* リアル獣姦展開含 *
変化たちの森 23
コンドームを2箱使い切る頃には、ヤンもワルターも互いへのそれなりの気遣いと言うものを覚えて、初めての時ほどは消耗せずに、ヤンはワルターへ応えられるようになっていた。ヤンと一緒にいるせいなのかどうか、ワルターの自然の発情期のサイクルは完全に無視され、ヤンに合わせて発情する風に、元々習慣としても興味の薄かった自慰すら必要なくなるほど、ヤンは予想していたよりずっと頻繁にワルターと交尾した。
ヤンに全身をこすりつけ、ヤンの肩に乗り掛かり、ヤンが倒れれば前足を服の下へ差し込んで来る。耳を舐めるとヤンが力を抜くと学んでからは、うなじを咬むよりももっぱらそこへ長い舌を伸ばして来る。
それに応えるつもりなら、ヤンはワルターを一時(いっとき)なだめ、面倒な準備をして、服を脱いで一緒にベッドへ入る。
ヤンがしたい時は、ワルターの尻尾の付け根を強く撫でて、尻尾の先をリズムでもつけたように何度も握ると、それが合図と言うように、ワルターの勃起が始まる。時々は、それを舐めるだけで終わることもあった。
ワルターの腹の、毛の薄い辺りへ掌を乗せ、射精が終わって元に戻ったワルターの躯を、まだいとおしむようにそっと撫でて、コンドームを嫌がらなくなったワルターを小さな声で褒めながら、ワルターが自分にそうするように、ワルターの首筋を軽く噛む。毛づくろいの礼に、ワルターの体を不器用に舐めて、舌がざらざらと抜けた毛まみれになるのに、ヤンが笑うとワルターも笑みを浮かべる。
恋が始まったばかりのふたりのように、ひとりと1頭の時間は濃密に、言葉は通じなくても仕草で互いへの気持ちを表して、ヤンはその心地好さへどんどん溺れて行った。
書き物はしても、元々それほど口数の多くないヤンは、1日の言葉の量のほとんどをワルターへ注いで、そんなヤンの変化にアッテンボローが気づかないはずもなく、伸びた襟足の髪を、ヤンが鬱陶しそうに手で撫でつけるくせに、一向に散髪に行く様子もないことと、無口には見えても好きなことならいくらでも自分とおしゃべりを続けるヤンが、近頃は以前以上に上の空で、いつも遠くを見ているように、アッテンボローの声も届いていないような素振りだった。
大丈夫ですかと、当然の心配でアッテンボローが尋ねても、それにすら、うん、と否定なのか肯定なのか曖昧な相槌だけを返し、ヤンは近頃それが癖の、首の後を掌で撫でる所作をする。
ヤンのその新しい癖には、何か妙な雰囲気があって、アッテンボローはそれが何かと見極めることはできないのだけれど、アッテンボローにその語彙があれば、それを憂いと言う風に表現したかもしれない。
相変わらず子どもっぽいヤンの、けれど何となく、人生に倦んだ大人が身につけているような、奇妙な気だるさ。いつも何かに疲れていて、その重みに活力を奪われているような、見ていて助けに手を伸ばさずにはいられないような、そのくせ伸ばしたその手は恐らくやんわりと拒まれるだろうことが予想できるような、以前からヤンが発していた無気力とは少し種類の違う、倦怠感のようなもの。
面倒くさい、と言うのは、あらゆること──書き物以外──に対するヤンの態度だ。けれど今は、物理的に体力がないと言う風に見えて、そのくせその原因について、面倒くさいと言う以外の理由で、対策を講じる気はない、と言うような、アッテンボローにはまったく理解の及ばない、複雑な雰囲気があった。
きっとラップとジェシカのことを考えているのだと、アッテンボローは思った。
もう半年以上が経ったと言うのに、ヤンが彼らの死について特に何か言ったことはなく、泣いた姿さえ見せたことはない。明らかに悲しんでいるのに、一体それを受け入れたのかどうか、アッテンボローには分からず、ヤンもそれを伝えては来ない。
