そして続く道 - 三人
別に何がきっかけと言うことでもなかった。土砂降りに会うようなものだ。全身がずぶ濡れになってから気づく。これを何とかしなければと。夜までには、ユーシャラが眠ってしまうまでには、まだ少し間があった。ユーシャラは降着ポーズで並んでいるATの前をひとりで走り回り、時々何もないところで転んでは泣きもせずに立ち上がり、また何かを追いかけているように、あるいは追いかけられているように走り回る。
シャッコはベルゼルガの足元へ長い足を伸ばして坐り、キリコはスコープドッグに寄り掛かって、ユーシャラのひとり遊びを眺めている。
キリコは横目にシャッコを見下ろし、たった今背筋を静かに這い上ってきた感覚を、同じほど静かに追いやろうと、わずかの間眉間に眉を寄せた。
それは、火の塊まりのような熱で、酸素を得て燃え上がるのに似て、確実に体積を増やし熱量を上げ、今はもう胸の辺りで息苦しさに変わりつつある。
時々起こる発作だ。その唐突さは発作としか形容のしようもなく、衝動と言うには切羽詰まり過ぎているように感じられて、キリコはそれの存在を冗談にも口にしたことはないけれど、シャッコといるせいだと、シャッコに向かって説明するのが何となく気恥ずかしいからだとは、気づいていない振りをしている。
キリコは突然その場を離れて壁際へ行くと、棚にきちんと並べてあるシャッコの工具を両手にまとめて取り上げ、そのままユーシャラの方へ行った。
近づいて来たキリコを振り向きもしないユーシャラは、キリコに呼ばれ、キリコが手にしていた工具をそっと床に置くと、目を輝かせて方向転換して来る。ぺたんと冷たい床に坐り込み、シャッコの工具──大きさの違うスパナとレンチ──を興味深げに頭上に持ち上げて、持ち手と丸みを帯びた先端付近の境へ早速噛みつこうとした。
キリコはそれを止めもせずにユーシャラに背を向け、シャッコの方へ戻ってゆく。
「あれはおれのだ。」
シャッコが、それを不快とも思っていない表情と口調で、戻って来るキリコへあごをしゃくって低く言う。
「おれのでは遊ばないからな。」
一種の神経症のように頻繁に手入れするキリコの工具や武器の類いは、その時に使うオイルの匂いがユーシャラの気に入らないのか、ユーシャラが遊びたがるのはもっぱらシャッコの工具の方だった。
ユーシャラも、乱暴に投げたり放ったりして散々キリコに叱られ──そしてシャッコは後でユーシャラには知らせずに悲しむ──た後で、それがシャッコの大事なものだと学んだのか、今では手から落とす時には地面にできるだけ近づけて、そうして鳴る音よりも、丁寧に、できるだけ高く積み上げる遊びの方に夢中だ。
ユーシャラがぺたりと坐り込んでそこから動かず、両手にそれぞれ持ったスパナとレンチの、どちらを先に載せるべきか悩んでいるのをちらりと振り返って確かめてから、キリコは通りすがりにシャッコの腕を取った。
「来い。」
短く、できるだけ色のない声で言って、けれどシャッコの腕に掛けた手には確かな力をこめて、キリコの視線はATの背後の、壁際の薄闇に据えられている。
なんだと目色で訊いて、シャッコが立ち上がる。空気が大きく揺れ、頭上に覆いかぶさって来るシャッコの影へ、キリコは目を細めた。
キリコの手がシャッコの肘を滑り、そう意図したわけではなく掌と指先が一緒に触れ合った。まるで、シャッコがユーシャラをどこかへ連れて行く時のように、ふたりは手を取り合って、キリコはそのままシャッコをベルゼルガとスコープドッグの間へ引っ張って行った。
「・・・どうした。」
そこからではユーシャラに目が届かないのを気にして、シャッコがキリコの手には逆らわずに、わずか足の進みをゆるめる。
「別に、何でもない。」
声の色と抑揚のなさが、薄暗いそこでは真逆に響く。
キリコの語尾へ、かぶさるように、金属の触れ合う甲高い音とユーシャラのはしゃぐ声が混じって来た。
ベルゼルガの脚と壁の間へ滑り込むように、その脚へシャッコの背を押しつけ、キリコは黙ってシャッコを見上げた。
