勉強、というかややネタ拾いの意味合いもあるが野球関係の本を読んでいる。ルールブックやらテクニックやらの話になるとまだまだ敷居が高いので、手に取るのはもっぱらスポーツ・ノンフィクション、伝記といった間口の広い方だ。
今回読んだ「スカウト」は、戦後まもなく、まだスカウトという言葉もなかった時代から40年間を送ったある人物にスポットを当てた作品である。その名は木庭教。広島カープ、大洋ホエールズ、オリックスブルーウェーブ、日本ハムファイターズと四つの球団に在籍し、常に第一線で有望な新人を探し全国を歩き回った人物だ。
市民球団として発足したカープに入団した木庭の仕事は、その性格上資金面で劣らざるをえない環境の中で、いかに埋もれた才能を探し出し入団させるか、ということにあった。鍛えぬかれた木庭の眼力はやがて「スカウトの神様」と呼ばれるようになる。
しかしあまり辣腕という言葉が似合わない気がするのは、おそらく後藤が描き出す木庭の人柄のせいだろう。手がけた選手を入団しれからも気づかい、ときには退団後の身の振りかたまで世話したりもする。プロ野球選手となったものすべてが成功するわけではないのだ。生涯二軍で終わるもの、故障や病気で数年で解雇される若者もいる。スカウトがかれらに「最後のチャンス」を作ってやったり、球界外の仕事を紹介することは珍しくないそうだ。ある人物は、野球関係者で年賀状を出すのは木庭さん宛てだけです、と語る。
後藤は各地を飛び回る木庭に同行し、取材に4年をかけて本書を執筆した。高校野球、大学野球、社会人野球…。春から秋にかけて、日本ではなんとあらゆるところで試合が行われていることだろう。
取材の過程では、もちろん他球団のスカウトとも顔を合わせることがある。試合の寸評、茶飲み話をしながらも、かれらはけっして腹の底を見せたりしない。しかし、ラジオのニュースでだれかが手がけた選手の活躍が報じられると互いに祝福しあったりもするのだ。
後藤の取材対象は、木庭が手がけた選手はもちろんこうした他球団のスカウトにもおよぶが、かれらスカウトから見た野球の世界は、観客が一喜一憂する試合とはまた違った面があることを教えてくれる。
この感想を書いている間に、本書の主役たる木庭教氏が亡くなられたというニュースを知った。読了してまもなかったせいもあろうが、ものさみしい思いがする。