F (スポ花注意)

 いい眺めだ。目隠しも口枷もないから、今日は、必死で背けようとしている顔も、よく見える。
 手足を折りたたんでぎちぎちに縛ることはせずに、服を脱がせた後で、椅子に坐らせた。
 丸みのない、重い木でできた椅子だ。少しくらい暴れても、ぎしぎし音がするだけで、倒れたりすることはない。何時間も坐っていること──ごく普通の姿勢で──にはあまり適した作りではないから、そこに坐らせて縛りつけると、体全体が痛くなる。肘置きに乗せられて、そこで縛られた足ではなく、首の後ろ辺りに、両手首を重ねた形に縛った腕でもなく、こちらに両脚の間を剥き出しに晒す姿勢にさせたせいで、腰や背中の方が先に痛くなる。
 何でもいい、とにかく早く自由にして欲しい、靴裏で踏まれるのも、首を吊るような姿勢で、無理矢理口に押し込まれるのも構わない、手足を縛る黒いロープを全部ほどいて、早くこの椅子から解放してくれと、冷汗に濡れた前髪の奥から、無言が必死に訴えていた。さっきまでは。
 両脚を開かされた姿勢よりも、苦痛の方がただ勝ってしまっては、見ている方がつまらない。いたぶるためにこうしたけれど、痛めつけたいわけではないからだ。
 だからついさっき、猫くらいにしか効かないだろう程度に薄めたヘロインを、中に塗りつけてやった。
 そこが勃たないのはいつものことだ。苦痛だけで勃起するほど出来上がってもいない。むしろ、勃たない限り、心底愉しんでいるわけではないことがはっきりとわかる。それでも時折、気まぐれに勃起を誘うように触れてやると、意志に逆らって反応する躯を隠したそうに、全身を染めて身をよじる。
 その様がよけいにそそるのだと、まだ気づいていないらしいのに、スポーツ・マックスは思わず舌なめずりする。
 開かれるのに慣れてはいるけれど、かと言って、何もせずにいきなり押し込まれるには狭いままの躯の中は、昂ぶった熱さえまだ感じられず、そこに差し入れられた指を、必死に押し出すように内臓がうごめいた。
 手首を返し、ぐるりと、指の長さ分の奥行きまで、指の腹で塗り込めてやった。
 どこがそうと、いまだにきちんと把握してはいない──する気もない──そこへ、偶然指が動いたらしく、途端に椅子の中の躯が跳ねる。痙攣するように脚を慄わせて、珍しく高い声が、少し長く上がった。
 痛みばかりの合間に、こうやって、一瞬だけ気持ち良さを挿入してやる。苦痛と快楽がきちんと結びつくまで、まずは体に叩き込む。体がそれに馴染んだ後は、知らずに脳まで侵されている。
 あるいは、体がそれを覚えるより先に、どろどろに融けた脳が元に戻らず、苦痛──つまり快楽──を待ち構えるモードに、スイッチが入りっ放しという、恐ろしい連中もごく稀にいる。
 それはそれで、どこまで踏みにじっても嬉々として受け入れる、むしろを淫蕩に表情をゆるめて、こちらの冷酷さを誘い出すことに全身全霊を傾けるその姿に、むしろ感動さえ覚えるけれど、スポーツ・マックスはそんな感動など必要なかったから、苦痛と辱めを躯に叩き込まれて、嫌悪に全身を震わせている眺めの方を、ずっと好んだ。
 嫌悪が、憎悪に変わる瞬間を見るのが、何よりの愉しみだ。
 そんな目をされたら、もっと痛めつけたくなる。生意気だとか、自分のみじめな立場を思い知らせてやるとか、そういうことではない。どこまでその憎悪が深くなれるか、どこまでそれを保てるか、見ていたかった。その憎悪が、深さを一転させて媚びに変わる瞬間を、スポーツ・マックスは求めている。
 憎悪が底を尽き、憎悪を抱く力強さを保てずに、頼むからもう終わらせてくれと、へつらう色を目に浮かべて、一瞬、甘えてしなだれかかるような、そんな無意識の媚態を示すのを、これ以上ない、無感動の冷酷な笑みで見下ろしてやりたい。スポーツ・マックスは、それを待っている。
