DMT編、独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 9

 下から真っ直ぐに眺めて、光が当たると彫りの深さに圧倒されるようなシェーンコップの造作に、見つめ合うその近さに気恥ずかしさを感じて、ヤンはシェーンコップの肩へあごを押し付けるようにした。
 シェーンコップの体越しに天井を見上げると、そこはまるで水槽の底で、金魚のラップは、水槽の中からこんな視界でいたのかと、ヤンは少しぼんやり考える。
 脚が触れ、肩や胸が重なり、どうしていいかと戸惑いながら、それが礼儀だろうとヤンはシェーンコップの背中へ腕を回す。
 嫌だとは思わなかった。首筋に、汗のざらつきの残るシェーンコップの頬やあごが滑り、自分の汗くささが気になって肩を縮めるようにしても、自分の上に乗る重い体を、ヤンは振りのけようとはしない。
 暑い部屋の中で、開け放した窓を気にしながら熱い体を抱き、上の住人もこんな風なのかと、ヤンは上の空で思った。
 思ったよりも余裕のない所作で、シェーンコップはヤンのシャツのボタンを外し、膚を探りに来る。少しざらざらした固い掌は、体を使って働いている人間特有のものに思えた。
 シャツの前が開くと、さすがに自分の貧相さを恥じて、ヤンは身をよじろうとする。その間にシェーンコップもシャツを脱ぎ捨て、黒いタンクトップだけになって、またヤンの上へ覆いかぶさって来た。
 筋肉の固い体。よく見れば、怪我の跡もいくつもあるのかもしれない。鎖骨の辺りをさまよっていたシェーンコップの唇があごへ戻って来て、それから数瞬見つめ合った後で、決死の覚悟と言う風に唇同士が重なる。
 立って抱き合ってそうするよりも、こうして横たわって体を重ねている時の方が、もう後がないと言う気持ちになる。
 ヤンの汗で塩辛い唇と歯列を割って、シェーンコップの舌が入り込んで来る。素直にそれに、自分の舌先を差し出しながら、喉の渇きと空腹と、そして腹よりもっと奥底の方に無音で横たわっていた飢えを自覚して、気がつくとヤンはシェーンコップのぶ厚い体に、手足を絡みつかせてしがみついている。
 シェーンコップも、不思議な忙(せわ)しさでヤンを探り、大きな掌で飽きもせずにヤンの腹や腰を撫で続けていた。
 生来のもので仕方がないけれど、シェーンコップに比べれば、ヤンはずっと肉付きも薄く骨も細い。シェーンコップにこうして覆われれば、ヤンの体はすっぽりと隠れて、天井からなら見えなくなってしまう。
 殴るために拳の形に握られるはずの手が、今は指を伸ばしてヤンに触れ、筋肉の妨げもろくになく触れる肋へ長い指を添えて、そこから脇へ滑り落とした指先が、ぞろりと履いたチノパンの中へ、ゆっくりと入り込んでゆく。
 背中から渡る浅い弓形の線をなぞり、尾てい骨から肉の薄いわずかな丸みへたどり着いて、するりと手を前に回そうとしても、前立ての留め具を何とかしなければ狭過ぎて、一度そこから手を抜いたシェーンコップを助けて、ヤンは自分からチノパンの前を開いた。
 くたりと柔らかい下着の中に、躊躇なく手を滑り込ませて、確かに輪郭を現しているそれをそっと握る。
 ヤンはシェーンコップの肩口に額を押し付けながら、自分もシェーンコップの前へ両手を伸ばして、少し生地の硬いカーゴパンツの前を、手探りで開いた。
 自分がそうされているように、シェーンコップを探り、体と見合った大きさのそれへ、指先がわずかに怯えて迷う。
 他人の躯には、どうやって触るんだったかなと、遠い記憶を、脳のどこかにあるはずの引き出しを引っかき回して探し出そうとする。見つからないと、投げ出すまで数秒しか掛からなかった。
 自分の躯に触れるのすらおざなりだと言うのに、どうしたらいいのかなと、まさか手を止めて尋くわけにも行かず、シェーンコップが自分に触れているやり方をそっくり真似て──いるつもりで──、みぞおちまでずり上がったタンクトップの裾から露わに見えるシェーンコップの、見事な腹筋の震える様を盗み見ながら、こうかなどうかなと、戸惑いを触れた指先に伝えないので必死だった。
 互いに、きちんと勃ち上がったそれに触れて、頬やあごや唇の端辺りへ、暇さえあれば唇を押し当てて滑らせて、あごや首筋をこすり合わせる時には、まるで動物のように、手指の動きと同じ呼吸のリズムが、室温よりも熱い息を吐き出し続けている。
