E

 すり切れた絨毯の敷いてあるその部屋の真ん中に、花京院がいた。
 そこには、床から天井まで銀色のポール---ストリッパーが、舞台で使うやつだ---が伸びていて、花京院はそこに縛りつけられていた。
 いつからそこへそうして置かれていたのか、革のベルトの真ん中に、丸く銀色の開口具がついた口枷の中に、もがくように動く桃色の舌が見え、あふれた唾液が、あごからだらだらと垂れている。
 神父服の前ははだけられて、腹の辺りはかろうじて隠れているけれど、ズボンは下着ごと膝近くまで引きずり下ろされていて、何もかも丸見えにされている。胸と下腹には、あの銀の輪があった。
 鎖が着いていないのは、承太郎に対する、無礼な気遣いのつもりなのか。それに唇の端で舌打ちをして、承太郎はようやく花京院に近づいた。
 床に膝立ちになったその姿勢で、折った膝裏には黒光りする棒が渡され、血の流れを止めるほどきつく、ロープで足にくくりつけられている。脚を閉じることはできない花京院が、近づく承太郎を見上げて、こんな姿を見るなと、あるいは、早く自由にしてくれと懇願するように、潤んだ瞳を向ける。
 体は、ポールに縛りつけられてはいなかった。両腕が背中に回り、両手首はまとめて縛られていたけれど、その腕の長さ分は、体の自由は利くはずだった。それなのに、なぜ同じ姿勢でもがきもしていないのかとふと見やって、花京院の首に回った、これも革の首輪に気づく。
 その首輪は、ほとんどじかにポールに繋がり、どう動いても首が絞まるようになっていた。下手にもがけば、自分の体を支えられない姿勢になって、こんな姿のまま死ぬ羽目になる。そんなのは、神父でなくてもごめんだろう。
 首輪は、すぐにポールから外せるようになっていたけれど、その金具を撫でてから、承太郎は、今すぐ自分を自由にしてくれるだろうと信じているらしい花京院を見下ろして、この残酷に飾り立てられた贈り物を、素直に受け取りたい気分になる。
 自分のために用意されたものに違いなかった。そして同時に、花京院への振る舞いでもあるのだろうと、不意に理解する。
 互いに、好みのやり方で愉しめと、そういうわけだ。
 立ったままで、唾液まみれの口枷の輪を、指先でなぞる。湿った呼吸でなまあたたかく、正確に、躯の奥の熱さを伝えるようなその温度に、承太郎は不意に凶暴な光を目に浮かべて、揃えた指を3本、そこへ差し込んだ。顔を左右に振って避けようとするのを許さずに、前髪を掴んで顔を押さえ、指の根元まで、閉じることのできない口の中へねじ込む。
 舌の最奥へ中指の腹が触れ、そこはさらに湿り、体温が高い。承太郎の指を押し返そうとする舌が、滑って、指の間に入り込んだ。濡れて滑る感触に、思わず声を小さく上げると、それを上目に見上げて、花京院が諦めたように目を伏せた。それから、承太郎が、無言でそう求めたように、口の中に差し込まれた指を、かすかに顔を振って舐め始める。
 束ねた指先に舌を巻きつけ、指の間に舌先を差し込む。唾液を塗りつけるように、爪の生え際や関節をなぞって、花京院の舌が淫猥に動いているのが、見えなくてもはっきりとわかる。
 承太郎は、聞かれないように気をつけて、ごくっとのどを鳴らした。
 首は、締まらないようにそこに注意深く固定させて、顔だけを動かす。伏せたまつ毛の陰に見える目元が赤い。承太郎には、それだけで充分だった。
 絡んだ舌から引き剥がすように、開かされた口の中から乱暴に指を引き抜く。唾液が、後を追って糸を引く。軽く開いた指の間にも、唾液が見えて、承太郎は、早くそれを、もっと別のところに感じたいと思った。
 だから、濡れた指を拭いもせずに、そのまま自分の前へ滑らせ、そこをくつろげた。
 何も言わない。何も訊かない。承太郎の様子に、次に何が起こるのか正確に悟っている花京院は、それを拒みはしなかったけれど、うれしがりもしない。ただつらそうに承太郎を見上げて、それから、目を伏せてうつむいた。
