3.

 それから数日後。
僕は授業が終わった後、ザワつく廊下で国語の高山先生に呼び止められた。
高山先生はまだ若い女の先生で、透き通るような声をしていた。 そして真っ直ぐな長い髪はツヤツヤで、青いワンピースがよく似合っていた。
生徒たちの間で人気がある高山先生が、廊下で僕と立ち話しているのを、他の子たちは遠巻きに注目していた。
「ねぇ、今度の金曜日、お昼の放送で作文を読んでくれない?」
僕は先生に透き通るような声でそう言われ、緊張の面持ちでその申し出を受け入れた。

 大変だ。
僕は心の中でそう叫び、先生から渡された3枚の作文用紙を握り締めて青空の下を駆け出した。
他の生徒たちは校舎から寮までの道のりをゆっくりのんびり歩いていたけど、僕だけは通い慣れたその道を風を切って走り抜けた。 その途中で石ころにつまづいて転びそうになったけど、それでも僕は走った。
寮の階段を駆け上り、505号室のドアを勢いよく開けると、奥の机の前に立っていた制服姿の田辺さんが振り返った。 田辺さんの髪は、相変わらずツンツン尖っていた。
田辺さんは息を切らしている僕を見てちょっと驚き、僕に近づいてその訳を尋ねた。
「お前、どうしたんだ? そんなに慌てて」
「僕、金曜日のお昼に……作文を読む事になりました」
S学園のお昼は、生徒全員が大食堂に集まって皆でご飯を食べる。
その時食堂に流れるのが、放送局の人たちで構成する校内放送だった。
その中では稀に作文を読まされる生徒がいて、食事中は全校生徒が皆その朗読に耳を傾ける事となる。
そして今回、僕にその大役が与えられたんだ。高山先生は、国語の時間に書いた作文がすごく良かったからだと言ってくれた。

 その事を伝えると、田辺さんはすごく喜んでくれた。
僕はその時の事を想像すると、緊張してお腹が痛くなってしまいそうだったけど。
「よし、じゃあ今日からは作文を読む練習をしなくちゃな」
「はい」
田辺さんは作文用紙を抱えて頷く僕の頭をポンポンと軽く叩き、そう言ってにっこり微笑んだ。 太陽の光を背負って。とても嬉しそうに。
僕はこの事を田辺さんに1番に知らせたいと思って走ってきた。 僕は、田辺さんが喜んでくれる事が分かっていた。そして僕は、田辺さんの喜ぶ顔が早く見たかったんだ。