 もちろんそれは、射精を促す動きなのだけれど、それよりも、こんな風に触れていると言う方が重要なように、強引さは生まれないまま、それでも次第にぬるぬると滑り出す指先に煽られて、いつの間にか手指だけではなくて、それ同士が触れ合って、こすれ合っている。
 重なった肩や胸と同じに、そうして並べられると、しげしげ眺めて比べられるのが恐ろしく、ヤンはシェーンコップが手元を見ないように、自分から唇と唇を押し当てて、シェーンコップの視界を覆ってしまった。
 唇の間で、舌と息が行き交う。小さく漏れる喘ぐ声は、水の中の空気の泡のように、どこかへ浮かんでゆき、消える。消えた端からまた生まれ、ふたりは急に室温と湿度の高まった部屋の中で、水槽の中で泳ぐ2匹の魚──金魚──がひれや尾をふわふわ触れ合わせるように、手指や爪先を絡め合って、呼吸を分け合っていた。
 密度の高い空気が、体に絡みついて来る。ほんとうに、水槽の底のようだと思いながら、あるいはシェーンコップは、もしかするとここを試合中の檻のように感じているのかもしれないと、不意にヤンは思いつく。
 区切られ、他から隔てられた空間。他の誰もいない。入っては来れない。ふたりきり、まるでこの世で最後の生き残りのように、淋しさを分け合う相手は互いしかいない、それを不幸せだとは感じない不思議に満たされた、四角い空間。
 ヤンはシェーンコップの唇で自分の声を塞ぎ、窓から漏れないように必死だった。
 こんな声を誰かに聞かれたら、生きては行けない心持ちになる。そのくせ、シェーンコップが小さく漏らす声へは耳が吸い寄せられて、あまり深さはない、発声の端の何か足らずにかすれた声の、その足りなさゆえに耳を魅きつけられて、ヤンはこの声をずっと聞いていたいと思っている。
 少しずつ速さと強さを増した手指の動きに、ヤンの腰が知らずに揺れて、互いに躯をこすりつけ合うように、解放された感覚は一体どちらが先だったのか、いつの間にかぴたりと合わせた下腹の間に、熱が弾け、混ざり合った。
 掌で受けたつもりのそれが、あちこちを汚して、シェーンコップはくるりとヤンに背を向けて床から何か取り上げると、それで素早くヤンの体を拭った。
 それがシェーンコップのシャツと気づいて、止めようとした手を逆に取られ、シェーンコップはヤンの濡れた手を、指の間まで丁寧に拭い、そうするヤンの掌越しに、にやっと笑い掛けて来る。頬を赤らめながら見惚れずにはいられない、美事な笑みだった。
 ヤンが、半ばは果てた後の虚脱感のせいでぼうっとしている間に、シェーンコップは自分の後始末も終え、汚れを中にしてシャツをくるくる丸めてしまうと、また爽やかな笑みを取り戻してヤンに音を立てて口づけて来た。
 シェーンコップが動くと、顔を縁取る髪が揺れる。甘い匂いのしそうな、ミルクのたっぷり入ったチョコレートのような髪色からもまた、ヤンは目が離せないのだった。
 シェーンコップのシャツの白さと、自分の腹に散った熱の皓さと、いろんなものを汚してしまったと言う罪悪感に頬を赤らめたまま、まるで初めて自慰をした少年みたいに、ヤンは身の置きどころのないように薄い肩をただ縮めていた。
 「・・・君、どこでもこんなことしてるのかな。」
 自分の隣りからまだ動かない大きな体へ、ヤンは訊いた。シェーンコップが一瞬頬をこわばらせ、怒ったと言うほどではない感情を瞳にひらめかせる。
 「寝技は下手だと、言いませんでしたか。」
 「言ったけど・・・。」
 あっさりと受け入れてしまったのは、相手の手管のせいだと言い訳したい自分のずるさを、ヤンは一瞬だけ恥じた。それでも、こんなに何もかもが完璧に整った男が、わざわざ自分を選んだと言うのに合点が行かず、行く先々で機会さえあれば誰とでもと言うなら納得ができると、そう思うのはこの男への侮辱だと冷静に考えてもいる。
 「米を抱えて階段を上り下りするのに精一杯で、そんな体力は残っていませんよ。」
 シェーンコップが、笑い飛ばすように言う。
 下手と言うのは謙遜にせよ、自分に触れる手に奇妙に余裕がなかったのが、この男の飢えを感じさせて、同じ飢えを抱えているとついさっき気づいてしまったヤンは、発情期の獣が引き合うように、自分たちもただ引き寄せられたのかもしれないと思う。