 花京院のあごを持ち上げて、萎えたままのそれに手を添え、口枷の中に押し込む。押し込んで、押しつけて、顔をそむけはしないけれど、軽く首を振ろうとした花京院の髪を、しっかりとつかんで自分の方へ向かせた。
 承太郎の、そのままではやや位置の低い腰へ向かって、花京院が必死に顔を傾ける。首が締まらないように、呼吸がちゃんとできる──承太郎のそれも、喉をふさいでしまえるから──ように、押し込まれているそれを舌の上に乗せて、花京院はいつもの思いやりを精一杯込めて、口の中を、柔らかいままの承太郎のそれに添わせた。
 うめく声がもれるのを止められない。動くことのできない花京院に向かって、承太郎が動く。乱暴に、そこには何も起こらないのに、ただやみくもに、承太郎は花京院の口の中に、それを押し込む動きを激しくした。
 花京院の舌のようには自分では動けず、それはただ、花京院の口の中で飼われ、奇妙な形にひずんで、時折気まぐれに喉の奥に届くけれど、そこをふさいでしまえるような形も熱さもなく、今では承太郎を傷つけることを恐れて、花京院は歯列を唇でくるみ込むことに必死だ。
 そう予想した通りに、何も起こらず、承太郎は、ただ自分を貶める──花京院以上に──だけに終わったそれを、ようやくだらりと花京院の口の中から引き抜いて、唾液に濡れただらしないそれを、わざと花京院の、開口具の革には覆われていない頬の辺りに触れさせた。
 ひどく無駄なことに思えたけれど、半裸の花京院の前では、逆にきちんと服を着けておきたくて、それを手早くしまう。
 そうして、今度こそ自分を自由にしてくれるだろう──たった今与えられた、辱めの代償として──と信じている花京院の首輪に、ようやく指を掛ける。
 ポールに繋げられていた金具は、簡単に外れた。急に自由を得た花京院の体が、承太郎に向かって倒れて来る。その花京院を、承太郎は首輪の中に指先を差し入れて、支えた。
 躾けの悪い犬か何かを扱うように、そこで首を引っ張り、仰向かせて、花京院が哀願する目で自分を見ていることを確かめてから、承太郎は、まず口枷を外した。
 頬やあごに、赤い線が残り、それが失くなれば、唾液に汚れた跡が、いっそうみじめに見える。それに視線を当てたまま、存外重い開口具を足元に放り、承太郎は花京院を床に転がした。
 床に肩が当たり、首から垂れた十字架の鎖が、揺れて音を立てる。その微かな、はかない音が、ひどく耳障りに聞こえて、承太郎は花京院を見下ろしたまま、濃い眉をぎゅっと寄せた。
 膝の間に渡した棒と、後ろ手に縛られた両手と、花京院は乱れた自分の姿を隠す術もなく、無様にそこに横たわって、まだ承太郎に助けを求める視線を送ることをやめない。諦めるわけには行かなかった。
 「承太郎・・・。」
 やっと自由になった唇と舌で、その名を呼ぶ。いとおしげに、淋しげに、哀しげに、いつもと同じ複雑な声音で、花京院は承太郎を呼んだ。
 けれど、承太郎の冷たい視線は一向にいつものぬくもりを取り戻さないまま、傷だらけの革靴の爪先を、薄い絨毯の上に滑らせて、そこで、花京院の脇の辺りへ触れた。
 固い、ざらついた革の感触。承太郎の体の、どの部分とも似ていないその感触に、花京院は思わずあごの辺りに力を入れて、肩先を硬張らせる。
 「ひとりで気分出してんじゃねえ。」
 数瞬、そこに浮いた肋の数を数えるように動いていた靴の爪先が、するりと横滑りして、かかとを支点にして持ち上がったかと思うと、からかうような動きで、花京院の胸に着けられた銀色の輪を蹴った。どこかの、小さな骨が鳴るような音が、床近くでする。もう2回、そのしるしを軽く蹴り上げてから、今度は捨てた煙草を踏み消す動きで、花京院の胸を、承太郎は踏みつけた。
