13.

 雅春と2人きりで過ごした日曜日。僕はその日、すごく幸せだった。
でも寮へ戻ると相変わらず窮屈な規律が僕たちを締め付けた。
教室でしっかり授業を受け、寮へ戻るとまた机に向かい、夜になったらさっさと眠る。 しかもその間は必ず監視の目が光っている。
ずっとそんなふうだったから、僕らは常に緊張を強いられていた。

 木曜日。2時間目の授業は国語だった。
僕はその時間頭が痛くてしょうがなかった。 でも風邪をひいたという自覚はなかった。 熱がある様子はなかったし、関節が痛むわけでもなかったし、クシャミが出るような事もなかったからだ。
それでも頭が割れるように痛くて、その時間は本当につらかった。
外は天気がよくて、教室の中は明るい太陽の光に照らされていた。窓から見える遠くの緑は色鮮やかだった。
そんな素晴らしい朝に、僕は教室の隅で1人頭を抱えていた。

 ところがその授業が終わって休み時間に入ると、僕の頭痛はすぐに治ってしまった。 それは次の授業が先生の都合で自習になった事を知ったからだった。
日直の生徒がチョークで黒板に "自習" という文字を書くと、同じクラスの皆から大きな拍手が起こった。
自習時間が始まると、皆は仲のいい友達と集まってお喋りしたり、机の間を駆け回って鬼ごっこを始めたりした。
ずっと灰色だった教室の中に皆の笑い声が響くと、僕はなんだかほっとした。
僕と雅春は窓辺に佇んでぼんやりと校庭を眺めていた。 そこでは高等部のどこかのクラスが体育の授業を行っていて、紺色のジャージを着た先輩たちがマラソンに励んでいた。
自習が始まって10分が過ぎると、同じクラスの何人かの生徒は教室から姿を消していた。 彼らが校舎の裏口からそっと外へ出て裏山で遊んでいる事は容易に想像がついた。
その時はいつも元気な川原が机に顔を伏せて眠っていた。もしかして彼も窮屈な暮らしに疲れていたのかもしれない。
「俺たちもどこか行く?」
しばらくすると、雅春が僕に小さく耳打ちをした。
僕は一度四角い教室の中を見回し、誰も僕らに注目していない事を確認した。 同じクラスの皆はほとんどの人がお喋りに興じているか走り回っているかのどちらかだった。

 僕らはその後すぐに廊下へ出た。 僕は授業中に教室を抜け出すのが初めてで、実は少しドキドキしていた。
教室を出て明るい廊下を静かに右へ進み、左に曲がって短い廊下を突っ切るとそこには体育館の入口があった。
僕と雅春は横開きの重いドアをそっと開けてその中を覗いてみた。するとそこには誰1人いなかった。
板張りの体育館の床にはバスケットのボールが1つだけ転がっていた。それから僕たちは1対1でバスケットの試合を行った。
雅春は僕より背が高いからバスケットでは圧倒的に有利だった。でも彼はムキになって僕からボールを奪ったりはしなかった。
そうして遊んだのはほんの短い時間だったけど、すごく楽しいひと時だった。
体育館の中には外の日差しがいっぱい入り込んでいた。そしてその中を埃が舞い散っていた。
雅春が走ると、彼の柔らかい髪が大きく揺れ動いた。僕は少し走るとすぐに汗をかいてしまった。
ボールをドリブルする音が体育館全体に小さく響いていた。広い体育館を2人で占有するのはすごくいい気分だった。
「汗かいた」
雅春は何本目かのジャンプシュートを決めた後、そう言って床の上に座り込んだ。 彼の額にはたしかにじわっと汗が浮かんでいた。
彼はブレザーを脱ぎ捨て、額の汗を拭ってフーッと大きく息をついた。すると彼の吐息までもが体育館の中に響き渡った。
「楽しかったね」
僕はそう言って彼の隣に腰かけた。雅春は一応辺りを見回してそこに誰もいない事を確認し、僕の頬にチュッと短くキスをしてくれた。
すると僕の頬が急に少し熱くなった。それは決して汗をかいたせいではなかった。
少しの間沈黙が流れると、外から小さくホイッスルの鳴る音が聞こえてきた。
僕はその時雅春の横顔を見つめていた。彼の長いまつ毛やスッとした鼻を、ただじっと見つめていた。 彼の柔らかい髪は太陽の光が当たって透き通る茶色に見えた。

