8.

 また目が覚めた。僕はそれまで全然寝た気がしなかった。
窓の外はまだ暗い。でも相変わらず田辺さんの机の上だけは明るかった。
午前3時。その時、田辺さんは机に顔を伏せて眠っていた。
僕はそっと起き上がり、彼のそばへ近づいた。裸足で歩くとギシギシと床が音をたて、田辺さんを起こしてしまうんじゃないかと少しドキドキした。 その時部屋の中はものすごく寒かった。
明るく照らされた机の上には、レポート用紙や何かの資料などが散乱していた。 そして田辺さんはシャーペンを手に持ったまま、腕を伸ばしてスヤスヤと眠っていた。
田辺さんは薄着をしていた。彼は白い長袖のTシャツを着ていたけど、その上には何も羽織っていなかった。
屈強な田辺さんは疲れきっていた。彼の背中が、すごく小さく見えた。
僕はその時、どうするべきか少し悩んだ。 毛布を肩に掛けてそのまま寝かせてあげるべきか、それとも彼を起こしてベッドで眠るように促すべきか。
だけど僕が悩んでいた時、田辺さんが目をつぶったまま顔を上げた。そして彼は1つ大きくクシャミをした。 田辺さんが自ら起きてくれたので、僕はもう迷わずにこう言った。
「田辺さん、もう寝てください」
僕が小さくそう言うと、彼は僕がそばに立っている事に初めて気がついた。
田辺さんは真っ赤な目をして僕を見つめ、今度は大きなアクビをした。田辺さんの目はトロンとしていて、ちっとも迫力がなかった。

 田辺さんはその後すぐに立ち上がって僕の頭をポンポンと叩き、それからパジャマにも着替えずに自分のベッドへ上ろうとした。
僕はその時、とっさに彼を追いかけて言葉を続けた。
「僕のベッドで寝てください。きっと温かいと思うから」
そう言われた彼は数秒間僕の目を見つめ、そして無言で僕のベッドへ飛び乗り、毛布をかぶってまた1つアクビをした。
それを見届けた僕は机の電気を消した後、暗闇の中を歩いて彼のベッドへ辿り着き、すぐに布団へ潜り込もうとした。
するとその時、田辺さんのかすれた声が僕を呼んだ。
「こっちで寝ろよ」
その声を聞いた時、急に心臓の動きが早くなった。
ゆっくり振り返ると、田辺さんがベッドに寝転がった状態で僕を手招きしていた。
机の電気を消した事で部屋の中は暗かったけど、暗闇に慣れた僕の目には彼のそんな仕草がはっきり見えた。
僕は今度こそどうしていいのか分からなくなった。 だって彼と一緒に寝たりしたら、自分がどうにかなってしまいそうだったから。
「おいで。そっちは寒いだろう?」
それは、まったく下心のない言い方だった。
僕はすごくドキドキしたけど、結局彼の言う事を聞いた。それはやっぱり、僕自身がそうしたかったからだと思う。

 僕は田辺さんの枕を持って自分のベッドへ上った。
そして彼の枕に頭を乗せて横になると、田辺さんが僕の体に温かい毛布を掛けてくれた。 僕はその時、彼に背を向けて寝ていた。
「温かい。すぐ眠れそうだ」
田辺さんの声が、背中のすぐ後ろで聞こえた。僕はその声を聞いた後、暗闇の中でそっと目を閉じた。
すると今度は背中から田辺さんに抱きつかれた。その時、彼のたくましい腕は僕の小さな体を優しく包んでいた。
「こうしてると温かい……」
田辺さんがそうつぶやいた時、僕の体は急激に熱くなり始めていた。
「お前、作文読むの上手だったよ。無事に読み終わるまでハラハラしたけどな」
彼の息を首筋に感じた。それと同時に、僕の下半身がはっきりと反応し始めた。
田辺さんの大きな手が僕の胸にあった。僕は早すぎる心臓の動きを彼に知られてしまうんじゃないかと思って、余計にドキドキしていた。
「俺はお前の声がすごく好きだよ」
僕がこんなにドキドキしているのに、田辺さんはそう言った後すぐにいびきをかき始めた。
暗闇の中に響き渡るのは、田辺さんのいびきと僕の心臓の音。そして僕の胸には、田辺さんの大きな手。
僕はドキドキしながら彼の手の上にそっと自分の手を重ねた。
『ダメだ。どうしよう。こんな事されたら、ますます好きになっちゃう』
いびきをかいて眠っている田辺さんには、僕の心の声など届くはずがなかった。
僕はその後きつく目を閉じて眠る努力をしたけど、その日は朝までほとんど眠れなかった。