こんな風に互いを見上げて見下ろして、何か言葉を探しあぐねて見つめ合うことは、案外とないことだった。大抵はユーシャラがふたりの足元へまつわりつきにやって来るし、そうでなければどちらかの腕に抱かれて親指をしゃぶっている。
ユーシャラを邪魔にしているわけでは決してなく、ふたりでいると言うことの、そのあまりにわずかな時間に気づいて、キリコは時折それを不思議に思うだけだ。
今は不思議に思うだけではなく、少しばかり追い詰められたように、今では喉を塞ぐように体中を満たした熱の吐き出し口を求めて、それをシャッコにどう伝えようかと、元からない語彙を自分の内側に探している。
シャッコに伝えさえすれば楽になれると思い込んで、キリコはシャッコへ自分の体を押しつけた。
引き寄せるにはシャッコの背が少々高過ぎる。背伸びをしたところでその肩に届くのがやっとのキリコは、精一杯喉を伸ばして、シャッコの腕が自分の背へ回るのを待った。
シャッコの両腕がようやくキリコの背中へ回った途端、ぱたぱたと裸足の足裏がペンキを塗ったコンクリートの上を駆けて来る音が聞こえて、
「シャッコ! きぃこぉ!」
相変わらずキリコの名前は舌足らずにしか呼べないユーシャラが、見えなくなったふたりの姿を、それでもそこにいると真っ直ぐ目指してやって来る。
シャッコがするりと腕を外し、キリコはシャッコから掌の長さ分だけ体を離した。
「きこ!」
ユーシャラは声と同時にキリコの足へ体をぶつけて来て、そこで飛び跳ねて抱き上げてくれとキリコを見上げる。その角度が、たった今シャッコに対してそうした自分の仕草そっくりで、キリコは少しだけ怯みながら、ユーシャラの小さな体をいつものように抱き上げてやった。
キリコの、少し下がり気味になった口辺に、シャッコが苦笑を投げて来る。そこから、あくまで無邪気なユーシャラへ視線を移して、丸い小さな額にいとおしげに口づける。
ユーシャラはキリコの腕の中で体をねじり、シャッコの髪に小さな手指をもぐり込ませ、ずっとそうしていろと言う風に引き寄せて、
「シャッコ!」
と、高い高い天井へ届く大きな声で叫んだ。
何もかもユーシャラに先を越されて、けれどその不満を表に出すことはできずに、ユーシャラのせいではないと自分に言い聞かせながら、キリコは気を取り直してユーシャラの髪へあごの先をこすりつける。
「きぃこ。」
短い腕が首に回って、あたたかく湿った子どもの体がキリコの胸へぴたりと寄り添って来た。
シャッコはユーシャラの柔らかな髪に唇を押し当て、そこから顔を上げる動きの流れで、キリコの唇の端へ自分の唇をかすめさせて行った。
随分と流暢なその動きに、キリコは数拍目を見張り、それへ向かってからかうようにシャッコが笑い掛けて来る。そのままくるりとふたりへ背を向けて、並んだATの間の薄闇からひとり先に抜け出してゆく。
体の中の熱は、まるで抱いたユーシャラに移ってしまったように、今はどこかになりをひそめて、それでもまだキリコの背骨の始まる辺りにわずかにくすぶっている。
消えはしない。消せるのはシャッコだけだ。それをどうやって伝えようかと、こうなるたび考える同じことを、キリコはまた考えている。
互いの熱を瞳の中に読み合えるほどには、ふたりはまだこんなことには不慣れなまま、はっきりとおまえが欲しい、今すぐ欲しいとするりと言うには、キリコの中の何かが邪魔をする。
それをユーシャラのせいにして、シャッコの髪にさっき触れたユーシャラの手を取り、キリコはその指先にそっと唇を押し当てた。
ユーシャラが遊んで散らかした工具を拾い集めるために床へしゃがみ込んだシャッコの大きな背を、キリコはそこからじっと見ている。
家の中へ持ち込もうとしたシャッコの工具はやんわりと取り上げられ、少しばかり機嫌を損ねたユーシャラは、それでも今日の残りは素直に食卓の下に這い込んでは出てを繰り返す遊びに没頭して、台所で夕食の支度をするキリコを邪魔しには来なかった。
