初恋も二度目なら

 ある日の朝、いつもよりも早くに目が覚めた。
「あれ? なんだ、まだこんな暗いのか」
外を見て、まだ薄暗いことにびっくりする。
 今日は休日だというのに、日も昇りきっていないうちに起きてしまうのもなんだかもったいない気がするのだが、なんだか目が冴えてしまって二度寝しようにも眠れない。しょうがないからみんなが起きてくる時間まで、どう暇をつぶそうかと考えながら戸を開けて外に出――ようとして、すぐさま戸を閉めた。
 いや待て、ちょっと待て。今のって、え?
 戸を開けた瞬間に、い組の長屋の1部屋――あそこは確か兵助の部屋だ――から出てきたのは間違いなく八左ヱ門だった。寝間着だけを身にまとった、下にさらしも巻いていない無防備な姿で、八左ヱ門は兵助の部屋から出てきたのだ。
 それが意味するところを知らないほど、俺も無知ではない。
 俺だって忍務で見も知らぬ相手と情を交わすことぐらいある。ましてや八左ヱ門と兵助は恋人同士なのだ。1年も付き合っている結婚適齢期の男女が、一度も枕をともにしたことがないというほうが不自然ではないか。
 だが、それを頭で分かっているのと実際に現場を目撃してしまうというのでは、衝撃の度合いがまるで違う。
 一瞬、何かの間違いだと思いたくて戸を少しだけ開けて外を覗き見て、すぐに後悔した。
 運の悪いことに、そのときちょうど部屋の戸が開いていて、入り口で2人が口吸いをしている現場を見てしまった。何もそんなところでやらんでもいいじゃないか。八左ヱ門が女だとほかのみんなにバレたらどうするつもりなんだ!?
 心の中で悪態をついてみても、足には力が入らず立っていられない。そのまま戸を背にずるずると座り込んで、体育座りになって顔を膝に埋める。涙は出なかった。

目撃

 結局、衝撃の現場を見てしまった俺は二度寝――ふて寝ともいう――した後、昼前に起きた同室の友人に見事なしかめっ面をさらして驚かれた。
「お前どうしたんだよその顔!?」
「……恐ろしく夢見が悪かった」
適当な言い訳を述べてぷいとそっぽを向けば、はそれ以上追及してこなかった。ただ、何とも言えない表情を浮かべて物言いたげに俺を見つめてくるだけだ。
「とりあえず、顔洗ってくる」
「ああ……」
二度寝で寝すぎたせいか、ずきずきと痛む頭を抱えて顔を洗いに井戸に向かうと、そこには朝練を終えたところらしい兵助がいた。

「うぃーす、おそよー」
寝間着姿で片手を上げてあいさつをすると、兵助は俺の格好を見て少し渋い顔をした。
「本当に遅いぞ。休日だからってあんまり寝過ぎるな」
二度寝する原因にそんなことを言われたものだから、少しばかりカチンときて大人気ない行動に出た。
「そういう兵助は休日なのに早起きだよなー。まだ日も昇りきらないうちに起き出してたんだもん」
「! ……見てたのか!?」
あくびしながら、暗に今朝の現場を見ていたことをにおわせる発言をすると、兵助の顔色が変わった。きっと俺のことを睨みつけてくるが、耳まで真っ赤になった状態では常ほどの迫力はない。
「見てたって、何を?」
とぼけてみせると、兵助はそれを咎める余裕すらなくしてあたふたと言葉に詰まった。あまりいじめ過ぎても八左ヱ門に怒られるので、俺は助け舟を出してやることにした。
「なんかい組の長屋のほうで物音がしたのが聞こえたから、兵助だと思っただけだよ」
「そ、うなのか」兵助はその言葉を聞いてほっとしたのか、肩から力が抜けたようだった。「……あまり人を驚かせるな」
「まあその様子じゃあ八左ヱ門と何かあったんだろうけど?」
何があったのかは知らないけど、忍者の三禁は忘れるなよ? そう言ってニヤリと笑って見せたら、今度こそ兵助を怒らせてしまったのか無言で井戸水をぶっかけられた。