13.

 月曜日の放課後。
僕は授業が終わると急いで寮の部屋へ戻り、ベッドに腰掛けて本を読みながら田辺さんが帰ってくるのを待った。
窓の外は薄暗くて今にも雨が落ちてきそうな天気だったけど、僕の心はピーカンだった。
膝に掛けようとして持ち上げた毛布の匂いをかぐと、微かに田辺さんの香りがした。
ベッドにピンと張られたシーツを見ると、彼と過ごした夜の事が頭に浮かんで頬が熱くなった。
土曜日の夜から日曜日の朝にかけて、僕らは何度も愛し合った。 田辺さんの胸に抱かれるとすごく嬉しかったし、ほっとした。
その時僕は、怖いぐらい幸せだった。

 「ただいま」
田辺さんが部屋へ戻ってきたのは夕方4時過ぎだった。
僕は彼の姿を見るとすぐに本を投げ出して立ち上がり、彼の胸に抱きついた。
田辺さんはしっかりと僕を受け止めてくれた。僕は背中に感じるごっつい手の感触が大好きだった。
「この部屋、寒いな」
彼がそう言った時、窓ガラスを叩きつける雨の音が突然部屋中に響いた。
その音があまりにもすさまじくて、僕らは一斉に窓の方へ目を向けた。するとその時空がピカッと光ってゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。

 僕らはベッドの上に足を伸ばして座り、膝の上に毛布を掛けて暖を取った。そして、毛布の下でそっと手をつないだ。
すぐ隣にいる田辺さんは、今日も髪を下ろしていた。それはきっと、昨日の夜 「その方がいいよ」 と僕が言ったからだった。
「お前、本を読んでたのか?」
田辺さんはベッドの上に投げ出された白いハードカバーの本を見てそう言った。 その声は、激しい雨の音にかき消されてしまいそうだった。
「本当は友達の部屋に誘われたんだけど、田辺さんに早く会いたいからすぐに帰ってきちゃった。それからずっとここで本を読んでたんだよ」
僕は毛布の下のごっつい手をきつく握り締めながらそう言った。
そう言えばきっと彼は喜んでくれると思っていた。でも予想に反して、その時彼は表情を曇らせた。
「どうしたの?」
僕は目をつり上げている彼の顔を覗き込んだ。田辺さんの怖い顔を見るのはすごく久しぶりだった。
「信二、もっと友達を大切にしろ。俺は友達と仲良くできないヤツは嫌いだぞ」
彼が厳しい顔つきでそう言うと、一瞬部屋の空気が張り詰めた。
僕はなんとなくがっかりして思わず俯いてしまった。そして怖いぐらい激しい雨の音が更に僕の心を憂鬱にさせた。
でも僕はその後すぐに田辺さんの優しさに触れた。彼は僕の肩を抱いて、言い聞かせるようにこう言ったんだ。
「お前はこれから長い間ここで暮らすんだから、ちゃんと友達付き合いをしなくちゃダメだ。 ここでは何かあった時頼りになるのは友達しかいない。お前は友達が困ってる時、ちゃんと助けてやれ。 そうすれば、お前が困った時にもきっと助けてもらえるから」
「……はい」
僕は彼の目を見つめてしっかりと頷いた。すると田辺さんは優しい目をして笑ってくれた。

 降りしきる雨のせいで、部屋の中は薄暗かった。
僕らは激しい雨の音を聞きながら、数時間ぶりにキスを交わした。
そして僕は、彼の手でベッドに押し倒された。それは僕らにとってすごく自然な行為だった。
湿気を含んだ枕に頭を乗せて彼の顔を見上げると、また嬉しさがこみ上げてきた。
彼の手で髪をなでられると、それだけですごく気持ちが良くなって、僕はそっと目を閉じた。
「夕食の前にお前を食べたい」
雨音と彼の甘い囁き声が重なった。
僕らは雨の日が大好きになった。 それは、ベッドの上でどんなに大きな声を張り上げても、雨音がその声をかき消してくれるからだった。

 僕らはこうして毎日お互いを求め合い、欲望のおもむくままに愛し合った。
それは窓の外が雪景色に変わってもずっと続いた。
だけど、幸せな日々はあっという間に過ぎていった。
僕らの別れは、もうすぐそこまで近づいていた。