シャッコに抱き上げられたまま食事を済ませ、そのまま風呂で体を洗われ、明日は赤い雪が降るかもしれないとふたりに思わせるほど、ユーシャラは行儀良くベッドへ入った。
「明日は嵐かもしれんな。」
そう言うのが、実際の天気のことなのかユーシャラの機嫌のことなのか、どちらともはっきりとはさせない言い方でシャッコが笑い、そのシャッコの肩へ手を掛け、キリコは今度は真っ直ぐにシャッコを見つめたまま背伸びをする。
自分の方へ体を倒して来たシャッコを、キリコは両腕を巻いて引き寄せた。
期待を込めて近づけた唇へ、シャッコが思った通り唇を寄せ、触れ合った時にはすでにうっすらと開いていたそこから、舌先が伸びてすぐに絡んだ。
また熱が甦って来る。骨の髄のどこかに、もやもやと漂っていたそれが集まり、固まり、触れているシャッコに向かって剥き出しになる。皮膚を突き破り、キリコ自身を覆った後でシャッコの上へ溶け出し、ふたりが一緒にまとう毛布のように、それは確かにふたりをひとつにする。
シャッコのベッドへシャッコを倒し、キリコはシャッコの頭を抱え込んだ。繋がった舌と唇の間で、湿った息が重なる。時折外れる舌先から唾液が細く糸を引き、湧く熱のまま喉の奥がすでに熱い。
キリコに与えて、キリコに与えられながら、シャッコの手はゆっくりとキリコの素肌に触れて、ためらいはなく進んでゆく。シャッコの指先が促すまま、キリコは躯を開き、誘った通り自分の中へ沈み込んで来る長い指の、束ねられた先がそそのかすようにほどけるのに、重なった唇の間で深い息を吐く。
シャッコの上で知らず体をうねらせて、こうして触れたかったし触れられたかったのだと、言わなかった言葉よりも先に、体温を直に伝える粘膜が伝えている。
キリコの短い髪がシャッコの肩口に散る。その髪へ、すでに汗に湿ったあごの先をこすりつけて、シャッコも腹の奥から息を吐いた。
指が動く。静かに出入りを繰り返して、そうやってキリコが慣れるのを待ちながら、ほんとうのところはそんなことは必要もなく、もう触れられる前に待ち続けていたキリコの躯はとっくに開き切っていて、遠ざかろうとするたびに、奥へ奥へ引きずり込む動きを続けている。
胸も首筋もまだらに赤く染めて、熱に霞みのかかったキリコの青い瞳が上目に自分を見つめて来るのに、シャッコのそれはキリコの下腹へごつごつと当たって、さっさと何とかしろと、主の意思など置き去りにして騒々しく訴えていた。
もう少しと、シャッコが自身をなだめて上にいるキリコを抱え直そうとした時、キリコがシャッコの手首をつかんで自分の躯から外させ、シャッコを見つめたまま、体の位置を下へずらした。
シャッコの長い両脚の間に囲い込まれるように、獣の仔がすり寄って来る形に、キリコはシャッコの腿へ痕の残るほど強く唇を押し当ててから、そこから唇を滑らせてシャッコのそれへ触れる。わざと見せつけるように、長く伸ばした舌で下から舐め上げる。自分のそれ越しに見るキリコの、蕩けたような表情に、シャッコのそれがキリコの手の中で一度跳ねた。
内側で感じるのと舌と唇で感じるのと、同じかどうか確かめるように、キリコはシャッコへの上目遣いをやめないまま、シャッコのそれを舐め続けた。
喉を限界まで開けば、飲み込んでしまうことは不可能ではなかったけれど、キリコはそのやり方をよくは知らなかったし、そうするよりも、触れる近さで眺めるそれの、形と輪郭の意外な美事さを、舌に覚え込ませたかった。
こんなものに、美醜があると思ったことはなかった。シャッコの躯だからそう感じるのかどうか、眺める時にはいつも勃ち上がってこちらに見せる線の、いかにも武器然とした様に、それでもそれがキリコを傷つけるためには決して使われないことに、キリコは驚きすら感じる。
先端付近の線を舌先でたどって、それから小さなくぼみを舌で覆った。キリコの動きを少しばかり制御するためかどうか、シャッコの大きな掌がキリコの頭に乗り、押さえつけるのとは逆に動いて、むしろキリコの唇と舌を遠ざけようとするように、親指が唇の端へ添えられた。