 食べて満たす空腹とは違って、ひとりでは満たし切れない飢えに気づかせたこの男へ、恨み言のひとつも言ってやりたい気持ちになっても、ヤンにできるのはせいぜい、麦茶はいるかと訊きながら台所へ向かうことだけだった。
 シェーンコップが丸めたシャツとタブレットを抱えて、ヤンの後へついて来る。
 ヤンは冷蔵庫を開ける前に手を洗い、それから背の高いグラスに、こぼれそうになるほどたっぷりと麦茶を注いだ。差し出されたそれを、軽く頭を下げて受け取ったシェーンコップは、ごくごくと美味そうに喉を鳴らし、ヤンはまたその力強い動きに視線を奪われて、さっき起こったことがまた信じられずに、シェーンコップの抱えたシャツを努めて視界から追い出そうとしている。
 シェーンコップは麦茶を半分残してヤンに差し出し、ヤンはそう期待されている通りに、その麦茶を、喉を一杯に反らして飲み干した。
 「次の時は、そうめんを一緒に作りませんか。」
 顔の位置を元に戻して口元を拭うヤンへ、シェーンコップが、声の端をわずかにかすらせて言う。ヤンは、そんなシェーンコップから、目をそらさなかった。
 「──いいよ。」
 ヤンの答えに、シェーンコップの唇の端が、ほんの少し上がった。
 じゃあ、また、と肩を返し、玄関へ向かうシェーンコップを、今度はヤンが追う。
 玄関で靴を履くシェーンコップの背へ、
 「わたしが負けたことになるんだろう、これは。」
 まんまとシェーンコップの思惑に乗せられた悔しさで、どうしても尖る声で突っ掛かる風になる。嫌な奴だなわたしはと、自分のことを思いながら、シェーンコップが肩越しに振り返ったのに、ヤンは怯える亀のように首をすくめた。
 「私の判定負けですよ──敗者復活戦は、もうちょっときちんと準備をしますので。次の試合も、受けていただけるんでしょう?」
 ずるく笑い掛けて来るのに、いやだとはとても言えない空気を漂わせて、シェーンコップはそこからヤンを引き寄せてまた唇へ音を立てて口づけた。
 「あさって頃、また来ます。」
 唇をほとんど離さずにそう言い残し、シェーンコップの体温がついに去ってゆく。
 ヤンはしばらくそこに立ち尽くし、起こったことを反芻した。
 躯のあちこちに残る、ざらりとした掌の感触に、背筋の辺りのざわめきが止まらず、思い出した分だけ、腹の底に広がってゆくなまあたたかさを持て余して、それを暑さのせいにしながら、冷たいシャワーでも浴びようと思う。
 思って、ばたばたと居間に取って返し、シェーンコップのいた辺りへどすんと腰を下ろした。
 引き寄せた膝の間へ頭を落とし、後悔とは言い切れない感情にさらに苛まれて、ほんの数時間でがらりと変わってしまった自分の世界が、今はごく淡い水色に満たされているような気がして、ぬるい水の中に漂う水草の気持ちで、膝の間でふるふる頭を振る。
 ふと視界の端に、何か長いものが引っ掛かり、ヤンは腰を上げてそこへ腕を伸ばした。
 シェーンコップの、祖父のものだと言う万年筆だった。シャツのポケットから抜いて放り出して、忘れて行ってしまったらしい。
 次の時にちゃんと渡そうと、卓袱台の見えるところへ置こうとしてから、その前に、ヤンはそれを手の中に握りしめ、左側の胸ポケットへ、試すように差し入れた。
 ふくらんだポケットへ、掌をかぶせる。心臓の音がかすかに伝わるそこに、またシェーンコップの掌の感触が甦って来て、ふた拍跳ねるように動いた心臓に、息が止まりそうになる。
 万年筆を打つ自分の心臓を鎮めようと、ヤンは両掌ともをそこへかぶせた。
 押さえつければつけるだけ激しくなる鼓動を抱え込むように、ヤンはたたみへ額をくっつけ、海底で砂の下に隠れる深海魚のように、太陽も空気も知らないままで生きていられればと、昼間の明るさに満ちた自分の部屋で考えている。
 消えてしまいたいと思うような羞恥に襲われて、それでも、自分を抱きしめて来るシェーンコップの両腕がもう忘れられずに、ヤンは知らず、次の訪れまでの時間を数え始めている。
 水底のように、音のない部屋の中で、ヤンの鼓動だけが空気を揺らしていた。

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