小さな街で起こった殺人事件を解決する少年と少女のふたり組と言う、ヤンにしては珍しい話を書き出して、アッテンボローがぎこちない文章に不安を覚えた通り、それは遅々として進まず、近頃は日にせいぜい半ページ、あるいは数行だけ、と言う有様だ。
ヤンの好きに書いているものに、アッテンボローがけちをつける謂れはないし、ヤンがそれを好意で自分に読ませてくれているのだからと、アッテンボローは、書いたものから読み取るヤンの、不可解な変化へは、ひと言も言及せずにいる。
大切な友人ふたりの死が、ヤンに──アッテンボローにも、もちろん──影響を与えないはずがない。ヤンより年下の、けれど成長の遅いヤンに比べればある意味ではずっと大人の少年は、これ以上大事な人を失いたくはなくて、ただ不安げに先行きを見守っていた。
それでも、新しい話の進まない分、過去に書いたものを打ち直す作業の方はそれなりに進んでいて、ヤンの作業の終わった端からアッテンボローがネットに上げ、本のリストに加わるたび何かしらの反応がある。
それこそ、ふたりでピザでも食べれば終わってしまう額でも、常に誰かがヤンの書いたものに金を払っていると言う事実は、長い間ひとりきりでヤンのファンをして来たアッテンボローを励ましてくれた。
書いた当の本人は、それについては至って淡白な反応で、例の、ワルターのワクチン代の助けになった魔女の物語は、すでに4桁の人たちの手に渡り、それにはしゃぐアッテンボローに合わせて、ヤンはふうんと何とか微笑んで見せるだけだ。
ヤンがラップのことを恐らく恋しがっているのと同じ程度に、アッテンボローもたびたび、ラップが一緒にいてくれたらと思う。自分ではだめなのだと、ヤンの内側へ完全に入り込んでしまうには、何かが決定的に足りないのだと、幼いなりに悟って、ヤンが十分に自分を特別扱いしているにせよ、ヤンが真に求めているのは何かもっと別のものなのだと、アッテンボローには直感があった。
きっとそれは、何か、家族的なものなのではないかと、父親を亡くしてもう2年以上になるヤンの、ひとりに慣れ切ってしまったがゆえに、自分の隣りに誰かを引きつけておくと言う気持ちにならないらしい、常にどこにいても誰といても、2歩そこから引いているような、薄い膜に包まれたまま世界に接しているような、感覚的なもどかしさは、明らかにヤンを他のすべてから隔てている。
ヤンはそれで構わないと言う風に、誰かと特に親しむ様子もなく、口にはせずに、アッテンボローとアッテンボローの家族がいるから、別に他に親しい誰かを見つける必要もないと言うような、極めて閉鎖的な空気をまとい続けて、そしてアッテンボローは実のところ、ヤンを心配しながらも、自分がヤンの唯一の友人であると言う特別さに、いかにも少年めいた優越感を抱いてもいた。
オレもやなヤツだな。
両親が今もたまにそれを口にするように、ヤンがうちに来て一緒に住めばいい、下の方の姉たちのどちらかと親しんで、恋人同士にでもなって、ラップとジェシカがそうしたように、結婚の約束でもしてくれたら、アッテンボローとヤンは義理の兄弟になれて、ヤンは新しい家族を得ることができるのにと、到底叶いそうもないことを考えてもみる。
ヤンはひとりぼっちだけれど、決してひとりぼっちではない。ヤンがそう望むなら、ヤンの新しい家族になりたい人間は確かにいる。
ヤンが、それを望むなら。
そこでいつもアッテンボローは、壁に向かって投げた石が自分へ跳ね返って来るように、ヤンが今のところ、そんなことはひと筋も望んでいないことを知っているから、そんなことはまず起こらないだろうと、ちょっとした落胆の中に落ち込んでゆく。
世の中、そんなにうまく行くもんか。
