YJ編、独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 19

 なぜこんなことになったのだろうと思いながら、シェーンコップは自分で出汁から取って作っためんつゆと、後は小さなタッパーのいくつか入ったビニール袋を手に、一昨日歩道の修繕のついに終わった団地へ、ひとり足を向けている。
 行き掛けにちらりと見た元現場の、例の移動させた金魚の墓にはきちんと置いた石がそのまま、誰にも掘り返されたりせずにあった。
 それに、無関係にも関わらず、そうめんを礼にとわざわざもらったせいか、良かったと心の片隅で思いながら3階まで階段をゆっくりと上がる。
 ここの駐車場に車を置けるかどうか分からず、乗って来た車は、ここから百メートルほど先に置いて来ていた。この間まで、こんな距離でも汗だくになっていたのに、今はうっすらと額に汗がにじむ程度だ。ドアの呼び鈴を押す前に、シェーンコップはその汗を手の甲で拭った。
 休職中と言うここの主は、電話もせずにやって来たシェーンコップを見て、特に妙な顔もせずに上がれと示して、シェーンコップは前の時と同じに、今日は履き古しのスニーカーを三和土の片隅に揃えて置く。
 「めんつゆ、作って来たんですが──。」
 ビニール袋を持ち上げて見せながらそう言うと、家主は振り返って口元をほころばせた。
 「めんつゆって、あの、かつおぶしでだしを取るってやつ?」
 「そうです。ついでに佃煮も──。」
 ビニール袋ごと差し出すと、受け取ってがさがさ中身を確かめ、麦茶を入れるみたいな背の高い容器を取り出して、口を開けて匂いを確かめる。その仕草が、何だか犬か猫みたいに見えた。
 「じゃあそうめん作ろう。」
 予想通りの反応がやって来る。昼は少し過ぎているけれど、昼メシにはまだ遅くはない時間だった。
 この間、わざわざ礼を渡してくれたその礼、そしてそうめんをごちそうになった礼、そのつもりで持って来ためんつゆと佃煮、それに他には薄切り大根の酢の物となすの煮びたしを持って来ていた。
 どれも、作って冷蔵庫に入れておく常備菜で、別に特に手の掛かるものでもなく、まあいいかと適当に選んだそれらを、家主──表札によれば、ヤン・ウェンリーと言う名だ──は、まるで宝でも与えられたように、嬉しげに胸元に抱えて台所へ向かう。シェーンコップもそれに続いた。
 この間のそうめんの時も思ったけれど、この男は決して料理の手際が良い方ではなく、今も、シンク下の扉を開けたり、頭上の棚の扉を開けたりしながら、あれ?あれ?としきりに言っている。探しているのは、そうめんを茹でるための、少し大きな鍋か。
 やっとそれが見つかった後は、湯を切るためのざる探しだった。
 そうめんは箱ごとテーブルの上に出しっ放しで、シェーンコップはため息を聞こえないように吐くと、やっとざるを出して来た家主──ヤンの傍らへそっと立ち、
 「やりましょう。」
と、煮立つ湯の前に、もうそうめんを手に取っていた。
 「あ、やってくれる?」
 役目を取られたと言う苦々しさなど一片もなく、むしろ助かったと言う風に破顔して、ヤンが少し後ろに下がる。
 ヤンは特に小柄ではないけれど、人並み外れて体の大きなシェーンコップの傍にいると、ほんとうに中学生のように見える。親戚の家に来た子ども、などと言うことを思い浮かべながら、自分の方が今日は押し掛けの客のくせにと、シェーンコップは黙ってぱらぱらとそうめんを湯の中へ放り込んだ。
 くるくる湯責めに遭うそうめんを、一瞬だけ冷水責めにして、それを3度繰り返したところでざるに上げる。水道水でそうめんを冷やす間に、持って来た副菜をタッパーから小皿に移したのもシェーンコップだった。
 「へえ、すごいね。」
 箸も使わず、盛り付けられたそれを指先につまんで、例の、面倒くさいとのたまったかつおぶしの佃煮へ、
 「美味い。」
 ヤンが、小さくため息とともにつぶやいた。
 「これ全部作ったの。」
 うなずくと、マメだなあと、感心しているともかすかな皮肉とも取れる口調で言って、言いながら今度は酢の物の大根をひと切れ取った。
 「今食うとなくなっちまいますよ。」
 自分の部下なら、つまみ食いの手をはたいてやるところだと思って、そのくせシェーンコップの片頬には微苦笑が浮かんでいる。自分の作ったものを人に振る舞うのはずいぶんと久しぶりだ。シェーンコップはさりげなく並んだ小皿を自分の体で遮った。
 冷やしたそうめんと、シェーンコップのめんつゆと、小皿を全部居間に持って行って、卓袱台の前に坐って、少し遅い昼飯が始まっても、ヤンはずっと美味い美味いと言い続けた。
 シェーンコップのめんつゆが気に入ったらしく、
 「つゆでずいぶん味が変わるもんだね。」
 だからそう言ったろうと、思って、黙ってそうめんをすすり上げる。
 自分で作って自分で食べて、美味いと思うことは滅多にないのに、今はヤンにつられてか、まあ美味いと、目の前の昼飯に及第点をつけていた。
 開け放しの窓から入る風にはもう爽やかさが感じられて、回る扇風機が、きちんと汗を冷やしてくれる。それでも素早く溶けてゆくそうめんの氷を箸の先でつついて、シェーンコップは少し遠慮がちに訊いた。
 「エアコン、使わないんですか。」
