10.

 僕はその後、田辺さんにいっぱい迷惑をかけてしまった。
僕は帰りのバスの中でずっと泣き続け、寮へ着いても更に泣き続けた。
泣きじゃくる僕と田辺さんが並んで歩いていると、すれ違う生徒たちが皆おかしな目つきで僕らを見つめていた。 きっと、彼にはすごく恥ずかしい思いをさせてしまった。
やっとの思いで505号室へ辿り着いた時、絶対田辺さんに怒られると思っていた。 そして彼はもう二度と僕を連れて出歩いたりしないだろうと思っていた。
田辺さんは背中を押して僕を先に部屋へ入れ、その後すぐドアに鍵をかけた。
そして僕は自分のベッドに座らされ、当然のように涙の訳を聞かれた。
「おい、どうしたんだよ。何をそんなに泣いてるんだ?」
田辺さんは隣に腰掛け、僕にティッシュを手渡しながら優しくそう言った。
その時田辺さんが怒ってくれたら、きっと僕は楽になれた。でも彼の声があまりにも優しくて、余計に涙が込み上げてきた。
「俺が何か気に触る事をしたなら、そう言ってくれ」
僕は溢れ出す涙を拭いながら、首を振る事だけで精一杯だった。
田辺さんはちっとも悪くない。
僕が勝手に田辺さんを好きになって、勝手に悲しくなって、勝手に顔も見た事のない横山さんに嫉妬しているだけだ。 だから、田辺さんは何も悪くなんかない。
「何か言ってくれよ。これじゃまるで俺が泣かせたみたいだろう?」
たしかに田辺さんは何も悪い事をしていない。でも僕を泣かせたのは、やっぱり田辺さんだ。

 僕はずっと興奮気味で、しゃくり上げて泣くのを止められず、とても言葉を話せるような状況ではなかった。
彼に言ってもきっと信じてもらえないと思うけど、僕は両親の前でさえこんなふうに泣いた事はなかった。
「まいったな。お前がこんなに泣き虫だとは知らなかったよ」
田辺さんは僕が震えているのを知り、羽織っていたハーフコートを脱いで膝の上にかけてくれた。そして彼は僕の肩を抱いた。
「メシはどうする?」
そう聞かれて、もちろん首を振った。泣きながら食堂へ行くのは嫌だったし、それに全然お腹も空いていなかったからだ。

 田辺さんは、僕の涙の訳を無理に聞き出そうとはしなかった。
彼はその後部屋の電気を消してすぐに僕をベッドへ寝かせ、僕を抱きしめながら大きな手で背中をさすってくれた。
「ほら、風邪ひくぞ。ちゃんと毛布をかけないと」
田辺さんはそう言いながら僕の体に毛布を掛けてくれた。でも僕には毛布よりも田辺さんの手の方がずっと温かく感じた。
彼はTシャツが僕の涙で台無しになっても、ずっと抱きしめてくれていた。 ミントの香りがする田辺さんの胸に抱かれていると、この温もりを失う事を恐れ、ますます体が震えた。
「信二、もう泣くなよ」
その時、田辺さんが初めて僕の名前を呼んでくれた。
どうしてだろう。僕はこの時、急に涙が止まった。そして少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
部屋の中は真っ暗で、すぐそばにいるはずの田辺さんの顔は全然見えなかった。でも、彼の温もりはちゃんと近くに感じていた。
今なら言えそうな気がした。もう黙ってなんかいられない。この思いは、どうやっても止められない。
僕は彼に名前を呼ばれた時、そう思った。
「田辺さん……」
「ん?」
「僕、田辺さんの事、好きになっちゃいました」
それを言った時、背中をさする彼の手が急に止まった。
「田辺さんは、まだ横山さんの事が好きですか?」
「……」
「僕は、その人の代わりになれませんか?」
言葉を失った田辺さんの胸にしがみつくと、彼の心臓の動きが早くなっている事が分かった。
そしてそれは、僕も同じだった。