11.

 授業が終わって寮へ戻ったら、机に向かって自習する事。
その間、部屋のドアは決して閉じる事なく全開にしておく事。
消灯後ドアを閉める事は許されるが、決して鍵はかけない事。
シャワーやトイレに行く時は友達と誘い合わせるのではなく、必ず1人で行く事。
臨時の全校集会で学長が生徒全員に告げたのはその4つの事だった。
それはもちろん 淫らな行為をした生徒が出た事によって学園側が生徒の監視を強めたという事だった。
でも、大人たちは誰もそんな事をはっきり口にしたりはしなかった。
S学園はますます牢獄に近づいた。少なくとも僕はそう思っていた。 その日から生徒のプライバシーはまったく守られなくなってしまったのだから。

 それでもここにいる以上規律を乱すわけにはいかなかった。僕も雅春も不本意ながら学長の指示に従うしかなかった。
その翌日。授業の後に彼と2人で部屋へ戻ると、雅春はドアを全開にしてため息をついた。
それから僕たちはしかたなく机に向かい、とりあえずノートと教科書を開いて勉強しているフリをした。
机の上は太陽に照らされてとても明るかった。 今までは放課後外で遊ぶ人たちの姿が窓から見えたりもしたけど、その日から窓の外は突然殺風景になってしまった。
なのに、背中の後ろはやけに賑やかになった。 廊下を人が通るたびにギシギシいう足音が耳に付いて、なんとなく落ち着かなかった。
僕はこんなふうになってみて初めて部屋の薄いドアが今まで大事な役割を果たしてくれていた事に気が付いた。
「亮太、好きだよ」
隣で机に向かう雅春が僕の目を見て小さくそう言ってくれた。こんな時でも彼は相変わらず綺麗だった。
僕は座っている回転椅子を雅春に近づけて彼の柔らかい髪に触れようとした。 でもその時また背後で足音がして、僕は慌てて椅子を元の位置に戻した。すると雅春はちょっと悲しげに俯いてしまった。
いったいいつまでこんな事が続くんだろう…
僕はしゅんとして目を伏せた彼の横顔を見つめ、なんだか泣き出したい気分になっていた。
すると、また背後に力強い足音が響いた。その足音は102号室の前で一度止まり、その後どんどん僕らに近づいてきた。
「君たち、マジメに自習してるかな?」
その低い声に反応し、僕らは2人同時に回転椅子を回して後ろを振り返った。するとそこにはひょろっと背の高い先輩が立っていた。
彼は少し目を細めて僕らの顔をまじまじと見つめ、ブレザーのポケットから手帳を取り出してそこにサラサラと何かをメモしていた。
僕はその時なんとなくドキドキしながら彼の姿を観察していた。
その人は髪が短くて鼻がやけに尖っていた。こけた頬は神経質なイメージをかもし出し、少し厚めの唇はカサカサに渇いていた。
彼は手帳を閉じると僕たち2人に口許だけでにっこりと微笑みかけた。でも冷淡な印象の細い目はちっとも微笑んではいなかった。
「僕は風紀委員の田村です。高等部の2年生で、クラスはD組だよ。僕は101号室から110号室までの監視を担当するから、 時々こうして君たちの様子を見にくるからね。夜間の見回りは君たちが目を覚まさないようにできるだけ静かに行うから安心して。 分かっているとは思うけど、校則はしっかり守るように。万が一校則違反をしてる生徒を発見したらすぐ僕に報告してほしい。 いいね、分かった?」
「…はい」
僕と雅春は戸惑いながらも先輩の言葉に頷いた。
生徒の監視役である風紀委員の選出方法は、高等部2年生と3年生から数名ずつ成績のいい順番で任命される。
僕と雅春がそれを知ったのは、その日の夕食の時間に川原がその事を教えてくれたからだった。


