独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 4

 シェーンコップはお邪魔しますと言った後、もうヤンに訊きもせずに真っ直ぐ台所へ入った。ヤンはその後をついて行った。
 今日のシェーンコップの手には大根。大きくて真っ白で、葉も青々としっかりついていて、
 「おろしてつゆに入れると美味いんですよ。」
 不思議そうに見ているヤンへ、説明するように言う。へえ、とヤンは首をかしげて見せる。
 ヤンは鍋に湧く湯を見張って、大根を洗うシェーンコップの手指の、滴る水に輝く様を盗み見ていた。
 ヤンは湯気の立ち始める湯へ向かって軽くうつむき、熱いなあと思いながら、耳の後ろへ汗が流れてゆくのを感じた。首筋へ落ちる汗が、そこからシャツの襟の中へ吸い込まれてゆく。額もうっすら濡れているのを、袖で拭うかどうか迷った時、ヤンの後ろから同じように湯を覗き込んで来たシェーンコップのあごの先が、ヤンのこめかみをかすめて、同時に、シェーンコップの指先が後ろ髪へもぐり込んでから、うなじを襟の方へ伝ってゆくのを感じた。
 襟が後ろへ引かれ、ヤンの、連なる首の骨の終わり、背骨の始まりのでっぱりへ、押し当てられたのが唇なのかどうか、ヤンには分からず、
 「汗くさいから・・・。」
 震える声で、それだけ言うのがやっとだった。
 「私がですか、貴方がですか。」
 そう問うシェーンコップの息がうなじに掛かる。頬の辺りに触れる湯気よりも、それは熱い気がした。
 シェーンコップの腕が伸び、湯を沸かす火を止めてしまった。
 「・・・貴方は、そうめんのような人だ。」
 少し間を置いて、ヤンはシェーンコップを振り返り、気弱な笑みを浮かべる。
 「この煮え立つ湯を越えて来いって、言わなきゃ駄目なのかな、私は。」
 斜めに上がったあごを掴まれ、何もかもが汗と湯気に湿った皮膚が重なり、どうしていいのか分からないまま、薄焼き卵とよく似た、思ったよりも柔らかい唇に覆われて、シェーンコップの長い腕に巻かれてわずかにもがいたヤンは、突然ぬるい水道水に放り込まれてぱきぱき音を立てる氷みたいに、もうそこで溶けてゆくしか術がないのだった。
 シェーンコップが言う通り、ヤンはまるでそうめんのようだった。
 乾かされて、触れればぽきりと折れそうに、だからきっちりと黒い帯で身をひとつにまとめて、そのくせ湯に放り込まれれば、泳ぐ間に潤みを取り戻して、白さに蒼みが増す。透明度の深まったその白さが、つややかに箸を誘って、氷水で身を引き締めながら、ぷるぷると口の中で踊り続ける。
 つるつるととらえどころがなく、油断すればすぐに箸からするりと滑り落ちるくせに、口の中へ誘い込めば、後は喉の奥まで一直線だった。
 汗の匂いが確かにする肌の、舌に乗る、汗の味。体から出た塩辛さ、それが、つけたつゆの甘みをさらに引き立てて、ヤンの肌には、薄口しょうゆ仕立ての、色の淡いつゆではなくて、色の深い、香りの濃い、西の人間は真っ黒で品がないと顔をしかめる、あんな豊かさの方が似合う気がした。
 そうでなければ、この蒼みを帯びた白さに負けてしまう。つゆにつけられてもそこにあるとはっきりと分かる、ヤンの肌の色合い。つるつるとどこまでもなめらかに滑ってゆく、ヤンはまるでそうめんそのもののように、シェーンコップの指の中で時折跳ね、逃げ、そして取り戻されて、氷に冷やされてから、口と舌の熱さにさらに茹でられて、茹で過ぎられて、喉を通り過ぎてゆく。
 台所の床で、ふたりは何度もテーブルの脚と椅子の脚を蹴り、それにぶつかった。剥ぎ取った服を点々と、来た途に残し、ヤンは腰を滑らせながら、シェーンコップはその上を這うようにしながら、手足の伸ばせる居間へたどり着いて、ふたりが横たわった床の上に、扇風機の風は届かない。
