに満たされてゆく。何となくの物足りなさは、次の空腹へ繋がって、木箱が空になるまでふたりの箸先は止まらないのだった。
 次は、と思わずヤンはつぶやいている。薬味はどうしようか。薄焼き卵は、君は作れるかな。調べて、一緒に作りましょうと、シェーンコップの灰褐色の瞳が言って来る。
 茹で過ぎたそうめんみたいに、ヤンは手足を投げ出して、その上に全身を放り出したシェーンコップは、面倒くさくて直接掛け回しためんつゆみたいに、シーツは食べ終わった後の皿みたいに乱れて、ふたり分の汗にじっとり湿っている。
 扇風機が、飽きもせずにきこきこ首を回して、皿洗いを後回しにしようとしているふたりの熱い皮膚の上を、ろくに形も残っていない氷みたいに、ゆらゆら旋回し続けていた。
 麦茶、と、ヤンはぼんやり考えた。裸のこのまま台所へ一緒に行って、思う存分冷たい麦茶を飲もう。
 夕飯の後に入れた、残っためんつゆと間違えないようにしないとと、思いながらシェーンコップの下から体を引きずり出して、まだ腰に抱きついたままのシェーンコップの髪へ、音を立てて口付ける。
 薄闇の中でも、視界がひと色蒼い。自分たちが、水槽の中の金魚なのか、氷水に泳ぐそうめんなのか、相変わらずどちらか迷って、魚のひれのようにもそうめんのようにも思えるシェーンコップの髪を、ヤンはくしゃくしゃかき回す。
 喉が、渇きでひりついていた。頭痛のするほど冷たい麦茶が恋しい。同じほど、熱いシェーンコップの膚が恋しい。
 台所の床は冷たいかなどうかなと、ヤンはシェーンコップの首筋と頬を撫でながら思った。

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