4.
もうすぐ夏休みがやってくる。
先輩は夏休みの間、一度も実家には帰らないと言った。
それはきっとマミの事があるからだ。先輩はマミと離れるのが嫌だから、家に帰らないと言い出したに違いない。
僕は本当は休みの間中ずっと実家で過ごすつもりでいた。でも先輩が寮に残る事を知ると、僕もそうするしかないと思っていた。
それはもちろん、先輩とマミの関係を監視するためだ。
先輩はつい2〜3分前まで机に向かって勉強していた。でも今は机の上に映画雑誌を広げて読んでいる。
それはきっと、夏休み中にマミと映画を見に行くつもりでいるからだ。
マミは本や映画が好きな人らしい。彼女は昨日、先輩を映画に誘う内容のメールを送りつけてきていた。
僕は雑誌を読む先輩の横顔をチラチラと見つめていた。
消灯前のこの時間。以前は先輩と肩を並べて勉強し、分からない事があると僕はすぐ先輩に質問していた。
でもマミの存在を知ってからの僕は、勉強が上の空になってしまった。
僕はこの時、どうやってマミと会うきっかけを作るか必死に考えていた。でもそのきっかけは、先輩の方から僕に与えてくれた。
「この映画、おもしろそうだと思わない?」
雑誌に目を落としていた先輩が、急に顔を上げてそう言った。
先輩は映画雑誌を僕に見せ、この夏封切りになる恋愛映画の特集記事を指さした。
僕はその後先輩と顔を近づけて、机の上に広げた雑誌を覗き込んだ。
その時彼の髪から一瞬シャンプーの香りが漂い、その甘い香りが僕をドキッとさせた。
「おもしろそう……」
僕はその映画の内容をサラッと読み、心にもない言葉を口にした。
本当は恋愛映画になんか興味がないし、その映画のキャスティングもあまりよくないと感じていた。
でも先輩がおもしろそうだと言えば、僕も同じように言うしかないと思っていた。
「ずっと寮にいても暇だし、たまには映画でも見に行こうかと思ってさ……」
先輩は眠そうな一重の目を僕に向け、軽く微笑みながらそう言った。
そして僕は、この瞬間を逃さなかった。
「僕も一緒に連れて行ってください」
少し甘えた声でそう言うと、先輩は最初びっくりしたような顔をしていた。
僕はこの時、先輩の頭の中でマミの言葉が2つ重なる事を強く期待していた。
マミ、高橋くんに会ってみたいな。
夏休みになったら映画を見に行かない?
それはどちらもマミが先輩に送ったメールの内容だった。
先輩に彼女の希望を叶えるつもりがあるなら、3人一緒で映画を見に行くのも悪くはないはずだ。
「……うん、分かった。前向きに考えておくよ」
先輩は軽く微笑んで雑誌をパタンと閉じた。そしてすぐに机を照らす電気スタンドの明かりを消した。
僕はその瞬間に、マミと会う機会を得た事を確信していた。