3.

 僕が初めてマミの存在を知ってから10日間が過ぎた。先輩はこの前の日曜日も、彼女に会うために出かけて行った。
僕は先輩とマミの事を知ってから、自分がひどくいやらしい人間である事に気が付いた。
先輩は夜8時頃になるといつも部屋を出てシャワーを浴びに行く。そしてその時、彼は必ず携帯電話を机の上に置いていく。
僕はマミの存在を知って以来、先輩がいない間に彼の携帯電話の履歴をチェックするようになっていた。
それがいけない事だというのは自分でもよく分かっていた。でも、僕はどうしてもそうする事をやめられなかった。
僕はきっと、今夜もその行為を行うに違いない。ドアをがっちりロックして。ほんの少しの罪悪感と必死で闘いながら。

 午後7時55分。
柳田先輩が机の上に携帯電話を置いた。僕はそれを横目できちんとたしかめていた。
彼の細い肩には白いバスタオルが引っ掛けられている。そして先輩はツヤのある真っ黒な髪を軽く両手でかき上げた。
「シャワーを浴びてくる。いい子にしてろよ」
机に向かって勉強している僕の頭を、先輩がポンと1つ叩いた。
彼はいつもこうして僕を子供扱いする。先輩は、僕が何も知らない子供だと信じきっている。
「行ってらっしゃい」
僕はドアへ向かって歩き出す先輩の背中を見送った。
チェックのシャツに包まれた細い肩が、あっという間にドアの向こうへ消えていく。
僕は一度でいいから、彼の華奢な背中に抱きついてみたいといつも思っていた。

 シャワー室へ向かう先輩の足音が聞こえなくなると、すぐに立ち上がってドアへ向かった。
部屋の中を照らす蛍光灯が切れかけているせいか、なんとなくいつもより明かりが暗く感じた。
先輩のベッドの横を通り過ぎる時は、いつも白い枕が僕を呼んでいるような気がしてならない。
少し前までの僕なら、先輩が少しでも部屋を空けると、いつも彼のベッドに寝転がってその枕を抱えていた。 そしてそれは僕にとって至福の時だった。
なのにマミの存在を知ってからは、その幸せな時間が削られる事になってしまった。
僕は先輩とマミが毎日どんなメールのやり取りをしているのか、気になってしかたがなかった。 先輩のベッドを占領して幸せに浸るよりも、携帯電話の履歴を見る事の方が今の僕にとっては重要だった。

 ドアがロックされている事を何度もたしかめた後、僕は急いで先輩の机に近づいた。
そしてためらわずに彼の携帯電話を手に取り、ボタンを素早く操作して、マミから送られてきたメールを表示させていく。
僕は彼女のメールを見るたびに、いつもこう思っていた。
マミはきっとつまらない女だ。
S学園へ通うほどの秀才に、毎日何度もくだらないメールばかりを送りつけてくるのだから。

今、学校でお昼を食べてます。
今日のランチはメロンパンと焼きそばパンだよ。
柳田くんは何食べてるのかな?

僕はそのメールを読んだ時、思わず鼻で笑ってしまった。
そしてやっぱりマミはつまらない女だと思った。
でも更にボタンを操作して次のメールを読んだ時、急に僕の胸が高まった。それは彼女の送ってきたメールに、僕の事が書かれていたからだ。

同じ部屋の高橋くんとはちゃんと仲良くしてる?
マミ、高橋くんに会ってみたいな。
柳田くんがいつもどんな人と一緒にいるのか気になるもん。

 僕はそのメールを、何度も何度も読み返した。
その短い文章から分かる事は、柳田先輩が彼女に僕の話をしているという事だった。 僕と彼女は間接的にお互いを知っている仲というわけだ。
その時、僕の心の中にある思いが芽生えた。
僕も彼女に会ってみたい。
僕が先輩にくっついてマミに会いに行けば、少なくともその時だけは、先輩と彼女が2人きりでいるのを防ぐ事ができる。
でも先輩は、一度も僕に彼女の話をした事がない。
この状況で僕が彼女に会うには、いったいどうすればいい?