8.

 夏休み中はほとんどの生徒が里帰りするから、寮に残っている人はわずかだった。 僕の友達も先輩の友達も、皆実家に帰ってしまっていた。
そんなふうだったから、僕と先輩が一緒に過ごす時間は普段よりずっと長かった。
寮の周りには自然がいっぱいだった。僕たちは天気のいい日はいつも外へ出て、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 夏休みに入って今日で1週間が過ぎた。この1週間は雨も降らず、ずっと暑い日が続いていた。
僕たちはお昼ご飯を食べた後、いつも寮の裏手の野原へ行って昼寝をする事にしていた。
草のベッドに寝転がって空を見上げると、その青さにちょっと感動した。 僕は真っ青な空の下に先輩と居るだけですごく嬉しかった。
生温い風が草を揺らし、その音が微かに耳に響いた。照りつける太陽があまりにも眩しくて、思わずその光から目をそらしてしまった。
先輩は僕のすぐ横に寝そべって、じっと青い空を見上げていた。そして僕は、仰向けになっている彼の横顔をじっと見つめていた。
彼は眠そうな目を細めて太陽の眩しさに耐えているようだった。早くこっちを向いてほしいのに、先輩はもう少し空を眺めていたいようだった。

 それにしても、夏休み中寮へ残ったのはやっぱり正解だった。
ここからマミに会いに行くには片道2時間半もかかるし、その交通費だってバカにならない。
そんな事から考えると、先輩が彼女に会いに行くのはせいぜい週に一度ぐらいのものだ。 つまり、それ以外の日はずっと僕が先輩を独り占めできる事になる。
僕は先輩の横顔を見つめ、心の中で彼に何度も呼びかけた。
『先輩、早くこっちを向いて』
声にならない声で彼を3回呼ぶと、しばらく黙っていた先輩が突然僕に話しかけてきた。 彼は相変わらず空を見つめていたけど、自分のテレパシーが通じたように思ってすごく嬉しかった。
「また3人で遊びに行こうな」
先輩の言う3人とは、先輩と僕とマミの事に違いなかった。
3人で映画を見に行った日から、今日で3日が過ぎていた。だけど先輩が彼女との事について何か言ったのは、あれ以来初めてだった。
ツヤのある黒い髪が風に乱れても、先輩はそんな事にまったく構わなかった。 白いティーシャツの端が草の色に染まっても、彼は全然気にしていないようだった。
先輩は生温い風を浴びて気持ち良さそうにそっと目を閉じた。そして、同じ風に乗って先輩の声が僕の耳に届いた。
「お前がいてくれると、話が弾むしな」
先輩はそう言った後、草のベッドに腕を投げ出して大きく深呼吸をした。
僕はその時、自分が先輩に必要とされている事が分かってとても嬉しかった。