初恋も二度目なら

 翌日。俺は食堂で朝食を採っていた。ちなみに今日はから揚げ定食です。一見肉ばっかりに見えてもきっちり野菜たっぷりの味噌汁も付いてくるんだから、おばちゃんの栄養管理には舌を巻く。
 不自然にならない程度にゆっくり咀嚼しながら、片瀬さんの様子を遠目に観察する。そういえば学園長の話では、彼女は俺に興味を持っているということらしいけど――時折、こちらを見ては可愛らしい笑顔を向けてくれるところを見ると、あながち間違いでもなさそうだ。いやまあ、近くにいるほかの誰かに微笑みかけてるという可能性もあるんだけどね?
 しかしこうして改めて見てみると、確かに今の状況は異常だった。間者ではないと分かってはいても、これでは学園長も気が気ではないだろう。タイプも種類もバラバラな面々がそろって1人の女の子をめぐって醜い争いを繰り広げている。
(中学時代でもここまでじゃなかったような……)
ここ最近掘り起こすことのなかった古い記憶をたどってみる。
 確かに片瀬さんは学校でも有数の美少女で人気の高い子ではあったけれど、あくまでも普通の女の子だったはずだ。当時は告白されたわけでもないのに付き合っていた子を捨ててまで彼女に走る男はいなかった――せいぜいが鼻の下を伸ばして彼女の機嫌を損ねるといった程度だった。これは単に時代の差なのだろうか。
 そんなことを考えながら味噌汁をすすると、持ち上げた器からはらりと底から紙切れが舞い落ちた。それを広げてみると、苦労しながら毛筆で書いたと思われる字で「授業が終わったら裏庭に来てください」とあった。
 おそらくこの伝言の主は片瀬さんだろう。わざわざ人気のない場所へ誘うなんて、一体何の用だろうか。不思議ではあったが、どう接触を図ろうか考えていた矢先にこれは幸先いいんじゃないか。

接触

「わあ、本当に来てくれたんだ!」
指示通り、放課後の裏庭に来てみるとそこには先客がいた。片瀬さんだ。
 彼女は俺の姿を確認するなり破顔して駆け寄って来た。どうやら俺の予想どおり、あの伝言は片瀬さんのもので合っていたらしい。
「立ち話はなんだから、わたしの部屋に行きましょ」
その言葉に俺は驚いた。異性の部屋に2人きりだなんてとんでもない! 変な噂でも立ったらどうするのか。そのことをややオブラートに包みながら伝えると、片瀬さんの表情が曇った。
「だって、大事な話があるんだもの。ほかの人に聞かれると困るのよ」
声を落としてのささやきに俺は一瞬だけ逡巡し、しぶしぶながら頷いた。誰かに見られることがあったら、そのときは何かの相談に乗っていたとでも適当にごまかしておけばいい。
 彼女の部屋に案内されると、そこは甘ったるい匂いが立ち込めていた。嫌いではないが、こうも匂いがきついとむせ返りそうになる。
 八左ヱ門の部屋も女の子特有の甘い香りが漂ってはいたが、ここまでじゃなかった。
「とりあえず座って」
部屋の入り口で突っ立っていると、片瀬さんが座布団を用意してくれた。促されるままに座ると、片瀬さんはおずおずと口を開いた。
「その、最初に聞くけど……あなたは中学で一緒だったくん、なのよね?」
ためらいがちに、しかし直接投げかけられた質問に俺はどう答えるべきか迷った。
 おそらく疑われているのだろうとは思っていた。俺に関して聞いて回っていたというのもその件でというのも薄々感づいてはいた。だが、まさかこんな直球でくるとは思わなかったのだ。
「あー……バレちゃしょうがないかな」
数秒の沈黙の後、俺は自白することにした。ちょっとした賭けではあるけれど、下手に話の流れに逆らわないほうがいい。
「じゃあ、やっぱりくんも3年前にこの世界に……」
「いや、14年前だよ? 俺、向こうで死んでからこっちで生まれたから」
片瀬さんの言葉を途中で訂正すると、なぜか驚いた顔をされた。ひょっとしたら俺が同じ状況だったら、情報を共有することで元の世界に帰る手がかりがつかめると思っていたのかもしれない。だとしたら少し気の毒に思えた。
 しかし俯いた彼女は落胆した様子もなく、何やら1人でぶつぶつ呟き始めた。逆ハーがどうの傍観がこうのと漏れ聞こえる単語はあったけれど、それらがこの場においてどういう意味を持つのか俺には分からない。
 ただ、彼女の表情に何か引っかかるものを感じたのは確かで。
「片瀬さん? どうかしたの」
思い切って尋ねてみると、片瀬さんは慌てた様子で「ううん、なんでもないの!」と首を振った。
「そうだ、わたしったらお茶も淹れずに失礼だよね。ちょっと待ってて」
別にいいのに、と腰を浮かした俺の肩に片瀬さんは手を置いて座らせると、茶を淹れるために部屋を出て行ってしまった。
「うーん……」
一瞬彼女を手伝いに後を追うべきかとも思ったが、下手に2人でいるところを見られるといろいろと面倒くさい。
 ここはひとまず彼女に任せて、俺は先ほど得た情報を整理することにした。とはいっても、得られたものはほとんどないのだが。
 とにかく先ほど片瀬さんが呟いていた内容をできる限り思い出してみる。

「――ということはくんは転生主なのよね。そうするとわたしが逆ハー主でくんが傍観ってこと? でもわたしには補正があるし、うまくやれば……」

 うん。そもそも何かの専門用語とおぼしき単語の意味が分からないのだが、さすがにそれで済ませると怒られそうだから、なんとかない知恵絞って前後の分から推察して内容を読み解いてみる。
 彼女いわく、どうやら俺は転生主というものらしい。『主』の意味がいまいち分かりかねるが、平成の時代から生まれ変わってこの世界に来た人間という意味なのだろう。たぶん。逆ハーというのが分からないが、彼女の中で俺は傍観者という位置づけらしい。まあ当たらずとも遠からずといったところか。すでにかかわっている時点で傍観とは言わないけど。でも補正って何の?
 先ほどの言葉から察するに、同じ世界から来た俺の存在は片瀬さんにとっては不安要素らしい。通常なら心強い味方と考えるべきところなのに、なぜ危惧されるのだろうか。分からない。
 そもそも片瀬さんは、どうしてこんな時代に1人放り出されて平然としていられるのだろう。それどころかどこか楽しんでいる節すら見られる。普通だったら泣いたり悩んだりするはずなのに……。
(ひょっとしたら、片瀬さんは明確な目的を持ってここに来たのかもしれない)
そして、平成の時代を知っている俺を彼女は不安に思った。同じ時代から来た同胞が持っている情報は彼女にとって不利になるからだ。そう考えればつじつまが合う。
 けれど、まだ決定的な情報が不足している。それはこれからの会話で引き出していかなければならない。
 今後の方針について考えをまとめたところで、部屋の主によって戸が開いた。