 開け放した窓に、カーテンが揺れる。時折強く吹いた風に、カーテンは部屋の半分も覆うようになびいて、その揺れに合わせて動くシェーンコップの下で、ヤンは同じリズムで上げた声で、反らした喉を何度も裂いた。
 湯から上げられたそうめんが、流れる水にくるくる踊る。差し落とされた氷へ、まだ熱を含んだ白い身を冷やすように絡みついて、沸騰する湯の熱さに敗けても、ただ身を柔らかくして折れ割れて砕けることは避けて、そうしてしなやかな身は、炎熱地獄の後に冷獄に落とされても、けろりと艶を増すだけだった。
 すすり込みながら、時折噛み切りに来る歯列は、そうめんの細さに確かな歯応えも与えられずに、そのくせぷつりぷつりと、噛んだらしいと言う感触は残り、足りない、これでは足りないと、すくい上げる箸は一向に止まらないのだった。
 するすると喉を通ってゆく。食べていると言う確かさのない、そのあやふやな、曖昧な食感。どれだけすすり込んでも、腹に入ったとは思えない朧さが、けれどつゆの味の濃さと、薬味のねぎの、少しざらつく舌触りで、そうだこれは確かに昼めしだと、思い出させてくれる。
 「・・・茹で過ぎてしまうよ・・・。」
 ヤンが、下で、息も絶え絶えに言った。ヤンの、汗に湿った前髪をかき上げて、額に唇を押し当てて、シェーンコップは言った。
 「大丈夫ですよ、茹で過ぎてもきっと美味い・・・。」
 いやきっと、茹で過ぎた方が良いのだと、シェーンコップは思った。
 大根を思う存分すりおろして、ぎゅっと握って、汁気を切ってからつゆの中に入れる。つゆが真っ白になるかと思うほど、たっぷりと。あるいは、水気のあるまま、つゆが薄まってしまうと、ヤンが心配するくらいに、つゆよりも大根おろしの方が、そうめんに絡むくらいに。
 つゆの中に、大根おろしとそうめんが一緒に泳ぐ。色合いの似た、けれど見掛けも食感もまるきり違う、そうめんと大根おろし。つるつるするする、際限なく滑り込んでゆくそうめんに、つぶつぶざらりと、舌や頬の裏側へはっきりと触れてゆく大根おろし。ふたつが、つゆの中で絡み、口の中でさらに混ざり、一緒に喉を通り、胃の中へ落ちてゆく。心中みたいに、共に胃液に身投げして、ふたりの身の中へ消化されてゆく。
 舌の上に儚い、ふたつの白いもの。そうめんと大根おろし。つゆで一緒になり、それからもう離れはしない。そうめんのヤンを、シェーンコップは力いっぱいおろした大根まみれにして、白さは、汚れをそうとは認識させずに、つゆの色濃ささえ、大根おろしのたっぷりの汁気が洗い落としてゆく。
 辛くはなかったかと、シェーンコップは、ヤンを見下ろして気にした。気をつけて、力をこめても丁寧にすりおろしたつもりだったけれど、ヤンには辛くはなかったろうか。
 店で見掛けて、素朴な白さが目を突き刺して来て、ヤンの、ぞろりとしたズボンの裾から見える足首を思い出したのだと、いつかヤンに言えるだろうか。
 そのまま歯を立てたら、ただ水っぽいだけかもしれない。けれどすりおろして、つゆに混ぜて、そうめんに絡めたらさぞ美味いだろうと思った。思って、止まらなかった。ヤンと、それを一緒に食べたくてたまらなくなった。
 そうめんのヤンを、熱い湯の中でかき回し、氷水で冷やしながら箸で口へ運び、喉へ向かってすすり込む。大根おろしと一緒に、つゆの出汁の香りごと、そうして、白い柔らかな身を様々に変えられてしまったそうめんを、するする喉へ通らせる。
 ただ白い体。つややかでなめらかな、けれど味あわなければそうと見極められない甘(うま)みを、引き出すためにあれこれと手を掛けて、思い通りに変化させて、思う存分手を加えた後で、それでも口の中で、そうめんの味だけが際立ち、ああまた敗けたと、シェーンコップはつゆの甘さをほのかに感じながら思う。