 「ねぇ、最初の夜を覚えてる?」
彼のハスキーな声が小さく床に響いた。
彼は体が熱いようで、両手で顔を扇いでいた。その仕草はとても素敵だった。
「あの時亮太が誘ってくれて嬉しかったよ」
「誘ったのは雅春の方だよ」
僕が彼の言葉を否定すると、雅春は大きく目を見開いて反論した。
「嘘だ。亮太の方から誘ったくせに」
「違うもん」
「それは忘れてるだけだよ」
「絶対違うもん」
僕は少し唇を尖らせて彼にそう言った。すると彼はにっこり微笑み、人差し指で尖った僕の唇に触れた。
「どっちにしろ、亮太が誘わなくても俺の方から誘ったと思うけどね」
急に真剣な目をしてそう言われ、僕はすごくドキドキした。微かに感じる彼の汗の香りが、2人の夜の記憶を僕の心に蘇らせた。
「俺、急に亮太が欲しくなっちゃった」
その時は間違いなく彼の方から僕を誘った。僕もその時はすぐに彼と抱き合いたいと思っていた。
唇に触れる雅春の指を舌で舐めると、彼のキリッとした口許が微かに緩んだ。
こんなチャンスは滅多にない。僕たちにはその事がよく分かっていた。
授業が終わると真っ直ぐ寮へ戻って部屋のドアを開けたまま机に向かわなければならない。 その間彼と触れ合う事はできないし、気を抜く事すらできない。
僕たちが愛し合うチャンスはもうその時しかなかったんだ。

 僕たちは体育館の奥にある用具室へ行ってみた。
入口の黒いドアを開けてその部屋へ入ると、すぐ目の前に跳び箱が5つぐらい並んで置いてあった。
その部屋は日が当たらず、昼間でも薄暗くてジメジメしていた。
僕たちは跳び箱の横を通り抜けて奥へと進んだ。すると今度はバレーやバスケットのボールがたくさん入っている籠を見つけた。 更にその奥には何に使うのか分からないつい立てがあった。そして僕たちはその後ろに高飛び用のぶ厚いマットを発見した。
それを見つけた時雅春は制服のブレザーをマットの上に敷き、そこに僕をそっと寝かせた。
僕はその時今までにないほど興奮していた。
ゆっくりしていられないのはよく分かっていたから、その時は僕も雅春も自分で制服のズボンを脱ぐ事にした。
僕はマットの上に寝そべって膝まで下ろしたズボンを蹴った。それからすぐに雅春が僕の上になり、僕たちは短いキスを交わした。 その時彼の硬い物が僕の太ももに微かに触れた。
あまり時間がなかったから、僕たちが愛を囁き合う事はなかった。
雅春の両手が僕のお尻を軽く持ち上げた時、マットがガサッと小さく音をたてた。僕はそれからすぐに目を閉じて彼を受け入れた。
背中の下のマットは意外に柔らかくて、思ったよりもずっと寝心地がよかった。
僕は体の中に雅春の硬い物を感じるのがすごく好きだった。彼がグイグイ奥へ入ってくると、僕の興奮はもっともっと高まっていった。 更に彼の腰が激しく動き始めると、少しずつ気が遠くなっていった。
薄っすらと目を開けて周りの様子をぼんやり眺めると、そこが寮の部屋ではないという事をはっきりと意識した。
見慣れないつい立てや見慣れない灰色の壁が僕をすごくほっとさせた。
「んっ…」
雅春が小さく声を上げて腰の動きを止めた。僕はいつものように奥歯を噛み締め、声を出すのをなんとか堪えた。
僕たちはほとんど同時に果ててしまった。

 「亮太の方が少しだけ早かったよ」
僕らが愛し合った後 雅春はつい立ての後ろでズボンを履きながらすごく楽しげにそう言った。
僕は彼の隣でズボンを履きながら唇を尖らせてそれに反論した。
「2人とも同時だったもん」
「嘘だ。亮太の方が1秒早かったよ」
「そんな事ないもん」
「冗談だよ。すぐムキになるんだから。でもそういう所が好きなんだけど」
雅春はすっかり身なりを整えた後そう言って僕の髪を撫でてくれた。 彼の目に真っ直ぐ見つめられると、僕はすごく嬉しかった。
その後僕らは2人揃ってマットの上に腰かけ、今度は少し長いキスを交わした。
彼とゆっくり舌を絡ませ合うのは久しぶりだった。寮ではほんの短いキスをするだけで精一杯だったからだ。