それが濡れているのはもうキリコの唾液のせいだけではなくて、このままシャッコが果てるならそれでもいいと思ったのは、キリコの単なる強がりだった。
シャッコを煽っていると言う自覚がないわけもなく、シャッコの手に少しだけ逆らってそれの先端だけを唇の中に押し込んでから、わざと大きく開いた口の中で、ぬるつく舌を動かしながらそこから外して見せ、もう一度、最後にその舌を先端にゆるく絡ませるように動かした。
欲しいと思っていたのはキリコの方だった。けれど今は、シャッコの方が欲しがっている。それを確かめてから、キリコはシャッコのぶ厚い腰をゆっくりとまたいだ。
口で触れた時とは違って、そこから繋がろうとするといつも皮膚の下が波立つ。熱いのか冷たいのか分からない汗が、皮膚の下に吹き出して、躯の中はひどく熱いのに背骨の中を通ってゆく冷や汗のようなものを感じる。シャッコの上へ躯を沈めながら、静かに息を吸って吐いて止めて、声を噛むのと同時に眉が寄る。キリコのその表情を、シャッコが不安気にかどうか、じっと見つめている。
体の重みを借りて、全部繋がってしまっても、キリコはすぐには動き出さない。シャッコが馴染ませようとした指とは比べものにならず、自分の中を満たすシャッコのそれに、苦痛を感じたくはなかったから、シャッコが自分の腰へ添えた手へ自分の掌を重ねて、もう少しだけそこからさらに腰を落とした。
全身が熱かった。繋がったそこだけではなくて、昼間じりじりと裏側から皮膚を焼いた熱さが、今は何十倍にもなって全身に広がり、あらゆる血管を通って最後には汗に変わる。汗は皮膚で乾き、跡を残しはしないけれど絶えはしない。額はべっとりと濡れて、短い前髪が張り付いていた。
眉の間を開いて、キリコは静かに動き始めた。
体を支えるシャッコの腕に任せて、倒れる心配はせずに動く。シャッコの片方の手はいつの間にかキリコのみぞおちに触れてから、下腹へ進んで、勃ち上がった姿のそれを掌が覆う。親指の腹が、さっきのキリコの舌の動きを真似たように、下側からこすり上げて来た。
キリコは自分の口を左の手の甲で塞いで、噛み殺し切れない声を防ぐ。出せない声が伸ばした喉を震わせた。上下する、ごつごつとしたキリコの喉仏の動きを、シャッコが目を細めて追っている。
キリコの動きが結局つたないままと気づくと、シャッコはキリコを片腕だけで支えて、ゆっくりとキリコを痛めないように体を起こし、抱き寄せてから後ろへ押した。
ベッドの縁から落ちてしまったキリコの頭をきちんと持ち上げてそこへ置き、耳元まで唇を寄せてから、すまん、と短い詫びを告げる。
何のことだと、一瞬キリコが不審に正気を取り戻し掛けた途端、キリコの中でシャッコが大きく動いた。
滅多と激しさのないふたりの間で、今はその普通をどこかに置いて、シーツの上を滑り上がるほどシャッコが激しくキリコを揺すぶった。
キリコの頭の位置がずれ、また縁から落ち掛ける。落ちて、がっくりと後ろへ反り返る形に、キリコは折れた喉の引き攣る苦しさに、思わず大きく口を開けた。
声がほとばしる。思ったほどは大きくはなかった。声は殺せなくなると、後は止まらなくなった。
シャッコがキリコの肩を引き、きちんとベッドの上へ乗せ直す。今度は全身で覆い被さられて、キリコの視界は全部塞がれた。
腕を伸ばし、手探りでシャッコを抱き、キリコは闇雲に触れたそこへ掌を滑らせる。汗に濡れた皮膚ほどなめらかではなく、シャッコがキリコの内側をこすり上げて、摩擦の熱と粘膜を引き出される感覚のせいの冷たい汗と、熱いのか冷たいのか分からずに、キリコはただシャッコにしがみついている。
今は短く息を吐きながら唇はシャッコの鎖骨の辺りへ押し付けて、時折構わず噛みつきもした。跡が残れば服に隠し消れないと思う理性は、どこかへ飛んでいた。
動きの激しさは次第に間遠になって、合間に、シャッコがキリコの耳を髪と一緒に食む。舌先がぬるりと柔らかな流線をなぞって来て、キリコはぞくっと背骨を震わせて、シャッコよりも先に、互いの腹の間で果てていた。