 精一杯の薬味も、そうめんと言う主役を輝かせるだけだ。口の中と言う舞台で、そうめんは燦然と輝き、喉を通ってさえ、その喉越しに勝るものはなく、ざらりと残る大根おろしを飲み込んで、そうめんがなければ物足りないと、また次へ箸が動き続ける。
 木箱の中で、そっと眠るそうめん。食べ尽くした後の、空の木箱の虚しさが恐ろしい。ヤンも、食べ尽くせば消えてしまうのだろうかと、シェーンコップは大根おろしをさらにつゆの中へ入れながら思った。
 ヤンが、憚りのない声を立てる。美味いと言っているように聞こえる。美味いですかとシェーンコップが耳元で訊くと、うんと、ヤンが何度も何度も首を折った。
 そうめんは、確かに茹で過ぎのようだった。大根おろしも、少し水気が多かったかもしれない。そうめんが大根おろしのそれを吸い取って、少しのびたように、ついには歯応えを失ってしまって、そしてシェーンコップの胃が、もう食べられないと音を上げる。
 「これ以上のびたら、溶けてしまうよ──。」
 そうかもしれない。あちらへ風を送る扇風機では、ヤンの肌が冷える暇がない。大根おろしでは、ヤンの体を冷やし切れなかった。ヤンの熱さに負けて、大根おろしもぬるまってしまう。
 またそうめんに敗けてしまった。シェーンコップは愉快な気分で敗走し、のびて溶け掛けているヤンをしっかりと抱きしめた。
 美味い昼めしだったと、思いながら、また塩辛いヤンの頬と唇へ自分の唇を滑らせて、大根おろしの辛さの名残りを探すように、ざらつく舌で舐めた。
 あの木箱に、そうめんは後何束残っているだろう。ふたりの昼めしは、後何回続くだろう。木箱が空になってしまったら、ヤンは次の新しい箱をと言うだろうか。
 こんな美味いそうめんとは、二度と出逢えないだろうと思って、自分はそれに釣り合うつゆと大根おろしだろうかと、シェーンコップは不安に瞳を翳らせる。
 ヤンはシェーンコップの瞳の色の変化に気づいたのかどうか、まるで、そうめんをこんなに美味くしてくれてありがとうとでも言いたげに、シェーンコップの額へ、柔らかく口づけを返して来た。
 恐らくどこかに必ず残るつゆの染みを、見つけて洗い落とさなければと思いながら、ふたりとも、もう箸を持ち上げる気力もなく、氷のすっかり溶けてしまった水を揺らす何もない。
 風の渡る卓袱台も何もかも、そこに放ったまま、ふたりはまだつゆと大根おろしとそうめんのように手足を隙間なく絡ませ合って、終わった昼めしの味の余韻に酔い込んだままでいた。
 引き寄せた座布団をふたつ折りに、並んだ頭の下に差し込んで、扇風機が相変わらずあちらをそよがせているのに構いもせず、ふたりは揃って目を閉じた。
 そうめんの空の木箱に、裸のヤンが手足を引き寄せて横たわっている。わたしをいちばんうまく茹でられるのは君だけだと、けだるげに腕を伸ばして来る、そんな夢を見て目覚めて、まだ隣りに眠るヤンは、確かに茹でられたそうめんみたいだと、シェーンコップは静かな部屋で、今日の極上のそうめんの味を思い出しながら思った。
 架空の胃の飢えは満たされても、現実の胃は、現実の昼めしを食べ損ねて空っぽだった。ヤンもそのうち、空腹に耐えかねて目を覚ますだろう。
 ヤンのために、そうめん以外に何か腹にたまるものを作ろうと思いながら、シェーンコップはヤンの寝顔を見下ろして動き出せないでいる。
 見当違いの方を向く扇風機のゆるい風が、カーテンの裾を揺らして、午後深く湿りを増した空気をのろのろかき混ぜ続けていた。

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