15.

 僕は卒業式がどんな様子だったかほとんど覚えていない。
式の最中は全校生徒が集まる会堂の隅っこで椅子に座り、ずっと俯いて自分の足元を見つめていた。
その時は何を見ても泣きそうになり、涙を堪えるだけで精一杯だった。
卒業生の家族が列席している姿を見てしまうと、田辺さんと本当にサヨナラしなくちゃいけないという事実が僕の脳に伝達され、そうする事によって自分が壊れてしまいそうな気がしていた。
式の終盤に学長が卒業生全員の名前を読み上げた時は、胸が苦しくなって少しだけ泣いた。
頭の禿げ上がった学長は、ステージの上に立ってこう言った。
「卒業生の皆さん、おめでとう」
その時の僕には、その言葉の意味がちっとも分からなかった。
僕は田辺さんを好きで、田辺さんは僕を好き。そんな2人を引き裂く卒業というものがどうしておめでたいのか、僕には全然分からなかった。

 先輩たちの卒業式が終わると、在校生は短い春休みに入る。それが分かっていたから、僕の友達は式の後皆浮かれていた。
皆でゾロゾロと会堂を出ると、そこには校舎へ繋がる真っ直ぐな廊下があった。
昨日は静かなこの廊下で田辺さんと2人きりの時間を過ごしたのに、同じ廊下は校舎へ引き返す生徒たちで渋滞していた。
僕は田辺さんに言われた通り、友達付き合いをすごく大切にしていた。 そしてそれは卒業式の後も例外ではなかった。僕はその時、たくさんの友達に囲まれていた。
僕がすごく不思議だったのは、自分が周りの皆と談笑しながら歩いていた事だ。
僕は明日で大好きな田辺さんとサヨナラする。そしてその事を思うと、今にも崩れ落ちそうな自分がいた。 なのに、周りにいる友達が僕をそうさせなかった。
田辺さんが僕に言った事は本当だった。 自分が友達を大切にしていれば、友達はちゃんと僕を助けてくれる。僕はその時、改めてその事を実感していた。

 友達とたわいのないお喋りをしながら、ゆっくりゆっくり長い廊下を進んでいくと、その突き当たりに田辺さんがいた。
田辺さんは僕と同じように5〜6人の友達に囲まれていた。そして僕と同じように皆と談笑していた。
彼はこの半年の間にすごくかっこよくなった。 もちろん前から素敵な人だったけど、ずっと伸ばし続けて長くなった髪がよく似合っていて、そして笑顔がとてもかわいくて、彼の姿はそこにいる誰よりも光って見えた。
当たり前だけど、その時田辺さんと彼を囲む人たちは僕とお揃いの制服を着ていた。
卒業生である彼らは僕なんかよりずっとずっと体が大きくて、ずっとずっと大人びていた。
その彼らが僕と同じ制服を着るのは、今日で最後なんだ。そう思った時、僕の涙腺が少しだけ緩んだ。
僕の視界がじわっと涙で滲んだ時、廊下の壁に寄り掛かって立つ田辺さんと目が合った。
僕らは大勢の生徒たちでごった返す明るい廊下で、10秒ぐらい見つめ合った。
彼は僕の事を穏やかな笑顔で見つめていた。そして泣きたいはずの僕は、彼に笑顔を返した。
田辺さんは6年間一緒に過ごした仲間に囲まれて笑っていた。
僕はこの先5年間一緒に過ごす仲間に囲まれて零れ落ちそうになる涙を堪える事ができた。
僕はその時、仲良くしてくれる友達のおかげでほんの少し強くなれたような気がしていた。