 消灯時間になると僕は少しほっとした。それはもちろん、やっと部屋のドアを閉める事ができるからだった。
でも僕と雅春は体を重ねるどころか同じベッドで眠る事さえ許されなかった。 それは風紀委員の田村先輩がいつ抜き打ちで部屋を見にくるかまったく分からないような状況だったからだ。
僕たちは消灯が過ぎるとドアを閉め、部屋の電気を消してしかたなくそれぞれが自分のベッドに横になった。 でも微かな抵抗としてベッドの間を仕切るカーテンだけは閉じなかった。
それでも月明かりのない夜は部屋の中が真っ暗で、数メートル先に寝ているはずの雅春の姿はまったく見えなかった。
僕たちはそんな中 どちらかが眠ってしまうまで小声で話をする事にした。
「亮太…今度の日曜日、一緒に外出しようよ」
雅春のハスキーな声が少し遠くで聞こえた。僕はその声で彼の存在を確認し、すごくほっとしていた。
「いいよ。ここにいたら息が詰まりそうだもん」
「朝からホテルに行って、夕方までずっと2人きりでいようよ」
「え?本当?」
「日曜日は一緒に風呂に入って、ゆっくりベッドで抱き合おう」
雅春にそう言われると、体がムズムズしてきた。本当は今すぐにでも彼と抱き合いたかった。
僕たちはそれから1時間ぐらい暗闇の中で話をしただろうか。
やがて僕が話しかけても雅春は返事をしなくなった。 彼の寝息が部屋の中に響いた時、僕も目を閉じて眠る努力を始めた。だけどこの夜はなかなか眠りに就く事ができなかった。

 その時間は、いつもなら彼と愛し合っている時間だった。 僕は彼の温もりを思い出して体が勝手に反応し、そのうちにどうしても性欲を抑えられなくなってしまった。
同じ部屋に雅春がいるのにその彼の事を思いながらオナニーをするのはすごく不本意だった。 でも僕はもう本当に我慢ができなくなってしまい、とうとう毛布の下で自分のパンツをずり下ろした。 その時僕の大事なものはすっかり熱くなっていた。
こんな事は早く終わらせてしまおう…
そう思って自分の指で熱いものを擦ると、あっという間に気持ちがよくなってきた。
僕は小刻みに右手の指を動かしながら、頭の中では雅春と愛し合っている時の事を思い出していた。
彼の細い指が僕の先端をいじくり回し、彼の舌が僕の乳首を舐め回す。
その時雅春の柔らかい髪が僕の胸に触れ、僕はそっとその髪に指を絡ませる。
彼はそうやって僕を十分に興奮させた後、最後は1番敏感な部分に舌を這わせるんだ。
頭の中で雅春が温かい舌をゆっくり動かし始めると、遂に僕の限界が近づいてきた。
『もう出る…』
僕は心の中でそう叫び、奥歯を噛み締めて声を出すのを必死に堪えた。
するとその時、突然ベッドの向こうのドアが開いて誰かが部屋の中へ入り込んできた。
その時僕はものすごく驚いて、本当に声を上げてしまいそうになった。
僕は奥歯を噛み締めたまま体のすべての動きを止め、自分の心臓の音を聞きながら暗闇の中できつく目を閉じた。
突然の訪問者は、僕と雅春が眠るベッドの間で立ち止まる気配がした。
その時僕はすぐに分かった。ベッドの脇に立っていたのは、間違いなく風紀委員の田村先輩だった。
「チッ」
先輩はその時何故か1つ舌打ちをした。その後には2つのベッドを仕切るカーテンがスーッと静かに引かれる気配がした。
彼が僕らの部屋にいたのは、きっとほんの1〜2分の間だけだった。やがて彼の足音はすぐに遠ざかり、102号室のドアは静かに閉ざされた。

 田村先輩が出て行った後、僕はゆっくりと暗闇の中で目を開けた。
あと少しでいい思いができるところだったのに…
僕はそう思ってもう一度自分の大事なものに触れてみた。でもそれはもうすっかり萎えてしまっていた。