 殺されそうになると、人は案外とあっさりと、その媚態を見せる。殺さないでくれ、あるいは、手早く済ませてくれ、望みはたいていどちらかだ。
 殺すことは目的ではない。そのために金を受け取っている時もあるにせよ、あっさり殺すのはあまり性に合わない。痛めつけた結果、たまたま死んでしまったとか、あまりにも痛めつけ過ぎて、反応がないのがもうつまらないからとか、とは言え、そこまで愉しませてくれる誰かというのも、そう滅多とはいない。
 銃を突きつければ、まず間違いなく、命乞いをする。情けない声と表情で、助けてくれとわめく。これから起こるのだろうことに恐怖して、小便を漏らすのもいる。それはそれで、なかなか面白い眺めだ。怯えは、人の本性を剥き出しにするし、スポーツ・マックスはそれをあばいて、仔細に眺めて、愉しみたいのだ。
 命乞いまで、あるいは諦めまでが、長ければ長いほどいい。獲物が悪あがきを長引かせてくれれば、ごく稀に、お互いが愉しむために犯してやってもいいとさえ、思うことがある。
 様々な理由で、血まみれになって床に転がる、けれど目の光はまだとても強い、そんなみじめな姿を晒す獲物のかたわらに立って、スポーツ・マックスは欲情を持て余すことがある。
 切れて腫れて青くなっている唇をこじ開けて、何本か歯が抜け、残ったのもきっとぐらぐらになっているのだろう口の中に、勃起し続けている自分のそれを押し込んで、射精の瞬間に額に鉛弾をぶち込んでやりたいとか、何時間も殴られて赤黒く皮膚を変色させている女の両脚の間に、こすりつけて射精を促しながら、首を絞めてやりたいとか、けれど、私刑も殺人も、実際に手を下すのは部下たちだ。スポーツ・マックスは、ああやれこうやれと口を挟みながら、成り行きをただ眺めているだけだ。
 結局殺さないなどという手抜かりがあるわけには行かなかったし、そもそもそれは、仕事だ。仕事と愉しみを一緒くたにするのは、これもまた性に合わない。いや、そうしたいのは山々だったけれど、快楽主義の殺人鬼として評判が立つのは、仕事に支障を来たす。
 第一、とスポーツ・マックスは思う。
 オレは殺人鬼じゃねえ。痛めつけるのは大好きだが、殺したいわけじゃねえ。
 それでも、薬の売買でスマートに金を稼げるようになると、消した方がいい商売敵や、おしゃべりな顔見知りなど、そんなものがわんさと増える。それらの始末をスマートにつけられるようになる──愉しみのためではなく、ただ殺すだけ、という意味だ──と、今度は、スポーツ・マックスよりも、はるかに守らなければならないものも失うものも莫大な連中が、そっと親しみを示してくるようになった。その後には、さり気ない殺人の依頼が増えると、そういうわけだ。
 薬で金を稼ぐ、人殺しもする、そんな便利なスポーツ・マックスを、自分たちの利益のために守ってくれるありがたい連中だ。大事にしなければならないから、彼らからの依頼は、滅多と断らない。意に沿わない──人殺しがいやなわけではない──内容の仕事だけれど、少なくとも、確実にコネと金にはなる。
 さて、そうやって稼いだ金は汚れていて、汚れた金でも構わず受け取る先に使っても、まだ少し余る。その余った分を、教会に寄付するのだ。プッチのいるあの教会に、足を踏み入れただけで、黙って頭を垂れたくなるあの場所へ持ち込んで、法律的には何の瑕疵もないぴかぴかの領収書を手に、晴れ晴れと外へ出る。
 色んなものが、スポーツ・マックスを守っている。誰も何も、自分を傷つけることなどできないと、スポーツ・マックスは心地良く慢心する。