 体が丸まり、痛みを訴える声が、はっきりとこぼれる。胸に引き寄せたあごを、固い爪先が持ち上げる。いつの間にか承太郎は、両手をポケットに入れて、ひどくつまらなそうな表情を肩先に浮かべて、顔を傾けて花京院を見下ろしている。
 太くはない銀の輪が、承太郎の爪先に踏みつけられて、胸に丸く食い込む。靴底の溝に、承太郎がそう気づいていたように、ひそかに尖り切っていた胸の突起が押し潰されて、凹凸に沿ってひしゃげている。
 それを、承太郎はそう長くは続けなかった。花京院が痛みにうめくのを、冷静に見下ろしていられるわけもなかったし、他の誰でもない花京院の痛み──自分が、それを与えているというのに──それ自体に、耐えられるわけもなかった。
 縛られて身動きできない花京院など、これ以上見ていたくはない。だから承太郎は、ようやくのろのろと体を動かして、ついさっき自分が突き飛ばした花京院の傍へ膝を折る。
 それを外すために、膝の裏へ掌を伸ばすと、一瞬にも数えられない間に、花京院が体を固くしたのがわかった。
 わざと見ないようにしていたのに、誘われたように、花京院の、自分に向けている視線をたどる。信じがたい化け物にでも向けるような、驚愕と恐怖の視線。頼むからやめてくれと、その瞳はそう言っている。そしてなぜか、もっと、と言っているようにも見えた。
 花京院から視線を外して、承太郎は、そこに丹念に何重にも巻かれたロープをほどく手を早め、とにかく今、この縛めから花京院を解放したかった。
 そうしなければ、このままの花京院に、もっとひどいことをしてしまいそうだった。
 花京院の膝裏から外した金属の棒は、思ったよりも重さがあって、表面は丁寧に、ビニールらしい素材で全体を覆われている。そこに触れる皮膚をこすって傷つけないようにというその配慮を、承太郎は心の中でうっそりと嘲笑う。
 それを手近な床に転がしておいてから、今度は花京院の腕をほどくために、背中の方へ腕を回した。それから、気が変わった。
 やっと自由になった両脚を、床に投げ出している花京院を片腕で抱き寄せて、承太郎は、もう一方の手を、剥き出しの膝に滑らせる。
 承太郎の肩口で、花京院が息を飲んだのがわかった。
 承太郎に、口の中に押し込まれている時から、すでに反応していたそれに、掌を添わせる。承太郎のそれとは違う意味合いで、きっとまともに使われたことなどないだろう、花京院のそれだ。そのことに同情して、だからこそ花京院に触れることができるのだと思い、役立たずの自分とは違い、きちんと機能するからこそ、痛めつけられる目的としてしか扱われないのだろうそれに、承太郎はそっと触れる。
 自分を抱く承太郎に胸を寄せて、躯を軽く反らし、必死で膝を合わせようとしているけれど、承太郎が手を動かすのに合わせて、かすかに腰が揺れ始めている。そんな花京院を下目に見ながら、承太郎はわざと、それ以上強くは触れてやらない。
 半脱ぎ──脱がせ、というべきか──の服が引っ掛かったままの膝下が、何度もこすり合わせるように動き、そのうち、ついに崩れて、脚が軽く開いた。
 そのまま花京院と繋がってしまえない自分に対する忌々しさが、内側ではなくて外側へ向かう。承太郎の、常に燻って、もっと煽ってくれる風や、もっと大きな炎を待っている怒りの火種が、燃え広がる先を見つけて、それを理不尽だと理性は理解していながら、それを止める何も、承太郎は持たない。
 怒りをそのままぶつければいい。これは、そのために在るのだ。血塗られたように紅い唇が、そうつぶやいて動くのが、頭の後ろに見えた。ただいたぶられるだけに、痛めつけられるために存在する、そんなものもある。これがそれだ。しかもこれは、それをもっと欲しがるように、そう仕込まれている。いや、元々そう生まれついているのだ。道具はその目的のために、正しく使ってやるべきだ。残念ながら、君だけのものというわけには行かないが、承太郎、今だけは、確かにこれは、君のものだ。