それでも、近々運転免許を取るなら、ヤンに運転を習い、無事に免許が取れたら、ヤンを誘って、自分の運転で一緒にどこかへ行こうと、気持ちを切り替えてアッテンボローは考えている。
ふたりは一緒にいて、それぞれの物思いに沈んで、だからと言って、互いに対してやや無関心に偏る沈黙が気詰まりかと言えばそうではなく、言葉に頼らない時間を一緒に過ごせる程度には培って来た付き合いの深さがあったし、ヤンがいまだ誰に対しても秘密にしている書き物の趣味について知っているのはアッテンボローだけだし、その秘密の共有だけでも、ヤンにとってアッテンボローが特別であるのは明白だった。
別に、ヤンには自分がいなければと思い込むわけでもなかったけれど、ひとつ年上のこの友人の、ちょっとよそ見をしていればふいとどこかへ姿を消してしまいそうな、ある種の危うさのために、アッテンボローはヤンの手を離すことが恐ろしかった。
ラップとジェシカが、一瞬で消え去ったように、ヤンも、アッテンボローも、互いの目の前から消え失せてしまうかもしれない。原因は何だってあり得る。自分がヤンを嫌うと言うことは想像できず、ヤンが自分を嫌うと言うことも想像できず、それなら他にはと思えば、ヤンはきっと、人は突然死んでしまうのだと思い知っているだろうから、アッテンボローもひそかに同じことを恐怖している。
ヤンが、ラップに何度も、人は簡単に消えてしまうんだと言ったことを知らないまま、それを聞いて否定したラップが、現実に突然この世を去ってしまったことに、ヤンが誰にも知らさずにひどく傷ついていることを知らない──勘付いてはいる──まま、アッテンボローは、偶然ヤンと同じことを感じていた。
近しさゆえの共感かどうか、アッテンボローは知らずにヤンの心の、少なくとも一部を正確に読み取り、けれど育ちの良さか、だからと言って無遠慮に他人との境いもなくヤンにずかずかと踏み込むことはせず、そんなアッテンボローは、他人とは必ず距離を置くヤンには最適の友人であることを、アッテンボローもヤンも自覚はしていないのだった。
親友などと言う言葉を安っぽく使うアッテンボローではなく、親友と言う言葉をそもそも思いつきもしないヤンは、少年が成長する過程で、同じものを見ても違う感じ方をし、そのために時には必要な距離と言うものが必要であることを、本能的にかどうか理解して、時にはそれを淋しくも疎ましくも感じながら、けれど友達と言う枠には、互いしか入らないのだと、互いに口にせずに思っている。
口にしてしまえば、なんだとすぐに解ける誤解のようなものへ、囚われてひとりで悩む羽目になるのが、俗に言う青春と言うものなのだと、彼らが振り返って気づくのはもっと後のことだ。
そして、ヤンの、近頃ひとつ増えた秘密は、アッテンボローにこそ絶対に漏らせないもので、それが憂悶と言う形でヤンの横顔を常に覆い、アッテンボローはそれを見て、自分が何かしたのか、あるいはヤンに何かできないかと思い煩うと言う、大人たちが見れば、ふたりの関係をきっと微笑ましいと笑うだろう。
ヤンの秘密の内容の重さについてはともかくも、ヤンとアッテンボローは、その年頃の少年たちにはごくありふれた流れを辿り、仲違いするにはヤンが無精過ぎ、アッテンボローは優し過ぎ、ヤンは後(のち)に、このアッテンボローの優しさに深く感謝することになる。
今はまだ、ヤンにとってただひとつ重要なのは、ワルターと一緒に過ごす時間なのだけれど。
ヤンとワルターは、世界の誰にも知らせずに、互いの間にだけ生まれる親(ちか)しさをよりいっそう深めて、互いの間に誰も侵入させずに、愛情なのか本能なのか、彼ら自身にも分からない繋がりを育んでいる。
近頃やっと薄れ始めたワルターの咬み跡を撫で、そろそろ髪を切ろうとヤンは思った。