 金もある、力もある、大抵のことは思い通りになる。どこかの売春婦としけ込んだ先で、彼女の首をうっかり強く絞め過ぎたとしても、何の心配もいらない。その程度であっさり屈服してしまう、彼女の脆さが悪いのだ。自分を愉しませることすらできない存在なら、生きていたって仕方ないじゃないか。奇妙な方向に手足を投げ出した彼女の、もう息をしない、色の悪い唇がねじ曲がっているのに、腐臭のする夏の日のゴミを眺めるように、ひそめた視線を投げる。
 だから、自分だって傷つきやすい、ただの人間だと知りたくて、誰かに憎まれたくなる。とことんまで自分を憎んでくれる誰かが、欲しくなる。
 憎まれたい。最終的には媚びへつらわれることを求めながら、スポーツ・マックスは、誰かが自分を、憎悪だけで見つめるその視線を、全身に受け止めたいと思う。その視線の、射抜くような熱さを想像しただけで、躯が疼くような気がする。
 椅子が、きしきしときしむ。喘いで胸を反らして、珍しく、横に広い唇をきちんと引き結ぶこともせず、粘膜吸収されたヘロインのせいで、そこをこすり上げられたくて仕方がない。腹へ反り返ったそれが、普段は滅多と見ることのない形を晒して、そのせいであらわなそこは、開いたり閉じたり、ほんの微かな動きを繰り返している。膝と爪先を揺すって、入れてかき回してくれと、無言だけれど声が聞こえる。
 その眺めに満足して、スポーツ・マックスは、少しだけ触れてやることにした。
 卑猥な形を模した玩具だ。小さな凹凸に覆われて、人の器官の代わりにしては、どこにも似たところが見当たらない。その長さや太さや硬さに、ちくりと嫉妬を感じて、その嫉妬に下腹辺りのどこかを刺激されながら、スポーツ・マックスは、わざわざ目の前で見せつけるように、それに潤滑剤のついたコンドームをかぶせた。
 玩具の大きさに、東洋人にしては色の薄い瞳が、怯えを浮かべて泳ぐ。それでも、開いた腿の内側をそれで撫でると、人肌に似たなまあたたかさに、早く、と張りつめた皮膚が震える。
 勃起した輪郭を、先端でなぞってやった。達するには、わずかに足りない刺激だ。
 求めるような言葉は口にしないくせに、躯はひどくおしゃべりで、獲物に飛び掛る直前の獲物のように、たわんだ全身が、玩具へ向かって開き切っている。
 表面の凹凸を、筋肉が集まった辺りに数瞬味あわせた後で、いきなり押し込んでやった。
 天井に向かって、声が上がる。膝を胸に引き寄せたそうに体をわずかに丸め、それから反り、その反応を観察しながら、さっき指で触れた辺りを探る。もっと奥まで押し入れると、苦しそうに声がくぐもり、けれどかき回すように玩具を動かしていたある1点で、全身が何もかも全部、恐ろしいほど反応した。
 「落とすなよ。」
 からかうようにそう言って、突き立った玩具から手を離す。内側には入り込まない末端部分が、かすかに震え始める。それに合わせて、椅子の中に縛られた躯が揺れる。
 玩具に侵されているそこへ、視線を当てた。蹂躙されている小さな筋肉の塊まりと、柔らかくて傷つきやすい粘膜が、内側でどんな風に反応しているのか、はっきりと言い当てることができる。
 それを感じているのが自分ではないことに、計算通りの怒りを湧かせて、けれど、自分がそうすれば、はっきりとは見ることのできない眺めにはそそられながら、無理矢理拡げられて、そう望んだままにかき回されているそこが、次第に快楽にほどけてゆくのを、まるで自分がそうしているかのよう──いつもはそうだ──に、満足を込めて眺めた。
 生身ではあり得ない動きを繰り返す玩具に、一方的に、機械的に責められて、スイッチを切るまでは、死んでもそのままだ。躯が反応し続ける限りはそのままでいろと、スポーツ・マックスは唇の端を唇の先で舐めた。
 玩具にまとわりつく熱を思い浮かべながら、立ち上がって椅子の右側へ回る。すでに、胸元に沈んだままになりそうなあごを、両手で自分の方へ引き寄せた。
 代わりの熱さが必要だった。