 「もうすぐチャイムが鳴るな。そうしたら昼飯だ。今日のご飯は何かな」
雅春は腕時計にチラッと目をやった後、そう言って僕の手を軽く握った。僕は彼の肩に頭を寄せてその手を強く握り返した。
目の前の壁には天井から床まで細くひびが入っていた。
僕はこのまま時が止まってしまえばいいと思った。そこは薄暗くてジメジメした部屋だったけど、雅春と2人きりでいられるならどんな 場所でも構わないと思っていた。
それからしばらくすると、とうとうチャイムが鳴った。そのチャイムは2人きりの時間の終わりを告げていた。
「あーあ。教室に戻らなくちゃいけないな」
雅春は残念そうにそうつぶやいた。彼に悲しそうな目で見つめられると、僕も少し悲しくなった。 僕たちはその後しかたなく立ち上がろうとしていた。
するとその時、突然その部屋に人が入ってくる気配がした。
僕たちはつい立ての後ろで顔を見合わせ、お互いの手をぎゅっと強く握り合った。
僕と雅春の間に強い緊張感が走った。僕の胸は高鳴り、また微かに頭が痛くなった。
こんな所に2人きりでいるのを人に見られたら、僕らはもう終わりだった。

 僕たちは息をひそめてそこにいた。僕には壁の細いひび割れが一瞬グラグラと揺れて見えた。
用具室へやってきたのはどうやら2人組のようだった。それは床に響く足音の数ですぐに分かった。
「時間がない。5分でいかせろよ」
その声が小さく壁に反響した時、僕と雅春はもう一度顔を見合わせた。 雅春の目は大きく見開き、キリッとした唇はきつく噛み締められていた。
僕はその時自分の耳を疑った。でも数秒前に聞こえてきた声は、間違いなく風紀委員である田村先輩の声だった。
その後部屋の中にベルトを外すカチャカチャという音が響いた。僕と雅春はつい立ての後ろでお互いの手を握り締めながら じっとしてその音に耳を澄ませていた。
僕たちにはそれから何が始まろうとしているのかもうすでに分かっていた。
僕は2枚の板で繋がるつい立ての隙間から声のした方向を覗いてみた。
するとそこには跳び箱を背にして立つ田村先輩の姿が見えた。彼は相変わらず冷淡な目で宙を見つめていた。 その時彼の前にひざまづいていたのは坊主頭の生徒だった。
田村先輩の両手が、彼の前にひざまづく生徒の頭をぐっと引き寄せた。先輩は目を閉じて俯き、坊主頭の彼に次々と冷たい声で 注文をつけた。
「歯が当たらないように気をつけろよ。そこじゃない、もっと右だ」
その声を聞いた時、僕は体中がザワッとした。
それは空恐ろしい光景だった。つい立ての向こうに見える2人の間には愛情がまったく感じられなかった。

 雅春は静かに僕を抱き寄せて "もう見るな" と無言で合図した。
僕は彼の胸に顔を埋めてきつく目を閉じた。でも田村先輩の息遣いはしっかりと耳の奥に響いていた。
「はぁ…はぁ…」
それは地獄のような5分間だった。僕と雅春は田村先輩が果てるまでそこでじっとしているしかなかった。
そして、やっとその時が訪れた。
「うっ、あぁ…」
彼が気持ち良さそうな声を上げたのはその時だけだった。
田村先輩は最後まで愛情のない声で相手に指示を出していた。
「全部舐めて綺麗にしてくれよ。まだ残ってるだろう?」
雅春は先輩の声が僕に聞こえないように更に強く抱き締めてくれた。でもその声はどうやっても耳に入ってきてしまった。
僕はただじっとして雅春の胸に抱かれていた。僕を抱き寄せる彼の手は小さく震えていた。そしてその心臓は大きく脈打っていた。
その後再びカチャカチャとベルトのバックルの音が聞こえてきた。それは恐らく田村先輩が身なりを整えようとしているからだった。
その音が止むと、彼は少し笑いを含んだ声でこう言った。
「これでお前たちの事は見逃してやるよ。でも夜はちゃんとドアに鍵をかけてからセックスしろよ」
田村先輩は、最後まで冷淡だった。
彼は生徒の淫らな行為を見逃す代償としてその当事者にこんな屈辱的な行いをさせていたのだった。