14.
僕は用具室で見た光景に相当ショックを受けていた。
金曜日の夜。僕は消灯後ベッドに横になるとその時の事を思い出して泣いてしまった。
その夜は月明かりがいっぱい部屋の中に差し込んでいた。僕はその柔らかな光の下で存分に枕を濡らした。
雅春はしばらく黙って僕のすすり泣く声を聞いているようだった。でも僕がいつまでたっても全然泣き止まないので、
とうとう遠慮がちに僕に声を掛けてきた。
「どうした?そんなに泣くなよ」
僕は枕に頬を乗せ、涙をいっぱいためた目で雅春の姿を見つめた。
彼はほんの2メートル先にあるベッドの上へ横になり、心配そうな目で泣きじゃくる僕を見つめていた。
「昨日の事を思い出してたのか?」
彼は僕が泣いている原因を分かっているようだった。
僕はその時すごく心細くて人恋しかった。
横になったまま彼に向かって精一杯手を伸ばすと、雅春も精一杯手を伸ばして僕の手を掴もうとしてくれた。
でも2台のベッドの距離は意外に遠く、あと少しというところで僕らの手が触れ合う事はなかった。
「俺、亮太の事すごく好きだからな」
彼のハスキーな声が耳に届くと心から嬉しかった。でも僕はただ泣いているだけで何も返事をする事ができなかった。
その夜は月明かりが彼の姿を僕の目に映し出してくれていたけど、雅春のシルエットはしょっちゅう涙で滲んでいた。
「なぁ…俺たちお互い好き同士なのに、どうして離れていなくちゃいけないんだろう」
彼がそう続けると、僕の目から更に涙が溢れた。
雅春が疑問に思っている事は、まさしく僕も疑問に感じている事だった。
「好きな人と一緒にいたいのは当たり前だし、愛し合いたいと思うのも当然だろ?」
彼の言っている事はちっとも間違ってなんかいなかった。
僕はもう理不尽な締め付けで当然の権利を奪われる事に耐えられなかった。
僕は田村先輩のやっている事を知った時、自分のしてきた事がすべて間違っていたのではないかと強く疑問を感じた。
僕はS学園に入学するために小さい頃からやりたい事をずっと我慢してきた。
遊ぶ時間も眠る時間も削っていつも勉強ばかりしていたんだ。
なのにそんな犠牲を払ってまで入学した学校がこんな所だったなんて、とてもショックだった。
「亮太…」
雅春が僕の名前を呼んだ。
その後彼は静かに起き上がり、たった2〜3歩床の上を歩いて僕のベッドの脇に立った。
この2歩か3歩の距離が今の僕らにはものすごく遠かった。
光沢のある彼のパジャマが、月明かりに照らされて光っていた。
「俺、亮太が泣いてるとすごくつらいんだ」
彼は枕を濡らす僕を見下ろして本当につらそうにそう言った。
僕はもう頭が混乱していた。そして自分がどうあるべきなのか分からなくなっていた。
僕には5つ年上の兄さんがいて、彼は小さい頃僕が泣いているといつも温かい手で抱き締めてくれた。
雅春と抱き合う事は、兄さんと抱き合う事とどう違うのだろう。僕にはどうしてもそれが分からなかった。
「亮太が泣き止むまでそばにいてやるよ」
雅春はそう言って僕の布団の下へ潜り込んできた。彼が僕の隣へ横になると、ギギッと大きな音をたててベッドが軋んだ。
僕は彼の胸に抱かれて泣いた。
雅春の体温が体中に伝わるとすごくほっとして心が安らいだ。
でも彼と同じベッドで触れ合う事が今の僕らにとってどれほど危険な事かは僕自身が1番よく分かっていた。
「雅春、ダメだよ。こんな時に田村先輩が来たら大変な事になるよ」
「あんな奴の事は忘れろよ。心配するな。俺は亮太が眠るまでこうしていたいだけだから」
「でも…」
「もういいから、泣くのはやめてゆっくり寝ろよ」
雅春の声は、布団の下で少し雲って聞こえた。
僕は田村先輩がそのうち見回りに来る事を知っていた。その事は雅春だってもちろんよく分かっていた。
でも僕はもうすべての事がどうでもよくなっていた。
その夜僕はどうしても彼の温もりを手放したくなかった。
今夜一晩彼と抱き合って眠る事ができれば、退学になっても構わないとさえ思った。
もうこんな所にいるのは嫌だった。これ以上ここにいたら頭がおかしくなってしまいそうな気がした。
たとえ退学になって雅春と離れ離れになっても、僕たちの愛は永遠に変わらない。だから、もうどうなってもいい…
僕は本気でそう思い、布団の下で必死に彼の胸にしがみ付いた。
その時僕は、きっと雅春も同じ事を考えていると思っていた。
「亮太、大好きだよ」
雅春は温かい手で僕をしっかりと抱き締め、はっきりした口調でそう言ってくれた。彼の胸は温かくて、とても居心地がよかった。
彼の柔らかい髪が布団の下で何度も僕の顔に触れた。
雅春の心臓の音がすぐそばで聞こえると、安心してすぐに眠れそうな気がした。
僕はその夜、相当な覚悟をして彼とベッドを共にした。
彼の温もりを独り占めできるのはこれで最後だ。
僕は恐らく明日でここを去る事になる。
人間らしい暮らしを手に入れる代償として、大好きな人を失う事になる。
それは十分分かっている事だった。それでも僕は決して彼を離さなかった。
僕たちがいつ眠りに堕ちたのか。それはよく分からなかった。
ただ、まだ夜が明けないうちに僕と雅春の眠りは邪魔された。
ある時僕は、自分の目に真っ直ぐ飛び込んでくる明るい光を感じて突然眠りから覚めた。
その時は一瞬目が幻惑されて周りの様子がよく見えなかった。でも僕の隣に雅春がいる事だけはちゃんとよく分かった。
そして徐々に幻惑が解消されると、僕の見た光が何なのかすぐに分かった。
それは僕たち2人を照らす懐中電灯の明かりだった。
ベッドの脇に立って懐中電灯を手にしていたのは、もちろん田村先輩だった。