7.

 外はだいぶ日が長くなった。午後6時を過ぎても、窓の外はまだ十分に明るい。
この時間、僕たちは寮へ戻るためにバスに揺られていた。バスの乗客は、僕と先輩以外に誰もいなかった。
僕は窓際の席に座って、ぼんやりと外の過ぎ行く景色を見つめていた。寮が近づくにつれて、外は田舎の風景に変わりつつあった。
柳田先輩はすぐ隣で眠っている。バスの揺れに合わせて先輩の腕が僕の腕に触れると、そのたびにドキドキした。
先輩は相当疲れているようで、帰りの道のりはずっと眠りこけていた。 僕は先輩と2人きりでいる時間を楽しみにしていたのに、ちょっと拍子抜けした。
バスの揺れと先輩の眠る姿が、やがて僕にまで睡魔をもたらした。
僕は椅子の硬い背もたれに寄り掛かり、ゆっくりと目を閉じた。

 本当は眠くてたまらない。だけど、目を閉じても僕の意識の中には常にマミの姿があった。
マミは僕より1つ年上で、先輩より1つ年下だった。初めて会った彼女は、僕の想像していた人とは全然違っていた。
先輩は日曜日になると、何時間もバスや列車に揺られて彼女に会いに行っていた。そして僕は今日、その訳がやっと分かった。
マミはとてもかわいい人だった。目がパッチリしていて、髪が長くて、小柄で優しくて……要するに彼女は完璧だった。
肌を露出しないブラウスと長いスカートが清楚な雰囲気をかもし出していたし、先輩を見つめるはにかんだような視線や、長い髪をかき上げる仕草もすごく素敵だった。
それに、彼女はバカな女なんかじゃない。それは彼女と話せばすぐに分かる事だった。
軽く膨らんだ頬とピンク色の唇が、目の前にチラついて僕をイライラさせる。
難しい本の話をしたり、時々先輩を呼ぶ高音な声が耳に付いて、もっと僕をイライラさせる。
映画を見ている時、僕と先輩に挟まれて座っていた彼女はそっと先輩の手を握っていた。
それに気付いた瞬間から、もう映画の内容なんかどうでもよくなってしまった。
僕の耳には今、『また一緒に遊ぼうね』 と言った彼女の声がこだましている。
望むところだ。これ以上先輩と彼女を2人きりで居させる事はできない。そんな事をしたら、先輩はもっともっと彼女の事を好きになってしまうに違いない。

 バスに揺られて眠る先輩の腕が、また僕の腕に触れた。
僕はゆっくり目を開けて、すぐ隣にいる先輩をじっと見つめた。
先輩は俯いたままバスの揺れに身をまかせていた。彼は本気で熟睡しているようだった。
知らないうちに空は夕日の色に包まれていて、先輩の髪も赤く染まっていた。
僕は真っ赤に染まる先輩の髪に触れ、彼の耳にそっとキスをした。