5.
もう消灯時間が過ぎてどのぐらい時間が経っただろう。
この夜僕は何度寝返りを打っても眠れなかった。
部屋の中は真っ暗で、目を開けても閉じても瞼の奥に浮かぶのは真っ黒な闇だけだった。
暗闇の中で耳を澄ますと、先輩の静かな寝息が微かに聞こえてくる。そして僕の耳には、さっきから何度も彼の声がこだましていた。
「この前言ってた映画、夏休みになったら一緒に見に行こう」
先輩は今日、寝る直前に僕にそう言った。そして僕は先輩のその声が耳に付いて離れなかった。
これでやっとマミに会う事ができる。彼女がどんな人なのか、やっと知る事ができる。そう思うと、ワクワクして眠れなかった。
先輩はそれ以上の事は何も言わなかったけど、僕はちゃんと知っていた。
先輩はマミとのメールのやりとりで、例の映画を一緒に見に行く約束を交わしていたんだ。
でも先輩はマミに対しても、映画に僕を連れて行く事を打ち明けてはいなかった。
彼はきっと、その当日突然僕とマミを引き合わせるつもりでいるんだ。
僕が寝返りを打つと、タオルケットと肌の擦れ合う音が先輩の寝息と重なって聞こえた。
僕はその時、枕を抱えてマミがどんな人なのかを想像していた。
髪は長いのか短いのか、目は大きいのか小さいのか、太っているのか痩せているのか。
僕は頭の中で様々な姿のマミを連想した。そして自分がマミにどのように接したらいいのかを、ずっとずっと考え続けていた。
きっと彼女には、できる限り優しくした方がいい。
マミが僕を気に入ってくれたら、また彼女と会う機会ができるだろう。
そうすれば先輩とマミが2人きりでいる時間を少しでも減らす事ができるし、僕と先輩との共通の会話も増えるに違いない。
まずはマミに取り入って、それから後の事はまた考えればいい。
僕は優しい顔をして2人を引き離すんだ。ゆっくりと時間をかけて、少しずつ少しずつ2人の仲を引き裂くんだ。
マミはどうせつまらない女に決まっている。彼女は頭が良くてかっこいい先輩には絶対にそぐわない。
僕はそう確信していたから、自分のやろうとしている事は、正しいと信じて疑わなかった。
僕は先輩の寝息を聞きながら、暗闇の中で目を閉じた。
先輩は寝息が聞こえるほど側にいるのに、どうして僕はたった1人で枕を抱えているんだろう。
僕は柳田先輩とどうにかなろうなんて思った事はなかった。僕の先輩に対する思いが禁断の恋である事を、ちゃんと自覚していたからだ。
僕は先輩と話をしたり、先輩のベッドにこっそり横になるだけで十分満足していた。その気持ちに嘘はないし、決してそれ以上を望んだ事はなかった。
でもマミの存在を知って以来、僕の気持ちはすっかり変わってしまった。
どんな事をしても絶対にマミから先輩を奪いたい。先輩とキスをしたい。先輩と愛し合いたい。
僕がこんなふうに思うようになったのは、全部マミのせいだった。
マミの存在は、僕の自制心をすべて奪い取ってしまったんだ。