自分に寄せて来る動きに合わせて、キリコはシャッコの腿を引き寄せるようにして、指先を強く押し当てた何度目か、キリコの中でシャッコが終わった。
背骨を抜かれたような姿で、ふたりは乱れ切ったシーツの上に体を投げ出し、のろのろと互いの髪へ手を伸ばす。いたわりのように髪を撫で、さっき味わった熱を惜しむためについばむだけの口づけを交わした。
額と鼻先をこすり合わせて、シャッコがキリコの腰を抱き寄せた時、突然ドアと壁を隔てて子どもの泣き声が響いて来る。
ふたりは同時に動きを止め、闇の中で瞳を動かして泣き声の方向を見た。
肩を起こそうとしたキリコよりも先に、シャッコが跳ねるようにベッドから両足を下ろし、
「おれが行く。」
まだ汗に濡れた背中を丸めて、床に散らばった服の中から下着を取り上げ、手早く裸を覆って部屋から足早に出て行く。
歩幅の大きな足音を聞きつけてか、ユーシャラの泣き声はすでに小さくなり、シャッコがドアへたどり着いた時にはただしゃくり上げる声に変わっていた。
キリコは枕の方へ体を回しながら、ドアの方へは背中を向けて、シャッコの動きを思い浮かべている。
静かにドアを開け、ユーシャラのベッドまでシャッコなら2歩半だ。自分のためにやって来たシャッコを認めて、ユーシャラはしゃぶっていた親指を口から外してその手を伸ばし、抱き上げてくれと目顔で言う。あるいは、きちんとクエント語で伝える。
シャッコの大きな手がユーシャラの体に触れ、抱き上げて背中を撫で、自分だけが仲間外れだとすねているようにまだ少しぐずるユーシャラをあやして、シャッコの体温に安心したユーシャラは、再び眠りに落ちる。
キリコの体は、ひとりになって冷え始めていた。毛布を肩まで引き上げ、ふたり分よりも少し高かったはずの熱を思い返して、シャッコが戻って来ればまたふたり分になるのだと考えている。
ユーシャラの、子ども特有の、自分たちよりも体温の高い小さな体。シャッコの、キリコよりは幾分体温の高いように思える、大きな体。あのふたりは、確かにどこかで血の繋がりを感じさせ、そこに異物のように在る自分もまた、ふたりに何かの形で繋がっているのだとキリコは思った。
キリコとシャッコが繋がり、シャッコとユーシャラが繋がり、そうしてユーシャラとキリコが繋がり、ひとりとひとりがふたりになった後で、ふたりとひとりが三人になる。
家族ではない。ココナやヴァニラのそれのような家族ではない。それでもこの三人は、確かに家族のような何かだった。
ユーシャラを抱くシャッコの腕、シャッコを抱くキリコの腕、意味は違う、それでもひととひとの繋がるその行いの、少なくとも見掛けはそっくりだ。
ユーシャラがいなければ、こんな風に深く確かに結びつくこともなかったろう自分たちの、行く先のない熱の、冷えても決してもう失せることはない在り様に、キリコは恐怖も感嘆もなく、ただそれはそういうものなのだと、静かに考えた。
シャッコが欲しい、そう思う自分の、気持ちをもう否定する必要はない。そのあかしのようなユーシャラの、ぐずる泣き声はいつの間にか消えて、シャッコの忍ばせた足音がこちらへ戻って来る。
キリコはシャッコのためにベッドへ隙間を空け、シャッコの枕の端に頭を乗せ直した。
じきにまたふたり分の体温にぬくまる毛布の中で、体を丸めて明日の朝目覚めるだろう。今日の次に続く、変わり映えのしない明日は、また次の明日へ似た姿で続いてゆく。そうやって、ユーシャラと一緒に重ねる日々だ。
シャッコが、もう寝た振りをしているキリコの隣りへ、そっと滑り込んで来る。足の先が触れ、腕が胸の前に回って来て、ユーシャラがシャッコの体温に眠りを誘われたと同じに、キリコもシャッコのぬくもりに、気づかれないように短い瞬きをして、それから目を閉じた。
汗の乾いた膚が重なって、ふたつの呼吸と鼓動が、その後を追う。
ユーシャラの寝息も、かすかに聞こえるような気がした。