 誰の声だったろう。紅い唇の端に、牙のような鋭い歯の形が、きらりと光る。それに背中を押されて、承太郎は、花京院に触れていた手を、そこから外した。
 道具は、自分をそう使ってくれと、誘う。中断されたそれにうっかり不満を見せて、承太郎を見上げる。その目を、ひどく冷たく見下ろして、承太郎は無言のまま、花京院の背中に両腕を回した。
 縛られている腕をほどく。やっと全部自由にしてくれるのかと、花京院が安堵の表情を浮かべる。圧迫が、承太郎の指の動きにつれて弱くなり、熱い血が再びきちんと通い出す。硬張って曲げ伸ばしすら不自由だった指先が、次第に本来の柔らかさを取り戻す。ゆっくりと拳の形を何度か作って、自分の体が自由に動くことを確かめると、花京院は承太郎を抱きしめようと、両腕を自分の体の前に伸ばそうとした。
 「自分でやれ。」
 花京院の両手首を取って、振り払うようではなく、けれど花京院の腕を拒みながら、承太郎は視線よりも冷たく言った。
 「足開いて、自分でやれ。おれに見せろ。」
 これは道具だ。そう在れと、正しく仕込まれた道具だ。承太郎には、決して使いこなすことのできない道具だ。
 驚愕と絶望。そして失望。けれどその底に、決して消えない承太郎へのいとおしさが、微かに光っている。花京院のその瞳の色を、承太郎は何の感慨もなく見返して、花京院にそんな風には触れられない自分の臆病さと、結局のところ、自分は花京院には相応しくなどないのだという自覚のせいで、後ろめたさを剥き出しに、そこから視線を外す。
 承太郎の、唇を引き結んだ横顔に何かを悟ったのか、花京院は反駁することもなく、のろのろと自分のかかとの辺りに手を伸ばすと、片方だけ靴を脱ぎ、片足だけ、脱ぎかけだったズボンと下着を引き抜く。乱れてしわの寄ったシャツの、みぞおちの辺りのボタンがまだ掛かったままなのが、よけいに淫らに見えた。
 脱いだ服に引っ張られて、そちらの靴下は爪先がたるんでいる。足首近くまで押し下げられた上の部分や、だらりと足にまとわりついたその形が、使った後に体液で汚れたコンドームのように見える。
 すっかり使い込まれて、誰かの手にすっかり馴染んでしまっている道具だ。手が、こうしろああしろと命令しなくても、道具は自分で動く。動き方を知っている。どう使われるべきかを、熟知している。道具自身のためではなく、それを使う、誰かの手のために、道具が、自分で動く。
 さっき自分が縛りつけられていたポールに背中を寄せ、もたれ掛かり、床の冷たさを避けるためか、神父服の長い裾を腰の下に引き込んで──冒涜的なことだと、花京院を責めるつもりではなく、承太郎はただそう思った──、花京院は言われた通りに脚を開いた。
 目を閉じ、顔を背けて、けれど承太郎にきちんと見えるように、手がそこで動き出す。
 肩が動き、腹筋が揺れ、それにつれて、胸に着けた銀の輪の間で、十字架が音を立てずに揺れる。うっかり声を上げたり、唇を舐めたりしないように、しっかりと歯列を合わせて、それでもその中で、物欲しげに舌先が動くのをやめられない。
 ポケットに両手を差し入れたまま、承太郎は花京院を見ている。爪先がもどかしげに床を滑るのに、視線を流す。
 膝には縛られていた跡がはっきりと残っていて、そこにはいっそう濃く、血の色が上がっていた。
 足が伸びて曲がり、胸に引き寄せられて、また伸びる。そうして体が動くたびに、十字架と銀の輪が、一緒に揺れる。それに視線を当てて、そこに今、鎖が渡されていないことを、承太郎はひどく残念に思った。
 裸でいる時にはそうだったように、そこに渡った鎖を引いて、いろんなことを伝えてやれるのに。そのまま続けろとか、もっと上手くやれとか、他にも何かやれとか、そんな、口に出すのもおぞましいことだ。
