八左ヱ門が兵助と付き合いだしてからそろそろ1年がたとうとしている。
あれから、授業もきつくなってきて俺のクラスは補習が多くなった。前ほど自由にみんなに会えないのは寂しかったが、恋を自覚すると同時に失恋してしまった俺としてはありがたかった。14年間ずっと一緒にいた八左ヱ門を欺けるほど俺は演技がうまくない。
そんな補習のかいあって、なんとかみんなで五年生に進級することができた。平成では14といえばまだまだ子どもだが、こっちでは結婚してもおかしくない年齢らしい。三郎と雷蔵と勘右衛門は兵助がいつプロポーズするのかで賭けているようだったが、俺はそれに参加するのは遠慮しておいた。
「ハチにも彼氏ができたんだし、お前もそろそろその呼び方やめてみたら?」
三郎がふとそんなことを言ってきたので、八左ヱ門をはっちゃんと呼ぶのをやめてみたら本人には大変不評だった。他人行儀で気持ちが悪い、んだそうだ。
「けど、いつまでも子どものときと同じ呼び方じゃあれじゃん」
「あれってどれだよ。ずっと同じ呼び方してたのに今さら変えるほうが不自然だろ!」
俺としては兵助の立場も考えた上で変えてみたのだが、そう言われると困ってしまう。そんな様子を見ていた勘右衛門が「まあまあ落ち着けよ」と助け舟を出してくれた。
「幼馴染なんだし、と八左ヱ門が仲いいのは分かるよ? 文字通り生まれる前からの付き合いってこともさ。
でも、兵助にしてみればそういう関係じゃないって分かっていても、自分の彼女がほかの男とものすごい親しげにしてるっていうのは嫉妬するんじゃないかってことを、は言いたいんじゃないかな?」
「おお、俺はそんなふうに考えていたのか」
「お前が感心してどうするんだよ!?」
俺以上に俺の心境を解説してくれた勘右衛門に感嘆の声を上げると、ツッコミ代わりのチョップが入った。痛い。
八左ヱ門が兵助のほうを見て「そうなのか?」と申し訳なさげに尋ねると、兵助は「いや、別に……」と言いつつも顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。見事に図星を指されたわけだ。
まさか、兵助が自分のために俺に嫉妬しているとは全く思ってもみなかった八左ヱ門のほうもつられて顔を赤くする。
「その、なんというか……ごめん」
「いや……分かってくれればいいんだ」
分かってくれたところで八左ヱ門と兵助がお互いのほうに向き直ると、なんだか気まずい空気になってしまった。何か気の利いた話題でも出さなければと俺がまごついていると、左右から三郎と雷蔵が俺の小脇を抱えて無言でその場を離れようとする。いきなり何をするのかと抗議しようとすれば慌てて勘右衛門が俺の口を塞いだ。兵助か八左ヱ門に助けを求めようとしたが、2人の世界に入り込んでいる彼らに俺の懇願が伝わるわけもなく、そのまま随分と離れるまで俺は3人がかりで引きずられていった。
「なんで俺、こんなとこまで連れてこられてるの」
「別に意味はない」
胸を張って言い切る三郎に軽くイラッとしながら、俺は長屋の自分の部屋で憮然とした表情を作った。
「俺はただ、2人が気まずい雰囲気になったらいけないと思って空気読んだセリフを考えてたところだったのにー」
「あれを『気まずい雰囲気』としか認識できてない時点で、はすでに空気読めてないと思う」
「そうかなあ?」首をひねって聞き返すと即座に3人そろって頷いた。え、俺そんなにKY?
「ってなんでそう色恋沙汰に疎いかなあ」
勘右衛門がやれやれといったふうに肩をすくめているが、俺はさほど恋愛に疎いわけでは……あるのかひょっとして。思い当たる節がありすぎて困る。
今までの半生が普通の人とはだいぶ違っていたから大して気にしていなかったが、このままじゃ俺一生独身とかありそう。八左ヱ門以外で女の子の知り合いほぼゼロだし!
「まあ、そのおかげでなんとか修羅場を回避できたんだけどさ」
俺がうんうん悩んでいる横で、ぽつりと勘右衛門が何かを呟いたので「何か言った?」と聞き返したら「いやこっちの話」とすげなく流された。しかし修羅場とか回避とか聞こえてしまった俺としてはどうにも気になって仕方がない。さらに問い詰めようと口を開いたところに、同室のが帰ってきた。
「おいお前ら、何俺の部屋でたむろしてんだよ」
「俺の部屋でもあるんだけど」
「俺は委員会活動で疲れたから晩飯まで寝るんだから、騒ぐんなら鉢屋たちか尾浜の部屋に行けよー」
追い立てられるように部屋を出たときには、すでに勘右衛門にあの発言の真意を聞く機会を逸していた。