 目の前に差し出されたそれに、泳いでいた視線が一瞬定まり、正気の光が閃いた。
 声を殺して、必死で唇を引き結ぼうとする。無駄だ。親指の先が、噛みしめることさえできない歯列を、やすやすと割る。口を開かせれば、後は押し込むだけだ。
 頼むからやめてくれと、眉の端に表情が浮かぶ。喉の奥に突き立てれば、苦痛がそこに上塗りされて、その後には諦めに変わる。苦しみの元であるスポーツ・マックスに、従順である振りをして、反応しないことで、憎悪を示そうとする。
 下向きに頭を押さえ、容赦なく喉と舌を侵して、指先に触れる首の後ろに、不意に噛みつきたくなる。野生の獣は、そうやって、一体誰がいちばん強いのか、思い知らせるのだ。動脈の走る辺りに歯を立てて、皮膚と肉と一緒に、噛みちぎりたいと思った。
 生きたまま食ってやる。
 手足を、端から薄くそぎ取って、くちゃくちゃと音を立てて、目の前で食べてやる。手足が全部失くなっても、それが全部スポーツ・マックスの血肉になっても、きちんと生かしてやるのだ。縛る手足は失くなっても、まだ首を絞めてやれる。腹や胸に食い込む細い革紐の眺めも、きっと気に入るだろう。
 それを眺めを前に、けれど自分で慰めるのは真っ平だから、いつものように粘膜を犯してやればいい。あるいは、縫合された手足の傷跡にこすりつけてもいい。皮膚に刻まれたその縫い跡が、張り切った敏感な皮膚を慰めてくれる。
 自分の胃の中に落ちて、溶けてしまった、元は手足だった皮膚や肉や骨の感触が、内臓と血管の中でうごめく。躯の内側を流れてゆくその感覚は、スポーツ・マックスが、いつだって痛めつける側の人間であることを確認させてくれるだろう。
 玩具に陵辱されて、背骨のつけ根から湧き上がってくるのだろう声の、その中にスポーツ・マックスは浸り込んでいる。唇を舐めて、深く押し込めばいつか、今玩具がかき回している辺りへ届くに違いないのだと、そう思いながら、そうしたくて突き立てる。
 吐き気のせいで、不自然に応える喉の奥が、胸の悪くなるような音を立てた。
 先々週殺した男が、ごろごろと血を吐きながら死んだ、その時の音と、よく似ているような気がした。
 Motherfucker。男は、最期までスポーツ・マックスをそう罵るのを止めず、憎しみの色をたたえた瞳の、その力強さが、今いっそうスポーツ・マックスの勃起を硬くさせる。
 母親だのマリア様だのに、こんな風に触れるなんて冗談じゃねえ。そんなこと、鼻が腐り落ちたってするもんか。
 若かった頃の母親の、今の自分とよく似た髪と瞳の色を思い出して、スポーツ・マックスは、ほんの一瞬だけ、頬の辺りをなごませた。
 Motherじゃない、Father(神父)だ。オレは、Fatherfuckerだ。
 とても面白い、この上なく卑しい思いつきを、心底素晴らしいと思って、今度誰かを殺す時に同じ罵り言葉を聞いたら、そう心の中で返してやろうと決める。
 掌の中の首筋が、突然ひどく硬張った。息が止まったのが、直にわかる。椅子の中の体から力が抜けて、左側に見えるそこから、ぬるりと玩具が抜け落ちるのが見えた。
 その眺めにまた舌なめずりして、スポーツ・マックスは、抜き出した自分のそれを何度かこすり上げて、唾液と精液の混じったそれを、血の気を失った頬に塗りつけてやる。
 なまあたたかい感触に、あごが上がり、熱を失った瞳が、それでも自分をにらみつけている。
 もっと憎め、と思った。
 次の時は、服を脱がせても、十字架は着けたままにさせておこう。その方が、よりFatherfuckerらしいじゃねえか。
 そのためにきっと、スポーツ・マックスはより憎まれるだろう。
 それこそが自分の求めるものだと、椅子の中で、瞳だけに正気を保っている自分のためのおもちゃを見下ろして、もう一度、嗤いにひずんだ唇の端を舐めた。