 鎖を引いて、無理矢理に開けられたその穴に、細い金具が食い込むのを見て、花京院の痛みを想像しながら、もっと痛めつけてやりたいと思うのを、きっと止められなくなる。そんなことなどできないくせに、そう思うことを、きっと承太郎は止められない。
 残念ながら、犬の首輪を引くようには、そこに鎖はないから、そうしたくてもできない。それを、残念だとも良かったとも、同時に思いながら、承太郎は1歩前へ出た。
 「それだけか。」
 ぞんざいな口調で言うと、おびえたように、花京院の肩が跳ねた。
 「もっと他にも、やって見せたんじゃねえのか。」
 哀しげな瞳の色が、承太郎の言ったことを肯定して、さらに続く見世物のために引き寄せた膝の内側に両手を滑り込ませながら、不意に、花京院の瞳から色が消える。
 生気を失くして、空ろに、目の前の承太郎を映すだけの人形のガラス玉の目のように、熱っぽく潤んでいるくせに、どこを見ているとも知れない。
 君のためだ、承太郎。君のためだからだ。
 必死に食い縛っていた唇がだらしなく開き、ゆっくりと、承太郎に向かって動く。舌先が、湿すためのように、ちらりと唇を舐める。
 その唇に、さっきまで床のどこかをさまよっていた左手の中指が、そろりと近づく。そうして、承太郎をそうして飲み込む時そっくりの仕草で、花京院はその中指を何度も舐めた。
 唾液に濡れた指が、また脚の内側へ戻ってゆく。右手が触れているよりももっと奥へ、滑り込んでゆく。
 小さな、筋肉に縁取られた、承太郎はほとんど触れたことのないそこへ、指先が埋め込まれて、何度か行き来した後で、いきなり関節まで全部、内側へ向かって姿を消した。
 ポールに向かって、背中が弓なりに反る。喉が伸び、そこから、細くて高い、ほとんど呼吸の声がもれた。
 右手が動きを速め、出し入れされる指は、少しずつ深くもぐり込んでゆく。承太郎がそう求める前に、人差し指が、そこに添えられた。
 その中で、花京院の指がどんな風になっているのか、承太郎には想像もつかない。粗雑に扱えば、死ぬ目に遭う。そんな、この場に似合わない心配をするくせに、いつの間にか前に滑り出し、もっと大きく開いた脚の間で、見せつける──承太郎が、そう望んだ──花京院の手指の動きに、承太郎の視線は釘づけになっていた。
 花京院の指が、指ではない別のものを模していて、その動きは、また別のそれを模している。それは何だろうかと、承太郎は考える。何、ではない。誰の、だ。
 その指が真似るのは、誰のそれだろう。押し広げるやり方や、中でこすり上げる動きや、花京院の指は、今誰のそれを思い出しているのだろう。
 誰に、どんな風に触れられた記憶を呼び戻して、承太郎に見せているのだろう。
 どんな形で、どんな熱さで、どんな質量で、そうやって侵された記憶を、使う指先に思い起こして、そうして右手で扱うそれは、今にも噴きこぼれそうに、昂ぶっている。
 何も変わらない。何もかも同じだ。花京院が、目の前で、別の誰かに侵されている。承太郎は、それをただ黙って眺めている。花京院をそんな風に使うのは、承太郎ではない。他の誰かだ。他の誰かが花京院を所有して、つないでおこうと傷つけようと、好き勝手にできるのだと主張している。花京院の躯に、それは刻み込まれてしまっている。
 それでも承太郎は、花京院が欲しくてたまらない。何もかも全部、手に入れたくてたまらない。
 自分のものだと、主張する術はない。花京院を所有するには、道具の正しい使い方を学ぶしかない。そして承太郎は、その正しい使い方を、実行する術がない。
 花京院の指先が、自分の内側に触れている。その熱さを、承太郎は精一杯想像する。そして、その想像に怒りと嫉妬を覚えながら、それを、正しく花京院にぶちまける。
