2.
アイスクリーム屋で俺たちが陣取る席はいつも決まっていた。それは壁際の1番暖かい席だった。
最近は特に寒かったから、俺たち4人は必ず店の中で冷たいアイスクリームを頬張った。
夏には外を歩きながら食べる事もあったけど、冬の間はそれは無理だった。
俺の隣に武志が座り、武志の前に竜二が座る。そして初音はそっと俺の正面に腰掛ける。
それから俺たちは長々とお喋りに興じた。アイスクリームをとっくに食べ終わっても、その時間はずっと続いた。
そこでの会話はたわいのないものばかりだった。
特定の教師の噂話だとか、学校で起こった出来事に対する意見や不満だとか、大体そんなところだ。
初音はいつも俺に話しかけてくれたけど、その倍ぐらい竜二に話しかけていた。
竜二と笑顔で見つめ合う時、彼はいつも幸せそうだった。
初音の大きな目の中に竜二の姿が映っている時、俺の目には優しい初音の笑顔が映し出されていた。
そんな時を長く過ごすと、冬休みに起こった出来事が幻のように思えてきた。
初音と体を重ねた記憶は、俺の脳裏にしっかりと焼きついていたのに。
外が真っ暗になるまでお喋りを続けた後は4人揃って地下鉄の駅へ向かい、それぞれ皆が自宅へ帰る。
その時間地下鉄の車両はがら空きで、俺たちはいつもゆったりと椅子に腰掛けていた。
本当は初音の隣に座りたいのに、そこにはいつも竜二がいた。
結局俺は武志の隣に腰掛け、彼と中身のない会話を交わすのが常だった。
がら空きの車両の中には初音と竜二の笑い声が響いていた。
俺はずっと武志と話していたけど、その会話は上の空だった。
地下鉄に揺られてふと正面を見つめると、窓ガラスに楽しそうに話す2人の姿が映っていた。
初音は目を細めて穏やかに微笑み、竜二の顔をじっと見つめていた。
もちろん竜二も切れ長の目で初音を見つめ返していた。
初音のマフラーが乱れると、竜二は彼の肩に手を伸ばしてそれを整えようとする。
すると初音は嬉しそうに笑ってありがとう、と言うのだった。
初音の頬が赤いのは、北風を浴びたせいなのか。それとも竜二がそばにいるせいなのか。
それがはっきり分からなくて、俺はすごくヤキモキしていた。
「バイバイ、また明日ね!」
俺は4人の中で1番最初に地下鉄を降りる。
降りるべき駅が近づいてサッと席を立つと、他の3人は一斉にそう言って手を振ってくれた。
初音は竜二に見せるのと同じ笑顔を俺に向け、小さな右手を力いっぱい振っていた。
たった1人皆に背を向けて地下鉄を降りる時、俺は淋しさと闘っていた。
3学期が始まって以来、俺と初音が2人きりで過ごした事はまだ1度もなかったんだ。
家へ帰ると自分の部屋へこもり、着替えもせずにすぐコタツへ入った。
真っ暗だった部屋に明かりを点けると、目が慣れるまではその光が少し眩しく感じた。
コタツの熱で少しずつ足元が温まってくると、初音と過ごした夜を思い出してドキドキしてきた。
あの夜は寒かったけど、毛布の下で彼と抱き合うとすごく体が熱くなった。
初音の肌は綺麗だった。俺はほくろ1つない彼の胸に思わず見とれた。
あの時初音は今までに見せた事のない表情を浮かべていた。
俺を見つめる潤んだ目は彼の緊張を表しているようだった。
そして口許の微笑みは愛し合う事の喜びを表現しているように見えた。
初音はすごくかわいかった。体は苦しかったはずなのに、何度求めても決して拒んだりはしなかった。
明かりを消した部屋の中にはコタツの下から漏れ出す光しかなくて、その光は彼の頬を赤く染めていた。
でもあの頃の初音は竜二への思いを振り切ろうとしていただけなのかもしれない。
彼は俺を受け入れる事で竜二の事を忘れようとしていたのかもしれない。
竜二には付き合っている人がいたから、彼を諦めるために必死になっていただけなのかもしれない。
だとしたら、竜二がフリーになった事で初音の気持ちがもう1度彼に傾く可能性は十分にあった。
そんな不吉な事を考えると、どんどん心が重くなっていった。
蛍光灯の光は部屋の中を存分に照らしてくれたけど、俺の心の中まで明るくしてはくれなかった。
コタツの熱は俺の足をポカポカに温めてくれた。でも本当は初音をぎゅっと抱き締めて体を熱くしたかった。