 ちゃんと壁に設置してあるし、リモコンは卓袱台の上にある。自然風が好きと言うタイプかと、思いながら、ヤンには見せないように、あごひげを湿らせる汗をこっそり拭う。
 「急に動かなくなっちゃったんだ。修理の人は来れるようになったら連絡くれるって言ったんだけどね。」
 「修理に来る頃には冬になってますよ。」
 「やっぱりそうかなあ。新しいの、買ったっていいんだけどね。」
 「それも取り付けに時間が掛かるんじゃないんですか。」
 「だろうね。秋の終わり頃かな。」
 シェーンコップの冗談を真似たつもりか、言ってヤンが自分で笑う。つまらないその冗談──自分の分も──を、シェーンコップも一緒に笑った。
 そうめんは綺麗に片付き、小皿も空になり、それでもヤンは箸の先をちょいちょいめんつゆにひたして、それだけ舐めている。部下がやったら頭をはたくところだとまた思ったけれど、思うだけにした。
 「自分で作ると味気ないけど、人が作ると美味しいなあ。」
 まんざらお世辞でもなさそうにヤンが言うのに、シェーンコップは何度目か唇の端をわずかにゆるめて、
 「作るのが自分でも、一緒に食べる相手がいれば味気ないのは何とかなりますがね。」
 思わず、本音を隠せなかった。ヤンが、突然奇妙に素直に微笑んで、
 「うん、そうだね。」
 やっと箸を置くと、畳の上を腰を滑らせて来て、そっとその手をシェーンコップの膝に置いた。
 皿を片付けるためにタイミングを見計らっていたシェーンコップは、ヤンの手の位置に驚いて、思わず飛び退きそうになった。
 「ごちそうさま。そうめん美味かったよ。今度は君の──」
 じいっと、底の知れない暗色の目で見つめられると、蛇ににらまれた蛙みたいに動けなくなる。
 今度はって何だ、と思う間に肩を押され、荒れの見えない指先があごひげをさわさわ撫でてゆく。猫にでもするみたいに、とシェーンコップは思った。
 「一体、何ですか──。」
 「上の人と隣りの人がね、声がちょっとね・・・。」
 「声?」
 「うん、声が聞こえるんだ。ちょっと控えて下さいって直接言うのも何だし、君と一緒の声を聞かせたら、ああ聞こえるんだなって分かってもらえるかなと思って。」
 「テレビの音でも大きくすりゃいいじゃないですか。」
 「テレビは見ないんだ、わたしは。」
 「ひとりでも、声くらい出せるでしょう。」
 「声は出さない派なんだ、わたしは。」
 ああ言えばこう言う、真面目に振り払えば怪我をさせると、シェーンコップは抵抗もできないまま、ヤンが丸い指先をシャツの襟元から滑り込ませて来るのに、やっと薄い肩を押し返すようにして、
 「先に、皿、洗っちまいませんか。」
 卓袱台の上へあごをしゃくると、ヤンは一瞬考える目つきをしてから、
 「──いいよ、油ものはないから、後でも大丈夫だよ。」
 次の時は、冷えた脂の、上にたっぷり固まるような煮物を持って来てやると、シェーンコップはその時思った。自然に、次、と思ったことをおかしいとも思わないくらい、このおかしな状況に飲み込まれていることに気づいてはいずに。
 ヤンはシェーンコップの上に乗り、両頬に掌を添えて、相当につたない口づけを落として来た。自分から大胆に誘う割りには、見た目通り学生みたいなやり方だと思って、少なくとも、他に誰かをしょっちゅう連れ込んでいると言うわけではなさそうだと、こんな風になれば勝手に動く手が、ヤンの背中を撫で始めている。
 どうにでもなれと、このふざけた話に付き合う気になって、シェーンコップは唇を開いてヤンの舌を自分の方へ取り込みながら、ヤンを抱えて体を起こす。
 自分の上に下りて来る男の体の大きさに、一瞬驚いたように、ヤンが黒い瞳を大きく見開いた。胸を重ねるようにすると、嵩の増す体とは思いもしなかった。
 それでも、怯まずにシェーンコップの首に両腕を回して、無造作に見せかけてきちんと整えてあるシェーンコップのひげへ、ごしごし自分の頬をこすりつける。
 シェーンコップの耳元で、ヤンがこっそり訊いた。
 「君、コンドーム持ってる?」
 「──持ってますよ。」
 別に、今日のためにと言うわけではなく、礼儀と思って常に持ち歩いているだけだ。シェーンコップはカーゴパンツの後ろポケットからふたつ折りの財布を取り出し、手の届くところへ投げた。
 持ってなかったらどうするつもりだったんだと、内心で毒づきながら、シェーンコップは、見た目よりずっと優雅に動く指先でヤンの服を剥いでゆく。
 この男なら案外、なら買って来てと、しどけない半裸でしれっと言いそうではあった。
 気にしない相手よりずっといい。あれこれ考えながら、薄い、少年めいた体に向かってあくまで穏やかに動く自分の指先に、何となくすでにこの男を気に入っている自分に気づき始めている。
 自分の作った料理を、美味いと言ってきれいに食べてくれたからかと、思いつく理由も、単なるこじつけなのかもしれなかったけれど。
 自分の下で平たく開いてゆく躯に、うっすらと汗の浮いた胸を、体の重みを気にしながら重ねて、一緒に沈み込む畳が、ふたり分の汗にゆっくりと湿ってゆく。
 扇風機の風が、かろうじてシェーンコップの背中をかすめてゆく。きこきこ扇風機が首を振る音も、喉を割ったヤンの声も、隣りへは届かずに、窓際にも届かずに、シェーンコップの肩口へ吸い込まれて行った。

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