 また1歩前へ寄って、承太郎に見せることに夢中になっている花京院の肩辺りへ腕を伸ばし、その手を、少し下へ滑らせた。うっかりそうなったのだという振りで、左側の銀の輪の中に、指先を引っ掛ける。引っ掛けて、手前に引き上げる。
 踊るように、花京院の上半身が跳ね上がり、悲鳴と一緒に、承太郎の方へ引き寄せられる。
 鎖はない。だから、こうして伝えてやるしかない。本心ではない冷たい笑みが、唇の端に浮かんでいるのに、承太郎は気づかない。
 花京院が手を止めて、体を完全に起こすまで、承太郎はそれを引っ張り続けた。
 「そのまま続けてろ。」
 両手は、相変わらず見世物の自慰のために使わせて、自分の腹辺りに来た花京院の顔を、両手で乱暴に引き寄せる。力なく開いた口の中に、また、萎えたままのそれを押し込んだ。
 唇の中も、柔らかくて熱い粘膜だ。きっとよく似ているはずだと、花京院の指の動きを思い浮かべながら、承太郎はもっと奥まで押し込もうと、花京院に躯を押しつけた。
 口枷がなくても、歯を立てられる心配などない。花京院が、承太郎を傷つけるはずがない。
 触れた掌に向かって、かすかに腰を揺すりながら、引き寄せられるままに、顔を動かして、花京院は必死に承太郎に奉仕する。頬の裏側と舌を必死で使って、柔らかな承太郎のそれをくるみ込んで、今自分の内側で動かしている指先と、承太郎のそれを、何とか連動させようとしてみる。
 触れているのは、承太郎の掌だ。奥深い粘膜の卑猥な熱に触れているのは、承太郎のそれだ。辱められているのでもなく、犯されているのでもなく、承太郎と、そう望む通りに触れ合っているのだと、花京院は一生懸命、自分の中に言い聞かせ続けている。
 そう思えば思うほど、自分がみじめになるというのに、それをやめられず、みじめになればなるほど、それに欲情してゆくサイクルを、花京院は鳥肌が立つほど嫌悪している。皮膚に刻み込まれた自分の反応を、どうすることもできない。
 いっそ縛られて身動きできずに、一方的に踏みつけにされる方が、言い訳はたやすい。承太郎の目の前に晒す無様な姿が、少なくとも承太郎の欲情を呼び起こすことだけを、花京院は望んでいる。
 花京院の舌に追い立てられ──少なくとも、そう感じることはできる──ながら、承太郎はそこから心をそらすために、天井に向かってあごを突き出し、それから、床にうつむいた。花京院の髪を、うっかり優しい手つきで撫でる間に、ふと視界の端に、花京院の膝を開いていた金属の棒が目に入る。
 そこに投げ出され、きっともう使われることもなく、なぜかその棒を憐れに思って、使ってもらえない道具は、何よりもみじめかもしれないと、承太郎は不意に考えた。
 その棒を、また花京院の開いた膝の間に渡し、縛って固定し、そうして花京院を折り曲げて押し潰して、引き裂く勢いで押し入る自分の姿を想像した。
 そうできるなら、きっとそうしていただろう自分に気がついて、承太郎は世界の誰よりも、自分のことを憎んだ。
 承太郎を飲み込んだ花京院の喉の奥が、一瞬硬張る。舌が動きを止め、痙攣したように震えた。
 肩の動きが止まったことで、花京院が自分で果ててしまったことに、承太郎は気づいた。
 花京院の頬に両手を添えて、躯を外す。だらりと、真夏日の犬の舌のように、それが花京院の口からはみ出して、唾液が糸を引いたのが、ひどく汚(けが)らしい眺めだった。
 透明な、泡の立った花京院の唾液が、そんなはずもないのに自分の吐き出した精液のように見えて、花京院をそうやって汚したのだと、ふと信じたくなる。
 両手を体の前に投げ出した花京院を、どうしていいかわからずに、一瞬迷った後で、承太郎は両腕の中に抱き寄せた。
 やっと承太郎に抱きしめられて、花京院は汚れた手を気にしながら承太郎を抱き返す。体を伸ばして、その腕に自分の背を添わせ、知らずに微笑みが唇に浮かんでいる。
 承太郎が固く閉じた両腕の輪の中に花京院を閉じ込めたのは、その首を絞めないためだった。